Trouble mystery tour Epi.2 (5) byB
自分が浮ついていたことに気がついたのは、ショップから一歩を出た時だった。
なんだか感覚が違うように思えた。まるでウェディングドレスショップから出てきた後みたいな。…ちょっと違うか。とにかく異質な特別感があったわ、あの店には。女の夢の世界って感じかしらね。まあ、そう度々入りたいショップじゃないけど。そういう意味でも、思い切って買ってよかったわ。
ただ一つ問題なのは、これを一体どこで着るかということよ。ウーロンさえいなかったら、家で着てもいいんだけどな。全然やらしくないけど、なんとなくウーロンがいると嫌なのよね。でもあいつ、いっつも家にいるからなあ。
どうやらあたしはまた、着ることのない服を買ってしまったらしい。その結論に達したところで、広場に着いた。まずはのんびりとさっきヤムチャと別れた場所まで歩いて、次にぐるりと周りを見回して、最後にあたしは眉を顰めた。あるはずの事実がそこになかったからだ。
…ヤムチャのやつ、どこ行ったのよ?待ってろって言ったのに…
あいつは待つのを苦にしないってところが最大の取り柄なのに。さらにそう思った時、少し遠くから声が聞こえた。
「おーい、ブルマ、ここだここ」
再び周りを見回すと、広場の中ではなくその外に、手を振るヤムチャの姿が見えた。ビアガーデンの椰子の木陰。テーブルの上には空になったジョッキ。
「あっ!ビール!ずるーい、あたしも飲みたかったのに。我慢してたのにー!」
ちゃっかりしてるわね。ひとが空気読んでソフトクリーム食べてたっていうのに。だって、なんか違うような気がしたから。ワインで乾杯するならともかく。
あたしは思いっきりむくれてみせた。本気じゃない、わざとだ。だけど、ヤムチャが謝ってくるのを待つことはなかった。すぐにそんなことどうでもよくなった。
「あれー?天津飯さんじゃない!餃子くんも!ひさしぶりねー、こんにちは!」
普段何事もない時にはまずお目にかからない2人が、ヤムチャの向かいにいたからだ。しっかりとチェアに座り込んで、さらにはビールを飲んでいる。あんまり見ない光景よね。
「…あ、ああ…こんにちは…」
「こんにちは」
天津飯さんはともかく、餃子くんはジョッキ一杯空けてもさっぱり酔っていないらしかった。この子本当に大人だったのねえ。
「何してんの、こんなところで?」
「買い出し。水、なくなったから」
「へぇ、今どこに住んでるの?」
「…住んではいない。近くの平野を転々としている」
天津飯さんははっきりとは言わなかったけど、もちろんあたしにはわかった。相変わらずの修行生活。今はルート平原なのね。
「そっか。がんばってね。…あら?何かしら、この花」
4つ目のチェアを引きかけて、あたしは気づいた。チェアを占領している真っ赤な大輪の花に。素朴だけどなかなかかわいらしくラッピングされている。誰かの忘れ物かしら。
ビールをオーダーすることも兼ねてウェイターを呼ぼうとしたところ、ヤムチャが花を掴み上げた。
「さっきそこの広場で買ったんだ。花売りの子からな」
「花売り?あんたまた物売りに捕まったの?もう、あんたはすぐそういうのに捕まっちゃうんだから」
油断も隙もないわね。売る方はもちろんだけど、何より買う方がね。旅行中の人間が花なんか買ってどうするのよ。
とはいえ、それはこの際たいした突っ込みどころじゃなかった。ヤムチャの場合、それよりもっと気になることがあった。
「いくらで買ったの?」
ともすれば何てことのないこのあたしの質問に、ヤムチャもまた何てことのない顔で答えた。
「200ゼニー」
「っかー!たっかーい!!」
あたしは思いっきり叫んでやった。わざと半分、本気半分で。昨日と違って遠慮してやる理由は何もなかった。だって相手は商売っ気100%なんだから。
「高いって…たったの200ゼニーだぞ」
「値段自体がじゃないわよ。あんた言い値で買ったでしょ。こういうところの物売りはね、まず3倍の値段でふっかけるっていうのがセオリーなの!」
たいていの人間は路上の花売りなんかから花買わないから。断っているうちにだんだん値段が下がっていくっていう寸法よ。それを見越してふっかけてくるのよ。そんなの、はっきり言って常識よ。
「ふっかけるって…そんな風には見えなかったけどな。おとなしくって、素直そうな子だったぞ」
ヤムチャはある意味では非常にヤムチャらしい態度を取った。惚けているというよりは、わかってない。ヤムチャってば、昨日もそうだったんだから。だからあたしが引っ掛かったのはそこじゃなかった。
「素直そうな…どんな子?」
なんとなく、ニュアンスでわかった。そしてあたしのその勘は外れなかった。
「こ、子どもだよ、子ども!何も知らなさそうな…そう、赤ずきんちゃんみたいな!」
「つまり女だったわけね」
あたしはヤムチャの言うことを、言葉通りに受け取った。赤ずきんちゃんみたいだったかどうかはともかく、きっとそのくらいの年齢の子どもよ。街頭花売りなんて実のなさそうな商売、大人がやるはずないもの。だけど、それが何なのよ。
「まったく、あんたはどうしてそう女にいい顔するのよ!」
だいたいその言い訳は何よ。何日か前にも同じような台詞聞いたわよ!グランニエールフォールズで、あの双子相手にさ。わからないなんて言わせないわよ。あんな謝り方してきたくせに!
