The unhappy prince
昔々のこと、都から数千公里キロも彼方の東の町…
この似非お伽噺は、とりあえずそんなところから始まります…


町の中心に小高い丘があり、そこに王子の像が立っていた。王子の像は全体を薄い純金で覆われ、目には二つの美しい黒曜石が、手にした刀の柄には大きな赤いリッチストーンが光っていた。
ある晩、町に一匹のネコがやってきた。ネコは所用で南の町へ行く途中で、ふと立ち寄ったこの町で一晩の宿を探していた。やがて落ち始めた夜の帳の中で、空を見上げてネコは言った。
「きれいな満月だなあ。そうだ、今夜は月を見ながら眠ることにしよう。あの丘の上なんかよさそうだよ」
そして、王子の両足のちょうど間に座り込んだ。それから眠ろうとして王子の長靴に軽く背を凭れると、大きな水の粒がネコの額に落ちてきた。
「あっ、雨だ。でも不思議だなあ。空には雲一つないし、星だってあんなにはっきり見えてるのに」
ネコは再び上を見上げた。すると、涙をいっぱいに湛えた王子と目が合った。ネコが見ている間にも、王子の黄金の頬を涙が伝っていった。王子の顔は月光の中でとても凛々しく、ネコは思わず息を呑みながら、王子に訊ねた。
「あの…どうかしたんですか?あなたはどなたですか?」
「俺は不運の王子だ。もっとも町の人間が勝手にそう呼んでいるだけで、本当の名はヤムチャだがな」
「ボクはプーアルです。それで王子様、どうして泣いているんですか」
「王子様はやめてくれ。ヤムチャでいい」
「じゃあ、ヤムチャ様。どうして泣いているんですか」
「それが俺にもどうしようもないのだ。涙を止めたくとも、泣けてきて仕方がないのだ。俺は昔、盗賊として働いていたことがある。その報いかもしれんな」
「盗賊?報い?」
「そうだ。まだ俺がこのような像ではなく、生身の人間だった時のことだ」
ネコの度重なる問いかけに、王子は遠くを見るような目をして答えた。
「俺は涙というものがどんなものか知らなかった。俺は盗賊を生業としていて、日々を生きるため、旅人たちの金やカプセルを奪っていた。荒野のハイエナとして広く人々に恐れられ、俺もそれを誇りに思っていた。だがある日ついに土をつけられ、捕らえられた末にここにこうして据えられたのだ。ここからは町の醜悪なこと、すべての悲惨なことが見える。今ではすっかり牙を抜かれた俺の心は、それらを目に泣かずにはいられないのだ」
「はあ…」
ネコには王子の言うことがよくわからなかった。王子の話は突飛だったし、何よりネコは眠かった。だが、王子はそんなことはお構いなしに、力強くそれでいて軽いところのある調子のよい声で続けた。
「ずっと向こうの森の中に、空へと続く塔がある。その塔の根元に小さな男の子がいる。その顔は悲しみに沈み、小さな手は震えている。父親が胸に槍を受けて死にそうなのに、金がなくて手当てができずにいるのだ。プーアル、俺の刀の柄からリッチストーンを取り出して、あの子どもに渡してくれ。俺は両足がこの台座の上に固定されてしまっているから、自分では行けないんだ」
「でも、ボクはもう眠りたいんです。たっぷり眠って疲れを取って、陽が昇ったら南に向かって出発しなくちゃいけないんです」
ネコは言った。おずおずとそれは謙虚な態度で。
「もうすぐ同窓会があるから、それまでに行かなくちゃ。ボクの卒業した南部変身幼稚園では、みんな変化の術を身につけるんです。そこにウーロンっていう、いつもボクを苛めていたやつがいたんですが、そいつは女の先生のパンツを盗んで幼稚園を追い出されちゃったから、ちゃんとした変化の術を使えないんです。だからボク、今回の同窓会ではウーロンに、ボクの変化の術を見せつけてやるんだーいっ!」
だが、言っていることはなかなか強気で調子がよかった。だからというわけでもないだろうが、王子もそれで引くことはせず、むしろ口調を強めて言うのだった。
「プーアル、おまえの言うことはよくわかった。だが一晩だけ、俺の使いをしてくれないか。おまえに変身能力があるのは好都合だ。ツバメに化けて、あの男の子のところまで飛んで行ってくれ。あの父親はあの子にとってただ一人の肉親で、あの子はとても悲しんでいるんだよ」
「だけど…」
なおも少しだけ、ネコは断る姿勢を見せた。しかし王子がとても悲しそうな顔をしたのですぐに思い直した。
「はい、わかりました、ヤムチャ様。ヤムチャ様の言う通りにします。その代わり、今夜はヤムチャ様の肩の上に泊めてくださいね」
「ああ、それくらいお安い御用だ。礼を言うぞ、プーアル」
軽い笑みを浮かべた王子の顔を確かめてから、ネコは王子の刀に飛びついた。そしてその柄から大きなリッチストーンを取り出すと、声も高らかに叫んだ。
「ツバメに変化!!」
一瞬にして空飛ぶ鳥の姿になったネコは、リッチストーンをくちばしに咥えると、町の屋根を飛び越えて出かけて行った。
夜の冷たい風の中を。王子の温かな笑顔を思い浮かべながら。そして、それはやがて別の人間の笑顔を生んだ。
「あれ、これは…なんてきれいな宝石だろう。ツバメさん、きみが持ってきてくれたの?ありがとう!これで父上の手当てができるよ!」
辿り着いた森の中で、そう言って笑った男の子の周りを飛び、男の子の笑顔をさらに引き出してから、ツバメは王子のところへ飛んで戻った。


