Fearful men, Fearful women
あいつに、怖いものなんてあるのかな。
そりゃ無敵ってわけじゃないけどさ(力なんかはめちゃくちゃ弱いし)、怖いものなんてないんじゃないのか。
誰にでも食ってかかるし(その最たる矛先が俺だ)、歯に衣着せず何でも言うし、嫌なことは容赦なく断るし。
そんなことを考えているのがひょっとして顔に出たのか、タイムリーにもブルマとウーロンがこんな会話を始めた。
「おまえって本当に怖いもの知らずだよな」
「あんた、か弱い女に何てこと言うのよ。そんなだから、女の子にモテないのよ」
グサリ。一瞬でウーロンは敗退した。
「おまえに好いてもらわなくても結構だね。おまえみたいなキッツイ女、こっちからお断りだっつーの!」
ウーロンもがんばるな。しかしその必死の反撃も、
「あらそう、あたしもよ。気が合うわね。うれしいわ」
速攻でかわされる。本当に口達者なやつだ。

悟空はあまり動じない。あいつは天然だからな。
俺も時々そう言われることがあるけど、悟空とはレベルが違う。
あいつは超越している。たまに会話が成り立たないことがあるくらいだ。
「一番怖いもの知らずなのは孫くんでしょ。あいつの無作為さは無限大よ」
俺の心を読んだように、ブルマが悟空を引き込む。
「オラ、ムサなんて食ったことねえけど」
「…おまえは幸せ者だよ」
まったく、ウーロンの言うとおりだ。なりたいとは思わないけどな。

クリリンが言う。
「悟空は物を識らないからな。だからどんな強い相手とだって平気で戦えるんだよ」
「だって戦ってみなきゃわかんねえだろ」
それは確かにそうなんだけど。本気でそう思えるところが悟空のすごいところだ。
「俺なんか相手の強さに竦みあがっちゃうこととかあるけど、悟空はそんなことないだろ」
「それが普通よ。孫くんが異常なのよ」
ブルマのやつ、クリリンをフォローしたかと思ったら、
「本当、怖いもの知らずって手に負えないわよね」
おまえが言うな。おまえが。

「チチさんも大変でしょう。孫君の相手するの」
ブルマの矛先は悟空の妻のチチへと変わる。
「そうだな。おら時々、『メシ』『フロ』『寝る』しか言わない人のほうがいっそわかりやすいだろうに、とか思うことあるだよ」
チチさんという人もかなり偉大だよな、と最近俺はしみじみ思う。
「あはは。言えてる〜」
悟空は自分が貶されているとはまったく気づかず、件の天然発言をする。
「なんだそれ、呪文か?」
「…これだもんね」

賑やかに談笑するブルマたちから視線をはずし、俺は傍らでちびちびと焼酎なんかを舐めている天津飯に目を向けた。
天津飯は寝入ってしまった餃子に毛布をかけてやったりしている。まったくこいつらは兄弟弟子というより、ほとんど親子だよな。
「天津飯はどうなんだ?怖いものなんかないのか?」
「そうだな。俺は」
一呼吸おいて、やつは続けた。
「自分の覇気が失われた時が怖い」
とても酒が入っているとは思えない真摯さだ(でも俺のこんな質問に迷いもなく答えるってことは、やっぱり酔っているんだろう)。
「俺は戦うことで今まで生きてきた。だから…」
「…覇気を失ったら俺は終わりだ」
そう言って盃を軽く掲げた。やつにはそこに何が見えているんだろう。
「おまえらしいな」
俺はちょっと羨ましい気持ちになって、頷いてみせた。

みんな一緒に戦ってきた仲間たちだ。怖いものがあろうとなかろうと。それは変わらない事実だ。

怖いもの、か。
俺は再び1人ごちた。
あいつにも、怖いものなんてあるのかな…


夜がふけ一同が解散しても、俺はまだリビングに残っていた。ブルマが掃除ロボットを操作して、みなの食い散らかしたテーブルを片付けている。プーアルはすでに就寝、ウーロンも場を引き取った。
一通り作業も終わったらしく、あたらビールを開けている(まだ飲むのかよ)ブルマと、ソファに佇む俺の視線がかち合った。
「あんたも飲む?」
「いや、いい。なあブルマ」
「ん?」
「おまえ、怖いものってあるか?」
ブルマは軽く目を瞬かせ、俺の隣に腰を下ろした。
「あんた、そんなことに拘ってたの」
「拘ってるってほどでもないけど。なんとなくな」
俺はやっぱりビールがほしくなって、ブルマのそれに手を伸ばした。
「あんたは?」
ブルマは斜め下から見上げるように、俺の目を射抜いた。俺は曖昧に頷いた。
「俺か?俺もウーロンと同じだな。おまえが一番怖い」
「あんたね…」
俺は茶々を入れた。別に隠すつもりもないけど、思いつかなかったし。
「で、おまえはどうなんだ?」
訊いておいて何なんだが、俺はてっきり「ない」という答えを予想していたので、ブルマの次の言葉には本当に驚いた。
「そりゃあ、あるわよ」
俺は意外そうな表情を隠すことも忘れて、ブルマの顔を注視した。
ブルマはちょっともったいぶって(たように俺には見えた)軽く姿勢を正すと、俺の顔を覗き込んだ。
「例えば、あんたとかね」
意味ありげな笑みを浮かべて席を立つと、大きく伸びをして俺に背を向けた。
「さ、もう寝よっと」
そして振り向きもせずに言った。
「あんたも適当に切り上げなさいよ」
「あ、ああ…」

その背中が何だか誘っているように俺には見えた。
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