Dream of Fantasy(前編)
初日の出が街中を明るく照らし出した頃、C.Cに珍客がやってきた。
「こんにちはー!ですだ」
着物の襟を直しながらチチがエントランスのインターホンに向かって明るく言うと、少しの間の後に、どことなく寝惚け気味な声が返ってきた。
「…はーい、どちらさん?」
「あっ、ウーロンさ。あけましておめでとうございますだ。オラたち、新年の挨拶に来たんだけんど、ブルマさと悟空さはいるだか?」
「はいはい、いますよ。…おーい、ブルマ、客だぞ〜。牛魔王んとこのチチが来たぞ〜」
「ウーロンさ、オラだけじゃなく、ベジータさも一緒にいるだよ」
「それとベジータも…えっ?えぇっ!?」
再び間が開いた。何やらドタドタと物音がした後で、今度は明るい女の声が聞こえてきて、客を促した。
「こんにちは、チチさん、ベジータ。よく来てくれたわね。どうぞ入って」


「そんな、隠れたりしなくても平気だってば」
「何言ってんだ。あいつはおれたち地球人を殺しにきたんだぞ!」
「それは昔のことでしょ。大丈夫よ、今はチチさんの旦那なんだから」
「それがまた信じらんねえんだよな〜。いくら悟空がおまえと結婚したからってよ。とにかく、おれはここに隠れてるからな」
「はいはい、ご勝手に。…あっ、二人ともいらっしゃい」
チチとベジータが通されたリビングでは、一人ブルマが着物の袖を揺らしているのみだった。
とは、一見したところのことで、実はソファの陰にはウーロンが、近接するダイニングの奥には悟空が、それぞれの理由で座っていた。
「ブルマさ、あけましておめでとうございますだ」
まずは妻同士の会話。年下でもあり妻としても後輩であるチチが、軽く頭を下げた。
「こちらこそ、あけましておめでとう。それにしても珍しいわね、ベジータも一緒だなんて。ベジータ、ひさしぶり。チチさんと仲よくやってる?」
「…………」
ここまで一度も口を開いていなかったベジータは、ブルマが水を向けてもやはり口を開かなかった。それどころかあからさまにそっぽを向いて、完全に客としての礼を逸していた。
「相変わらずの不遜な態度ね。チチさん、ちゃんとやれてんの?他人事ながら心配になっちゃうわ」
ブルマが呆れ気味にそう言うと、チチはにこやかに笑って言った。
「大丈夫だよ、ブルマさ。オラたち、今年は子どもを作ろうと思ってるだ」
「なっ…貴様!いきなり何を言いやがる!」
途端にベジータが逆上した。元から逆立っていた髪が、さらに逆立った。すっかり上気しているその様子を見ながら、ブルマはおもしろそうに笑った。
「子どもかぁ。いいじゃな〜い。チチさんとベジータも、結婚してもう一年になるものね」
「んだ。だから今、お参りに行って来ただよ。西の都に有名な神社あるべ?いい子が生まれるよう、子授けの御神木にお願いしてきただ」
「あ、そうなの。それでうちに来てくれたのね」
「チチ!貴様、恥を知れ!!」
「別に恥ずかしいことじゃないわよ。それくらいで顔を真っ赤にする方が、よっぽど恥ずかしいと思うわよ」
それでようやくベジータは自分の現状に気づいたようで、今度はさっきよりも勢いよくそっぽを向いた。
「そんなに激しくそっぽ向いたら、首の骨が折れるわよ。ベジータって、本当にいつまでも気難しいわよねえ。まあ、顔出してるだけマシだけどね。…ねえ、ちょっと孫くん、あんたもいい加減に顔を見せなさいよ。お節はもう充分食べたでしょ」
「おう。ひょっと待ってふれ。ほれらけ食っちまうからよ」
一方、もう一人の夫である悟空は、ここでやっと姿を現すという体たらくだった。口の周りに食べカスをつけたまま悠然とやってきた悟空を見て、ブルマは愚痴とも言い訳ともつかない言葉と共に陳謝した。
「悪いわね、うちの旦那は礼儀知らずで。おまけに底なし胃袋で…まったく、どれだけお節を食べ散らかせば気が済むんだか」
「そんなの、ベジータさだって同じだべよ。オラんちもお節いっぱい作っただ。悟空さ、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますだ」
「おう!オラこそよろしくな!」
一度は縁が繋がりかけた間柄である悟空に、チチはどことなく優しい視線を向けていた。一方悟空は、幼少の頃の約束の意味には最後まで気がつかなかったものの、昔馴染みであるチチにはそれなりに親しみを感じており、他人の妻に対するものとは思えない気安さで応じていた。それをブルマは妬きもせず、こう評した。
「チチさんと孫くんって喋り方とか雰囲気が似てるわよね。本当はそっちが夫婦なんじゃないの?」
「なんだと!!!!!」
だが、それに激しく異を唱える人物が、一人いた。水を向けてもさっぱり反応しないくせに、こういうことにだけは反応するベジータだ。
「わっ。びっくりした。何よベジータ、そんなに大声出さなくたっていいじゃない。冗談よ」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ!!」
「言ってもいい冗談なんかないんじゃないの、その調子だと」
「そうでもないだよ。ベジータさはこれでちゃんと冗談はわかるだ」
「へぇー、夜の冗談とかも?」
「やめんか、貴様!」
今やベジータの額には青筋が立っていた。もはや冷めたポーズを取ることも忘れたらしく、なおも声高に叫び立てた。
