Trouble mystery tour Epi.2 (4) byB
プロムナードカフェのカウンターでおかわりのコーヒーを受け取ってテーブルへ戻ると、ヤムチャが煙草を吸っていた。
「あ。あたしにも一本ちょうだい」
即攻でそう言った。見てたら吸いたくなったとか、ちょっと雰囲気を味わいたいとか、そういうことではない。
ヤムチャは黙って煙草の箱を差し出した。あたしも黙ってそこから一本を取った。黙って火を点けられてそのまま吸っていると、横から声が飛んできた。
「あれー?ブルマさんも煙草吸うんですかぁ?」
例によって、あの双子。食べ放題のクッキーを恥ずかしいほどいっぱい皿に乗せている。おまけにすぐ隣のテーブルに座った。でもあたしは眉を顰めることはしなかった。
「今だけよ。ちょっと眠気覚ましにね。昨夜遅かったもんだから」
「あはっ、そうですよね!あたしたちもなんかだるくってー!」
「昨夜すごかったですもんねー!」
双子の声は必要以上に大きかったけど、あたしはそれも咎めなかった。ちょっとくらいなら構わないわ。今、周りにあんまり人いないから。ちらほらとテーブルを埋めている人たちも、あたしたち同様寝坊族みたいで、ぼんやりしたもんだし。第一、声が大きくなっちゃうのはしかたないわよ。昨夜は本当にすごかったもの。
そうなのよ。あの後もまた当てちゃったのよ、この子たち。黒の2。ただ単に、あたしとヤムチャの服が黒い、っていうだけの理由で(あたしはともかく、ヤムチャはタキシードなんだから黒いも何もないのにね)。ビギナーズラックにしたって程があるわよ。双子の奇跡ってやつかしらね。
そんなわけで、昨夜はすっかりカジノにのめり込んだ。双子がいなくなってからも、ルーレットに打ち込んだ。だって、擦っても擦ってもチップがなくならないのよ。…ええ、擦ったわ。思いっきりね。ヤムチャがやたら口を出してくるもんだから。そのくせちょっと負けが続いたらやめようとするし。そんなんで勝てるわけないわよ。…でも、それでもプラス収支よ。しばらくは大目に見てあげないといけないわよね。
「お二人は今日下船するんですかぁ?」
「ええ。ショッピングエリアに行くわ。…あんたたちは?」
ヤムチャが何も言わないので、あたしが会話を完全に引き取った。興味ではなく必要に駆られてそう訊いた。
「あたしたちは『ルートビア動物園』に行きまーす」
「知ってますかぁ?あそこのパンダって逆立ちするんですよぉ」
双子たちの返事はあたしを満足させるものだった。逆立ちパンダに興味持ったわけじゃないわよ。…どうやらかち合わずに済みそうね。大目に見るって言っても、引率までする気はないからね。
「出港までにちゃんと帰って来るのよ。じゃないと、他の人に迷惑がかかるからね」
「はぁーい!」
返事だけはいつもいい双子のテーブルから目を離すと、さっきから妙におとなしい同行者の姿が視界に入った。
ヤムチャはなんだかよくわからない表情で、2本目の煙草を吸っていた。


「何よあんた。調子悪いの?」
その一見何てことのない2本目があたしはちょっぴり気になって、カフェを出がてらそう訊いてみた。ヤムチャは表情を変えずに淡々と言い切った。
「いや別に。でもそうだな、ちょっと外走ってくるかな」
「外?」
「デッキのジョギングトラックだよ」
言うなりヤムチャは行ってしまった。あたしの返事も碌に聞かずに。この、ある意味ではいつも通りとも言える態度に、あたしの中のむくれの虫が目を覚ました。
まー、何よ。もう修行心がついちゃったってわけ?いくら何でも早くない?まだ4日目よ。それとも不貞腐れてるのかしら。昨夜、夜遊びし過ぎちゃったから。カジノで夜を明かしちゃったから…
だけど、しかたないわよね。あの場合、きっと誰だってああするわよ。一目賭けが2回も当たるなんて、滅多にあることじゃないわよ。っていうか、まったくもって奇跡よ、奇跡。だいたい、カジノに行きたいって言ったのはヤムチャじゃない。それに結構楽しんでたわ。いえ、結構どころかかなり熱入ってたわよー、あれは。
そんな感じでたいして本気も出さずにむくれながら、あたしは下船の準備をした。下船先はこの辺りでは南の都に次ぐ大都市のルートビア。下船時間は4時間。街中までの移動を考えれば、実質行動時間は2時間強ってとこかしら。正直言ってもっと時間ほしいと思うけど、観光するところも別にないからまあいいわ。…さてと、何着ていこうかな。ルートビアは都会だから、新しい服じゃなくっちゃね。
「ただいま〜」
鮮やかなグリーンのVネックのウールコットンワンピース。それを身につけたところで、ちょうどヤムチャが戻ってきた。それであたしはブーツを取り出すのは後回しに、リビングへと顔を出した。『おかえり』。そう返すためではなかった。
「わっ!!ちょっとブルマ、それ…」
あたしが何をも言うより先に、ヤムチャがそう叫び立てた。あたしのむくれの虫は一瞬にして本物となった。だからもう前置きも何も抜きにして、はっきりと言ってやった。
「あんたね!これはこないだあんたとデートした時に買ったやつでしょ!!」
いくら何でもこのくらい覚えてなさいよ。まだたったの10日前よ。『なかなか落ち着いてていい』、確かにそう言ったわよ!
