Trouble mystery tour Epi.2 byB
トイレへ行ったついでにバドワのボトルを一本抱えてベッドルームへ戻ると、ベッドの端に腰かけてヤムチャが煙草を吸っていた。
「煙草なんていつ買ったの?」
最初は不思議に思った。ずっと一緒にいたのに、買ったの全然気づかなかった。
「夕方かな。そのへん歩いてた煙草売りから。見たことないパッケージだったからさ」
そう言ってヤムチャが軽く掲げた煙草のパッケージは、あたしにも見覚えのないものだった。きっと地元の煙草ね。或いはパッケージだけオリジナルで中身はそのへんのやつとかね。それにしてもヤムチャってば、そういうのすぐ売りつけられちゃうんだから。煙草なんて、たいして吸わないくせに。
事実、その煙草は今開けられたばかりのようだった。一体どこから見つけ出してきたのか、さっきまではなかった灰皿に一本目の煙草の灰を落としている様を、あたしは考えごとをしながら見ていた。するとヤムチャがまた煙草の箱を掲げておもむろに言った。
「吸うか?」
あたしは、自分も吸いたいなどと思っていたわけではない。あたしはこう思っていた。
お姫様ベッドで煙草…
それってすっごくイメージ違うんだけど。どうせ吸うならテラスで吸ってくれないものかしらね。それだったら、結構格好つくのに。怠惰なんだから。それにベッドに煙草の匂い残されたら、せっかくつけてるパフュームの香りが消されちゃうじゃない。
でも、あたしは煙草の箱を受け取った。ただなんとなく、気分で。気分というより惰性かしらね。だって、すでにもうヤムチャは吸っちゃってるし。そして一本を咥えたところ、ヤムチャがライターの火を当ててくれた。そのまま一口吸った後で思った。
あら、なかなか吸いやすいわ、これ。
おいしいってほどじゃないけど(あたしもともと煙草吸わないし)、今だけなら悪くない。そう思って二口目を吸いかけた。するとヤムチャが、いきなりあたしの手から煙草を奪った。そして乱暴に灰皿で火を揉み消した。
「あっ!ちょっと、何するのよ」
「おまえは吸わなくていいんだよ」
「じゃあ、どうしてくれたのよ」
すでにヤムチャは煙草を吸い終えていた。そして、すでにあたしのガウンに手をかけていた。
「とりあえず一口吸っとけば匂い気にならなくなるだろ?」
あたしは思わず絶句した。そこを、さらにヤムチャに口を塞がれた。
――これが、レッチェルに来て2日目の夜のこと。
ヤムチャは早くもこの旅行に慣れてきていた。そしてあたしたちは早くも、いつもの雰囲気になりつつあった。


ヤムチャの場合『慣れる』というのは、『気が緩む』というのと同意語だった。
もともとたいして締まってないやつだけど、それにしたって緩め過ぎ。そう思える光景を、あたしは翌日目にした。
レッチェル滞在3日目。そしてレッチェルを立つという朝。あたしは身支度を整えて、一人アンバサダーラウンジへと向かった。そこがツアー客の集合場所だったから。そしてヤムチャはすでに部屋を出て、そこへ行っていたからだ。
ヤムチャは一人ソファに座って、あの煙草を吸っていた。吸いながら、話をしていた。そこから2mは離れているソファにいるあの双子と。双子は背凭れに齧りつくように後ろ向きにソファに体を乗り上げて、ヤムチャの方に顔を向けていた。ヤムチャはと言うと、なんとなく体をそちらに向けているという怠惰さだった。まー、慣れきった関係だこと。でも、あたしが眉を顰めたのは、そこではなかった。あたしが即行でその場に飛んで行くことになったわけは、3人の会話の内容だった。
「…ちょっと眠気覚ましに。少し寝足りなくってね」
「あ!ひょっとしてうるさかったですかぁ!?夜のお喋り。隣には聞こえないと思ったんですけどー」
「ん?ああいや、何も聞こえなかったよ。ベッドルームは離れてるしね。ただ俺たちが眠りにつくのが遅くって…」
ちょっとおぉ!!
「あんた、何バカなこと言ってんの!!」
会話に割り込むより先に、ヤムチャの台詞を掻き消した。ヤムチャは話をやめたけど、それは単にあたしが来たからというだけだった。そんなこと、わかりきってた。
「そういうこと、ひとに言わないでよ。恥ずかしいわね!」
その証拠に、あたしがそう言っても、ヤムチャは飄々としてこう答えた。
「あのな。相手は子どもだぞ。そんなこと思うわけ」
「ないわけないでしょ、バカッ!」
この年頃の女の子はそういうことに興味深々よ。だからこそ、あたしたちに興味持ってるんでしょうが。どうしてそんなこともわからないわけ!?っていうか、わかんなくても、普通はそういうこと言わないでしょ。口が軽いにも程があるわよ!
