彼女の恋人(10)
「ねえどこ行く?どこ行くどこ行く?」
イチゴジャムで口の周りを彩りながら、少女は機関銃のように捲くし立てた。時折ナプキンでそれを拭ってやりながら、ヤムチャは思案を巡らせた。
「そうだなあ。ブルマちゃんはどこに行きたい?」
訊きながらすぐに提案する。
「空中遊園地…はまだないんだったか」
「それはあんたの行きたいとこでしょ」
即行で返したブルマの台詞を耳にして、少女は嬉しそうにヤムチャの顔を見上げた。
「ヤム、遊園地が好きなの?」
「まあね」
ヤムチャは、はにかみながら答えた。その声音に隠された彼の気持ちに気づいて、ブルマはくすりと笑った。
その耳に、満面の笑顔で賛同する少女の声が響いた。
「あたしも好き!一緒ね!」
そうでしょうとも。
得意気に閃かせたブルマの笑みを、少女は同意の証と受け取ったらしい。テーブルに身を乗り出し、元気に言った。
「じゃあ決まりね!」


ヤムチャは後悔し始めていた。
「次はコースター3連発よ!」
「イェーイ!!」
ブルマ『たち』と遊園地に来たことを。
思えば、もともと自分はこのパワーに負けたのだった。それが2人もいるとあっては…
「またかよ…」
ヤムチャの溜息はつく傍から吹き飛ばされていった。
「遊園地といったらコースターに決まってるでしょ。あんた、だらしないわよ」
「そうだよ、だらしないよ」
同じ台詞が常にリフレインされる。
「2人で行ってきてくれ…」
「逃げようたってそうはいかないわよ!」
「いかないよ!」
ブルマと少女は、神業ともいえるタイミングで事に当たった。ヤムチャはまったく同時に、2人に襟首と裾を掴まれた。
「おまえら…」
すでにヤムチャには、ブルマと少女の区別がつかなくなっていた。

不思議なことが起こった。
「お化け屋敷?あんた、こんなのが好きなの?」
「あれ?ルーは好きじゃないの?」
ブルマと少女、2人の好みが分かれたのだ。
無論、万人がお化け屋敷を好かねばならないわけではない。だが、この2人に限っては別――な、はずだ。
ブルマは小首を傾げた。
「どういうことかしらね」
「さあな。っていうか、おまえは何で嫌いなんだ?」
「非科学的だからよ。決まってるでしょ」
決まっているかどうかは知らないが――続きをヤムチャは口にした。
「アトラクションに科学を持ち込まれてもなあ」
「見ているだけで我慢ならないのよ」
ブルマは突っぱねた。付け入る隙がないほどに。
「と、いうわけであたしは外で待ってるから。あんたたち2人だけで行ってきなさい」
そう言ってブルマは、2人を追い払うように両手を掬ってみせた。
「えー」
少女は不服そうに口を尖らせた。
「みんなで行かなきゃつまんないよ」
ブルマは固く腕を組みながら、居丈高に言ってのけた。
「何言ってんの。あんたはヤムがいればいいんでしょ」
ブルマの言葉に思わず納得しかけたのは、ヤムチャだけであった。
「ルーってば、さっきと言ってること違うよ。ヤムのことは無理矢理引っ張っていったくせに」
そして少女の言葉にも、ヤムチャは頷いた。
「あれはあんたに付き合ってあげてただけよ」
「うっそだああ」
この2人の口論に決着がつくはずがない。それは盾と矛の関係でもある。
ヤムチャは頭をひと掻きすると、やれやれといった感じで仲裁に入った。
「はいはい、そこまで。ブル…ルーも、いつまでも駄々捏ねない」
この言われように、ブルマは眉を顰めた。
「ちょっと。誰が駄々捏ねてるって?」
「おまえだよ。ブルマ…ちゃんの言うとおりだ。俺だって無理矢理引っ張っていかれてるんだからな。おまえも引っ張らせてもらうぞ」
ヤムチャは、明らかに私情が入っている正論を唱えた。
「そうだよねー、ヤム」
「だいたい、大人気ないぞ。こういう時は子どもに合わせろ」
「ぐ…」
ブルマは言葉に詰まった。一般論に持ち込まれては、彼女の頭脳も役に立たない。
「…だから子どもは嫌いなのよ」
ブルマは捨て台詞を吐いた。
inserted by FC2 system