Trouble mystery tour Epi.3 (2) byB
人も疎らな白昼のカジノで、あたしはヤムチャから手を離してポーカールームへ入った。
ビリヤードに付き合うつもりはないわ。あいつのプレイスタイルは普通じゃないんだから。嫌ってほどじゃないけど、せっかく来たんだから、あたしはあたしのやりたいことをやるわよ。
とりあえずはレートが高めのホールデムテーブルで4人プレイ。自分の手がいい時しか勝負してこないフォルド愛好家のタイトな中年男と、ブラフがきつい若い男、それと戦略も何もなしにやたらレイズして賭け金を吊り上げてくるどっかの成金じいさん。すっかりゲームに入れ込んでる二人と、お金ばかり注ぎ込んでる一人。ま、こんな時間にカジノでポーカーやってる人なんて、こんなもんでしょ。
「フォルド」
「レイズ」
「レイズ」
「レイズ!」
つまるところ、ブラフの男とあたしとの一騎打ち。そして小一時間も経った頃には、ブラフ男のブラフのパターンはだいたい読めてきていた。
「フォルド」
「チェック」
「レイズ」
「レイズ!」
自分の手が本当にいい時にはチェックして、悪く見せる。でも決してゲームは下りない。だからあたしは手が良ければレイズして、真っ正面から勝負した。
「フォルド」
「レイズ」
「レイズ」
「レイズ!」
そしてことさらによく見せようとレイズしてきた時には、当然リレイズ。勝てる時にもらっておくわよ。
「レイズ」
「レイズ」
「レイズ」
「レイズ!」
時々雰囲気的に下りれなくてレイズしちゃうことはあったけど、それ以外はクールに徹した。ポーカーはハンド、つまり手札の強さを競うゲーム。でも相手をフォルドさせれば弱くても勝てる。だからハンドの良さよりも頭の良さが関係してくる。要するに、あたしにはもってこいのゲームってことよ。
「フォルド」
「フォルド」
「レイズ」
「レイズ!!」
ほっほっほ。読める。読めるわ!ちなみにわかってるとは思うけど、三番手のレイズじいさんはいないも同然だから。そりゃまるっきり勝たないわけじゃないけど、勝率はせいぜい5%ってとこ。そして一番手のタイトなおっさんは10%くらい(でも勝つ時以外はほとんどフォルドしてるから、チップは増えてるわ)。二番手のブラフ男が35%ってところね。つまり勝率的にはあたしの一人勝ち。…なんだけど。勝率50%っていうのはかなりのことだとは思うんだけど。でも、腑に落ちない点が一つあった。
だって、あたしはすっかり読めてるのよ。読めてるのに、50%っておかしくない?おっさんとじいさんは妥当なところとしても、ブラフ男にはもっと勝てていいはずでしょ。それもさぁ…
「よっしゃ、きたぁ!ストレートフラッシュ!!」
…ほとんど、勢いってやつに負けるのよ。どう考えてもあたしより頭悪そうな相手なのに。ルーレットはさっぱりだったし。…あたし、運ないのかしら。
「ストレートフラッシュ」
「ストレートフラッシュ!」
「ロイヤルストレートフラーッシュ!!」
終盤になると、さらに男は強運を発揮し始めた。チップの尽きたレイズじいさんがいよいよオールインした時には、その手まで飛び出した。っていうか――
「ちょおっと待ったぁ!」
さすがにあたしはチェアを蹴った。気づかないわけがない。こんな豪華客船にそんな手合いはいないと思って油断してたわ!
「あんたイカサマしてるわね!!」
依然のんびりとしたおっさんとじいさんを横目に、あたしはズバリ言ってやった。ブラフ男は所謂ポーカーフェイスというやつで、しれっと答えた。
「一体何のことだ?さっさとハンドを見せろよ」
「何言ってんのよ。こんなゲームは無効よ!」
「それはフォルドするってことかい?」
「そんなわけないでしょ!」
「なら早くカードを見せな」
男はシラを切り続けた。タイトなおっさんはまったくタイトに、黙ってあたしたちを見ていた。じいさんはのんきに新たなチップを受け取っている。当てにならない男たちね。でもあたしは引かないわよ!
