彼女の恋人(12)
「2人乗り?」
夜空を背景に回り続ける観覧車を見上げて、ヤムチャは訊ねた。
「そんなのあるんですか?」
「うちのはそうなんです」
スタッフが機械的に答えた。
「ローテクねえ…」
ブルマが呆れたように呟いた。
遊園地は観覧車で〆る。それが少女のセオリーだった。
無論、ヤムチャは知っていた。ブルマに至っては言わずもがな。
事ここに至って、観覧車のゲートの前で足踏みしていた3人だったが、少女が意思ある瞳で自分をじっと見つめていることに、ブルマは気づいた。彼女は苦笑した。
「いいわよ。2人で行ってきなさいよ」
「でも1人置いてくのはなあ」
「いつまでも調子に乗らないで。さ、早く行きなさい」
そう言うとブルマは、お化け屋敷の時と同じように、2人を追い払う仕種をしてみせた。頬に差す血の色だけが違うことに、ヤムチャは気づいていた。

少女は観覧車の窓に身を乗り出し、地表に立つブルマに向かって手を振った。ブルマは振り返さなかった。
「ねえヤム。ルーったらまた怒ってるね。何でだろ」
言葉ほどには気にしている様子もなく少女が訊ねると、ヤムチャは自分も窓の外を見やりながら、「ははっ」と乾いた笑いをたてた。
「あれは怒ってるんじゃなくて、照れてるんだよ」
「そうなんだ」
「素直じゃないよなあ」
子どもに向かって本音を吐いてしまった自分に気づいて、ヤムチャは思わず口を押さえた。少女はそんなヤムチャの様子には気づかぬように、話題を転じた。
「今日、楽しかったね!」
「そうだね」
ヤムチャが目を細めると、少女は嬉しそうに彼を見つめた。
「ねえ、ヤム」
「何だい?」
少女はやや几帳面に、ヤムチャの正面に座リなおした。妙に大人っぽいその振る舞いに、ヤムチャは瞬間目を瞠った。だがすぐに態度を崩した。
「ヤムはルーの『カレシ』なんだよね?」
「うん、そうだよ」
衒うことなくヤムチャは答えた。少女に対し今さら隠し立てする必要はまったくないように、彼には思われた。
「ルーのこと好き?」
一瞬、ませているなあ、とは思ったが、ヤムチャはすぐにその考えを引っ込めた。
いかにもブルマらしい展開だ。こと他人に関しては冷やかしをする傾向が、ブルマにはあった。
「うん、好きだよ」
子どもでありブルマでもある少女に対し、ヤムチャは照れることなく答えることができた。
少女はその表情を確認するようにヤムチャを見据え、さらなる質問を口にした。
「じゃあ、愛してる?」
「えっ」
今度はヤムチャは言葉に詰まった。子ども相手とはいえ、さすがにその言葉を口にするのは躊躇われたのだ。
沈黙が舞い降りた。それは数瞬のことであったが、ヤムチャにはとても長い時間に思われた。
「ねぇ、どうなの?」
「そうだね…」
ヤムチャは脳裏にブルマの姿を描いた。目の前にいる少女ではなく、距離を保ちながらも彼と共にいたブルマを。数日を過ごしたブルマではなく、数年を過ごしたブルマを。
ヤムチャはゆっくりと息を吐いた。確信はなかった。だがそれは言葉にした瞬間、彼の心に飛来した。
「愛してるよ」
「よかった」
少女はそれきり何も言わず、2人は再び地に戻った。
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