Trouble mystery tour Epi.2 (2) byB
あたしはあまり社交界には興味がない。
お嬢様の友達なんていらないし。お坊ちゃまの彼氏は…悪くないとは思うけど、その席はもう埋まっちゃってる。それ以外の理由で顔を売る必要は感じない。母さんはわりとそういうの好きみたいだけど、あたしはメカを弄ってる方がいいわ。
だけどそれでも、部分的に興味のあるところはあった。一度経験してみたいと思っていることがあった。そしてその機会が、今目の前に現れた。
ダ・ン・ス・パ・ー・ティ。クラブとかディスコでやるやつじゃなくて、クラシカルなやつ。そう、フォースペリオル号のウェルカムパーティは、ダンスパーティ。ホワイトとブルーを基調とした大人の雰囲気漂うインテリア。薄暗いダンスフロアを照らす柔らかな光。優美に流れるクラシック生演奏。
そんな中を、ステキな恋人にリードされながら踊るの。一般的には相手は恋人じゃなくてもいいらしいけど、あたしはちょっと嫌だな。ダンスって結構体くっついちゃうから。恋人じゃないにしても、せめて恋人候補くらいじゃなくちゃ。その点、ヤムチャは一応はその条件を満たしてる。タッパはあるし、顔だって整ってるし、レディファーストだってできてるし。
「じゃあ、とりあえず一周ね」
そんなわけで、レディファーストはできてるけどリードは今一つしてくれない恋人に、あたしは声をかけた。するとヤムチャは開口一番こう言った。
「俺、ダンスなんかやったことないぞ」
「あたしだってないわよ。いいのよ適当で。他の人だって、どうせ格好だけなんだから。気分よ、気分」
何も点数を競うわけじゃないんだから、しゃちほこばることはないのよ。付き合ってくれさえすればそれでいいの。そういう意味でも、ヤムチャは最適よ。さっきも言ったように外見はいいし、中身を知ってるのは今ここではあたしだけ。そしてノリ悪いわりには、たいして拘らずにこなすのよね。
「とりあえず片手繋いで、もうかたっぽはこう腰において…」
いつものように最初の一歩を教えてあげると、ヤムチャはそれに従いながら、ある意味踏み込んだとも言えることを口にした。
「何かやらしくないか?」
「そんなこと言う方がやらしいの」
あたしはまたヤムチャを言い負かした。…そういうこと、感じるのは勝手だけど(あたしもちょっとそう思ってるし)、口に出して言わないでほしいわね。デリカシーないんだから。
「だいたいそんなこと気にするくらいなら、朝みたいなこと言うのやめなさいよ」
あたしの腰を寄せたヤムチャの背中越し、フロアの端のカウンターバーに例の双子の姿を確かめて、あたしは言った。…別にチェックしてるわけじゃないわよ。こういう大人が集まる場所にああいう子どもがいると、ものすごく目立つのよ。
「朝みたいなことって?」
「寝不足がどうとか言ってたでしょ」
「…ああ、あれな」
ヤムチャは何も気にしていないようだった。今後ろにいる双子にも、朝後ろにいた双子にも。耳元にくぐもった声を聞きながら、あたしはヤムチャの肩に軽く頭を預けた。
「でも俺はただ、昨夜は遅かったって言っただけだぞ。普通はそんな深読みしないだろう。俺があのくらいの時はそんなこと全然考えなかったけどな」
「それはあんたがガキだったからよ」
ちょっぴり感慨を篭めて、あたしはからかいの言葉を口にした。あたしはヤムチャがそれほどガキ『だった』とは思っていなかった。だって、今だってたいして大人じゃないもの。外見の雰囲気だけは大人になってるけど、中身は何も変わりゃしないわよ。ただあの頃よりは都に慣れて、あの頃よりは強くなって、あの頃よりはあたしに馴れてそのぶん近くなっただけ…
そして最後の一番大切な部分を、あたしは再確認することとなった。ヤムチャはあたしのからかいを、会った頃には考えられなかった腰の高い態度で返してきた。