「いい顔って…ただ花買っただけじゃないか」
「相場の3倍の値段でね!」
あたしはやきもちを焼いていたわけじゃなかった。子どもの物売りにやきもちなんか焼くはずないわ。だけど、言っておかなきゃ。女に弱いお人好し。これを見過ごしておけるはずないでしょ。どこまで騙されるかわかったもんじゃないわ。
でも、ヤムチャは全然わかってなかった。ちょっぴり困った顔をしてるだけで、今だにこんなことを言っていた。
「いいじゃないか、それだって十分安いんだし。わかったよ、今度男の花売りから花買ってやるからさ、な?」
「何その言い方!あたしは別に花がほしいって言ってるわけじゃないのよ!」
「ああ、わかったから。もう買わないから。ほら、天津飯たちが困ってるぞ。な?」
これにはちょっとだけ不意を衝かれた。うっかり口を噤んだその隙に、天津飯さんと餃子くんが呟いた。
「あ…ああ…」
「はぁぁ…」
「ほらな」
直後にヤムチャがそう言った。だから、あたしはすぐさま引きかけていたチェアを戻した。
きったなーい!
何そのやり方。汚過ぎ!他人をダシにするんじゃないわよ。2人もどうしてそこで頷くのよ。ちょっとは空気を読みなさいよ!
まったく、武道家ってこれだから。修行ばかりしてる人間ってこれだから…!
「あっ、おい。ブルマ、どこへ行くんだ」
「べーだ!!」
ビアガーデンから一歩を出ると、少しだけ慌てたようにヤムチャが腰を浮かせた。だからあたしは思いっきり舌を出してやった。どこへ行くのかなんて決まってるでしょ。
船へ戻るのよ。


広場を出たところで、リムジンタクシーを拾った。行き先を告げるとドライバーがご親切にもリムジンバスを勧めてくれたけど、あたしはそれには従わなかった。
ヤムチャが先回りしてるかもしれないから。バスの中で続きをやるのはごめんよ。だいいち、言いたいことはもうほとんど言っちゃったわ。後はそうね、『その無神経なやり方どうにかしなさい』くらいしか言うことないわね。
ほんっと、ヤムチャってばええ格好しいなんだから。双子の前ではあそこまでやったくせに、天津飯さんたちの前だとあの様よ。そのくせ赤の他人にはほいほい流されちゃうし。一体どうなってんのよ、あいつの精神構造は。
窓から差し込む熱い日差し。南部の高くて青い空。街路樹はすべて椰子の木。いつもと同じようで同じじゃない都市の街並み。そこはかとない気だるさを感じながら、あたしは息をついた。
…すっかりいつものパターンね。
ええ、自覚してるわ。同じような喧嘩をもう何度もしてるってこと。だけどヤムチャが悪いのよ。いつも悪いけど、今回は特に悪いわ。
簡単にひとの話に乗るなって言ったのに。金額の問題じゃないでしょうが。姿勢の問題よ、姿勢の。昨日の男の子はまだわかるにしても、今日のは正真正銘の赤の他人じゃない。おまけに女。
…別に、やきもち焼いてるわけじゃないわよ。
姿勢の問題なのよ、姿勢の。
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