Only Holy Story
木々を飾るオーナメント。どこからか流れてくるクリスマスソング。
誰の身にも平等に、クリスマスはやってくる。
そこが冬であろうと、夏であろうと。
都会であろうと、田舎であろうと。
望もうと、望むまいと。

そしてここ西の都のC.Cのパーティルームには、見たところ非常にクリスマスらしいクリスマスがやってきていた。
実用性とインテリア性を兼ね揃えた電気式暖炉の傍で煙管をふかしている、一人の老人サンタ。室内観賞用に品種改良された本物志向トウヒのクリスマスツリーに飾りつけをしている、二人の動物サンタ。テーブルの上に並べられたクリスマス料理に舌鼓を打ちまくっている青年サンタと、それを見守る女のサンタ。さらにそれらを横目で見やりながら軽口に花を咲かせている、二つの流派のサンタたち。
「ぷ。ぷぷぷ…」
「…わ、笑うな」
「だって、おまえ…似合わねえなあ〜」
笑いを堪え切れない様子のヤムチャに天津飯は苦虫を噛み潰したような顔になり、それを見たヤムチャはさらに笑いを零した。
「ある意味、戦ってる時より怖いな。もうちょっと目元緩められないのか?そんな怖いサンタ見たことないぞ。なあ、そう思わないか、クリリン?」
「いや〜、まったく。餃子は餃子で紅白もいいところだし」
「餃子知ってる。赤と白はクリスマスカラー」
「…まあ、めでたいと言えばめでたいかもな」
ともかくも今夜のC.Cはサンタクロースで満ちていた。悟空、クリリン、ヤムチャ、プーアル、ウーロン、亀仙人、チチ、天津飯に餃子、部屋にいる者全員が赤と白の衣装を身に着けていた。もちろん、それには理由があった。
「ところで天津飯、ランチさんは?てっきり一緒に来るものだと思ってたのに」
「…さあな」
「それからヤムチャさん、ブルマさんは?ブルマさんも知ってるんでしょ?今夜のこと」
「…まあな」
クリリンの言葉に天津飯とヤムチャが揃って口を閉ざした時、このサンタクロースの集団を統べる者が口を開いた。
「まるいなーみんな、へつらってもらっちまって。アンタのとっつぁんがオリから落っこっちまって動けねえからあがりにアンタやってくれって神様が言うもんだからよ」
「食べ終わってから喋れ!!」
途端に彼以外の全員から突っ込みが入った。悟空は悪びれた風もなく口の中の物を飲み込み、同時に伝わり切らなかった感謝の言葉をも呑み込んだ。
「ははっ、わりぃわりぃ。じゃあ、そろそろ始めるとすっか!」
「ようやく食い終わったか」
持っていたクリスマスオーナメントを手放して、ウーロンが呆れたように呟いた。悟空以外の全員の気持ちを代弁する言葉を。そう、この場に集められた者全員が、自分たちを集めた者が食べ物を口に詰め込み終えるのを待っていたのだった。
「二人一組でやってくれ。えーとまず…」
腰に付けていた小さな袋に悟空が片手を突っ込んだ。一体どうやって入っていたのかと思うほど大きな白い袋をそこからいくつか取り出すと、まずはプーアルが元気に前へ進み出た。
「ぼく、ヤムチャ様と一緒にやります!」
「おっ、そうか。じゃあこれ、プレゼントが出てくる袋だ。相手に触りながらこの袋に手を突っ込むと、相手の欲しい物が出てくるんだ」
「オラはもちろん悟空さと一緒だぞ。なっ、悟空さ、そうだよな!?」
次にドアの近くにいたチチが意気込みも露わに叫んだ。その新妻の愛夫ぶりにではなく、それに答えた夫の態度に、一瞬場が静まり返った。
「ああ、いいぞ。でもあんまりでっけえ声出すなよ。子どもたちが起きちまうからな」
「うん!わかっただ!」
まさか悟空が女を優しく窘めるとは――どうやら本当に結婚したらしい。誰もがそう思った。
「それから、天津飯と餃子だな。面倒なこと頼んじまってわりぃな、天津飯。でも楽しそうだから、おめえたちも一緒にと思ってよ」
「ああ、構わないさ」
いつもながらの真面目くさった声で天津飯は答えた。それを見てヤムチャがまた笑いを漏らした。
「クリリンは亀仙人のじっちゃんとだったな。よーし、これで全部だな。みんな頼むな。行かなきゃなんねえ家はトナカイのやつが教えてくれるし、鍵は帽子を被っていれば勝手に開くから――」
腰の小袋から手を放して悟空がぐるりとみなの顔を見回すと、みんなは頷き顔でそれに答えかけた。彼らがここに集まってから過ぎること小一時間。ようやく出陣の時がやってきた――
「ちょっと待てよ、悟空!誰か一人忘れてやしないか?どうしておれにはその袋くれないんだよ!」
「だってウーロン一人じゃねえか。おめえ一人でこんなことやらせるわけにはいかねえよ」
「そんな気を遣うなんて悟空らしくないぜ。だいたい衣装まで着させておいてよ」
「うーん、でもトナカイはその家に子どもがいることはわかっても、男か女かまではわかんねえらしいからなあ」
「ダメですよ悟空さん、ウーロンを一人で女の子の寝てる部屋に入れるなんて。絶対エッチなことするに決まってるもん」
「プーアルてめえ、余計なこと言いやがって」