「そのガキと付き合ったのは誰だよ?」
「何偉そうに拗ねてんの。だいたい、あたしは付き合って『あげた』んでしょ。あんたが付き合いたいって言うから」
あたしはまたヤムチャを言い負かした。…つもりだった。ほんの軽口のつもりだった。こういうことに関しては、女を立てておくものよ。それに実際、あたしはそういうこと何も言ってないんだから。気がついたら手を取り合ってたのよね。何だったのかしらね、あれは。
雰囲気かしら。それとも気分かな。遠くて近い過去の自分を、あたしは思い出しかけていた。その時ヤムチャが、ふと足を止めて強引に事実を持ち込んだ。
「何言ってんだ。おまえだってそういうこと言っただろ。一緒に住もうって言ったのはおまえだぞ」
いつになく強い口調で。心の中では驚かされつつも、あたしは訂正しておいた。
「あたしはただ、西の都に家があるから来ないか、って言っただけよ」
「同じだろうが!」
「それがわかるんなら、自分の言ったことの意味もわかりなさいよ!」
ヤムチャからの返事はなかった。でもそれは、あたしの言葉に切り返せないからではなかった。そのことが、ヤムチャの顔と目の表情でわかった。一瞬の後にあたしは気づいた。フロア中の人の視線があたしたちに集められていることに。
…あ。ヤバイ。ひょっとして、あたし今叫んでた?
思わずあたしが凝り固まると、ヤムチャが体を離した。そしてあたしの肩に手を回して呟いた。
「…カジノ行くか」
「そうね〜…」
あたしはそれに、一も二もなく頷いた。
そして今では背中に浴びせられる視線を感じながら、できるだけ優雅にダンスの輪を離れた。ヤムチャの手は振り解かずに。一応は最後まで格好をつけながら。


「あー、恥ずかしかった!」
静かなダンスフロアを後にして喧噪のロビーへと踏み出したところで、あたしは今度は意識的に叫んでやった。
「せっかくいい雰囲気だったのに台無しよ。もうあそこには行けないわ!」
確かにあたしは叫んだ。でも、ヤムチャはその前に叫んだ。そのことがちゃんとわかっていたからだ。らしくないわよね。からかい続けたあたしが言うのもなんだけど、らしくないわよ。つーか、生意気!
それでも、あたしは肩に置かれたヤムチャの手を振り解かなかった。あたしはそんなガキじゃないから。そこへヤムチャが、今ではすっかりいつもの声音に戻って、頭を下げた。
「悪かったよ」
「わかればいいのよ、わかれば」
だからあたしもそう言った。気づくの遅いわよ。心の中ではそう思いながら。
気が大きくなってるにしたってさ、人前であんなこと言うことないでしょ。朝のことといい、デリカシーなさ過ぎよ。本当に、ヤムチャってば喋らなきゃいい男なのにな。『天は二物を与えず』ってやつかしら。
くさくさするというほどではない。でも確かに、あたしは気分を殺がれた。パァッと派手にルーレットで1目賭け大勝負しようかしら。そう思った時、ヤムチャが言った。
「これからどうする?」
「どうするって、カジノに行くんでしょ」
当然、あたしはそう答えた。するとヤムチャは当然のように呟いた。
「それは後でいいさ」
「じゃあ外に行きましょ。あたしジャグジー入りたい!」
だからあたしは、すぐさま気分を切り替えた。青空の下ビアード海を眺めながら、ジャグジーで体と心をリフレッシュ。カジノよりずっと健康的だわ。
それに、せっかく気を遣ってくれてるんだもの。ここは乗ってあげなくっちゃね。


気を乗せたあたしの心は、まずはジャグジーの泡ではなく、自然の風に包まれることとなった。
ジャグジーが船首にあったからだ。舳先が波を切って進む音。青い海を吹き抜ける潮風の匂い。髪をなぶる風――
「気持ちいいわねー」
「ちょっとこの船鈍くないか?」
「時速50kmだって。この手の船としてはかなり速い方よ」
