「あー、頭痛い」
ブルマは無人の部屋で1人ごちた。
「せっかくの休日だってのに。ツイてないわね、あたしも」
C.C2階のブルマの自室。日曜の昼間だというのに、ブルマはベッドで布団に包まっていた。
「まったく、ヤムチャも冷たいんだから」
人気カードのゲームがあるというので、ヤムチャは野球の助っ人のバイトに行ってしまったのだ。
「こんな時に限って誰もいないし。あーあ」
ブルマは頭から布団を被った。
「ブルマ、ブルマ」
何よ、うるさいわね。
「ブールマーーー!」
ちょっと静かにしてよ!あたしは病人なのよ!!
痛む頭で文句を言いつつブルマが目を開けると、窓の外に悟空がいた。
「あら、孫くん」
「ちょっと開けてくれよ」
飄々とした悟空の声に、ベッドから起き上がりもせず面倒くさそうにブルマは答えた。
「開いてるわよ。勝手に入ってきてよ」
「お、本当だ」
一言小声で呟くと、悟空は彼にしては静かな動作で窓を開けた。ブルマは鬱陶しそうに機先を制した。
「頼み事なら勘弁してよね。あたし今、具合悪いんだから」
苛立ちを隠そうともしないブルマの声に、悟空は内心首を竦めて、しかし表向きはさりげなく言った。
「違げえよ。おめえぶっ倒れたって聞いたからさあ」
悟空の言葉に、ありがたくもなさそうにブルマは答えた。
「ただの疲労よ。っていうか誰に聞いたのよ」
「誰だったかなあ」
悟空はわざとらしく頭をかいた。
「どうせ気でも読んだんでしょ。まったくプライバシーの侵害よね」
いつにも増して刺のあるブルマの口調を無視して、悟空はポケットに手をやると、無造作に紐で括られた小袋を取り出した。
「薬持ってきてやったぞ。オラんちで飲んでるやつだ。マムシとイモリの煎じ薬。こいつは効くぞ〜」
「…あんた、あたしにそれを飲めって言うの?」
冗談じゃないわよ。ブルマは口に出す気力もなく、心の中で毒づいた。
「いいから飲めって。本当に効くぞ」
ブルマは悟空から目を反らし、片手でそれを除ける仕種をしてみせた。
「お断りよ」
「おめえも強情だなあ」
「そんなもの飲んでる人の気がしれないわよ」
おおこわ。悟空はよくヤムチャが呟く台詞を飲み込んだ。
「でもこれ飲ませねえと、オラ、チチに怒られっちまうよ」
その言葉に、ブルマは羨ましそうな瞳を向けた。
「あんたって本当、チチさんに何でも話してるのねえ」
「何でもってこともねえけどよ。何でか、チチにはわかっちまうんだ」
「…羨ましいわ」
今度は声に出して、ブルマは呟いた。
「とにかく、これ飲ますまでオラ帰らねえからな。きっとチチもそうしろって言うさ」
邪気も思惑もなく悟空は笑った。
ブルマはもう、何も言わなかった。
悟空の閉め忘れた窓の僅かな隙間から、そよそよと風が入る。その感触を頬に受けながら、ブルマはおもむろに訊ねた。
「あんた、修行はしなくていいの?」
かすかに悟空ははっとして、何気なくその言葉に答えた。
「そうだなあ。ヤムチャいっか?」
「あいつの名前は聞きたくないわ」
ブルマの台詞に険が篭った。
「あいかわらずだなあ」
悟空は彼らしくもなく腕組みすると、相手が病人であることも忘れ、ズケズケと話に踏み込んだ。
「おめえ、何でヤムチャとはそんなにケンカばっかすんだ?オラとは何ともねえくせによ」
ブルマは物憂げな瞳で悟空を見やった。
あんたは響かなすぎるのよ。
ブルマは心中1人ごちた。
本当にあんたって、打っても打っても響かないわよね。チチさんも、こんな男のどこがいいのかしら。…それとも、チチさんには響くのかしら。
ブルマは額に手を当てた。
「らしくないこと考えてるわね」
きっと熱のせいだ。
「何か言ったか?」
「何も」
ブルマは瞳を閉じた。
「きっと風の音よ」
2人は同時に窓の外へと視線を飛ばした。
ブルマは睡魔から解き放たれた。すぐ目の前に悟空の顔があった。
「…ちょっと、何してるのよ」
「あ、起きちまった」
悟空はしまった、というように顔をあげた。彼はベッドに横たわるブルマに馬乗りになっていた。その手にはオブラートに包まれた薬が握られている。
「あんた、寝てるあたしに薬飲ませようとしたわね。何てことすんのよ!」
悟空は悪びれもせず答えた。
「だっておめえ、こうでもしねえと飲まねえだろ」
「こうでもしたって飲まないわよ!」
ブルマは薬を持つ悟空の手を払いのけた。悟空は困ったようにブルマを見た。
「オラ、そろそろ帰りたいんだよ」
「帰ればいいでしょ!」
ブルマは怒気と共に布団を放った。悟空は妙に大人ぶった口調でブルマを諌めた。
「おめえ、具合悪りぃんだから起き上がるなよ」
「誰がそうさせてんのよ、誰が!」
蹴った布団を掴むと、ブルマは悟空の頭に投げつけた。「ぷはぁ」とわざとらしい息を吐いて、悟空が顔を覗かせる。
「酷でぇことするなあ」
「それはこっちの台詞よ!」
2人は揉みあった。布団を剥がし、それを蹴り、シーツまで捲り上げて。一方が枕を飛ばせば、他方がそれを投げ返す。それはほとんど修学旅行の夜の様相であった。
「ははっ、おめえ元気じゃねえか」
共に佇むベッドの上で、悟空が発した思わぬ言葉とその笑顔に、ブルマが一瞬声を失った時、
「…何やってんだおまえら」
第3の人物が現れた。 |