――わけでは、まだなかった。サンタクロースは誰にでも務まるというものではない。純粋な人間の友人がみな純粋であるとは限らない。神様の考慮した事実と考慮しきれなかった事実が、軽くぶつかり合い始めた。さして緊張感の漂わないそのやり取りを、その他の男性陣はのんびりと見ていた。ただ一人紅一点が、みなとは違う方向に視線を投げて、みなとは違って声を上げた。
「あっ、ブルマさ。お邪魔してますだ。遅かっただな。てっきり来ないのかと思っただよ」
「うん、ちょっとね。チチさん、かわいい格好してるじゃない」
ふいに開いたドアからブルマが姿を現した。その顔は笑っていたが、あまり部屋の中を――とりわけその方向を――見ようとはしなかった。そのことに、目の前にいたチチも少し遠くに離れていた他のみんなも気づかなかった。…ただ一人の男を除いては。
「そうだか?オラもう人妻なのにこんな娘っ子みたいな形のスカート、こっ恥ずかしいだよ。みんなと同じズボンでいいのになあ」
「そんなことないわよ、よく似合ってるわ」
そんなわけで、ただただにこやかに女同士の会話が続いた。この部屋の中でただ一人ブルーの服を着ているブルマと、やはりただ一人膝丈の二段ワンピースという変則的なサンタクロース衣装を着ていたチチは、とても仲がよさそうに見えた。やがてチチがこう言うまでは。
「よかった。じゃあ、ブルマさも着替えるだよ」
そう、この瞬間、二人の間の空気が変わった。それでここまで黙って女二人の話を聞いていた男たちは、ますます何も言えなくなった。
「あ、あたし急いで直さなきゃいけないメカがあったんだっけ…」
「待つだ!」
再びドアを潜り抜けようと踵を返したブルマの前に、すかさずチチが回り込んだ。そのままドアの前に仁王立ちとなって、怒鳴りつけた。
「一人だけ逃げようたってそうはいかねえだ。今オラのことかわいいって言ったでねえか!」
「自分が着るとなれば話は別よ!!」
すぐさまブルマも怒鳴り返した。少し離れたところにあった、チチが塞いでいるものとは別のドアのコンソールを叩きながら。早くも露わになる、女の本音と社交辞令。
開いたドアの真下、パーティルームと隣の小部屋の境界線上で繰り広げられる二人の女の戦いを、男どもは固唾を呑んで見守っていた。


勝敗は決した。
やがて腕を後ろに掴み上げ半ば引きずるようにして、ブルマを連れチチがパーティルームへ戻ってきた。
「オラも武道家のはしくれだ。ブルマさには負けねえべ!」
「うは、チチ、気合入ってんなぁ」
「あったりまえだべ!こんな恥ずかしい格好、一人でしてたまるけ!」
「そんな恥ずかしいかなぁ」
「孫くんはいいのよ」
ブルマがポツリと言った。同意する者も否定する者もいなかった。ただなんとなく自分たちの身なりを再確認した他の面々は、実のところ未だこの流れについてこれずにいた。
「というわけで、ブルマさにもサンタクロースになってもらうだ。悟空さ、神様の袋貸してけれ。ブルマさ、悟空さの持ってる袋に手を入れるだよ」
「これ?わっ、何これ。四次元袋!?…きゃっ!」
悟空の差し出した例の小袋にブルマが手を入れると、その指に吸いつくようにして赤い布が出てきた。その布の大きさに驚く間もなく、ブルマの体を布が覆った。そして次の瞬間、布は服になった。
「こりゃあ色っぽいサンタクロースだわい」
「きゃあああ!ちょっとどこ触ってんのよ、エロじじい!」
途端に、亀仙人がサングラスを直しながらすり寄ってきた。尻に纏わりつくその両手を思いきり引っ叩いてから、ブルマは我が身を返り見た。
「何これ!何であたしのスカートこんなに短いのよ。チチさんみたいな長いのないの?おまけにどうしてこんなに胸が開いてるわけ。チチさんはそうでもないのに!」
いきなり自分の服装が変わってしまったことについては、ブルマは言及しなかった。悟空の持ち込む非常事態に対する慣れ。『神様に頼まれてサンタクロースをやる』という話にすでにある程度納得してしまっていた彼女にとっては、もはや自分自身のことだけが気にすべきことだった。膝上というよりは腿下と言った方がよさそうな丈のスキニーなミニスカート、彼女にとっては珍しくもないがサンタクロースの衣装としてはかなり異色なチューブトップ。ブーツと手袋が長いためさほど寒くはなかったが、もちろんそういう問題ではないのだった。
「えーと、神様が言うには、そいつに一番合った服が自動的に出てくるって…」
「どういう意味よ、それ!?」
網タイツの似合う女って何よ!?バカ正直に答える悟空に、だがブルマはそうは言わず、代わりに捨て台詞とも言える言葉を口にした。
「もう、やっぱり帰って来なきゃよかった!」
それはブルマの本音だった。『やっぱり』の意味がわかった人間はやや離れたところに一人しかいなかったが、やがてすぐに全員が知ることとなった。
「ブルマが来たってことは、プーアルはウーロンとか。よかったなウーロン、参加できて。じゃあブルマ、これプレゼントが出てくる袋だ。二人一組でやることになってっから、使い方はヤムチャのやつに聞いて…」
