Bad afternoon
オールドローズのテーブルクロスに、ハイティスタンド。ティーポットにダージリン。
「珍しいですね、ブルマさんが友人をご招待するなんて」
C.Cのテラスに設えられたテーブルに自ら意匠を凝らすブルマを手伝いながら、プーアルが訊ねた。
「どうせ仕事の話よ」
素っ気なくブルマは答えた。さざんか色のジャケットに同色のワンピース。なるほどブルマの服装は、彼女にとっての戦闘服だ。
「何のお仕事をなさっている方なんですか?」
プーアルの質問は妥当なものであったが、それに対する返答は少々彼の意表をついた。
「人材コーディネーターよ」




「ハーイ、ブルマ」
音量大きく、屈託のない声がテラスに響いた。
「悪いわね、わざわざ来てもらっちゃって」
挨拶もそこそこに、ブルマは友をテーブルへと招き入れた。あらかじめ用意されていたマイセンのカップに、黄金色の液体を注ぎ込む。
「そうよ。だから無駄足は勘弁してよね」
彼女の名はディナ。ブルマより1歳年長の大学の同期だ。背はブルマよりやや高め、赤毛を豪快に巻き上げて、まるで雌獅子のようだ。黒いスーツに身を包んだその様は、夜の女王を思わせる。色気がまったくないことを除けばだが。
ディナは淡いピンクを基調に調えられたテーブルをぐるりと見回し、意外そうに目を細めた。
「あんたも趣味が変わったわね」
「気分転換よ」
「そんなところだろうと思ったわ」
すっぱりとディナは言い切った。彼女はまた、ブルマの舌鋒の先輩でもあった。
「ハーイ、ヤムチャ」
「あ、どうも」
同じくテラスの別卓で、プーアルらと飲茶を楽しんでいたヤムチャに手を振る。彼は傍目にもわかるほどに、おずおずと頭を下げた。常にも増して腰の低い恋人の態度に、ブルマは軽く眉を顰めた。
「あんた、ヤムチャに会ったことあったっけ」
「学院の頃に何度か話したわよ」
ディナは意味ありげに微笑した。
「そうだったかしら」
「そうよ。ところで敏腕社長、本日のご用件は?」
茶化した台詞で、訝しげに記憶を手繰り始めたブルマを現実へと引き戻す。
「あ、そうね。――秘書を1人紹介してほしいんだけど…」

ガタン!

テラスに無作法な物音が響き渡った。ブルマが言い終えるのも待たず、ディナは今座ったばかりの席から勢いよく立ち上がり、間髪入れず声高に叫び立てた。
「またなの!!3ヶ月前に紹介したばかりじゃない!あんたこれで何人目よ!?」
別卓で、ヤムチャがビクリと身震いした。ほとんど同時に、ブルマが怒鳴り返した。
「うるさいわね!どうせ6人目よ!」
ウーロンが何事かと、2人の方に身を乗り出した。再びチェアに腰を落ち着けながらディナが言った。
「開き直ったわね」
「使えないんだからしょうがないでしょ」
射るようなディナの眼光に、ブルマは居丈高な姿勢で対抗した。
「人を使えないのはあんたでしょ。ブルマは人使いが荒いのよ」
無造作に言い放つと、ディナは一瞬手にしたカップを荒々しくソーサーに戻した。典雅な香りのお茶が、白いソーサーに溢れ出した。
「失礼なこと言わないで。あたしだって同じだけ働いてるわよ」
「ちょっと待った!今、何て言った?」
口を尖らせ反論するブルマの言葉を、ディナが鋭く聞き咎めた。さりげなくソーサーの上の液体をテラスの土壌に吸収させながら、続く言葉を言い捨てた。
「まさかあんた、自分と同じだけ働かせてるんじゃないでしょうね」
「だったら何なのよ」

ドン!!

「普通の人間があんたの仕事量についていけるわけないでしょうが!!」
ディナはまたもやチェアから立ち上がると、テーブルに強く拳を打ちつけた。空のカップが一瞬宙に浮かび上がり、ガチャンと大きな音を立てた。
「社長が働いてんのに秘書が休んでどうすんのよ!社長についていくのが秘書の仕事でしょ!!」

ドドン!!