そう、あたしは心の中で叫んだ。口に出しては言わなかった。すでに気づいていたからだ。あたしたちに注がれている視線が、初めからあった双子の視線だけではないことに。…いえ、実のところは最初からわかってた。みんながこの3人を見てるってこと。だってこいつら、なんか異常に軽薄な雰囲気を醸してるんだもの。他のツアー客が年配の人ばかりだから、ものすごく目立つのよ。
「おはようございます、ブルマさーん」
「おっはようございまーす」
「…はい、おはよう」
声かけないでほしいわね。そう思いながら、あたしは双子に挨拶を返した。ヤムチャがこんなに懐かれてなかったら、絶対に放っておいたわ。
そうこうしているうちに、トラベルコーディネーターがやってきた。まずは近くにいた年配の客たちに挨拶をしている中年の女性を見ながら、あたしは思った。初日に飛行機の中で感じたことを、今また感じ始めていた。
…どうしてこのツアーには、他に男がいないのかしら。


レッチェルで過ごした後は、豪華絢爛クルーズ客船の旅。小型のブティック、その名もフォースペリオル号。客室はスィートオンリー、船内施設はレストランにバー、カフェ、ラウンジ、プール、ジャグジー、カジノ、ダンスフロア、ショップ、ヘアサロン、ライブラリー、医務室…ま、こんなにいろいろあったって、どうせ移動手段としてしか使わないんだけどね、あたしたちは。
船内の内装はクラシカルな前時代大陸風。わかりやすく言えば、派手な大人の雰囲気って感じ。フロントこそ明るいものの、そこを過ぎればぐっと照明のトーンが抑えめになる。それでいて灯りの数はこれでもかというほどに多い。エレベーターホールを飾るイルミネーション。客室通路を照らすゴールドの光。落ち着いてるとは言い切れないけど、ゴージャス感はたっぷり。
ホテルに比べれば少し狭いリビングに足を踏み入れて、トランクに手をかけた時、ヤムチャが言った。
「いやー、雰囲気あるなあ」
「あら、珍しいこと言うじゃない。こういうの好きなの?」
「わりとな。俺、カジノ行きたいな」
ああ、そういうこと。
ヤムチャの返事はある意味では意外であり、ある意味では全然意外なものではなかった。男って好きよね、賭け事とかそういうの。ちょっとゲームやるだけでも、すぐ賭けようとするんだから。
「いいわよ。じゃあ、ウェルカムパーティの後でね。黒のタキシード着てね」
「正装するのか」
「当然。カジノだってそうよ」
今さらなことを言うヤムチャを横目に、あたしは再びトランクに手をかけた。ウェルカムパーティには黒の総レースロングドレス。胸元と、スリットから裾にかけてあしらわれたピンクのレース。背中にピンクのレースリボン。ポイントはピンクの薔薇のコサージュ。これ着る機会ほしかったのよね。買ったはいいけど、着て行くところがないんだもの。代打のパーティに着ていくにはかわい過ぎる。でもレストランなんかに行くには、ドレッシー過ぎるのよ。だから買ってからまだ一度も着てないの。そういう服、結構いっぱいあるのよね。この際だから、全部持ってきちゃった。
「うん。かわいい♪」
約2年ぶりにクロゼットから引っ張り出したそのドレスは、あたしをすっかり満足させた。あたしは非常に気分よくトランクを閉め、非常に気分よく着替えをしていたベッドルームを後にし、非常に気分よくリビングに行き、そこにいたヤムチャに声をかけた。
「用意できた?行くわよ」
するとヤムチャは未だつけていないバタフライタイを手に、こんなことを言った。
「あのさ、それ…そのドレス、少し雰囲気あり過ぎなんじゃないか?前スリットとか…」
「平気よ。前ったって膝上までだし。かわいいでしょ」
「胸元がちょっと開き過ぎ…」
「そんなことないわよ。色とデザインのせいでそう思えるだけよ」
「うぅーん…」
あたしは完全にヤムチャを言い負かした。だからといって、嬉しいわけもなかった。
ヤムチャのやつ、ここまであたしがどんな服を着てたって、何も言わなかったのに。よりによって、文句だけつけてくることないじゃない。
でも、あたしの神経に本当に障ったのは、そこじゃなかった。
「あのね。そういうことは買う前に言いなさいよ。これ買った時、あんたいたでしょ」
「えっ、そうだっけ?」
「そうよ。その時あんた、かわいいって言ったわよ」
今でもしっかり覚えてるわ。ショップのショーウィンドウに飾られていたこのドレスを見つけた時のこと。その時他に何をしたかは覚えてないけど、ショップの中でのやり取りは覚えてる。店員がちょっといい感じの若い男の子で、あたしはそっちに話振ろうとしたんだけど、やめたのよ。その前に、ヤムチャがかわいいって言ってくれたから。それなのに…
それなのに、そのヤムチャは今になってこんなことを言うのよ。
「ああ、いや、かわいいことはかわいいよ。だけどその…少し強調され過ぎるんだよ、胸とか足が。ほら、ブルマはスタイルいいから…」
「エッチ」
「エッチじゃないだろ。俺はおまえのことを心配して」
「だから、そういうことは先に言えって言ってんの!」
あたしはまたヤムチャを言い負かした。そして、全然すっきりしなかったけど、言ってやった。
「心配ならずっとついてればいいでしょ。今日は絶対これ着るからね。まだ一回も着てないんだから!」
そういう服いっぱいあるんだから。そのうち半分くらいは、ヤムチャだっていいって言ったやつなんだから。もうこうなったら全部着て、どの言葉が本当だったのか確かめてやるわ!
「ほら、早くタイつけなさいよ。さっさと行くわよ!」
あたしは憤りながらもめいっぱい親切心を発揮して、思いっきりきつくヤムチャのタイを締めてやった。自称武道家の男は、たいして堪えてもいないくせにわざとらしく首を反らして、大声で叫び立てた。
「く、苦し、自分でやる、自分でやるから!!」
「さっさとしてね!」
あたしはあたしでさっさとリビングを後にした。エントランスで待っていると、すぐにヤムチャがやってきて、首元を擦り擦り言い放った。
「まったく乱暴なんだから…」
「どっちがよ」
乱暴なのはあたしじゃなくて、ヤムチャの態度よ。
そうは思っていたけれど、あたしはヤムチャの腕を取った。こんなの、どうせいつものことだもの。それに、エスコート役がいないと、せっかくのドレスも様にならないからね。
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