「ヤムチャ!?なんであたしがヤムチャと一緒なのよ!?」
「え?なんでって。だって…」
悟空は口篭った。唐突に凄味を増したブルマの声と態度に押されて。加えて、ふいにわかった。そして、悟空に悟れたことがみなに悟れないわけもなかった。当人たち以外の全員が半ば条件反射的に身を引き、その結果ブルマとヤムチャの間に遮るものの何もない空気の花道ができた。強気な視線を飛ばすブルマに、どことなく引け腰でそれを受け止めるヤムチャ。誰がどう見ても二人の目線は合っていたが、言葉が交わされることはなかった。
「じゃあ、おれとやるか?」
舞い降りた沈黙と緊張の中、いつもの白けた調子でウーロンが言った。『おまえら、まだ喧嘩してやがったのか』そんな呆れを横にやって。ブルマとヤムチャの喧嘩をウーロンが知ったのはもうだいぶん前のことだったので、今さら茶かす気にもなれないのだった。
「冗談でしょ。誰があんたとなんか…」
ブルマは即座にそれを突っ撥ねた。でも、一瞬の後には態度を変えていた。
「…そうね。やるわ。ヤムチャとやるよりマシよ」
わざとらしく嫌味に聞こえるようにそう言って、ちらりとヤムチャに視線を投げた。しかし今度は目線を合わせることはなく、すぐさま背を向けた。そんなブルマの様子を見ながら、クリリンが確かめるように呟いた。
「ヤムチャさん、ブルマさんと喧嘩してたんっすね…」
「まあな…」
ヤムチャもまたブルマを見たまま、噛み締めるように呟いた。
「ふーん?まあいいや。じゃあ、始めるとすっか!」
どことなく澱んだ空気の中、悟空が高らかに宣言した。どんな状況下でも話を進めることができる、リーダーシップに溢れた悟空であった。


パーティルームの大きな窓を開けると、冷たい外気が入ってきて室内の澱んだ空気を掻き回した。白い息を吐き出しながら、悟空が最後の説明をした。
「これがサンタクロースのおっちゃんのところから借りてきたソリとトナカイたちだ。みんな、適当に好きなやつに乗ってくれ」
「へえ〜、これがサンタクロースのトナカイか〜」
「ほほう。本当に浮いておるのう」
「こいつら飛べるの今日だけだって話だから、気ぃつけてくれな」
窓の外には9頭のトナカイが、一頭を除きやはり二頭一組となってそれぞれソリを引いていた。軽く感心しているクリリンと亀仙人を押し退けて、チチが窓から身を乗り出した。
「あっ、歌に出てくるやつがいるだ。悟空さ、オラたちこれにするだよ!」
「歌?一体何の歌だ?」
「『真っ赤なお鼻の〜』ってやつだべ。確か名前は…」
「ぼくはルドルフ。特殊能力は千里眼です」
「そうだ、ルドルフだったべ…って、おめえ喋れるだか!?」
「そっか、おめえ有名なんだな。じゃあルドルフ、今日はオラたちとよろしくな」
悟空とチチがルドルフの引いたソリに飛び乗ると、続いて他の面々もそれぞれのソリを選び始めた。
「一口にトナカイっていっても、いろいろ違うんだなぁ」
「私はダンサー。ダンスと家事が得意よ」
「あたしヴィクセン。よろしくね、おじいちゃん」
「トナカイの家事って何じゃ?じゃが、なかなかめんこいのう」
クリリンと亀仙人は、愛嬌のある雌のトナカイ二頭立て。
「天さん、見て。このトナカイかわいい。いっぱい飾りつけてる」
「ぼくはコメット。彗星のように速く飛べるんだ」
「おれはダッシャー。このチームのリーダーだ」
天津飯と餃子は、能力重視の組み合わせ。
「おれはドンダー。こいつはブリッツェン。俺と違ってのろまなやつだけどよろしくな」
「何だとドンダー。おまえこそ足引っ張るなよ」
なにやら気合いの入った二頭に当たったのは、ヤムチャとプーアル。
「ぼくはキューピッド。隣にいるのはプランサー…プランサーとプラッとプランを立てようぜ!」
「よしなさいよ、キューピッド。おもしろくないわよ」
「…ほんと、いろいろだな」
クリリンの言葉を反芻しているウーロンをよそに、ブルマがソリに乗り込んだ。そして警戒心も露わに言い放った。
「ウーロン、早く乗りなさいよ。でも、あたしの傍には来ないでよ」
「おまえ無茶言うなよ。これ二人乗りなんだぞ…」
互いに文句を言いながらブルマとウーロンがキューピッドとプランサーの引くソリに収まると、完全に準備は完了した。悟空が、いつもの何事もなかったかのような飄々とした態度で、いつもの笑顔を閃かせた。
「よーし、じゃあ行くぞみんな。パーティ前の一仕事だ」
「おおー!!」
即席のサンタクロースたちを乗せて、ソリは走り出した。あるソリは東へ、あるソリは西へ。あるソリは素早く、あるソリはゆっくりと。自らの能力のまま独走するトナカイに、他のソリと併走するトナカイ。
こうして、世界中の子どもたちと一部の大人たちにとっての、クリスマスの夜が始まった。


空の高みにきらめく赤い流れ星が一つ。
「悟空さ、本当に知らないだか?『赤鼻のトナカイ』って言ったら有名だべよ」