翌朝、王子の肩に抱きつくようにして眠っていたネコならぬツバメの上に、朝陽が降り注いだ。
「おはようございます、ヤムチャ様」
「うむ、おはよう」
それで目を覚ましたツバメは、朝の挨拶もそこそこに話し始めた。
「不思議ですね。昨夜は決して温かい夜じゃなかったのに、ボクはとても温かい気持ちで眠ることができました。この朝陽も、いつも以上に輝いて見えます」
その満足そうなツバメの笑顔に、王子もまた同じような表情で答えた。
「それはいいことをしたからさ。かくいう俺も、とても清々しい気持ちなんだ。昨夜プーアルが俺の言葉を実行してくれるまでは、こんな気持ちになれたことなどなかった。これまで何度か人々を助けたいと思ったことはあったが、俺一人では何もできなかったからな。プーアル、もう一度礼を言うぞ」
「いいんですよ、ヤムチャ様。ボク、顔を洗ってきますね。ヤムチャ様にもお水を一杯持ってきます」
少しばかりくすぐったい気持ちになって、ツバメはその場を離れた。川へと飛んで行く途中ふと振り返って見てみると、王子は朝陽を浴びてきらきらと輝いていた。その刀の柄の部分だけが輝いていないことに気づいた時には、ツバメは少し悲しい気持ちになったが、川で顔を洗い、羽で掬った水を王子の口元に注いだ頃には、そんな気持ちも忘れていた。
だが、やがて日が傾き始め、王子とのひとときを締め括ろうとした時に、再び思い出すこととなった。
「ヤムチャ様、ボク、そろそろ行きますね。ヤムチャ様のこと、みんなに話して聞かせます。それでは、お元気で」
「なあ、プーアル。もう一晩ここに泊っていかないか」
「いいえ、同窓会に遅刻しちゃいますから」
「おまえの邪魔をするつもりはないよ。ただ、もう一度だけ頼まれてほしいんだ。ずっと向こう、町外れの宿小屋に少年の姿が見える。少年は朝から飲まず食わずで、床にへたり込んでいる。少年は強くなるため地球のためにと修行に修行を重ねていたが、腹が減ってもう動くことができないのだ。空腹のために今にも気を失わんばかりなのだ」
「わかりました、ヤムチャ様。今夜もあなたの言う通りにします。その少年のところにリッチストーンを持っていけばいいんですね?」
「いや、そうではない。リッチストーンはもうないんだ。だが、まだ宝石はある。プーアル、俺の両目は黒曜石でできている。左目を抜き出して、少年のところへ持って行ってやってほしい。腹がいっぱいになれば少年の力は回復して、再び修行に身を入れることができるだろう」
「ヤムチャ様…」
ツバメは口籠った。それからはらはらと泣き始めた。ツバメには王子の言うことがよくわからなかったが、そのことだけはわかっていた。
「ボクにはできません。そんなことをしたら、ヤムチャ様の左目が見えなくなってしまいます。そんなこと、ボクにはできません」
「いいんだ。左目がなくとも右目がある。俺は遠目が利くってことは、もうおまえもわかっているだろう。何、心配には及ばないさ」
「でも…」
「頼む、プーアル」
「…はい、ヤムチャ様」
ツバメは胸を詰まらせながら、王子の左目を取り出した。そしてただただ王子の言葉に従うことだけを考えて、黒曜石を運んだ。町を越え、宿小屋に辿り着き、両手を投げ出すようにして床に倒れ込んでいる少年の前に黒曜石を置くと、少年は疑うこともなく喜びの声を上げた。
「ん?なんだこれ?あっ、ひょっとして宝石ってやつか?ラッキー!これを売れば、腹いっぺえ飯が食えるぞ!ひゃっほーう!!」
そして、矢も盾もたまらずといった感じで、宿小屋を飛び出していった。少年はとても幸せそうだった。その様子を心に留めて、ツバメは王子のところへ戻って行った。


