The kiss of death
「いや、あの、プーアル、俺マジで大丈夫だから…」
「ダメです!熱が40度もあるんですよ!!」
ブルマが部屋に入った時、部屋の主はプーアルに無理矢理毛布を巻きつけられているところだった。
「元気な病人ねえ」
ブルマは笑いを噛み殺しながら、自分の来室を告げる代わりにそう言った。
「あっ、ブルマさん」
「相変わらず、寝てるわね?」
「はい!!バッチリ寝かせてます!!」
「あのなあ…」
2人の看護人の妙なポジティブさに、ヤムチャは心底うんざりした声を上げた。
「そんな大げさにしなくても、普通にしてりゃ治るんだって。ただの風邪なんだからさあ」
「ただの風邪じゃないでしょ。『バカのひく夏風邪』でしょ」
ブルマの反論には同意せず、プーアルは断固とした口調で言った。
「とにかく、ボクの目が黒いうちは、絶対に起きさせませんよ!!」
「頼もしい看護人じゃない」
わざとらしく不貞腐れるヤムチャに、ブルマは軽くウィンクを飛ばした。
「ところでプーアル、あんたもちょっと休みなさい。ちょうどお茶の用意もできてるし」
「でも、ヤムチャ様が…」
「大丈夫、こいつはあたしが見張っとくから」
「お願いします。目を離すとヤムチャ様、すぐ起き上がろうとするから…」
「首に縄をつけてでも寝かせといてあげるわよ」

プーアルが行ってしまうと、ヤムチャは毛布を撥ね上げ、ベッドの上に半身を起き上がらせた。
「まいったなあ…」
「いいじゃない、寝ててあげなさいよ。あんなに心配してるんだから。たまにはプーアル孝行するのね」
「そうは言うけど、もうヒマでヒマで。体が鈍っちまうよ」
「あんたたちって、すぐそういうこと言うんだから」
ブルマはそれまでプーアルが乗っていたスツールに腰を下ろし、足を組んだ。
「ちょっとは頭フラついたりしないわけ?熱はあるんでしょ?」
「かなりな。でも、敵に一撃食らうことを思えば、楽なもんだよ」
「乱暴ね」
ブルマはサイドテーブルにおいてある体温測定表を取り上げた。マメなことに1時間ごとにつけてある。41.2度、40.5度、40.8度…。熱は全然下がっていない。
とはいえヤムチャは、微かに頬が上気してはいるものの、それ以外はいたって健康そうに見えた。
「あんた自分では気づいてないみたいだけど、かなり人間離れしてるわよ。悪い意味で。この機会にちょっと更生しなさい」
「何だよそれは」
「普通はね、熱が40度もあったら相当辛いの。それが何よあんたったら、そんなに顔ツヤツヤさせちゃって。完全に異常よ、異常」
「そんなこと言われてもなあ」
「あんた、死んでも気づかないんじゃない?」
「ひどいこと言うなあ」
ヤムチャは再び横になった。面倒くさそうに毛布を被る。
額に解熱用極薄シートを乗せたヤムチャの姿をまじまじと見つめて、ブルマは感心したように呟いた。
「あんたがそんな風にしてるのって、変な感じ」
「まったくだ」
ブルマはスツールから立ち上がると、部屋に備え付けられている本棚を検めた。様々な武道大会やハイスクール時代に助っ人をして貰った、賞状・トロフィーなどが乱立している。数冊の雑誌やアルバムなどを除いて、書物はまったくない。
「あんた、もう少し本とか読みなさいよ」
「余計なお世話だ」
うるさいなあ、と心の中で呟いて、ヤムチャはそっぽを向いた。
ブルマは自分に背を向けて横たわる男に一瞥をくれると、再びスツールに腰を下ろし、窓の外に目をやった。
ブゥ…ンと何かの発生する鈍い音が、室内に響き渡った。
「ちょっと!そこで小さくエネルギーボール作らないの!!」
「バレたか」
「何やってんだか、もう」
「だから、ヒマなんだよ」

「しょうがないわねえ」
ふう、と小さく溜息をつくと、頬に手を当て、ブルマは言った。
「そんなに早く治りたい?」
「ああ」
「あたし1つ方法知ってるけど」
顔はまっすぐヤムチャのほうを向いたまま、表情を変えず、ブルマは淡々と話し続けた。
「何だ?科学療法?」
「そんないいもんじゃないけど。まあ、気休めみたいなものね」
「何だよ?」
「昔から伝わる方法で、科学的根拠はまったくないんだけど、何故か廃れないのよね」
「何かすっげー怪しいぞ」
「…ま、妖しくはあるかな」
「何でもいいからやってくれ。もう寝てるのには飽き飽きだ」

ブルマは、ヤムチャの枕元に屈み込んだ。
「ちょっと目瞑ってて」
「何でだよ?」
「いいから。すぐすむわよ」
「変な薬とか使うんじゃないだろうな…」

目を瞑ったヤムチャの頬を、ブルマの指がなぞった。彼の唇に、柔らかく温かいものが押し当てられた。
キスというには長すぎる、それは唇の愛撫。
「…………おい…」
ブルマは彼の体からゆっくり身を離すと、口元に悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「――風邪はうつすと早く治る」
「有名な迷信よ」
ヤムチャが何か言いかけたその時、ドアを叩く音が聞こえた。彼の忠実な僕がそこにいた。
「あらプーアル、もういいの?」
「はい!ブルマさん、ありがとうございました。後はボクがやりますから」
「だってさ。あたしの役目はここまでね」
ブルマは意味ありげに目配せすると、軽やかにドアへと向かった。
「じゃあヤムチャ、おとなしく寝てなさいね」

「あ…あいつ〜〜〜」
ドアに向かって歯噛みする主人を、プーアルは不思議そうな面持ちで見つめた。
「何かあったんですか?」
「…ちっくしょう…」
ますます元気になってしまって、困り果てるヤムチャであった。
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