「オラ、聞いたことないな〜。だいたいこのクリスマスってやつをやるのも初めてだぞ」
「悟空さってば、本当に知らないことだらけなんだなあ」
それは悟空とチチのチームを先導するルドルフの鼻の光だった。トナカイは超高速で飛行するため、普通の人間には悟空たちの姿は見えない。おまけにルドルフはその千里眼のために、非常に安定した走りを見せていた。それで悟空とチチはすっかり気を抜いて、サンタの大袋を片手にいつもながらの会話をしていた。
「悟空さがあんまり何も知らないもんだから、オラびっくりしただよ」
まったく咎めを含まない明るい声で、チチは笑った。ここ数ヶ月の自分たちの生活を振り返って。チチにとって悟空との結婚生活は、これまでの牛魔王という父親に守られた娘という意識を捨て、家庭を担う片翼として悟空にいろいろと教え込むことであった。一方悟空にとっての結婚生活は、とりあえずこれまでのどの生活とも違うものであった。チチはともかく悟空がどう感じているのかそれは定かではなかったが、少なくとも近隣の村人などの目から見る限り、二人は非常に仲睦まじくやっていた。
「そうか?オラ、女と一緒に住むの初めてだからな〜」
悟空が答えにならない答えを返した直後、ルドルフがある家の二階の窓の横にソリを止めた。やがて帽子の魔力で鍵の外れた窓の奥では、一人の赤ん坊がすやすやと静かな寝息を立てていた。
「かわいいなあ。オラもこんな子が欲しいだなぁ…」
赤ん坊の体に触れながら妻の持っている袋に片手を突っ込んだ悟空の横で、チチが目を輝かせた。小さな赤い包みを赤ん坊の枕元に置いてからチチから袋を預かると、悟空は彼独特の惚けた口調で水を向けた。
「なんだチチ、おめえ赤んぼなんか欲しいんか」
「そりゃあ、女の幸せは愛する人と結婚して子供を育てることだもんなあ」
胸の前で両手を組むと、チチはそっと両目を閉じた。母親と父親になった自分と悟空の姿を瞼の裏に思い描いてみる。それはまったくの妄想というわけではなかった。なぜなら、彼女の夢はすでに半分叶っているのだから。その彼女の夢を叶えた人物は天下一武道会の武舞台で彼女に応えた時と同じようにきょとんとして、やはり同じように出し抜けに言い放った。
「じゃあやるよ!」
「え?」
「だって今日はクリスマスだろ?おめえが欲しいんならやるよ。オラからのクリスマスプレゼントだ!」
「ご、悟空さ…」
だがチチは、あの時と同じように当たり前のように受け入れることはできなかった。彼女はすっかり顔を赤くして、身を捩るようにして悟空からその顔を背けた。
「やんだー、もう、悟空さったら、そったらことそったら大きな声でー!オラ照れるだよ〜!!」
そしてバシリと大きな音を立てて悟空の背中をぶっ叩いた。並の人間ならば軽く吹っ飛んで行くだろうところを悟空は身動ぎもせず、おまけに顔色一つ変えずに、今度はこんなことを言った。
「じゃあ、いらないんか?オラはどっちでもいいけど」
「ああもう、悟空さのいけず〜!そったらことあるわけねえべ!!」
チチはすっかり幸せな気分になって、悟空を軽く叱りつけた。いつものように。突然それっぽいことを言ったり、かと思えば次の瞬間には言葉を翻したり、惚けたような顔をして自分をやきもきさせたり、つまり今のようにころころと変わる夫の態度に、彼女は夫婦のいちゃつきを感じていたのだ。…悟空には、まったくそんなつもりはなかったが。そしてそのことは、すぐにチチも知ることとなった。
「ふーん。じゃあやっぱりいるんだな?そんならオラ後で貰ってきてやるよ」
「へ?…」
「ところでよ、赤んぼってどこに行けば手に入るんだ?」
「だぁっ…」
チチは盛大にずっこけた。まさに幸せの有頂天から、まっさかさまに落っこちた。とはいえ、悟空に対する思いは変わらなかった。幸せそのものは失われなかった。
どうやら、自分は今夜も教えなければならないらしい。かつてその行為のことを教えた時の、顔から火が出るような気持ちを思い出しながら、チチは今夜もまた腹を据えた。そしてそうしてしまうと、心の底から微かだが甘い気持ちが湧き起こってきた。
…悟空さってば、本当に何も知らないんだから。これはオラがちゃんと教えてやんなきゃダメだべなあ。
まったく、世話のやける夫だべ…


空の低みに不自然にちらつく星が二つ。
「おいブルマ、何してんだ、行くぞ。窓開いたぞ」
「あんた一人でやれるでしょ」
ブルマとウーロンのコンビだ。だがコンビとは言っても、二人の心は何億光年と離れていた。
「いつまでそんなこと言ってんだ。いい加減、袋持つくらいやってくれよ。おれの腕の長さでガキに触りながら袋に手突っ込むのって大変なんだぞ」
「手長猿にでも変身すればいいでしょ」
完全にそっぽを向いて、ブルマは言った。組んだ足に頬杖をついてすっかり座り込みを決めているブルマにウーロンはそれ以上何も言わず、ただ小さく舌打ちをしてソリを降り部屋へと入っていった。もはやウーロンにはブルマに文句をつける気はなかった。ここまでですべて言い尽してしまっていたので。まったく我儘なやつだ。ブルマと組むんじゃなかったぜ。ウーロンはそう思っていた。一方、ブルマはブルマで思っていた。