「…あ。いや、違う違う!服は覚えてるよ、うん服は!そうじゃなくて、その…………顔…」
わざとらしく両手を振ってから身を屈めるという、ある意味では非常にらしい仕種をヤムチャはした。その後指さしまでしてくれた。あたしは眉を顰めながらも、その失礼な態度に応えてあげた。
「ああ、これね。パックよ、パック。ちょっと肌荒れ気味だったから」
「パックって。…怖過ぎだぞ…」
「大げさね。前にもしたことあるでしょ」
「ないない、一度もない!」
ヤムチャはまた両手を振った。あたしは首を捻ったけど、それまで追及するつもりはなかった。…そっか。見るの初めてだったか。じゃあ驚いてもしかたないかもね。これ、やってるあたしだって見たら怖くなるからね。普通のパックの比じゃないのよね。効果と見た目のすごさが。
「で?服は?」
そんなわけで、あたしはここまでのヤムチャの態度をすっぱり流して、話を本来のところへ持っていった。そう、どの言葉が本当だったのか確かめてやるのよ。
「服?」
「この服よ。どう思う?」
ヤムチャは一瞬きょとんとした顔をして、その後あからさまに品定めの視線を送ってきた。それは全然構わなかった。おべっか言ってほしいわけじゃないから。それに一目見るなり文句言われるよりはよっぽどマシ――
では、なかった。やがてヤムチャが口を開いた時、あたしの中に新たなむくれの虫が生まれた。
「ああ、うん、似合ってるしかわいいよ。ブルマってそういう派手な色似合うし…」
「この前と言ってることが違ぁーーーうっ!」
「そ、そうだったか?」
「全ッ然、正反対よ!」
もう、いい加減なんだから。やっと褒めたと思ったらそれなわけ!?一体どっちが本当なのよ。おまけに趣味もわかんない。どうしてこれがかわいくて、昨日のドレスがかわいくないのよ?…
「ごめんごめん、でもさ…」
「はい、そこまで!」
なおも軽く続けようとするその声を、あたしはすっぱりと制した。だって、聞けば聞くほどわからなくなってくるわ。こんなのに付き合ってらんないわよ。
「あたし準備の続きするから。あんたも適当に準備しなさいよ。下船は2時から6時までだからね!」
「ああ、うん…」
そう言ってしまってから、さらにヤムチャの返事を聞いてしまってから、ちらりと思った。
…ヤムチャをショッピングに連れて行くの、やめた方がいいかしら。


とりあえず、それは冗談ということにしておくとして。
ルートビア入港後、あたしは約一日ぶりに地面を踏んだ。ちゃんとヤムチャも一緒に。別行動するっていう考えは初日に捨てたのよ。ちょっと性根がしょうもないことくらい、大目に見てやるわ。
港からルートビア中心部までは一般のリムジンバス。あたしたちのツアーからそれに乗ったのは、あたしたちの他にはあの双子だけ。ま、年配の人がルートビアに興味持たないのはわかるわ。ここは観光地でも何でもない、ただの一都市だから。実質2時間程度じゃできることだって限られちゃうし。実際、あたしだってちょっぴり面倒くさくなってきてる。一人だったら行かなかったかもしれないわ。
少し乾いた空気に、南部らしい高い空。路脇に植えられた椰子の木。それ以外にはさほど特徴のない中心街のプロムナードを、ゆっくりと歩いた。ショッピングに時間を費やすつもりはあまりなかった。さっきの今で服を買う気になるわけもない。それにまだ着てない服いっぱいあるし。やがて少なからず喉の渇きを覚えた頃、椰子の木陰にソフトクリームスタンドを見つけた。あたしはかなり迷ったけど、今はそれを食べておくことにした。
「やっぱりここはトロピカルフルーツトッピングかな。ヤムチャ、あんたはどうする?」
「いやー…俺はパスかな」
予想通りの受け答え。こういうのに付き合ってくれたこと、ほとんどないんだから。
南国ムードたっぷりの、でもどことなく見知ったような風景の中を、さらに歩いた。そしてガイドブックに載っていたモニュメントのある広場へと出たところで、バッグからあの紙を取り出した。
母さんのお土産リスト。そう、あたしがここに来たのはまさにこのため。今のあたしは、間接的にこの旅行のチケットを譲ってくれた母親に感謝を示す健気な娘。そしてヤムチャはその荷物持ち。
という刷り込みは、リストに記されたその一文を見た瞬間、効かなくなった。
――ランジェリーショップ『ルービッチ』のS-PT-0051。超高級品よ♪――
母さん…………
お土産にこういうものを頼まないでほしいわ。っていうか、自分の子どもにこういうものを買わせないでほしいわ。一体どういう神経して…るのかなんて、もう知ってるわ。父さんからの頼まれものじゃないのがせめてもの救いね。
