彼女の恋人(11)
「まったく、ローテクよねえ。お化け屋敷って」
お化け屋敷のゲートを前に、ブルマは聞こえよがしに呟いた。
少女と手に手を取って、ブルマより3歩は先を歩いていたヤムチャが、振り返った。
「おいブ…ルー、早くしろよ、もう入るぞ」
「はいはい」
ブルマはヤムチャたちより5歩は遅れて、お化け屋敷のゲートを潜った。

決してヤムチャと繋いだ左手は離さずに、少女は妖しげな家屋(を模したもの)があればそこへ行き、枯れ井戸に駆け寄り中を覗いては、楽しそうに「きゃっ」「わっ」などと声を上げた。ヤムチャはそれを微笑ましく見ていた。いかにも子どもといった風の、少女ブルマの仕種をかわいらしく思うあまり、もう1人の方をすっかり忘れてしまっていた。
それに気づいた時にはもう、ブルマの姿は完全に視界から消えていた。
「マズいな」
ヤムチャは額に汗して呟いた。
「こりゃあ、あいつ怒るぞ…」
ある意味、このまま帰れないより恐ろしい。ヤムチャは本気でそう思い、後ろを振り返った。
そんなヤムチャの心を読んだように少女が言った。
「しょうがないなあ、まったく。ヤム、ルーを探しに行くよ!」
繋いでいないほうの手を腰にあてて、大げさに溜息をついてみせる。
「あっ…ああ」
その口調に激しくデジャビュを感じながら、ヤムチャは少女と元来た道を歩いた。
(まったく、似てるなんてものじゃないな。まあ、当然だけど)
ヤムチャは、自分の手を引く少女の後姿を見やった。ブルマの後姿が、それに重なった。
瞳を瞬かせながら、ヤムチャは自分の彼女に思いを馳せた。
(それにしてもあいつ、どこに行ったんだ?まさかお化けを分解とかしてるんじゃないだろうな…)

100mほど戻った、その時だ。
「あ」
「きゃあっ!」
道を戻るヤムチャと少女、先へ進むブルマの双方は、柳の陰で出会い頭にぶつかった。
「きゅ、急に出てこないでよ。びっくりするじゃない」
捲くし立てるブルマの顔は、薄暗い屋敷内で心なしか青ざめて見えた。ヤムチャは不思議そうに訊ねた。
「おまえ、一体何してたんだ。迷子になったのかと思ったぞ」
「何よ、あんたたちが早すぎるのよ」
ふん、と1つ荒い息を吐くと、ブルマは胸を張り大げさに2人を払った。
「ほら、早く行きなさいよ」
その迫力に思わず先へ進んだ2人だったが、すぐにブルマの言葉の矛盾に気づいた。
「ルー、どうしたのかな」
「さあ…」
ヤムチャと少女が怪訝な顔を合わせた、瞬間。
「きゃあっ!」
背後で悲鳴が聞こえた。
ヤムチャと少女は、揃って声の主を見た。先の柳の木の陰で、枝から飛び出した人魂に、ブルマが口を押さえ身を竦めている。
2人の視線に気づいて、ブルマは言い澱んだ。
「な…何よ」
ヤムチャは呆気にとられて呟いた。
「…おまえ、ひょっとして怖いのか?」
「ち、違うわよ」
「だって今…」
悲鳴を、そうヤムチャが口にするより早く、ブルマが大声で弁解し始めた。
「べ、別に怖いわけじゃないわよ。ただ心臓に悪いだけよ!あたしはこういう、非科学的な物を見るのが嫌なのよ!!」
「わかったわかった」
ブルマの怒声を気にするでもなくヤムチャは笑ってそう言うと、ブルマの手を取った。ブルマはらしくもなく、引け腰になる。
「い、いいわよ」
「いいから」
「そんな子どもみたいなこと…」
ヤムチャはブルマの声を遮った。
「公平を期するんだよ」
そう言うと、開いている方の手でブルマの手を固く握った。
少女がはしゃいだようにヤムチャを見る。
「ヤム、『両手に花』だね!」
「そうだね」
(同じ花だけどな)
世にも幸せな男は1人ごちた。
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