――今日はクリスマス。
地上に輝くイルミネーション。上を見れば満天の星。そこかしこの窓から漏れる仄かな灯り。子どもたちはすっかり眠りについている。そう、今はもう大人の時間。なのにあたし、ウーロンなんかと二人っきりで何やってんのかしら――
その時、目の前のトナカイたちが口を開いた。とはいえ実際には、少しの間だけ口を閉じていた、そう言った方が正しいような現実であった。
「うーん、ここの家の子は寝相が悪いね。あっほら、ふとんがふっとんだ」
「何バカなこと言ってんの。だいたいキューピッド、あんたさっき方向間違えそうになったでしょ。駄洒落ばっかり言ってるからよ」
「だじゃればかり言っているのはだれじゃ」
――…おまけにこの牡トナカイのくだらない駄洒落。誰かを思い出してイライラするわ。
「だから、そういうのをやめなさいって言ってんの!」
「何だよ、待つ退屈を潰してやろうとしてるのに」
本ッ当にイライラするわ…
ブルマは溜息をついた。怒りよりも虚しさが、心に広がってきていた。それはそこかしこにあるのに自分だけには手に入らないクリスマスの雰囲気のためであろうか。はたまた、いるのにいない存在のせいであろうか。
とにかく、やがてウーロンがソリに戻ってきた時、ブルマはまだ足を組んでいた。本人も文句をつけた短いスカートで。
そして完全に、そっぽを向いていた。


無秩序に空を飛び回る星が二つ。
「うわあああーーー!!ヤ、ヤムチャ様、ぼくたちどこに向かっているのかわかりますか!!」
「わかるわけないだろう!すでにどこにいるのかもわからない状態なんだぞ!どわわわわーーー!」
それはドンダーとブリッツェンだった。いかなる高速飛行時でも雷の如き方向転換を可能とする旋廻能力を持つ二頭は各々自らの鼻と隣を走るライバルのみを意識しながら空を駆け、ほぼ同時にある家の上空で止まった。そしてソリにしがみつかんばかりになっていたヤムチャとプーアルには見向きもせず、隣を走るライバルに向かって言い放った。
「よーしここでひとまずノルマ達成だ。見たかドンダー、この速さを。まだまだ時間残ってるぞ。おれと組めてよかっただろ!」
「何を言ってるんだ。おれがいたからこそだろう。だいたいノルマにはまだ1街残ってる。相変わらずせっかちだな、ブリッツェン」
「…な、何だと!」
そして瞬く間に視線で火花を散らし始めた。さらに数瞬の後に、二頭揃って後ろを振り向いた。
「おいおまえたち、おれの方が速いよな!」
「いや、おれの方が速いよな?」
「どっちも速いです。速いんだけど…できたらもう少し安全運転でお願いします…」
「まったくだ。凌ぎを削るにも程がある…」
ぐったりとした顔で、プーアルとヤムチャがそれに答えた。五組のサンタクロースたちの中でも、完全にトナカイに使われているのがこのコンビだった。
「だらしない人間たちだな。ほら、さっさとプレゼントを置きに行ってこい」
「そうだぞ。まだ1街あるんだからな」
はー、やれやれ。
居丈高なトナカイたちに、サンタクロースの主従は呆れ笑顔で背を向けた。窓を潜り、手を繋いで同じベッドに眠るかわいらしい双子の子どもを目にしても、ほのぼのとした気分にはならなかった。
「サンタクロースがこんなに大変だったなんて知りませんでした」
「本当にな。夢を与えるのも楽じゃないな」
最も、俺にとってはクリスマス自体が楽じゃないが。数週間ぶりに会った恋人の態度を思い出して、ヤムチャは嘆息した。ブルマの態度は喧嘩別れした時と、まったく変わっていなかった。ひたすらに怒っていて、ひたすらに無視していた。どうしてあそこまで頑なになれるんだ。たかがあんなことで。
そうヤムチャは思っていた。話をしさえすれば仲直りできる。だって、あれはただの誤解――いや、それですらないんだから。でもブルマがその話をする機会を徹底して与えてくれなかったので、ひとまずC.Cを出たのだ。ブルマに頭を冷やしてもらうために。
それなのに今夜のブルマときたら、数週間前と全然変わっていない。むしろ真っ向から睨みつけてくるぶん怖くなってるくらいだ。
ヤムチャはまた嘆息した。ブルマも気の長いやつだよ、まったく。隣ではプーアルが、心配そうに主の顔を見つめながら、プレゼントを取り出し終えた袋の口を閉めていた。無言のうちに任務完了。まったく、プーアルの方がよっぽど心通わせられるよなあ…
ヤムチャはさらに嘆息した。再び窓を潜って、少しだけ気分を持ち直した。…それにしても、ここは一体どこなんだ。そんな単純な現実を知りたくてソリの上から周囲をぐるりと見回すと、視界の片隅に不自然にきらめく光を見つけた。直後にドンダーとブリッツェンが口を開いた。
「あっ、あそこに誰かいるぞ」
「誰だよ。ここはおれたちの担当地域なのに」
いや、おまえらがめちゃくちゃに飛んで入り込んだんじゃないのか?