自分でもどうかと思うことに、自分の中での折り合いはすぐについた。どうせ娘よ。それに、父さんじゃなく母さんの頼みだから。そう、これが大きいわね。だけど、問題はヤムチャよ。
問題っていうか、絶対に連れて行きたくないわ。ヤムチャが行きたいって言っても、断固断るわ。
「…ねえ、あたしちょっと母さんのお土産買ってくるから、あんたこの辺で待っててくれない?」
「ああ、ショッピングってそれか。今度は何だ?」
「あんたはそんなこと気にしなくていいの!すぐ戻ってくるから。じゃね!」
それ以上何か言われる前にと、あたしは全速力でヤムチャを置き去りにした。
いくら付き合いが長くってもこれは言えないわ。ヤムチャは硬派ってわけじゃないから、なおさらね。


うちの母さんはミーハーだ。
新しもの好きだし、流行にだってすぐ飛びつく。おまけに結構な若づくり。でも、センスは悪くない。あたしはそう思っていた。その店、『ルービッチ』に入るまでは。
――古代遺跡か宮殿か。ともかくも得体のしれない彫りの入った白柱を設えた内装。重々しく垂れ下がる白と金のカーテン。明るいのになぜか不健康に感じられる店内の照明。とどめは入口内にあった置き看板のこの一文。『17世紀の西部大陸には宝石をちりばめた下着があり、その宝石の数でその人の評価が…』――
何、この店。
17世紀って…まさか前時代のこと?何その超懐古趣味。それともデカダンスかしら。一体どこの誰よ、母さんにこんな店を教えたのは。
来るんじゃなかったかも。商品ナンバーまでわかってるんだから、取り寄せるとかしてもらえばよかったかも…
あたしは大きく溜息をついた。…これはお使い、あたしは健気な娘。そう呪文を唱えてから店員を呼び止め、件のナンバーを口にした。やがてカウンターの奥から仰々しく取り出されてきたそのものは、あたしの目を否が応にも釘づけにした。
妖しー…
やらしくはない。やらしくはないけど……どうしてこんな大きな宝石がついてるの?下着にこんなものつけてどうするの?っていうか、痛くないのかしら、これ。だいたい、一体いつこれを着けるわけ。…いえ、そういうこと考えるのよそっと…
あたしが二つめの溜息をついた時、店員がにこやかに言った。
「こちらの石はアウィナイトですので、特殊クリーニングのみ可能となっておりますが、よろしいでしょうか?購入後の破損についてはこちらでは責任を負いかねますが」
あたしは三つ目の溜息をつきながら、それに答えた。
「構わないわ。…えっと、それ頼まれものだから、包んでもらえる?」
あたしにとっては、こっちの方が重要なことよ。…これをあたしが着けると思われちゃたまんないわ。
「かしこまりました。では、こちら96,800ゼニーになります」
高ッ…!
それ本当に下着の値段?…アウィナイトだから、当然といえば当然か。結構、粒も大きいしね。それにしたって母さんも、どうせ宝石を買うのなら普通のアクセサリーかルースにすればいいのに。下着じゃ資産にもならないじゃない(もし母さんが死んだってあたしはいらないわよ、こんなもの)。無駄な買い物もいいところね。
そんなことを考えながら、あたしは店の隅へと移動した。カウンターの前で待つのは居た堪れないわ。店内を物色してる方がまだマシよ。ここ、別にやらしい雰囲気じゃないし。
そうなの、ここの商品はやらしくはないのよ。妖しいだけで。露出の少ない妖しい懐古趣味。さらに品質が無駄にいい。言わばネオクラシックラグジュアリー。…でもこれは、妖しくもない。どうしてこれがここにあるの、っていうくらい清純だわ。
そう思えるものを、あたしは一つ発見した。なめらかな光沢のホワイトシルクで、パフスリーブで、シンプルなラインで、ひたすらにドレープが美しい。神話の世界の衣装みたいなネグリジェ。そうまるで、天使が着るようなやつ。
ちょっとかわい過ぎかしら。たぶんこれは若い子向けよね。だけど、家の中で着るのなら許されるんじゃないかしら。いえ、まだ許してもらうような歳じゃないわ。全然いけるわよ。
「お待たせいたしました。こちら商品とアウィナイトの鑑定書でございます」
ちょっと迷いながらも折り合いをつけようとしたその時、店員が母さんへのお土産を持ってやってきた。それであたしは、完全に折り合いをつけた。
そうよ。母さんがあれを着るのなら、あたしがこれを着ることくらい、全然普通よ。
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