Trouble mystery tour byB
ライフワーク。趣味。暇潰し。言い方はいろいろあるけれど、結局あたしがやることは、いつもただ一つ。――メカ弄り。
「これは不具合じゃないよ。負荷のせいで処理に時間がかかってるだけじゃよ。気になるんなら、基盤そのものを改造して、グレードを上げるしかないだろうね。既成のものではこれが一番いいもののはずだから」
それにいよいよ身が入り始めた頃、出向いたその一室で唯一の師から浴びせられた台詞が、これだった。
「えー、基盤から作るの!?面倒くさ〜」
それであたしのボルテージは3割方下がった。次にかけられた一見それらしい言葉も、それを引き戻しはしなかった。
「しかたがないよ。…そうだね、じゃあ開発に言って、この上のものをうちで作らせることにしようかね」
「それって完成するのいつになるのよ?」
だいたいわかっていたからだ。父さん自身が作ってくれるならともかく、社の開発部が作るとなると――
「そうじゃなあ。早くて3ヶ月…」
「そんなに待てなーい!」
予想通りの返答に、ボルテージを維持することすら困難になってきた。思いっきり嘆いてみせたあたしに向けられた親の台詞が、これだった。
「じゃあおまえが作っておくれ。それを社で製品化するから」
「えぇぇー!?ずるーい、父さん!!」
「ちゃんと報酬は出すよ」
「お金なんかいらないわよ!!」
そんなこと、父さんだってわかってるくせに。だいたい外から入ってくるならともかく、家の中でお金が動いたって得した気もしないわ。いつもはちゃんと、まだ製品化されてないパーツとかくれるのに。…わかってるわよ。それがないから、あたしは困ってるのよね。あーあ、イタチごっこか…
小休止。停滞。頓挫。言い方はいろいろあるけれど、結局のところあたしはその事実にぶち当たった。…お手上げ。
自分で作ろうという気は、まったく起こらなかった。基盤製作なんて、きっと1ヶ月以上はかかるわ。それで、もし相性が悪かったりしたら、また作り直しでしょ。挙句に社の実績にされるなんて冗談じゃないわよ。そんな口車に乗ってたまるもんですか。
「あーあ、これで本当にヒマになっちゃった…」
今や燃えないゴミとなった基幹部分を作業デスクの上に放り出すと、すっかりあたしの手は空いてしまった。それで約一ヶ月ぶりに、父さんの研究デスクを漁ってみることにした。新たなインスピレーションが湧いてくるような気が、全然しなかったからだ。ようやく乗り気になったところでストップかけられたのよ。こんな気分でそんなもの湧いてくるわけないわよ。
「おや、ヒマなのかね?」
「ヒマ過ぎて死にそうなくらいよ」
「そうかね。じゃあ、これ行くかね?会員制世界一周パッケージツアー」
おもむろに父さんがCD-ROMの山の中から、紙を一枚取り出した。行為と言葉の両方に呆れながら、あたしは暇潰しの材料を探していた手を止めた。
「何よ急に。っていうか、父さんたちは行かないの?」
「母さんの好きなフィルッツ諸島がプランに入ってないもんでなあ。自分たちでプランを立てて行くことにしたんじゃよ」
「…それって入会した意味あるの?」
呆れを深めながら、チケットを受け取った。まず一瞥した時点で、さらなる呆れが加わった。
「げ。これ、10日後じゃない。もっと早くに教えてよ。準備が間に合わないじゃないの」
「そうだったかね。じゃあ、お隣の奥さんにでもあげるかなあ。昨日散歩してたらネコにおやつくれたんじゃよ。この前恐竜が逃げた時も警察に届けてくれたし…」
「それは通報されたんでしょ!それに、おやつくらいで旅行プレゼントしなくていいから!」
っていうか、しないでほしいわ。そういうことしてるから、父さんは『金持ちの非常識』って言われるのよ。その恐竜の一件だって、もう少しでニュースで流されるところだったんだから。ヤムチャが即行で見つけてくれたからよかったものの。あいつが飛べてなかったら、今頃あたしは旅行どころか、表を歩くことすらままならなかったわよ。
「ええと、期間は…うわ、結構長いわね。急いで服買い足さなくっちゃ」
「なんだ、やっぱり行くのかね。じゃあ、早いところ連絡してあげなさい。ヤムチャくんは修行に行ってるんじゃろ?」
「どうしてここでヤムチャが出てくるのよ。あいつと行くなんて一言も言ってないでしょ」
呆れに呆れが重なった。そりゃあ、今さら隠す気なんてないけどさ。だけど、仮にも独身の娘の旅行に男を誘わせる父親ってどうなのよ?