初めてトナカイたちを窘めるチャンスを、だがヤムチャは失った。それよりも早く、二頭がその光目がけて駆け出したからだった。


「キューピッドとプランサーだ。おい、おまえら――」
「おいおまえら、こんなところで何やってる。ここはおれたちの――」
やがて合流した同僚へ向けてブリッツェンが呼びかけると、それを遮るようにドンダーが声を上げた。だがそれは、辺り一面に響き渡る怒鳴り声によって掻き消された。
「何すんのよ、このエロブタ!油断も隙もないわね!!」
「うわっととと、おいやめろブルマ、ソリから落ちちまう」
キューピッドとプランサーの引くソリの上では、まさにブルマが言葉と体の両方でウーロンを突っ撥ねたところだった。自分たちのソリの上で荒々しく繰り広げられる二人の人間の戦いを、キューピッドとプランサーは目を丸くして見ていた。そしてそれまでは意気盛んだったドンダーとブリッツェンも、すぐにそれに倣うこととなった。彼らは日頃、人間と言えば温厚なサンタクロースにしか接していなかったので、こういう喧嘩っぱやい人間の姿にはまるきり免疫がないのであった。とはいえ免疫があるはずのプーアルも呆然としていたが。一方では一人、こういうことにはすっかり慣れてしまっている男もいた。
「何やってんだ、おまえら。一体どうしたんだ」
呆れも露わに訊ねたヤムチャに、ブルマは割れんばかりの大声で答えた。
「どうしたもこうしたもないわよ。ウーロンが足触ったの!まったく、やらしいんだから!!」
「おまえが悪いんだろ。おれにばっかり働かせやがってよ」
「痴漢しといて偉そうなこと言ってんじゃないわよ!」
ウーロンは黙った。さすがにそれを言われてはもう何も言えないようだった。だからといって頭を下げたわけではなかったので、当然の成り行きでブルマの堪忍袋の尾は切れた。
「あたし帰る!これ以上ウーロンなんかとやってられないわ。あんたたち、早くうちに戻って!!」
「ケッ、ヒステリー女」
「なぁんですってぇぇ〜〜〜!?」
二人は再び開戦しかけた。トナカイたちはさらに身を縮こまらせた。それでも、彼らは仕事を放棄しようとはしなかった。
「ダメだよ。それはできない。西の都はすでに地球の反対側、そんなことをしていたら今夜中にプレゼントを配り終えることができなくなっちゃうじゃないか」
「そうよ。世界中の子どもたちに夢とプレゼントを運ぶのがわたしたちの仕事なんだから!」
キューピッドが意を決したように言うと、プランサーが強気な態度でそれに続いた。そこへ意気を取り戻したドンダーとブリッツェンが、賛同の合いの手を入れた。
「そうだ、二人とも。その通りだ」
「キューピッド、おまえつまんない駄洒落言うのやめて、そういうことだけ言っとけよ」
「つまんないだじゃればかり言っているのはだれじゃ」
でもキューピッドがすぐに元の調子に戻ったので、ブルマの破れた堪忍袋は繕われなかった。
「あんたたちねーーー!」
「やめとけ、ブルマ。諦めてこのまま大人しくサンタクロースやろうぜ」
「あんたに言われたくないわ!!」
さらにそこへウーロンが口出ししたので、今度こそ二人の戦いは再開した。そして今度はトナカイはそれを黙って見てはいなかった。どことなく怖気づいてはいたものの、彼らは彼らの姿勢を崩しはしなかった。
「ねえ、そろそろ次の家へ行かないと間に合わなくなっちゃうよ」
「ヤッバーイ。もしそんなことになったら、わたしたちが怒られるわよ」
「いや、それどころか来年はメンバーから外されるだろうな」
「ルドルフと反対か。ま、おれたちはもうすぐ終わりだから関係ないけどな」
「えーっ、そんな」
「冗談じゃないわ!」
場は完全に混沌と化した。一組の主従を除いては。やがて呆れも露わにヤムチャがソリから立ち上がり、一見淡々と指示を出した。
「…ブルマ、ウーロンとじゃなきゃいいんだな?ウーロン、おまえこっちのソリに移れ。こっちはもうほとんど終わりなんだ。俺がブルマとそっちの分を片づける。プーアル、ウーロンを頼んだぞ。ドンダー、ブリッツェン、いいな?」
「えー!何よ、ちょっと勝手にっ…」
「わかりました、ヤムチャ様」
「やれやれ、しょうがねえな」
「おれたちは誰だってOKだぜ」
一人を除いて全員がそれに賛成した。ヤムチャは颯爽とブルマのいるソリに飛び乗り、ウーロンを自分のいたソリへと放った。それを見たブルマは苦虫を噛み潰して、ソリの端へと身を寄せた。自力で地上へ飛び降りることさえできない彼女には、それくらいしかできることがなかった。
「ヤムチャ様、がんばってくださいね!」
「達者でな〜」
何かを感じているのかいないのか、ヤムチャとブルマの現状を知っているプーアルとウーロンが、駆け出したソリの上からそう言った。プーアルはともかくウーロンにはその言葉をそっくりそのまま返してやりたい気持ちになりながらも、ヤムチャはそうはしなかった。やがて聞こえてきた二人の悲鳴も、すでにヤムチャにとってはどうでもよかった。今までよりはだいぶん快適なドライビングを味わいながら、ヤムチャは今一番気になっているまるきり見えない顔へ向かって声をかけた。
「いつまでもむくれてんなよ」
「むくれてなんかいないわよっ」
ヤムチャの方などちらとも見ずに、ブルマは答えた。ひたすらにヤムチャのいない方の空間に顔を向けているブルマは、むくれているわけではなかった。ただ、少しの間忘れていた元の態度を取り戻しただけだった――彼女的には。なんであんたが隣に乗ってくるのよ。図々しいったらありゃしない。あたしはまだ怒ってるんだからね!ブルマはそう思っており、それは間に空間を置いて隣に座るヤムチャにも伝わっていた。ブルマのそういう負の感情は大概誰にでも伝わるのだ。ではなぜヤムチャがわざわざそれに逆らったのかというと、彼は彼なりに思っていたからだった。この辺でなんとかせにゃならんな、と…
