彼女の恋人(4)
「ははっ、元気だなぁ」
少女の後姿に向かってヤムチャは笑ってみせたが、すぐにブルマに顔を戻し、訝る口調を隠そうともせず咎めた。
「ブルマ、一体どういうつもりだ?」
「いいじゃない。他にいくところもないんだし」
「それはそうだが…」
ブルマの返答は、ヤムチャを納得させるものでは到底なかった。そんな簡単な問題じゃないだろう。それはブルマにだってわかっているはずだ。事実、先ほどまでパラドックスを懸念していたのではなかったか。
「大丈夫よ。あの子はまだ子どもだし。きっと忘れてくれるわよ」
それが、今のこの警戒心の薄さはどうだ。
疑念の晴れないヤムチャの瞳に、ブルマは説明する必要を感じたらしく、渋々といった感じで語り始めた。
「思い出したのよ、この時のこと。1週間って言ったのに、父さんたち10日経っても帰ってこなくてさぁ。やっと帰ってきたと思ったら、挙句に何て言ったと思う?」
「うん?」
ヤムチャは話の腰を折らないよう、曖昧に頷いた。ブルマの声が荒いだ。
「『南の都で2度目の結婚式挙げてきた』んだってさ!」
「はは…」
あまりにらしすぎる話に、ヤムチャはただ笑うしかできなかった。
「まったく困った親よね。娘を何だと思ってるのかしら」
先ほどの少女とそっくりなその台詞と表情に、ヤムチャは思わず茶を吹き出しそうになったが、なんとか堪えた。
「ちょっと淋しかったのよね。あの時」
「淋しい」。ブルマの口から発せられるには珍しいその単語に、ヤムチャは眼を瞬かせた。
濃い青を湛える両の目が微かにくゆたう。彼は興味深げにそれを見つめた。
「ま、そんなわけだからさ。あたし孝行だと思ってよ。それに何でこうなったのか調べないといけないし。ここならうってつけじゃない」
「うーん…」
ヤムチャは完全に納得したわけではなかったが、かといって代案もなかった。それでも、彼なりに考えた打開策を1つ口にした。
「じゃあさ、もういっそ博士に頼んでしまったら?」
「それはダメよ。あの子は子どもだから忘れてくれるでしょうけど、父さんたちはそうはいかないわ」
「中途半端だなあ」
「しょうがないわよ」
2人は溜息をついた。身の置きどころが決まっても、何かが解決したわけではない。博士たちがC.Cに戻ってくるまでに――ブルマの記憶によれば10日間――手立てを考えねばならないのだ。
ブルマは頭を振った。
「それよりあんた、さっきあたしのこと『ブルマ』って呼ぼうとしたでしょ。気をつけなさいよ」
「あっ。…ああ」
ヤムチャは、迂闊な自分の行為を記憶の隅から引っ張り出した。
「そういう軽率な言動が首を絞めるんだからね。わかってるの」
「わかったって」
「あんたは単純だから心配よ」
すでにブルマの瞳からは、先ほどの物憂げな表情は消えている。しかし何か貴重なものを見つけた想いに、ヤムチャは未だとらわれていた。
彼は自分の意識を現実に引き戻そうとするかのように、口を開いた。
「なあ、ところでさ、あの子俺たちのこと全っ然不審に思わないよな。なんでかな?」
「素直だからでしょ」
ブルマはこともなげに言った。ヤムチャはまたも納得しなかった。
「そうかな。俺にはそうとは思えないけど…」
「どういう意味よ、それ」
ブルマに鋭い一瞥を投げつけられて、ヤムチャは首を竦めた。
「ち、違うよ。そういう意味じゃなくって」
(…おまえ、変わり身早すぎるぞ)
彼は助けを求めるように手元のカップを引き寄せた。
それは空だった。
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