次の日、ツバメは日没までの長い時間を王子と共に過ごした。隻眼になってしまった王子のことが心配だったのだ。だが、何事も起こらずに一日が終わりかけると、安堵の気持ちと相まって少なからぬ焦りが首を擡げた。
「お暇乞いをさせていただきます」
暮れなずむ夕陽の中、片目を細める王子を見ながら、ツバメは思い切って口火を切った。王子はというと、いつもの軽い口調で言った。
「プーアル、もう一晩泊っていかないか」
「残念ですけど、ヤムチャ様。もうすぐ約束の日なんです。だからボクもう行かなくちゃ。ヤムチャ様のことは決して忘れません。必ずまた会いにきます。それまでどうかお元気で」
「ずっと向こう、四面の広場に青年がいる。彼は迷っている。師を信じることのできなくなった自身の心を認め切れずにいる。俺のこの黒曜石を手向けて示してやりたい。それでいいのだと。己の信じる道を行けと。プーアル、おまえは二度までも俺のために働いてくれた。もう一度だけ、俺の使いをしてくれないか」
「ダメです、ヤムチャ様」
ツバメは弱い声で、だがはっきりと王子に答えた。
「ボクもヤムチャ様のために働きたい。でも、そのお使いをするわけにはいきません。そんなことをしたら、ヤムチャ様は何も見えなくなってしまいます」
今にも泣き出しそうなツバメに、王子はことさら軽く笑いかけた。そして優しく情の籠った声に強い意志を乗せて、ツバメに語りかけた。
「俺はもともと弱い者など目にも入らぬ盗賊だった。それがここに立たされ人々の様子を目の当たりにすることになって、涙を流すほどに心を砕くようになったんだ。だから目がなくなっても、元のように見えなくなるだけだ。むしろ悲しい人々を見ることがなくなって、幸せなのかもしれんぞ」
「そんな…そんなの嫌です」
「プーアル。俺の言う通りにするんだ」
王子の声に厳しさが加わった。その瞬間雷に打たれたように竦んだツバメの心を動かしたのは、恐ろしさではなかった。
「…プーアル!行けっ!!」
泣きながら、ツバメは王子の右目を取り出した。そしてそのまま飛び立った。涙が溢れた目には何もかもがぼやけて見え、青年の元に辿り着くまで、ツバメは何度も人や物にぶつかった。だが、ツバメがそれを気にすることはなかった。王子はもう何も見ることができないのだ。少し視界が曇るくらい、なんであろう。
ツバメは王子のことだけを考えながら、青年のところへ黒曜石を運んだ。黒曜石を手にした青年の様子に気を払うことはなかった。青年が喜ぶかどうかなど、ツバメにはどうでもよかった。
自分は王子のようにはなれない。ツバメはそう思った。
でも、王子の代わりにできることはある。そう思った。


