2人はお茶で(前編)
空高く緑萌ゆる山々。そんなのどかな空気を、場違いなエンジン音が引き裂いた。
エアバイクから降り立ったその人物は、これまた場違いな紫色のパンツスーツを身につけていた。
「ハーイ、孫くん」
「あれ?ブルマ」
悟空はブルマを見下ろした。彼はなんとはなしに木の上で、りんごを齧っているところだった。悟空は挨拶もそこそこに、異性の友人の近況を尋ねた。
「おめえ、無事だったのか」
「何とかね。まいったわよ」
ブルマは髪を一掻きすると、意味ありげな笑みを閃かせて言った。
「ま、結局勝ったけどね。それで今日はあんたに頼みたいことがあってきたのよ。今からちょっとだけ付き合ってくれない?」
このブルマの誘いに、悟空はあからさまに嫌な顔をしてみせた。
「ヤムチャに付き合ってもらやいいじゃねえか」
「冗談でしょ。何でヤムチャに向かって、ヤムチャのクダを巻かなきゃいけないのよ」
その態度がいけねえんじゃねえのか。
悟空は瞬時にそう思った。彼は、ブルマとヤムチャのいざこざを通して、人間的に成長しつつあった。
ブルマは悟空の微妙な表情に気づくこともなく、快活に話を続けた。
「あんたに損はさせないわよ。っていうか、得する話よ」
「おめえのおいしい話ほど、コワいものはねえからなあ…」
悟空は眉に皺寄せ両腕を組んで、言い澱んだ。だが、それもブルマが次の言葉を発するまでのことであった。
「あるものを食べに行きたいのよ。それであんたの協力が必要なの」
「飯か!?」
悟空の嫌疑は一瞬で吹っ飛んだ。ブルマは慣れた口調で答えた。
「あたしが食べたいのはご飯じゃないけど、あんたが食べたいなら食べればいいわ」
「なんだかよくわかんねえなあ」
飯は食いたいけど、何かある。悟空は動物的嗅覚でそれを感じ取った。彼は珍しく考え込んだ後で、これまた珍しく名案を思いついた。
「チチも連れて行っていいか?」
「いいわよ。チチさんもきっと喜ぶわ。それにしてもあんた、気が利くようになったわねえ」
「へへへ」
これは本気でハズしたかもしれないわ。衒いなく頭を掻きながら笑って見せる悟空の姿に、ブルマは思った。
「で、チチさんはどこ?」
「たぶん川にいるんじゃねえかな」
「川?そんなところで何してるの?」
悟空の返答はブルマにとって、まったく心外だった。
「洗濯だよ。決まってるじゃねえか」
「…相変わらず旧式ね」
やっぱりあたしには無理だわ。呆れと共に心中呟くと、ブルマは悟空の家へと歩き出した。悟空もなんとなくその後を追った。

「ブルマさじゃねえだか。ひさしぶりだな」
籠いっぱいの洗濯物と共に、チチが顔を出した。悟空を通しての物々交換などのやり取りは盛んであるが、チチとブルマが直に会うことは稀だ。
「こんにちは、チチさん。これお土産よ」
どこに持っていたのやら大きな包みを差し出すブルマに、悟空は訝るように話しかけた。
「おめえ、そんなもん持ってきてるなんて、オラには一言も言わなかったぞ」
「あんたにあげたってしょうがないでしょ。こういうものは一家の大黒柱に渡すものよ」
「大根柱?」
「…認めたも同然ね」
自分の亭主に向かって呆れてみせるブルマに、チチは嫌な顔ひとつせず、笑って尋ねた。
「それでブルマさ、今日はどうしただ?またヤムチャさとケンカしただか?」
「…あんた、そんなことまで話してるわけ?」
ブルマは悟空を睨みつけた。悟空は笑いに汗を張り付かせながら、もごもごと呟いた。
「い、いやオラ話してねえけど、何でかチチにはわか…」
「るわけないでしょ」
再び睨みをきかせながら、ブルマは悟空の胸元を小突いた。
「まったく、あんたが筋斗雲に乗るところをこの目で見てみたいもんだわ」
「おめえ何度も見てるじゃねえか」
この悟空の発言に、ブルマはわざとらしく溜息をついてみせた。
「そういうところに神様も騙されたのね、きっと」
そして流れ行く会話を本道に戻すことに決めた。