「どういうつもり?」
「どういうつもりって…手伝ってやろうとしてるんだろ」
だが、ブルマがつっけんどんに訊いてきた時、ヤムチャはそう答えた。売り言葉に買い言葉。ここに至ってもなおうまい取っ掛かりを見つけられないことが、彼の心を少しだけ苛立たせていた。『仲直りしたいんだ』、そう素直に口にするには彼らの喧嘩は長引き過ぎていた。
「あーら、あたしはまた新しい面当てかと思ったわ」
「おまえなぁ…そう穿った見方するなよ」
それでも、会話は始まった。偏にブルマがヤムチャを無視しなかったからだ。そして始まってしまえば、彼らにはその話題しかなかった。
「こないだのことだってそうだ。何も怒ることないだろう。俺はただ…」
「言い訳なんか聞きたくないわ」
「言い訳じゃない。言い訳しなきゃならないことなんて、俺はしていない。とにかく話を聞け。あれは向こうの女が勝手にだな…」
「それが言い訳じゃなくて何なのよ」
いつしか二人の間の空間はなくなっていた。そっぽを向くブルマにヤムチャがすり寄るという形で、埋められていた。要するに大の大人が二人ソリの一方に片寄ったわけだが、それでソリが傾くことはなかった。傾げられたのは、一頭のトナカイの首だった。
「ねえプランサー。何だかこの二人も仲悪いね。大丈夫かな。ちゃんと終わるかな」
「キューピッドったら、わかってないわね。こういうのは痴話喧嘩って言うのよ」
「痴話喧嘩って?」
「恋人同士が好きでする喧嘩よ」
「喧嘩が好きなの?変わってるね」
「そうじゃなくて、相手のことが好きなのよ」
「ちょっとそこ!うるさいわよ!!」
それはやがて聞えよがしに近い内緒話に発展し、ブルマの顔を前面に向けさせることに成功した。そして直後にヤムチャと視線がぶつかったので、ブルマは彼女自身の性質により、ヤムチャの顔を真正面から睨みつけた。
「言い訳だろうが話だろうが聞きたくないわ。あたしは…………」
反射的に言いかけてしまった言葉を、ブルマは閉じた。一足遅れて首をもたげた理性がそうさせた。彼女は思っていた。
――これ以上は言いたくない。言われて謝るのなんて、子どもにだってできるわよ。
「…悪かったって思ってるよ」
ブルマが口を噤むと同時に、ヤムチャが口を開いた。その口から零れた言葉は、彼女の望み通りのものだった。
「謝ればいいってもんじゃないわよ」
だが、ブルマはそう言った。それはヤムチャの言葉に誠意が感じられなかったからだろうか。それとも彼が彼女の言葉の先を読んでそうしたからだろうか。
「ちゃんとわかってる。…と思う。嫌な思いをさせて悪かった」
そのどちらでもなかった。俯き加減でぼそぼそと紡ぎ出されたヤムチャの言葉には、確かに思いやりが感じられた。ヤムチャが自分の言いたいことを読んでくれた例などないということは、ブルマ本人がよくわかっていた。それでも彼女は応えられなかった。どうしてなのか彼女自身にもわからないままブルマはまたもやヤムチャから目を逸らし、でもそっぽを向くほどのことはせず、黙って目の前を――トナカイたちの行く手を見た。
トナカイたちは北へ向かっているようだった。今飛んでいるのは海の上、辺り一帯真っ暗闇で、どこの海かはわからなかったが、だんだんと肌寒くなってきていた。ミニスカートとロングブーツの間にある目の粗い網タイツのみに覆われた足を、ブルマは撫でつけた。何度目かに吐いた白い息が消えた時、後に白いものが残った。それはやがて、空一面に舞い始めた。
雪だ。
水分を多く含んでふわりと大きく見えるぼたん雪。綿毛のような優しい雪。西の都にただ一つ足りなかったクリスマスの要素。やがて雲の合間から顔を出した月の光が反射して、それらを明るく照らし始めた。
「わぁ…」
ブルマは思わず声を漏らした。とはいえそれはとても小さな声だったので、ヤムチャの耳には届かなかった。いや、それどころか……
軽く口元を押さえながら、ブルマは物言わぬ隣の男の顔を覗き見た。頭を下げたままの恋人は、やっぱり何も言わなかった。どうやら気づいてもいないようだ。他の何にも目をくれず、ただただ彼の恋人の声を待っている一一
ブルマは軽く息を吐いた。
「…しょうがないわね。許してあげちゃおっかなーっと」
そして同時に胸の奥に残っていたものを吹き飛ばした。それは雪と一緒に、彼女の足の上で溶けた。こうしてブルマのわだかまりは消えた。…そんなことで?そう思うだろうか。
そう、そんなことで溶ける程度のわだかまりなのだ。
いつもいつもというわけではないが、でも大概そうだった。彼らの喧嘩は原因が問題なのではない。経過が問題なのだ。喧嘩していること自体が、喧嘩気分を呼び起こすのだ。ブルマはもともと折れない性格だし、ヤムチャは気持ちを読むのが下手くそだ。そしてブルマはいついかなる時でも自分には非はないと思っていたので、たびたび喧嘩の代償を要求した。この時もやはりそうだった。
「ブルマ…」
「この寒さからあたしを守ってくれたらね」
「え?…」
目を瞬いて嬉しそうに顔を上げたヤムチャは、そのブルマの言葉に目を丸くした。まさにブルマがそう言う理由となった彼自身の性質によって。彼を呆然から救ったのは、一頭のトナカイの声だった。
「バッカねー。肩を抱くのよ、肩を。鈍いわね〜」
「へー、プランサー、よくわかったね」
「わかるに決まってるでしょ。何よキューピッド、あんたわかんなかったの?くだらない駄洒落ばかり考えてるからよ」
「くだらないだじゃればかり考えているのはだじゃれ」
「…………」