ツバメは急いで王子のところへ戻った。そして、そのことに気づかない王子の肩にとまると言った。
「ヤムチャ様、ボクは南へ行くのをやめました。これからもずっとヤムチャ様と一緒にいることにします。今日からはボクがヤムチャ様の目になります」
ツバメの突飛な声と話に、王子は大変驚いた。見えないながらに、ツバメの声のする方へと顔を向けて言った。
「いや、ダメだ。おまえは南へ行かねばならん。仲間が待っているんだろう?昔の仲間が大勢集まって、ご馳走を食べたり爆竹を鳴らしたりして楽しむんだろう?」
「そこまでは言っていませんが…。とにかく、ボクはどこにも行きません。ずっとヤムチャ様と一緒にいます」
王子はもう何も言わなかった。目の見えない王子には、むしろそれ故にツバメの気持ちが直に伝わってきた。
他人のために目を使うことにしたツバメと、他人のために目を失った王子。二人は寄り添うようにして、眠りについた。


次の日、ツバメは一日中王子の肩にとまって、たくさんの話をした。自分の知る限りの楽しい話。そして何より、自分の目に映る様々な出来事を話して聞かせた。
「プーアル。一つ、頼まれてほしいんだが」
ツバメが一息ついた時、王子がいつも通りの明るい口ぶりで話し出した。だがその内容は、決して明るいものではなかった。
「おまえはあまり触れなかったが、俺にはわかっている。この世には多くの苦しみや悲しみを受けている人々がいることを。俺の体は純金で覆われている。それを少しずつ剥がして、貧しい人に届けてやってほしいんだ。とかく生きている者は、金があれば幸福になれると考えているものだからな」
「それはできません。ヤムチャ様はもう充分に人々を助けました。それこそ、自分の目を差し出してまで。この上お体に傷をつけるなんて、そんなこと」
ツバメは即座に答えた。ツバメは今では王子のことだけを考えていた。初めて会った時には見惚れるほどに凛々しかった王子の顔から瞳がなくなってしまったことだけでも悲しいのに…
「傷がつくとは俺は思わない。むしろ勲章さ。そうさ、傷は男の勲章だ。だから頼む、プーアル。俺の意思を汲んで、幸せを運ぶ使者となってくれ」
王子の言葉は今やツバメにとって絶対だった。絶対に背けないその悲しい言葉を噛み締めて、ツバメは泣き始めた。
「こんな…こんなことなら、ボクはここに来なければよかった。ボクが来なければ、ヤムチャ様は何も失わずに済んだのに」
「それは違うぞ、プーアル。おまえがいるから、俺は人々を助けることができるのだ。さあ、プーアル。貧しい人々のところへ純金を届けて、俺の心の涙を止めてくれ」
ツバメは少しずつ純金を剥がしていった。初めはつま先から。終いに頭のてっぺんまでをも剥がし尽くして、王子はすっかり輝きを失ってしまった。かつて美しい涙の伝った頬には傷がついた。王子と呼ばれていたことが嘘のような、変わり果てた姿となった。
そして、その頃には季節も変わっていた。