「…というわけなんだけど、どうかしら」
ブルマが一通りの説明を終えると、チチは僅かに眉を集めて言った。
「せっかくだけど、オラ遠慮するだよ」
「あらどうして?」
ブルマはまったく意外そうに尋ねた。てっきりチチは喜ぶものと思っていたのだ。チチは一瞬の逡巡の後に答えた。
「ブルマさには言ってもいいかな。オラ今ダイエットしてるだよ」
「ダイエット?だって太ってないじゃない」
「そうでもねえだ。二の腕なんかすごいだよ」
(それは主婦業のせいよ。川で洗濯してるんじゃあ、そうもなるわよ。それにあの鍋…)
ブルマは横目でチラリと、台所に鎮座する大鍋を見つめた。
「とにかく、次の機会にするだよ」
「残念ね。おいしいのに」
悟空もまた、ブルマに同意して言った。
「チチは行かねえのか。じゃあ土産持ってきてやっか?」
「まったく、わかってねえだな悟空さは。そんなことしたらオラ怒るだよ」
「何でだよ」
一見噛み合わない、だが幸せな夫婦の会話に、ブルマはくすりと笑った。


「ひょーっ!でっけえなあー!!」
「でしょ!!すごいでしょ!!」
珍しくはしゃいだ声をブルマが出すと、悟空は瞳を輝かせて言った。
「これ本当にオラが食べていいんか?」
「ダメよ。って、今話したばかりでしょ」
ブルマは、器ごと持ち上げんとするその手を押さえながら、厳しく悟空を嗜めた。
「あんたが食べるのはイチゴ以外の部分。あたしがイチゴ担当よ」
そう、2人の目の前にあるのは、イチゴとアイスクリームの混合物。その名も「ストロベリーマウンテンジャンボサイズ」――総量5kg。
「いつか食べてみたいと思ってたのよね!」
今や悟空のみならず、ブルマも瞳を輝かせていた。
「でも、とても1人じゃ食べきれないし。それであんたを呼んだわけよ」
言いながらスプーンを握り締める。
「ちょっと傍目に問題あるかもしれないけど。チチさんがいればもっと良かったんだけど…ま、しょうがないわね」
悟空はさっそくクリームにスプーンを突っ込みながら、それでも一応訊いてみた。
「ハムヒャとはべればいいんやねえか?(ヤムチャと食べればいいんじゃねえか?)」
ブルマは即答した。
「あいつがこんなもの食べるわけないでしょ。あいつはコーヒーには砂糖を3つも突っ込むくせに、こういうものにはてんで興味を示さないんだから」
「ふーん」
悟空は気のない声を出した。もはや彼には目の前の食べ物しか見えていなかった。
「あー、幸せ!!やっぱりムシャクシャした時はイチゴよね!!」
そして、それはブルマも同じだった。
ある意味利害の一致した者同士が、幸せな時間を共有したと言える。
登頂。登頂。また登頂。
彼らは食べすすめていった。

「あーーーっ!!」
ふいにブルマが大声を出した。
「ちょっと孫くん!」
「はんらよ?(何だよ?)」
悟空はさして気にするでもなく、ブルマを見返した。
「今、あたしのイチゴ食べたでしょ!!」
「ふぇ?(え?)」
「イチゴよイチゴ!!食べちゃダメって言ったのに!返しなさいよ!!」
「ほめえらってほらのはいふうってるらねえはよ(おめえだってオラのアイス食ってるじゃねえかよ)」
「あたしはいいのよ!!」
ブルマは激しく悟空の胸元を打ちつけた。悟空の意識は痛くも痒くもなかったが、体が微妙に抵抗した。
含んだばかりのイチゴが吐き出された。ブルマが顔を顰めた。
「きったないわね。何やってんのよ」
「ほめえらあ…(おめえなあ…)」
そう言いかけて、悟空ははたと口を噤んだ。彼はその台詞に聞き覚えがあったのだ。
悟空は、ヤムチャの気持ちが少しわかったような気がした。




その様子を、当の本人がカフェのドア越しに見つめていた。
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