ブルマとヤムチャは揃って無言でトナカイたちを見つめた。だがその理由はそれぞれ異なっていた。ブルマはただ呆れ、ヤムチャには少し思うところがあった。――ちょっと考えちまっただけだろうが。俺にだってそのくらいわかった。…はずだ。
「こいつ、さっきもこれ言ってなかったか?」
「最初っからずっとこればっかりよ」
ともかくもブルマの肩に手を回しながらヤムチャが言うと、ブルマは少し身を寄せてそれに答えた。ブルマの肩は冷たかった。それでヤムチャは思いきりブルマの体を引き寄せた。するとブルマが視線を寄こしたので、その唇にキスをした。
仲直りのキス。ヤムチャがブルマに言われずともできるようになった、数少ないことのうちの一つだ。
「あー、熱い熱い。じゃあ喧嘩も終わったところで、さっさと取りかかりましょうか」
「そうだね。ぼくたちにはまだまだノルマが残ってる」
ブルマとヤムチャは揃って無言でトナカイたちの言葉に従った。やがて、帽子をしっかりと被り直したかわいいサンタクロースが恋人のサンタクロースに抱えられてソリを降り、ソリから白い袋が下ろされたのを見計らって窓を開けた。…この二人が悟空とチチのような阿吽の呼吸で事に当たるとは思えないが、そこはそれ、それなりにやったということにしておこう。
じゃないと、話が終わらない。いや、話は終わったがノルマが終わらず、一部のトナカイたちにとっては非常に不幸な話になってしまうだろうから…


ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る。
それは、トナカイたちにとっては今年の終りを告げる音でもあった。仕事を終えたトナカイたちは、みな一様にゆっくりと西の都のC.C上空を目指した。高速で空を駆けていた時には聞こえなかった鈴の音を響かせながら。そしてその音と共にあるサンタクロースが帰ってくることを心待ちにしている女が一人、C.Cのパーティルームのソファの上にいた。
「ようやく帰ってきやがったな、天津飯。ったく、いつもいつもひとのこと置いてけぼりにしやがって。だがな、このオレをそう簡単にまけると思ったら大間違いだぞ」
悟空とチチ、ウーロンにプーアル、クリリンと亀仙人に続いて天津飯と餃子のチームがパーティルームに戻ってくると、金髪のランチがそう言って空になったグラスを掲げた。帽子を脱ぎかけていた天津飯の手がとまり、それにも関わらず帽子は脱げ落ちた。そこへ亀仙流の三人が、寄ってたかって茶々を入れた。
「なんだおめえたち、一緒にいたんか。なら一緒に来りゃあいいのによう」
「ランチちゃんに置いてけぼりを食らわすとは豪胆なやつじゃのう」
「おまえは何したって撃たれる心配ないもんな」
「あ…いや…」
天津飯は目を丸くして、額に汗を滲ませた。数歩遅れて部屋に入ってきていたヤムチャが、その後ろで笑いを漏らした。一方その隣にいたブルマは、サンタクロースの群れの中にただ一人まっとうな格好で座り込んでいるランチに、羨ましそうな目を向けた。
「ランチさんたらうまくやったわねえ。あたしも終わった頃に帰って来ればよかった!」
その言葉に、またヤムチャが笑いを漏らした。そんな二人の様子にみなはほぼ同時に気がついたが、真っ先に口に出したのは悟空だった。
「あれ?おめえら、さっきまではあんなに傍に寄るの嫌がってたくせに。さては仲直りしたんか。よかったなぁ〜〜〜」
「ちょっと孫くん、わざわざそういうこと口にしないでよ。デリカシーの欠片もないわね!」
ブルマは思いっきり脹れっ面になったが、ヤムチャの傍を離れようとはしなかった。だから、みんなは何を気にすることもなく笑うことができた。
「よーし、じゃあみんな揃ったことだしパーティ始めようぜ」
「なんであんたが仕切るのよ。ここはあたしんちでしょ!」
「何だよ、おまえさっきまで全然乗り気じゃなかったくせに」
みんなの笑いさざめく中、ウーロンとブルマが言い合いながら乾杯のグラスを手に取った。すでにグラスを持っていたランチ以外の全員がそれに続いた。
「メリークリスマス!…で、いいんだったよな、チチぃ?」
「そうだべ。悟空さ、メリークリスマス」
悟空が覚えたてのその言葉を口にすると、チチがにっこり笑ってグラスを合わせた。――孫くんが女の子とグラスを合わせるなんて。本当に結婚したのね――そう思いながら、ブルマはグラスを合わせた。もちろん彼女の恋人と。その後ろでは、天津飯がランチにグラスを合わせるよう眼光で促され、少なからず困っていた。クリリンが掲げたグラスを擦りながら神妙な口調で言った。
「早くおれにも彼女ができますように」
「七夕じゃないんだぞ」
ウーロンの突っ込みが新たな笑いを呼んだ。早くも無礼講の雰囲気広がる一同の中、悟空が一応は発起人らしいことを言い始めた。
「みんな、今日はごくろうさん。おかげで助かったぞ。サンタクロースはもうお終いだ。腹減ったろ?ご馳走たっぷりあっから、遠慮なく食ってく…」
「だからここはあたしのうちだっつーの!ご馳走ももちろんうちの!あんたひとの家を何だと思ってるのよ!」
「えー、だっておめえがみんな集まるんならここにしろって言うから…」
遠慮なく言い合いを始めた悟空とブルマを見る面々の顔に、緊張感はなかった。一度零れ出した笑いはもう治まりそうにもなかった。でも、それでいいのだ。今日はクリスマス。暖炉の前に飾られたクリスマスツリー。テーブルの上にクリスマスのご馳走。一仕事終えたサンタクロースたちに、窓の外から聞こえてくる鈴の音――

誰の身にも平等に、クリスマスはやってくる。
だからこそ楽しいクリスマスを過ごせますように。
Merry Christmas!
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