Power lunch(前編)
日曜日。外庭のテラスで、ブルマが食前のカクテルを楽しんでいた時だった。
「よう、ブルマ」
「あら、孫くん」
腹部に縄を巻きつけて、体は宙に浮かせたまま、悟空がブルマに声をかけた。
「感心ね。買い物?」
「ああ。米は重てえからな」
悟空はそう言って、縄で括って背負い込んだ米俵――その数6俵――を指差してみせた。
「そうだ。この前はサンキューな」
「この前って?」
「オラに金くれたじゃねえか。オラ、ちゃんとチチにプレゼントやったぞ」
得意気に笑う悟空を見て、ブルマも思わず微笑んだ。
「何あげたの?」
「いや、オラ何買えばいいかわかんなかったからよ。一緒に近くの村に買い物に行ったんだ。そんでおめえに貰った金見せて、好きなもん買えって言ったら、チチのやつすっげえ喜んでよ」
衒いのない悟空の話に、ブルマにはその時のチチの笑顔が見えるようだった。悟空は軽く手を掲げた。
「だからサンキューな」
「あたしは何もしてないわよ。あれはあんたが稼いだお金よ」
恩を着せる素振りも見せずにブルマはそう言うと、悟空に椅子の1つを指し示した。
「まあ、座りなさいよ。もうすぐヤムチャも来るから」
「いっ。ヤムチャ…」
無意識に腰を引いて、悟空は言葉を濁した。あっという間に、眉間に皺が刻まれる。
「どうすっかなあ。ヤムチャ最近コワいからなあ…」
「そんなことないわよ。この前あんたが来た時から、ずっと機嫌いいわよ」
あたしの実力よね。ブルマは心の中でほくそ笑んだ。
「チチさんが待ってるって言うんなら、引き止めないけど」
「いや、オラ、メシは食ってきたんだ。でもそうだな、せっかくだから馳走になっかなあ」
あんた、その状況で食べてたら、一体いつ断るのよ。
呆れた思いを押し隠して、ブルマは悟空をテラスへと招き入れた。

「よう!悟空」
「おっす、ヤムチャ」
遅れてテラスへとやってきたヤムチャは、確かに機嫌がよかった。むしろ上機嫌といってもいい。
ブルマが悟空に意味ありげな目配せを送ったが、悟空は何も訊かなかった。この2人の仲は詮索しないほうがいい、そう悟空は悟りつつあった。
「ちょっと買い物の途中に寄ったんだ」
微妙に気後れしているらしい悟空の背中を、ブルマが叩いた。
「別に構わないわよね、ヤムチャ?」
「ああ、もちろんさ」
ヤムチャの笑顔には、爽やかさすら漂っていた。
3人は和やかに、食事の席についた。

「それで悟空、チチさんにプレゼントはあげたのか?」
メインのラムローストに慎重にナイフを入れながら、ヤムチャが悟空に水を向けた。こちらは素手で、他の2人の10倍の量はあろうかというそれに齧りつきながら、悟空は答えた。
「ああ。オラ、何やっていいかわかんなかったから、一緒に買いに行ったんだけどな」
グラスの中でワインを転がしながら、ブルマが当てつけるように言った。
「そういう時、孫くんは素直だからいいわよね。ヤムチャなんか他の女に頼むんだから」
「おい、ブルマ…」
「何よ、本当のことでしょ」
ヤムチャは言い澱んだが、悟空の心中はそれよりもっと複雑だった。
おいおい、頼むよ。オラを巻き込まねえでくれよな。
悟空は不安そうに2人の顔を見比べた。
「もうあんなことしないって」
ヤムチャの言葉にブルマが笑ったので、悟空は胸を撫で下ろした。


その話題を持ち出したのは、ブルマだった。その時3人は、食後のコーヒーを楽しんでいた。
「それにしても、あんたたちって似てるわよね」
悟空とヤムチャを同時に視界におさめて、ブルマは頬杖をついた。
「は?」
2人は頓狂に声を揃えた。
「同じ黒髪だし。体格も似てるし。目元なんかそっくりよ」
そう言うと、ブルマは2人の額に手を当てて、それぞれの前髪をかきあげた。
「そうかー?似てるか?」
ヤムチャは反意を示すように悟空を見た。
「オラ、そんなこと言われたの初めてだな」
さすがの悟空も、ブルマのこの意外な言葉には、目を瞬いた。
ブルマは笑って先を続けた。
「似てるわよ。同じ武道家だし、体力バカだし」
「それはしょうがないだろ」
「まいったなあ」
否定できない思いと共に、2人は頭を掻いた。
「それに性格も似てるし」
「性格?」
ヤムチャが訝しげな声を出した。ブルマは意味ありげに小首を傾げてみせた。
「鈍いところなんかそっくりよ。…ちょっと方向性は違うけど」
心外だというように、ヤムチャが訊き返した。
「俺、鈍いか?」
「自覚がないのがその証拠よ」
悟空は言葉を差し挟むのを控えた。ブルマはなおも続けた。
「それに単純なところもね。…方向性は違うけど」
「あんまりいい気持ちしないなあ。なあ悟空?」
「……」
悟空は黙った。嫌な予感がした。
「あと、マイペースなところでしょ。…方向性は違うけど」
さらにブルマは付け加えた。
「そういえば、女を知らなかったってところも同じよね。…方向性は違うけど」

「で、どっちがいいんだ?」
ヤムチャの声音が変わった。
「は?」
ブルマは思わず声を顰めた。それには構わず、ヤムチャは淡々と言い放った。
「方向性が違うんだろ?おまえはどっちがいいんだ」
その声は、硬く冷えていた。
ブルマは呆然とヤムチャを見返した。
「どっちってあんた…孫くんはチチさんのものでしょ」
その言葉を聞いて、ヤムチャの表情は険しさを増した。
「なるほどな。『消去法によって』俺を選んだというわけか」
「ちょ、ちょっとヤムチャ…」
ブルマは自分が地雷を踏んだことに気がついた。彼女は瞳に怯えを湛えて、積年の友人を返り見た。
「孫くん、助けてよ」
「い、いや、オラもちょっと…」
人の機微には疎い悟空であったが、さすがにここで自分がブルマを庇えば、最悪の状況になるであろうことには、察しがついた。
悟空は大仰に叫びたてた。
「あっ!!い、いっけねえ!!オラ買い物の途中だったんだ…」
すばやく空へ飛び退ると、2人に向かって形ばかりの手を振った。
「早く帰らねえと、またチチに怒られちまう。じゃあな、ブルマ!!」
「ちょっと、孫くん」
助けを求めるブルマの声を脳裏から追い払い、米俵を括った縄の端を手に、背を向ける。
「ごっそさん!!」
「孫くーーーん!!」
悟空は空の彼方へ飛び去った。
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