「こりゃあ一体何の騒ぎだね」
「イカサマだとよ、イカサマ」
「へえ、そんなの実際に見るのは初めてじゃなあ」
野次馬が続々と集まってきた。でも、肝心なことは何一つ言わない。メカディーラーもまた然り。完全に場が膠着状態になった頃、ようやく外野から声がかけられた。
「おいブルマ、何をやってるんだ」
「こいつイカサマしてんのよ!」
ビリヤードをしていたはずのヤムチャの声に答える時も、あたしは男から目を逸らさなかった。それに対し男はそれはもう無造作にヤムチャを見て、飄々と言い放った。
「言いがかりだよ。まったく、白けっちまうよなあ」
「白けさせてんのはあんたでしょ!このペテン師!」
「ひどい言い草だな。おいおまえ、この女どうにかしろよ」
仮にも顔に傷ある男が出てきたというのに、この態度。そしてその傷ある男はというと、男にではなくあたしに向かって口を開いた。
「間違いないのか?」
「絶対よ!ストレートフラッシュが出る確率は72193.3分の一、ロイヤルストレートフラッシュは649740分の一!それがこんなに続けて出るわけないでしょ。そんなのがまかり通るのは映画の中だけよ!」
あたしは思いっきりバラしてやった。それでも男は顔色一つ変えなかった。完全なポーカーフェイス。野次馬も相変わらず。さらにはヤムチャまでもがそうだった。
「そうか」
眉一つ上げず、ただ一言そう呟いただけだった。いえ、それだけじゃなかった。
「ブルマ、おまえはもう下りろ」
「はぁ!?」
「俺が代わりにやってやる。おまえはちょっと休んでろ」
「えぇーーー??」
一方的な宣告の末に、あたしをテーブルから引き剥がした。あたしはまったく呆気に取られて、心の中で叫んだ。
何それ!!
なんで流すの!?一体どういう態度なの!?あたしの言うことが信じられないの!?
あたしの怒りはすでに男ではなくヤムチャに向いていた。今では野次馬たちの視線もヤムチャに向いていた。それなのにヤムチャはただ淡々とチェアに座り込んで、のんきな顔でこう言った。
「証拠もないのにイカサマ扱いしちゃダメだよな」
「当たり前だよ。そんなの最低のマナーだ」
少しだけポーカーフェイスを崩して、男が薄く笑った。つまらなさそうな顔をして、野次馬たちが散り始めた。あたしは怒りの治まらぬまま、残る数人の野次馬たちと共にヤムチャの後ろに立ち尽くした。でも新たなゲームが開始された時には気分を切り替えていた。…ヤムチャは当てにならない。いいわよ。今度は第三者としてじっくり見ててやるわ。証拠があればいいんでしょ。絶対にしっぽを掴んでやる!!
「フォルド」
「レイズ」
「レイズ」
「コール」
こんな騒ぎのあった後にも関わらず、相も変わらずタイトなおっさん。姿勢どころかブラフのやり方さえ変えない男。いないも同然のレイズじいさん。ヤムチャについてはどうでもいい。あたしが興味あるのはただ男の手元だけ。
でもそのあたしの姿勢は、やがてすぐに崩された。最後に場に出た3つのハンドのうちの一つが、否が応にも目を引いた。フラッシュ。ストレート。そしてワンペア…
「ちょっとヤムチャ!どうしてそんなハンドでコールするのよ!!手作りに失敗したにしたって、そういうゴミ手の時はカード伏せなさいよ!」
「いいからいいから」
何がいいのよ!
ヤムチャはまったくあたしを呆れさせた。そりゃもう男への怒りが殺がれてしまうほどに呆れさせた。だって、見てよ!