一応は体裁を繕ってみせたあたしにかけられた父親の台詞が、これだった。
「でもそれはペアチケットだよ。じゃあ、誰と行くんだね?プーアルくんとかね。それともウーロンくんとかね」
「…………」
あたしはすっかり言葉を失った。…父さんほどの故意犯はそうそういないとあたしは思うわ。
とにかく、こうしてあたしは一つの暇潰しを手に入れた。そして、あたしに暇潰しをさせている人間を、それに付き合わせることになった。
理に適っている――そう言えないこともないかもね。




シャーベットオレンジのツーピースドレスに、白いミュール。それに白い帽子……は腕組む時、邪魔かしら。
雲一つない青い空。まさに旅行日和の爽やかな朝。すっかり身支度を済ませて2人分のトランクをポーチへ運んでいると、頭の後ろで腕を組み組み、ウーロンがやってきた。
「おまえとヤムチャで旅行かよ。しかも世界一周…不安だな。やめといた方がいいんじゃねえか?」
「別に何も心配いらないわよ。会員制のパッケージツアーなんだから」
「だからだよ。あんまり派手にケンカするなよな。他のやつらが迷惑するからよ」
「…あんたね。お土産買ってこないわよ!」
まったく。見送りくらい、まともにできないのかしら。
雲一つない青い空。旅行日和のただの朝(訂正よ)。口の減らないブタを横目にトランクをポーチの端に寄せた時、さらにプーアルがやってきた。
「ブルマさーん。これ、ママさんが頼みますって…」
プーアルはプーアルで、いつもながらの使われっぷり。手には一枚の大きな紙。
「ああ、お土産のリストね。プーアル、あんたは?欲しいもの決めた?」
「ボクはヤムチャ様が無事に帰って来られればそれでいいです。ヤムチャ様は何時に来るんですか?」
「8時半。10時にエアポート集合だからね。特にないなら適当に買ってくるわよ。言っとくけど、ちゃんとした旅行なんだからね。どっかの奥地に行くわけじゃないんだから、無事なんて祈らなくていいのよ」
そういう非文化的なところは、もう十分間に合ってるわよ。ヤムチャの修行場所って、そんなところばかりなんだから。これから行くのは、そういうのとはまるっきり正反対の場所。まず今日は、南部都市レッチェル。そこで世界三大瀑布の一つグランニエールフォールズを見て、その後辺りを散策して、夜はテラスで遅い夕陽を眺めながらカクテルを飲むの。その次は珊瑚礁の島グリーンシーニ。一番の目玉は南極のブリッシュ島で見るオーロラ。興奮とロマンがたっぷりの、富裕層向け豪華世界一周旅行よ。パッケージツアーって言ったって、あたしたちを含めて5組しかいないし、ホテルも旅客席もトップクラスなんだから。何にも気を割くことなく、たっぷり異国情緒を味わうの。ついでに愛も育んじゃおっと。…えへへ。ペアチケットでよかった。
雲一つない青い空。それを見ながら、その向こうに広がるまだ見たことのない異国の空を、あたしは想像してみた。しばらく想像し続けた。終いには想像するのに飽きてきた。
「遅い!!」
雲はもちろん人影一つ見えない空を睨みつけながらあたしが言うと、ウーロンが呆れたように呟いた。
「やれやれ。もうケンカか…」
「何言ってんのよ。ケンカじゃないでしょ。遅いから遅いって言ってるだけでしょ!!」
ヤムチャのやつ、何してんのよ!もうとっくに約束の時間過ぎたわよ!!…忘れてる?まさか。冗談でしょ。だって、旅行の話してから、まだ一週間しか経ってないのよ。そこまで鳥頭であっていいはずがないわよ!
あたしは一週間前にした、ヤムチャとのデートを思い出してみた。…別に嫌がってるような素振りはなかったわよね。すごく乗り気っていう態度じゃなかったけど、そんなのいつものことだし。あたしが荷造りしとくって言った時も、トランクがどうとかは言ってたけど、特に文句は言ってなかったし。あたしに全部任せるって感じだったわ。その後、服揃えるのにだって付き合ってくれたし…
やっぱり鳥頭かしら。うん、もう。こんなギリギリの約束するんじゃなかった。ペアチケット使って一人で参加するなんて、絶対に嫌よ、あたし!
ヤムチャのバカーーー!!