ブルマも負けじと叩き返す。
睨む黒蛇。
睨み返す赤蛇。


一方、ヤムチャたちのテーブルでは、耳を済ませずとも聞こえてくる2人の激しいやりとりに、一種騒然とした空気が立ち込めていた。
「な、何だ、ケンカか?」
「何だか揉めてるみたいですね…」
「止めたほうがいいんじゃねえの」
点心をつまみながら、ウーロンが他人事のように呟いた。プーアルが自然な動作で自分の主を返り見た。
「ここはやはりヤムチャ様が」
「何で俺なんだよ!」
「だって知り合いなんですから」
「知り合いって言ったって、面識があるだけだぞ」
「初対面のぼくたちよりはずっといいに決まっていますよ」
従者に押される主。ウーロンはシカトを決め込んでいた。


ブルマはメイドボットにブランデーを持ってこさせると、未だお茶の入っていなかった自分のカップに注ぎ入れた。酒を咎める人間の目を晦ます為に、時折使う方法なのだ。続いてディナがそれを取り、こちらは入っていたにも関わらず空にしたカップに注ぎ入れた。
「そんなだから長持ちしないのよ。もっと人心を掴みなさいよ」
腕組みをしながらディナが足を大きく投げ出すと、一方のブルマは腕を解き、体を軽くテーブルの外へと向けた。
「言ってくれるじゃない。ちゃんと掴めたのだっていたわよ。とーっても使えたのがね」
「へ〜え、3ヶ月?4ヶ月?」
この上なく嫌味ったらしい目つきで、ディナは訊ねた。だがブルマは堪えた様子もなく、むしろ得意げに笑みを漏らした。
「1年。彼は本ッ当に優秀だったわ」
「その彼はどうしたのよ」
ディナは生のブランデーを咽ることもなく啜りこんだ。ブルマはディナから目を逸らすと、自責的な息を漏らした。
「支社に回したわ」
「何でまた」
「…優秀だったからよ」
「は?」
呆気にとられたディナの声は、続くブルマの叫声に掻き消された。
「だって経済、社会、無機化学のみならず、理学全般できるのよ!!どう考えても秘書にしとく器じゃないでしょ!?涙をのんで支部の幹部に抜擢したわよ!おかげで業績はアップ、部門業界最大手!!」

ババン!!

拳のみならず体ごとテーブルに乗り出し響かせたブルマの突然の怒号に、別卓ではお茶を噴出す者が続出した。

おもむろにディナが口にチョコレートを放り込んだ。
「よかったじゃない」
「でもそのおかげでこうして秘書不足に悩んでいるのよ」
鼻息荒く、ブルマはなぜか胸を張った。カップに紅茶を入れようとして手を止め、次の瞬間ブランデーを注ぎ込む。
「あんたって意外に仕事人間よねえ」
ディナはテーブルに身を乗り出し、片頬をついて言った。
「気持ちはわからないでもないけどさあ、自分がババ引いてどうすんのよ。あんた曲がりなりにも社長なんでしょ」
「曲がりなりにもとは何よ」
「だって、どんな社長よって感じだもん。っていうか、社長に向いてないんじゃない?」
「あんた、なんてこと言うのよ!!!」
瞬時にブルマは激発した。その声はテラス中に響き渡った。
2人の周囲2m四方に、2人にだけは見えないビッグバンが発生した。


慄きと共にプーアルが呟いた。
「あれって本当に商談なんでしょうか…」
「ああ…決闘でもしているような雰囲気だな…」
ヤムチャは、動いてもいないのに流れ落ちてくる額の汗を、ゆっくりと拭い続けていた。
「か、関わらない!おれは関わらないぞ…」
ウーロンは懸命に目を伏していた。