やがて、雪が降ってきた。その後に霜が降りた。冬の冷たい風が、遮るもののない丘の上にいっそう強く吹き込んだ。
「わあ…雪だ。ヤムチャ様、雪ですよ。小さくて、冷たくて、ゆっくりと降りてくる…まるで白い流れ星のようです」
ツバメは努めて明るい声を上げながら、王子の体に寄り添った。しかし、像である王子の体は冷え切っており、ツバメをこれっぽっちも温めてはくれなかった。だがただ一つ、わずかに熱を帯びたところがあることに、ツバメは気づいた。
「ヤムチャ様。ボクをその胸に抱き込んでいただけませんか。肩にとまっているのに疲れてしまったんです」
「ああ、いいとも。お安い御用だ」
それは胸だった。冷たい灰色となった王子の像の中で、胸の奥にある鉛の心臓だけが、温かさを保っていた。その、王子が王子である所以の場所に、ツバメは抱きついた。
「あったかいなあ…」
それでも、その胸に触れていない頭と背中には雪はしんしんと降り積もる。ツバメの体は刻一刻と冷えていった。そしてとうとう、ツバメはそのことを悟ったのだった。その直前、僅かに残っていた力を振り絞って、ツバメは再び王子の肩に飛び上がった。
「さようなら、ヤムチャ様。最後に手にキスをしてもいいですか」
囁くように言ったツバメの声は、暗いものではなかった。だから、目の見えない王子は気づかなかった。王子はいつもの軽い口調で、ツバメの言葉を喜んだ。
「なんだ、プーアル。ようやく行く気になったのか?うむ、それがいいな。おまえと別れるのは淋しいが、もう俺にはおまえに運んでもらう物はないからな。思いっきり楽しんでこいよ。仲間によろしく言っておいてくれ」
「そのどちらも、ボクには守れそうにありません」
ツバメは弱々しく微笑んだ。王子は軽く首を捻った。事ここに至っても、王子にはわかっていなかった。
「ヤムチャ様、ボクは南に行くんじゃないんです。あの世に行くんです。あの世っていうのは、この世の兄弟、ですよね」
ツバメの言葉は、ここで途切れた。そして次の瞬間、王子はすべてを知ることとなった。王子の肩から飛ぶように倒れ込んだツバメが、王子の手の中にぽとりと落ちたからだ。いや、ツバメではない。命が尽きると共に、ネコの変化の術は解けていた。そう、王子の手にキスをしたネコは、すでに亡骸だった。
「あ、ああ…なんということだ…」
目の見えない王子はそれを、体で感じ取った。第六感とも言える、王子独特の知覚能力で。
「プーアルから気が感じられない。死んでしまった…俺のために死んでしまった。俺が足止めしたばかりに死んでしまった。なんてことだ…!」
王子の心が砕けた。同時に、鉛の心臓が真っ二つに割れた。
ツバメはすでに王子の一部分になっていたのだ。


こうして、丘から町を見下ろす者はいなくなった。
もはやそこには、二つの躯があるのみだった。
輝きを失った王子の像は、誰にも見向きされなくなった。その手の上に乗っている小さなツバメは、気づかれもしなかった。
二人とも、誰にも弔われないまま、土に還っていくかと思われた。






そこへ、一人の少女が現れた。
少女はネコの死体を王子の掌から降ろした。そして地面にいくつかの球を転がすと、天に向け叫んだ。
「出でよ、神龍!そして願いを叶えたまえ!」


