Dream of Fantasy(後編/ヤムチャ目線)
初日の出が枕元を照らす頃、俺は呆然とした気分で目を覚ました。
「…………」
まったくもって言葉が出なかった。まさに茫然自失の状態だった。
…何だ、今のは?悟空とブルマが夫婦…?
もちろん夢だ。夢の話だ。混濁した意識が見せた、現実を歪めた夢ってところだな(昨夜は結構飲んだからなあ)。
だが、夢とわかっていても、気になるところはあった。
事実が歪められただけなら――そう、相手が入れ替わったということなら、チチさんの隣にいるのは、俺のはずじゃないのか?
なのに、どうして俺はいないんだ。そして誰だ、あの男は?
ベジータとか言ってたな。知らんぞ、そんなやつ。悟空の知り合いか?悟空のこと、妙な呼び名で呼んでたしな…
「ちっ…」
今ひとつすっきりしない気持ちのまま、俺はベッドを出た。窓の向こうの明るい空を見ながら身支度を整え、なおも考えた。
…自分だけがいない夢なんて、おかしな感じだよなあ。そりゃ夢なんだから、少しくらい辻褄が合ってなくたって普通だけど。でも、他のやつらは出てきてたからなまじ…いや、そういえば、プーアルもいなかったな。まあ、俺とプーアルは一心同体みたいなもんだからな…
こんな夢の一つや二つ、いつもだったら気にしない。でもな、今日は元旦なんだよ。そう、あれは所謂、初夢というやつだ。なんか、嫌〜な感じだよなあ…
頭を掻き掻きリビングへ行くと、夢の中にもいた女性たちがにこやかに談笑していた。
「こういうレトロっぽい派手めの大柄が今の流行りなのよ」
「きれいだなあ。オラも着物持ってくればよかっただ。どうせ悟空さは着ねえべと思って、置いてきちまっただよ」
「あら、孫くんも着物持ってるの?」
「結婚した時に作っただよ。悟空さはあれ着ると、裾を踏んづけてばかりで大変だけどな」
「あはは。すっごく想像つくわ。…あらヤムチャ、やっと起きたのね」
「あけましておめでとうございますだ、ヤムチャさ」
「ヤムチャ様、あけましておめでとうございます!」
ブルマは初めて見る、でもなんとなくそんな気はしない着物を、チチさんは大きな椿の柄の入った赤いチャイナ服を着ていた。いかにも正月っぽい装いの女性たちと、続いて声をかけてきたプーアルに、だが俺は応えるよりも先に、いるはずの悟空の姿を探した。
悟空はダイニングにいた。リビングからギリギリ見えるダイニングテーブルの奥に陣取って、雑煮を食っていた。次々と目の前に重ねられていく空になった器を、隣に座っているウーロンが呆れたように見ていた。
「あけましておめでとう、みんな。…あけましておめでとう、悟空。おまえ、朝っぱらからよくそんなに食えるなあ…」
俺はゆっくりと悟空の傍に行き、ダイニングからリビングまでをぐるりと見回した。他に人はいなかったが、少し気になったことはあった。
「あ、あの〜…ひょっとして悟空とチチさん、喧嘩してたりとかは…」
悟空とチチさんのこの距離だ。いつもならチチさんは、悟空の隣で何かと世話を焼いてるものなのに…
「は?」
「何言ってんの、ヤムチャ」
「ヤムチャさとブルマさ、喧嘩してるだか?」
「い、いや、そうじゃなくって…えーとその、昨夜ちょっと飲み過ぎたからさ、それでチチさん、悟空を怒ったりしてるんじゃないかと…」
「そんなことないだよ」
「オラ、酒なんか飲んでねえもん」
「ああ、そうか」
どうやら考え過ぎであったようだ。そうだよな、悟空とチチさんが別れるなんてなあ。こう見えてこの二人は、結構なおしどり夫婦だもんな。
俺が胸を撫で下ろすと、ここぞとばかりにブルマが口を尖らせた。
「飲み過ぎたのは、ヤムチャ、あんたでしょ。まー昨夜のあんたったらすっかり陽気になっちゃってさ、チチさんにお酌してる時の楽しそうなことと言ったら」
「え、そうだっけ?…覚えてないな…」
「覚えてないなんて、なおさら悪いっつーの。まったく、他人の奥さん酔い潰そうとするとか、やめてよね。いくら無礼講でも、最低限の礼儀は守りなさいよ」
「はは…悪かったよ、ごめん。チチさんもすいません」
「いいだよ。オラ気にしてないだ」
どこかで見たような笑顔で、チチさんは答えた。俺はなんとなく苦々しい気持ちになり、今だに脳裏に残っている夢の余韻と、場に残る気まずさを同時に払拭するため、話を変えることにした。
「そうだ、みんなで初詣に行かないか?酔い醒ましにさ」
「酔いが残ってるのは、あんただけだっつーの」
「オラ行きたいだ。楽しそうだべ。お願いしたいこともあるしな」
「初詣って何だ?」
「お正月に神社やお寺にお参りすることよ。ねえ、それでチチさん、何をお願いするの?」
「そったらこと、恥ずかしくて言えねえべ〜」
赤く染まった顔を両手で隠すようにして、チチさんはそっぽを向いた。俺はすぐにピンときた。
「じゃあ決まりだな。悟空がそれを食い終わったら、みんなで行こう」
でも黙っておいた。なんかあくまで夢の通りになってるみたいで癪に障るし、俺だってそんなことを口にするのはちょっとな…
「あらヤムチャ、あんたはお雑煮食べないの?お節もあるわよ」
「いやぁ、あんまり食欲なくてさ。とても雑煮を食べる気にはなあ…」
「だから、飲み過ぎだって言ったのよ。たまに大晦日にうちにいると思ったら、あれだもんね」
「大晦日くらい羽目を外したっていいじゃないか。おまえも、正月からそう怒るなよ」
「怒らせるようなことをしてるのは、あんたでしょ」
ブルマは目くじらを立てているというほどではなかった。俺も、なんとなく反論してみたに過ぎなかった。だが、ウーロンは俺たちのこの会話を、白々しい口調でこう評した。
「おまえら、正月から喧嘩すんなよな…」
俺は思わず絶句した。よもやその果が自分に降りかかってくるとは思わなかったのだ。
「…………い、嫌だなぁウーロン、俺たちは喧嘩なんかしてないぞ。なあブルマ?うーん、なんてきれいな着物姿だ。ブルマは本当に才色兼備で、俺も鼻が高いよ」
「どうしたのよ急に。なんか気持ち悪いわね」
「『一年の計は元旦にあり』って言うだろ。だから、一年分の思いを言葉で表してみたんだよ」
「なんか意味違ってるみたいだけど、まあいいわ。おべっかにしても、本当のことだしね。さ、孫くん、いくら縁起物だからって、ほどほどにしときなさいよ。あまり遅くなると神社が混んでくるからね。お参りさえ済ませれば、出店もあるから」
『孫くん』。いつもながらのその呼び名に、俺は心底ほっとした。そうだよなぁ。悟空とチチさんが別れるのはもちろん、ブルマと悟空が夫婦になるなんて、絶対にあるわけがない。
「そうだな。悟空さ、そろそろ終わりにするだよ。もう充分ご馳走になっただろ?」
「おう。ひょっと待ってふれ。ほれらけ食っちまうからよ」
どこかで聞いたような悟空の台詞を耳に入れながら、俺は心の中で考えた。
…とすれば、あれは――
さては、そろそろ結婚を考えなさいっていう、神様の思し召しか何かかな…
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