「で、どういうのがいいわけ」
ハイティスタンドからチーズサンドウィッチを選り分けつつ、ディナが切り出した。
「え?」
「秘書よ。もうこの際、徹底的に訊いておくわ。そう何度も返品されたんじゃ、こっちも堪らないからね」
「そうねえ…」
ブルマはしばし考えた後、淡々と言い放った。
「まず年齢。若いのはダメ。青臭いの嫌いなのよ。かといって、渋過ぎるのも却下ね、オヤジって融通利かないから。上下10違いまでが許容範囲かな」
「…ちょっと、恋人探してるんじゃないのよ」
「物理学、化学、無機化学、生物学、その他理学、工学必須。医学・数学も齧っていれば、なおいいわね。実際には携わらせないけど、解んないといろいろ面倒くさいから。でも優秀すぎてもダメ。あたしが育てたくなっちゃうから」
「…あんた、いい加減にしなさいよ」
「それから、パーティに連れて行くこともあるから、容姿もそれなりじゃなきゃダメ」
ここでついにディナが爆発した。
「あんた、そんなことまでさせてんの!?」
再び怒声がテラスに響く。もはやヤムチャたちは、2人を見ようともしなかった。
「だって、ヤムチャ付き合ってくれないんだもん」
ドライイチゴをつまみながら、不貞腐れたようにブルマが小さく呟いた。
「エスコート役くらい、自分で何とかしなさいよ」
「そんなヒマあると思ってんの!?」
ブルマは逆切れた。ディナが冷たく言い放った。
「あんた、すごくダメな女になってるわよ」
「なんですって!!」

ガッターン!!

仰々しくチェアを後ろに蹴り飛ばして、ブルマが立ち上がった。ディナもまた同じ素振りで、ブルマの怒りを受けて立った。
2人の視線は交錯し、火花が稲妻を引き起こした。


「こ、怖い…」
「一体何が起こっているんだ…」
「ナンマンダブナンマンダブ…」
微妙な距離に座を占める2人の女の醸す雰囲気に、3人の男は縮こまった。


女2人はしばし沈黙した後、ほとんど同時に腰を下ろした。…いや、崩折れた。
「まあ、あんたの言うこともわかるのよね」
ディナはシガレットケースを取り出すと、その1本に火をつけた。
「あ、吸っていい?」
「どうぞ。あたしにも1本ちょうだい」
ブルマはメイドボットに灰皿を持ってくるよう命ずると、ディナのケースに手を伸ばした。
「こんな仕事してると、男どもは女扱いしてくれないし」
「本当そうよね」
「あんたはいいじゃない。恋人がいるんだから」
「パーティすら付き合ってくれない恋人がね。っていうか、あんただっているじゃない」
「束縛激しいだけのやつがね」
ディナは早くも1本目を吸い終わり、2本目を取り出した。
「独立してるって言ったって苦労ばっかりだし」
「あたしだってそうよ。父さんがいるからまだ本当の社長じゃないし。専務なんて面倒なだけなんだから」

「は〜〜〜ぁ」
2人は同時に息を吐き出した。
「本当、辛いわよね〜〜〜」

ひたすらに煙草を吸い続ける女が2人。
身を屈めそれを見守る男が3人。
静寂が、テラスを包んだ。


ややもして、ディナが快活に立ち上がった。
「さてと、それじゃ行くわね。お茶ご馳走様。この件は了解よ、バッチリいいの探しとくから。もう返品させないからね」
「よろしく頼むわ。頼りにしてるんだから」
ブルマとディナはにっこり笑いあうと、互いに目配せした。


「帰る、みたいですね…」
「た、助かった…」
今だ慄く男たちのテーブルに、ディナが立ち寄った。彼女は同士でもある友のために、1つ節介をやいた。
「ヤムチャ、たまにはパーティくらい付き合ってあげてね」
「は、はぁ…」
ヤムチャの肩に手を乗せながらそう言うと、ディナは去っていった。その後姿に向ってブルマが緩やかに手を振った。
「バーイ」


一部始終を見(させられ)ていた男たちは、まったく脱力した。
「何であれで和やかに終われるんだ?…」
「さあ…」
「っていうか、お茶飲んでないだろ…」
「女って怖いな…」
ヤムチャがしみじみ言った。
「…おれ、しばらくナンパするのやめよっと」
ウーロンがポツリと呟いた。


その夜――

「…あのさあ、ブルマ」
ベッドの端に腰掛けるブルマからやや距離を取りながら、ヤムチャはおずおずと切り出した。
「…今度から友人と仕事の話をする時は、俺たちがいないところでしてくれないかな…」
その声は苦渋に満ちていた。ブルマはまったく心外だというように訊き返した。
「え?何で?彼女何かした?」
「いや、そうじゃないんだけどさ…ほら、仕事にあまり関係ない人間が立ち入らないほうがいいかと…」
「あたしは別に構わないけど?」
(こっちが構うんだよ!)
ヤムチャはその言葉を飲み込んだ。心に巣くう怖れと共に。
――もうあんな怖いの見たくない――


女同士の会話は男に見せるべきではない。たぶん。
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