彼女の恋人(2)
「『おにいちゃん』のおなまえは?」
学習した少女が、元気に訊いた。
「俺はヤムチ…てて、痛い痛いって!!」
ヤムチャはのんきに答え…られなかった。

バカ正直に少女の問いに答えようとするヤムチャの頬を、ブルマの指が見舞った。
「本名言ってんじゃないわよ、バカ!!」
小声で叫ぶという器用さで、自分の恋人を少女から引き離す。ヤムチャはブルマに抓られたほうの頬を撫ぜた。
「何でだよ?」
「パラドックスを知らないの?本ッ当にバカね!」
常識よ。ブルマは1人ごちた。ヤムチャは納得しかねる顔でぼやいた。
「だけど、おまえさっきこの子に触ってたじゃないか」
「それは大丈夫なんでしょ。男は細かいことを気にしないの!」
「あのなぁ…」
微妙に接がれる漫才を少女は黙って聞いていたが、やがてクスクスと笑い声をたてると、さりげなく会話に混ざった。
「ヤム、でいいのね?」
「そうヤム。で、あたしはルーよ」
一体名乗る必要があるのだろうか。頭の隅ではそう考えながらも、ブルマはするすると台詞を口にしていた。なぜか抗えない雰囲気が、少女にはあった。
「…ルー。ルーね、わかった。…ヤム、とルー」
噛み砕くように少女が2人の名前を呟く。
と、その瞳がいたずらっぽくきらめいた。
「ルーとヤムは恋人同士?」
「は!?」
思わぬ方向からの攻撃に、2人は頓狂な声を揃えた。
無理もない。てっきり「ここで何してるの」「何でここにいるの」などの質問が飛んでくると思っていたのだから。ブルマとヤムチャは、完全に出鼻を挫かれた。
「え、えぇっとね…お友達。そう、仲の良い友達よ!」
ブルマは言葉を選び選び答えた。
「何で言葉濁すんだよ…」
のんきな男が不本意そうに言葉を漏らす。
「うるさいわね!あんたは黙ってなさい!」
「別に誤魔化すことでもないだろう」
険のないヤムチャの言葉に、ブルマは1人熱り立った。
「あ、あたしは本当のことを言っただけよっ!」
「おまえ、傷つくようなこと言うなよ…」
本人たちにとってのみケンカであるらしいこの会話は、続く少女の笑い声にかき消された。
「あはっ。2人とも、あたしのこと忘れないでね」
少女に楽しげに咎められて、2人は我に返った。
「はっ。そ、そうね。えーと…」
彼女にしては珍しく、ブルマは言葉に詰まった。ヤムチャが彼の美点の一つである気さくさで、少女に相対した。
「ブルマ…ちゃんは、何をしてたのかな?パパとママは?」
屈み込み目線を合わせて話すヤムチャの態度は、少女に好感を与えたらしい。少女は臆面もなく無邪気に答えた。
「パパはしゅっちょー。ママはパパについていっちゃった」
「…相変わらずラブラブなんだな」
ヤムチャの不用意な頭語を、ブルマが肘で突ついて咎める。そんなことには気づかぬように少女は続けた。
「まったくこまった親だよね。ムスメを何だと思ってるんだろ」
なかなかこまっしゃくれた口をきく。さすがブルマ、と言いかけて、ヤムチャは慌てて口を押さえた。
少女はおどけたようにむくれている。だがブルマの瞳には、少女の正体が映っていた。およそらしくもないことに、彼女は過去への扉に手をかけていたのである。
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