「まったく、下品な女だ!チチ、貴様も貴様だ。こんなことを言われるのも、貴様のその言葉遣いのせいだぞ。いい加減、その田舎くさい喋り方を直しやがれ!!」
「いいじゃない、そんなの。うちの孫くんだって訛ってるけど、別にあたしは気にしてないわよ」
「カカロットはもともと下級だからいいんだ!!」
「ベジータ、おめえ、ひでえこと言うなあ」
悟空はわざとらしく声を上げてみせたが、彼に味方する者はいなかった――彼の妻をも含めて。
「あんたは言われても仕方がないでしょ。下級とまでは言わないけど、品がないのは確かなんだから。でもベジータ、あんただって、チチさんのことをとやかく言えやしないわよ。だって、ベジータの方が口が悪いもの。あたしはともかく、チチさんに対して『貴様』はないんじゃないの。自分の奥さんにくらい、そういう言い方するのやめなさいよ」
遠慮も容赦もなくバッサリと斬ったブルマに、だが夫たちが反論することはなかった。彼女にやんわりと反論したのは、庇われた当人だった。
「いいだよ、ブルマさ。ベジータさは誰に対してもこうなんだから。オラ、ちっとも気にしてないだ」
「チチさんてば、ベジータに甘いのねえ」
呆れ半分微笑ましさ半分で、ブルマは言った。するとチチとベジータは、ちょっとおかしな形で夫婦の息の良さを見せつけた。
「そうだか?でも、オラはどっちかっていうと、ブルマさのその『孫くん』って呼び方の方が気になるだけどなあ。二人とも結婚してもうずいぶん経つのに、くん付けはないべ。ベジータさだって、おかしいと思うだろ?」
「ああ、まったくおかしいぜ。反吐が出るほどにな!」
そのベジータの毒気だけを無視して、ブルマは答えた。
「そーお?でも今さら呼び方変えるのもね〜。ずっとこう呼んできたし」
「悟空さはそれでいいだか?他人行儀とか思わないだか?」
「オラは別に構わねえよ。だって、オラの名前は孫悟空だもんな」
「はー。二人とも超然としてるなあ。さすが付き合いが長いだけあるだ」
チチが感心の息を漏らしたその時、メイドロボットがやってきた。両手に持ったトレイから、二人分のコーヒーとケーキがテーブルへと移された。
「ほっほっほ。ま、あたしたちくらいになると、腰も据わってくるものよ。さあ、二人とも、お茶どうぞ。ケーキも召し上がれ」
「おっ。うまそうだなあ。いっただっきまーす」
「ちょっと孫くん!なんであんたが食べるのよ!」
すかさずケーキに手を出した悟空を、ブルマが咎めた。同時に動かした手が、悟空の手首を叩いた。ケーキは悟空の手から皿の上へと居場所を戻したが、その際に、かけられていたイチゴのソースが数滴、空中へと逃げ出した。そして、ブルマの着物の袖に赤い染みを作った。
「あっ…!ちょっと何すんのよ、悟空!!これ作ったばかりの着物なのよ。どうしてくれんの!!」
「いっ?だ、だって、ブルマがオラの手を叩くから」
「それはあんたがバカなことをするからでしょ!客のお菓子に手を出すなんて、礼儀知らずにも程があるわよ。恥ずかしいったらありゃしない!あ〜もう、せっかくお正月用にって、忙しい仕事の合間を縫って誂えたのに。悟空のバカ!あんたっていっつもそうなんだから。働きもしないくせに、食べてばかりいて。この穀潰し!!」
「ひぇ〜っ、悪かったよ。許してくれよ、ブルマ〜っ」
噛みつかんばかりの勢いで怒鳴り散らすブルマに、悟空はそれは情けない声で謝罪した。このいきなりの修羅場にチチは呆然とはしたものの、喧嘩の理由のくだらなさに心配する気持ちは起きず、むしろやがて安堵の気持ちすら湧いてくる有様だった。
「あんれま、ブルマさってば、いきなり『悟空』って呼び捨てになっただよ。なるほどなあ、本気になった時は、呼び捨てになるんだなあ」
もちろん、悟空の不躾さに言及する気はなかった。一方こちらもなかなかの不躾さでちゃっかりケーキをいただいているベジータに向かって、やや小声で声をかけた。
「ベジータ、もう帰るだよ。これはオラたちはいない方がいいだ」
「まったく、客を無視して喧嘩をおっ始めるとは、失礼なやつらだ」
口の端を指先で拭きながらベジータが言った時には、悟空とブルマの喧嘩は肉弾戦へと移行していた。と言っても、ブルマが一方的にそこらにある物を投げつけ、悟空はそれを避けているだけなのだが。それでも、いやそれだからこそ周囲への被害は甚大で、堪らずソファの陰からウーロンが体を出した。
「ひえぇぇ…」
「あっ、ウーロンさ、そんなところにいただか。オラたちもう帰るから、後はよろしくな。『夫婦喧嘩は犬も食わない』って言うけど、ウーロンさはブタだから大丈夫だべな」
「『犬も食わない』?何だそれは。一体どういうことだ」
「地球の諺だべ。余計な手出しはするなって意味だべよ」
「ふん、手出しなどするわけがない。カカロットの自業自得だ」
「ベジータさだって、あんまり人のこと言えないだよ〜」
にこやかに咎めるチチに連れられて、ベジータはリビングを出て行った。後には、いつものように悟空に何かが当たるまで意地で物を投げ続けるブルマと、つい避けてしまうが故にブルマの怒りが治まらないことに気づかない悟空、そして最も被害を受けるウーロンが残された。
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