「フォルド」
「チェック」
「レイズ」
「コール」
フォー・オブ・ア・カインド。ストレート。ツーペア…なんつー低次元の争い。でも、考えてみれば当たり前よ。ヤムチャがあたしより強いわけがないのよ。こいつだってたいして運はないし、頭なんかてんで使ってないんだから。
「フォルド」
「レイズ」
「レイズ」
「コール」
3ゲーム目もまたコール。そしてハンドはスリー・オブ・ア・カインド。おまけにまた手晒し。そりゃ今までよりはマシな手だけど、晒す必要全然ないでしょ…
この時にはあたしはすでに、男の手元を見ることをやめていた。理由は簡単。イカサマをする気配がないからだ。そりゃそうよね。イカサマしなきゃならないほど強い相手がいないんだもの。
だからただただ溜息をつきながら、バカの一つ覚えみたいなコールの末に晒されるヤムチャのカードを見ていた。4ゲーム目のハンドはストレート。その時には少しだけ気が変わった。
…ちょっと調子上がってきたかな。こんなことまでスロースターターなのかしら。それにしてもおもしろいわね。こんな偶然ってあるのね…
そしてその次には、思いっきり目を瞠った。
5ゲーム目もコール、ハンドはフラッシュ。
さすがにこれには気づいた。あたしは俄然楽しくなって、一見のんきに構えているヤムチャの手元を探った。
6ゲーム目。コール、フルハウス。
7ゲーム目。コール、フォー・オブ・ア・カインド。
8ゲーム目。コール、ストレートフラッシュ。
全然まったくさっぱりわからない。違う意味で首を捻っているうちに、最後のコールの声が響いた。
「ロイヤルストレートフラッシュ」
おおーーー!!
今やすっかり称賛の気持ちになって、あたしは手を叩いてやった。この時になってようやくブラフ男が立ち上がった。
「おまえ、何かやってるだろ!」
そして声も荒く叫んだ。…遅いわね。遅過ぎるわよ。こいつやっぱり、頭悪いわね。
「いや別に。何もしてないよ」
「嘘つけよ!イカサマなしでそんな順番のハンドができるわけねえだろ!!」
「そんなこと言われてもなぁ。だいたい証拠もなしでイカサマ扱いしちゃダメだろ」
のんきもここに極まれり。明るく笑ったヤムチャに対し、ブラフ男は完全に熱り立っていた。
「おまえーーー…!!」
チェアどころかテーブルさえ蹴りつけて、ヤムチャに掴みかかっていった。…あーあーあ。あたしは溜息を吐きながら、ヤムチャの傍から離れた。思った通り一瞬の後には、ブラフ男は羽交い締めにされていた。ざまーみなさい!そう思いながら、あたしは警備ロボットを呼んでやった。
「この人、自分が負けたからっていきなり掴みかかってきたのよ。マナー違反もいいところだから、どっかやっちゃってくれない?」
「カシコマリマシタ」
この頃には再び野次馬の人だかりができていた。ロボットに口を塞がれ連れ去られていく男には目もくれず、ヤムチャがにこやかに頭を下げた。
「騒がせてすいません。今のゲームは無効にしますよ」
「いやいや、構わないよ。いいものを見せてもらったよ」
タイトな中年がのんびりと笑った。そうよね。普通は気づくわよね。この人の場合もともとほとんどフォルドしてるから、どの時点で見物に回ったのかはわからないけど。
「チップはいらないから、やり方教えてくれないかね」
レイズじいさんも笑っていた。ちょっぴり欲を覗かせながら。冗談めかしてるけど、なんか本気で言ってるような気もする。だってこの人、最後までずっとレイズしてたのよ。本当に気づいていたのか怪しいもんだわよ。
「なんだい、一体どうなったんだね」
「ハンドを順番に作ったんだよ」
「うわー、それ見たかったなあ」
野次馬は相も変わらず勝手なことを言っていた。でもそれは今では全然気にならなかった。渦中のあたしですら、すごく楽しんじゃったわ。
「じゃあ行くか。それともまだやるか?」
「ううん。もう充分楽しんだわ」
あたしが答えると、ヤムチャはまたあたしの手を取った。その自然さが、あたしにはことのほか嬉しかった。ちょっぴり誇らしくさえあった。そこへ飛んできた野次馬の一人の声が、あたしのその思いをさらに助長した。
「君、酒奢ってあげよう。見物料だよ。バーで好きなもの頼んでいってくれ」
「サンキュー」
ヤムチャは実にさりげない笑顔で、ただ一言そう言った。その瞬間、あたしは思った。
ん〜。こいつ案外カジノが様になるわね。意外だわ。


カジノの中央に設けられたカウンターバーで、あたしたちははなむけを受け取った。ヴェスパー・マティーニ。前時代にカジノ小説の著者が考案した、マティーニの定番の一つ。それでひとまず喉を潤したところで、あたしはずっと気になっていたことを口にした。
「ねえ、一体どうやったの?後学のために教えてよ」
結局やっぱりわからなかった。男の座っていたチェアの周りに数枚カードが落ちていたのは見つけたけど、ヤムチャの周りには一枚もなかった。わからなかったのはあたしだけじゃない。あの場面で口を出すのを控えただけで(約一名口に出してたじいさんがいたけど)、誰もが知りたがっていたことは明白だった。
あたしのわくわく感に応えたのは、素っ気ない口調とシンプルな言葉だった。
「すり替えてやった」
「すり替えたって…どうやって?」
「うん?ただ普通にすり替えただけだ。手早くな」
手早く…
それきりヤムチャは口を噤み、ヴェスパーに浮かぶレモンを端に除けた。氷解した不可解な思いが新たな不可解に変わるのに、時間はかからなかった。
「ずるーい。ずるいずるいずるいずるい!」
そんなの教えてもらったって真似できるわけないでしょ!きったない武道の使い方!
