彼女の恋人(9)
ブルマとヤムチャが少女と出会ってから、4日が経った。
C・Cの外庭の片隅、目にも鮮やかな緑の中。朝の爽やかな日差しを浴びて、2人は不毛な会話に花を咲かせていた。

「どうする?このまま、この時代にいることになったら」
瞳に蝶を映しながら、ヤムチャが暗いところのない声で言った。
「タチの悪い冗談言わないでよ」
どことなく弱気を漂わせながら、ブルマは体を丸めた。小鳥を擁した樫の陰さす芝生の上に、2人はいた。
「でも、現実味帯びてきたっていうかさあ…まあ、おまえは科学者としてやっていけるだろ。で、俺も武道家でやっていくと。…あ、ということは、やってはいけるんだな」
「バカ」
ヤムチャの幸せすぎる未来予想図に、ブルマは今さらながらに、出会った頃の彼の衣服に記された文字を思い出した。
ヤムチャは、ほとんど瞑るように目を細めた。
「きっとプーアルは、俺がいないと寂しがるだろうけど」
「そうね」
「俺自身は、おまえがだんだん大きくなっていくのを見るのもいいかな。なんて」
「…………バカ」
自分の彼女の頬に差す赤みには気づかず、ヤムチャは続けた。
「しかし、そうすると俺がきてかっさらっていくわけか。因果なもんだな」
「どこが因果よ」
あんたの論理はメチャクチャよ。きっぱり言い捨てようとして、ブルマは失敗した。ヤムチャの話こそ、因果的決定論そのものではないか。
――だとすると自分たちは…
ブルマは頭を振った。朝に精神状態が最悪になる自分の体質が、今は恨めしかった。
脳裏に広がる陰鬱さを吹き飛ばしたく思って、ブルマはヤムチャの肩に頭を寄せた。常にないブルマの動作と表情に、ヤムチャは首を傾げた。
「どうした?」
ブルマはヤムチャの顔をチラとも見ずに言った。
「今はあんたのお気楽さにあやかりたい気分なのよ」
「それって褒めてるのか?」
「たぶん違うと思うわ」
ブルマは瞳を閉じた。
「ふうん」
ヤムチャは曖昧に頷くと、ブルマが寄りかかり易いよう僅かに身を屈ませ、あとは何をするでもなく、目前に広がる芝生に目をやった。


こちらに向かって駆けてくる少女の姿が見えた。
「ヤム!ルー!」
2人は体を離すと、息を切らす少女に相対した。緩みかけた気を心持ち引き締めて、ヤムチャは少女に朗らかな声をかけた。
「やあ、おはよう」
「おはよ!」
少女は、ブルマが朝の憂鬱から抜けきっていないことを見てとって、しかしそれには構わず続けた。
「ねえねえ、2人で何やってたの?もしかしてデート?」
「ははは。まあそんなとこかな」
ヤムチャは衒うこともなく答えた。
「…いいわね、あんたたちは気楽で」
ブルマはさして羨ましくもなさそうに呟いた。少女に事務的な声をかける。
「あんた、幼稚園の準備はしなくていいの?」
「ルーってば、今日日曜だよ」
「あらそう」
ブルマの素っ気ない返事はやはり無視して、少女は当然のように言った。
「だからどっか行こ!」
言うが早いか、少女は2人の周りを跳ね回った。ブルマは呆れたように呟いた。
「何が『だから』なわけ?いっつも遊んでばかりいるくせに。子どもの思考回路ってどうなってるのかしら」
この言葉に、今度はヤムチャが呆れた。
「いや、っていうか、これおまえだぞ」
「何かの間違いでしょ。あたしはこんなにうるさくないわよ」
そっくりだよ。ヤムチャは内心1人ごちた。
2人が会話する間にも、少女のBGMは途切れることなく流れている。
「どっか行こどっか行こどっか行こどっか行こ!」
容赦なく続く、その声域をフルに活用した少女の攻撃に、ブルマは頭が痛くなってきた。
ヤムチャがゆっくりと体を起こしながら言った。
「そうだなあ、どこがいいかなあ」
「…あんた、ちょっとは断りなさいよ…」
「いいじゃないか、今日くらい。それに、おまえにも気晴らしが必要だ」
少女を腕にぶら下げたまま、ヤムチャは立ち上がった。すばやく肩車へと移行すると、C.Cへ向かって走り出す。少女の歓声が響き渡る。
「…あんたえらいわ、本当に」
そう言うブルマの瞳には、皮肉を通り越してもはや畏敬すら浮かんでいた。
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