「もう、何やってんのよ」
王子とネコが目を開けると、見知らぬ一人の少女がぷりぷりと怒っていた。
「この町にいい男がいるって噂を聞いて来てみれば、死んでるなんて。あたしがどれだけ苦労したと思ってるの?一人でドラゴンボール全部集めるの、大変だったんだからね!!」
「あの…どういうことですか?あなたはどなたですか?」
その剣幕に気圧されながらも、ネコは訊ねた。少女からは、親切なんだか押しつけがましいんだかよくわからない怒声が返ってきた。
「あたしはブルマ!西の都随一のお嬢様にして天才美少女!…は〜ぁ、まったく、のんきなものね。あんたは死んだんでしょ。それも冬に野宿して凍死するっていう、間抜けっぷりよ。それをあたしが生き返らせてあげたの。わざわざドラゴンボールを探してね。感謝しなさいよ!」
「…は、はい、すみません、ブルマさん。生き返らせてくれて、どうもありがとうございます…」
ネコは平身低頭する一方だった。少女の言うことが今ひとつわからないばかりか、生き返った感慨も再び王子と相会った感動も何もなかったが、文句を言うことはできなかった。少女はというと、何もかもをもわかったような口ぶりで呟いた。
「本当に何やってんのよねえ。自分が死んだらなんにもならないじゃないの」
そして次には、王子の性格を看破した。
「王子、あんたもよ。引っ込みつかなくなったのはわかるけどさ、調子に乗ってなんでもかんでもあげるんじゃないの。こうなることくらい、ちょっと考えればわかるでしょ」
「うーむ、面目ない…」
王子は例の軽い調子で頭を下げた。王子が目当てということもあり、少女は王子に関してはそれでよしとしたらしく、ネコの方に向き直ると、あからさまに邪魔者を排除しにかかった。
「ほら、あんたはさっさと行きなさいよ。早く南に旅立たないと、また凍え死んじゃうわよ」
「いえ、ボクはここにいます」
「え?」
「これからもずっとヤムチャ様のお傍にいます。何があろうとヤムチャ様と一緒にいます。そうボクは決めたんです」
「プーアル…!」
遅ればせながらも、感動の瞬間がやってきた。互いの存在のみを意識しながらひしと抱き合うネコと王子を、少女はしばらく白けたような目つきで見ていたが、やがていつまでもいちゃつく二人に痺れを切らし、溜め息と共に声を漏らした。
「しょうがないわね。じゃあ、あんたもうちにいらっしゃい。どうせ部屋は空いてるんだから、ついでに置いてあげるわ」
「えっ?ブルマさんのうちに?」
「どういうことだ、それは?」
ネコと王子は共に驚きの声を上げ、一転して少女へと目をやった。そんな二人に、少女は得々として話し始めた。
「王子はあたしが買い取ったのよ。だから、うちに持って帰るの」
「何だって?い、いやしかし、俺の足はこの台座に固定されてしまっていてだな」
「じゃあ台座ごと持ってくことにするわ」
「な、なんという強引な」
「あら、命の恩人であるあたしにたてつく気?」
腕を組み睨みを利かせる少女には、妙な迫力があった。どう見ても少女よりも逞しい王子を軽く蹴散らしてしまいそうな眼力。王子は思わず怖気づき、うっかり言ってしまった。
「あ…いや、まさか、そんなことは」
「そうよね。そんなことあるはずないわよね。じゃあ決まり。今日からあんたはあたしのものよ」
「ああ…うん」
「うちに着いたら、まずは補修工事よ。そんななりじゃみっともなくって、人に見せられないからね。貧しい人に宝石あげたいんならうちからあげるから、あんたはもううらぶれちゃダメよ」
「う、うらぶれ…」
「それから、その髪も切るからね。今どき長髪なんてダサいのよ」
「なっ…!」
いかにも何かを言いたそうで言わない王子。これでもかというほどにはっきりと物を言う少女。二人の会話を聞きながら、ネコは思っていた。
そう言えば、王子が関わりを持とうとした人たちはみんな男だったなぁ、と。ストイックな人だと思っていたけど、そういうことじゃなかったんだなぁ、と。偏に女に弱いだけだったんだなぁ、と…
「さってっと。どうやってうちまで運ぼうかしら。結構重そうよね、あんた。分解…するのはまずいだろうし。家ひき工事の要領でやれるかしら。まずは道路の占用許可取らないといけないわね。まったく、何から何まで手間かけさせるんだから」
「あ…あの、えっと、じゃあ、俺飛べるから、自分で飛んで行きます…」
ネコの見た通り、王子はすでにすっかり少女の尻に敷かれていた。もじもじと両手の人差し指を突き合わせながら言った王子に、少女は食ってかかるような勢いで問い詰めた。
「なんですって?飛べる?それじゃ、プーアルにお使いさせる必要なかったんじゃないの!」
「ああ、まあ、そうなんだけど。でも、話の都合上…」
「ちょっとプーアル、あんた、こんな主でいいわけ?」
「え?…あ、はい、まあ、ボクは…」
「なんだか怪しくなってきたわね〜」
「いいんです。ボクはヤムチャ様ってだけで!」
ネコは言い切った。これまでとは少しばかり違う心境から、王子の味方をしてやりたくなったのだった。
「あっ、そう。寛容なのね。じゃあ、あたしもそうなってあげるわ。さ、行くわよ、二人とも。Go west!西の都に向かって出発よ!」
「結局、旅立つのか…」
「ボクの苦労はなんだったんだろう…」


少女に促されて、王子とネコは天国ならぬ都へと連れられて行った。
そこでネコはそれなりの生活をし、王子は新たな苦労を背負い込むことになる。


…おしまい。
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