彼女の恋人(13)
地表へと足を降ろした2人の元に、ブルマが駆け寄ってくるのが見えた。ヤムチャはどことなくどぎまぎしながら、それを迎えた。
当人に言ったわけではないのにも関わらず、ヤムチャはブルマを意識せずにはいられなかった。人の心の不思議さを改めて感じることであった。
「気持ちよかったよ。ルーも乗ってくる?」
髪を微かに風になびかせながら、少女は笑った。
「と言いたいところだけど、もう時間だね」
ヤムチャは手元の時計を見た。閉園時間まではいくらもある。この後、花火も始まるはずだ。
「まだ…」
いいかけてヤムチャは、少女の瞳に映る真摯さに気がついた。少女はきっぱりとした口調で言った。
「77.42時間を越えることはできないの。『あたし』ならわかるよね」
「ブルマ?」
どちらへ向けた言葉なのか自分でもわからぬままに、ヤムチャはその名を呟いた。ブルマは息を呑んだ。
「――フォルス定数…」
ヤムチャがブルマを見返した。
少女はその大きな青い目に2人を映した。それは憂いと希望にたゆたっていた。
「あのね」
ヤムチャはギクリとした。幾分トーンを落としたその声は、彼のよく知っている女性にそっくりだった。
「ブルマ、こないだフラれちゃったの。ううん、それはいいの。でね、ブルマにちゃんと恋人ができるのか知りたかったの」
少女の言葉はひたむきだった。
「『しょうらいのあいて』っていうのを見たかったの」
「何言って…」
ヤムチャの声は少女の笑顔に吸い込まれた。
「あたし、ヤムのこと好きになるよ、きっと」
少女の花笑みの向こうで、夜空にもう1つの花が咲いた。
1発の不発弾が飛んでくるのがヤムチャとブルマの目に映った。
火花が散った。
辺りが煙に包まれた。
「バイバイ、またね」
少女の声は2人には届かなかった。


「何してんだ?おまえら」
怪訝な顔でウーロンがこちらを覗き込んでいる。プーアルもいる。
「ブルマを呼びに行ったきり、いつまで経っても戻って来ないから来てみれば…」
ブルマとヤムチャは、折り重なって床に横になっていた。
煤けた壁。散乱する器具。それはいつものC・Cだった。白煙は収まりつつある。
「…戻った、のか?」
「そのようね…」

2人は皆と並んで、少女の母が淹れた紅茶を飲んだ。それは少女の淹れてくれたものより、幾分濃かった。
ヤムチャが湯気を顎に当てながら、ブルマに向かって呟いた。
「おまえ、知ってたんじゃないのか?あの子のしたこと」
「え?」
ブルマは訝しげに顔を上げた。
「だってあれはおまえなんだから…」
ヤムチャの言葉に、ブルマは慌てて頭を振った。
「知らない、知らない!っていうか私はやってないわよ、あんなこと!」
結局、あれは1つの平行世界――パラレルワールドだったのだ。ブルマはそう結論づけた。そして、パラレルワールドにおける同一人物の人生は…
だが、それを少女に伝える術は、もうない。
沈思に浸りかけるブルマの瞳を、黒い髪が過ぎった。
「どういうことか、わかるか?」
ヤムチャは真実を知りたがっていた。
「…そうね」
だが、ブルマにもそれはわからなかった。
「ここじゃなんだから、あんたの部屋へ行かせて」
ブルマは静かに椅子を引いた。ヤムチャもそれに倣った。
「『少しだけ』説明するわ」
ブルマは彼女の現在の恋人と共に、歩き出した。
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