気の入らない顔で海面を覗き込んでいるヤムチャに、あたしは一般人の感覚ってやつを教えてやった。しょうがないやつねえ、こいつ。すぐそうやって特殊な感覚を持ち込むんだから。…ま、確かに時速50kmじゃ、ヤムチャの方が速いんでしょうけどね。
たいして呆れはせずに、あたしはジャグジーへと体を沈めた。ヤムチャはすぐ近くの、舳先を背後に並べられているデッキチェアの一つに座り込んだ。水着の上に羽織ったシャツのポケットから黒いサングラスを取り出しながら。…格好つけちゃって。
やっぱりたいして呆れはせずに、ゆっくりと体をうつ伏せた。すでにあたしは、自分の考えに入り込んでいた。
変なやつね、こいつ。
さっきのドレスには、胸がどうのこうのとあんなに文句つけてたくせに。なんで水着には何も言わないわけ。そういう目で見てたんなら、当然何か言うべきでしょうに。そりゃ、今さら水着に文句つけられたって困るけど。結局、ただの言い訳なのよね。要は気に入らないだけなのよ。
別にあたしは、何が何でも褒めろなんて思ってない。人の好みはいろいろだもの。さっきのドレスは絶対にかわいかったと思うけど。だけど、それにしたって反応悪すぎよ。今日まで結構いろいろドレス着てるのに、まったく反応なしよ。…さっきのドレス以外は。もともとそういうやつだけどさ、せめてこういう時くらいはもう少し何か言ってくれてもいいじゃない。ショッピングに付き合ってくれてた時は、あんなに調子いいこと言ってたくせに(さっきのドレスでもうわかっちゃったわよ)。…まったく無関心っていうわけじゃないと思うんだけどな。そんなに硬派なやつじゃないわよね。っていうか、全然硬派じゃないでしょ。
もうちょっとどうにかならないかしら…
ジャグジーの温かな気泡を楽しみながら、あたしは考えた。いつもなら敢えてどうにかしようとまでは思わない。そんなの今さらだもの。だけど、まだ80日以上もあるのよ。少しはメリハリつけなくちゃ。今のところマンネリ化してはいないけど、でも普通は最初が一番盛り上がるはずなのに。…全然盛り上がってないってわけじゃないけど。
物足りないというわけじゃない。つまらないというわけでもない。たぶんあたしはジャグジーに浸かって本当にリフレッシュしたんだと思う。エッセンスがほしいな、って感じた。甘いエッセンスが。ちょっぴりでいいの。そんなに多くは望まない。だって、相手はヤムチャだもの。めちゃめちゃロマンティックなシチュエーションがほしいなんてことも言わない。そもそもシチュエーションは揃ってる。それなのにヤムチャってば…………
あたしの思考は文句へと流れかけた。その時だった。
「人が落ちたぞー!!!」
どこからかそう叫ぶ声が聞こえた。あたしはすぐさま文句を放り出して、反射的に船首へと目をやった。
「えっ、どこ?」
「人か!」
ほとんど同時にヤムチャがそう叫んで、デッキチェアを蹴った。気づいた時にはもう右舷へと飛んでいた。素早いわね。っていうか。
「ほとんど条件反射ね〜」
5分もしないうちに濡れたシャツを肌にへばりつかせて船首へと戻ってきたヤムチャに、あたしはそう言ってしまった。ヤムチャは息も乱さずに、飄々と言ってのけた。
「普通は助けるだろ。…あ、サングラスなくしちまった」
「一体どういう感覚よ、それは」
あたしが突っ込みを入れたのは、ヤムチャの言葉の前半部分ではもちろんなかった。最後の最後で格好のつかないやつね。やっぱり喋らない方がいいみたい。
ヤムチャがシャツを絞り終えたところで、あたしたちは部屋へと戻ることにした。あたしは助けた人間の顔を見ることもなかった。でも、それでも思った。
やる時はやるのよね。躊躇なく。物怖じせず。自然体で。そういうところはヤムチャのすごくいいところだと思うわ。
でもどうしてそれを普段見せてくれないものかしらね…
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