雲一つない青い空。それに向かって叫びかけたあたしの言葉は、途中から変わった。
「ヤムチャ、おっそーい!!」
見渡す限りの青い空。それにようやく、一点の混じり気が現れたからだ。何やってたのよ、もうー!次にそう叫ぼうとしたところ、向こうからそれを先取りした答えが返ってきた。
「悪い。こいつが――」
そしてそれを聞き終える間もなく、ヤムチャが目の前の地に足をつけた。ヤムチャの言う『こいつ』を見た瞬間、あたしの怒りは呆れへと転化した。まるで荷物のように担がれている、ヤムチャの10倍はあろうかというバカでかい一匹の動物。何度言っても次から次へと父さんがどこからか拾ってくる、薄茶色の野生動物――
「ちょっと、何よ。あんたまで恐竜なんか拾ってきて…しかもよりによってこんな日に」
おまけに、ジャケット齧られてる。ちょっと前にあたしが買ってあげた、結構上等なやつ。
「いや、そこの公園で見つけたんだよ。こいつ、ブリーフ博士の飼ってるやつだろ」
「へ?」
呆れが納得へと変わり始めた。いえ、正確には不納得に変わり始めた。あたしは慌てて、ポーチ横の窓へ向かって叫び立てた。
「ちょっと、父さん!父さーん!」
庭の窓は開かなかった。1分ほどして、エントランスから父さんがやってきた。そして飄々と言い放った。
「おや、カトリーヌじゃないかね。こんなところにいたのかい。どうりで餌の時間なのに顔を見せないと思ったよ」
「『思ったよ』じゃなくて、ちゃんと探してよ!」
「そこの公園の噴水で水飲んでたんですよ」
ヤムチャがさらりととても嫌なことを言った。だからあたしは、聞きたくなかったけど訊いてみた。
「他には?何か悪さしてなかった?それより周りには誰もいなかった?」
「子どもが群がってた。みんなすごく喜んでた」
ガーーーーン。
あたしの心は、一瞬にして空の色になった。…また近所で噂になるわ。
「一応、口止めはしといたぞ」
「無駄よ、そんなの…」
子どもなんて、例え物で釣ったとしたって、どうせすぐに喋っちゃうんだから。きっと明日には、その辺の井戸端会議で話題になってるに違いないわ。唯一の救いはこの諺――『人の噂も75日』。それが本当だといいんだけど。もしそうなら、旅行から帰ってきても、あたしは表に出られるわ。
「旅行はどうするんだ?行くのか行かないのか」
ここで場の空気も何も読まずに、いきなりヤムチャがそう言った。それであたしは、忘れてはいなかった旅行の、忘れかけていた集合時間を思い出した。
「すぐ行くわよ。今エアカーを…わっ!もうすぐ9時じゃない!ヤッバーい。完璧遅刻だわ!」
「飛んでくか?」
「そうして!あっ、トランク、カプセルに入れなくちゃ。空のカプセルまだあったかしら」
「いいよ、そんなの。そのままで持っていけるよ」
さっぱりきっぱりそう言うと、ヤムチャはほとんど間髪入れずに、あたしをお姫様抱っこした。そして、それほど無造作ではない手つきでトランクを手に引っかけた。あたしは自分の目が瞬くのを止められなかった。
だって、ヤムチャってば恐竜なんか保護してて遅刻してきたくせに(助かったけど)。口ぶりだってたいして熱が入ってないわりには、ずいぶんてきぱきしてるじゃない。ひょっとしなくても、結構乗り気なのかしら。…そうかも。見てみたら、わりといい服着てきてるし…
あたしは俄然、嬉しくなってきた。正直なところを言うと、ヤムチャはオプションのようなものだと思ってたのよね。付加的な。まあいればいいかな、程度の。ペアチケットで父さんたちの代わりに参加して、カップルじゃないっていうの嫌だったし。そりゃ、ちゃんと相手させるつもりではあったけど。でもこれなら、本当にカップル気分になってもよさそう…
「じゃあ、行ってくるな」
やっぱりさっくりとヤムチャは言った。すると、それまでどことなくぼんやりとして見えた他の3人が、すっぱりと見送り人の顔になった。
「行ってらっしゃい、ヤムチャ様!」
「楽しんでおいで」
「お達者で〜」
プーアルはにこやかに手を振った。父さんはカトリーヌの傍に寄りながら、笑って言った。…約一名、とても慇懃な台詞をものすごく不躾な口調で言ってくれたやつがいたけど、あたしはそれを咎めなかった。
「ヤムチャ、早く!間に合わない!」
代わりに、あたしを抱きながら宙に留まり続ける男を咎めた。まだうまく切り替えられなかったから。こういう『瓢箪から駒』みたいなの、今までほとんどなかったもん。
嬉しいけど、やっぱり意外。…なんだろ。旅行が好きなのかしら。よく外に修行に行くのって、そういうことだったのかしらね。
inserted by FC2 system