「イカサマなんてそんなもんだろ」
ヤムチャはこともなげに言い切ると、グラスに残ったヴェスパーを飲み干した。その瞬間、あたしの不可解は呆れへと転化した。だからことさら平静な口調で言ってやった。
「あんたもう武道家やめて、カジノで生きてけばいいんじゃない?」
「どういう意味だよ、それは」
「だってビリヤードは勘で勝っちゃうし、カードも頭使わないで勝てるんじゃ、もう絶対そっちが天職でしょ」
まったくね。反射角を考えたり相手の手を読んだりしてるあたしがバカみたいじゃない。自分の彼氏じゃなかったら、絶対に一緒に遊ばないわよ。
「それは武道をやってるからこそだぞ。五感をここまで鍛えたからこそ――」
「でも武道の方では勝てないじゃない」
この時あたしはちょっぴり気を逸らされていた。バーテンダーが寄こした二杯目のヴェスパーに。だから気づくのが遅れた。いつもの気弱な突っ込み(『そういうこと言うなよ』とかそういうのよ)が返ってこないことに。グラスに伸ばしかけた手を引っ込めて視線を動かすと、すかさずヤムチャがその手を動かした。そして、目には見えるけど止めようのない速さでグラスを空にした。
「ちょっとそれ、あたしの!」
すぐにそう文句をつけると、ヤムチャもまたすぐに文句を切り返してきた。
「こんな強い酒、二杯も飲むなよ」
まるっきり後付けの理由。口調こそいつもと同じだけど、その態度は思いっきり強気だった。
「後は夜だけにしろ。昼間っから酔っ払ってちゃみっともないぞ」
「何よ、またその台詞!?」
お酒くらい自由に飲ませなさいよ。つーか、まだ一杯しか飲んでないっつーの!
この旅何度目かの同じ不満を、あたしはこの時呑み込んだ。口論するのが嫌だったわけじゃない。…ヤムチャのやつ、どうも昨夜からこっち、口より先に手が出てるみたいなのよね…
「ほら、行くぞ」
ふーんだ、偉そうに。
あたしはその言葉も呑み込んだ。どうやら二杯目のヴェスパーには触れさせてもらえないらしい自分の手を見ながら。声をかけられた時にはすでに手を掴まれていた。本当に当たり前のように、ヤムチャはそうしていた。
「しょうがないわね。じゃあ、スロットやってよ」
だからあたしは新たなグラスに執着することはやめて、少しだけ気になっていたことを口にした。
「スロット?」
「あんたの動体視力ならシンボルが見えるんじゃない?」
「…かもな」
ヤムチャは言葉をぼかしたけど、態度はそうじゃなかった。あたしの手を取ったままあたしの言葉に従って、あたしの洞察を裏付けるべくスロットマシンを回し始めた。スロットは一人でやるゲーム。当然チェアも一人掛け。だからあたしは後ろで見ていただけだけど、全然退屈はしなかった。
「わぁお!百発百中ね。武道の方でもこうだったらいいのにね〜」
「そういうこと言うなよ」
そんな会話をしている間にも、チップは量産されていた。ヤムチャ本人はそうじゃなかったけど、その手はなかなか忙しそうに目に見えぬ速さで動いていたので、あたしの方から空いた手をその首に回してあげた。
ちょっとした情婦気分で。だって、ヤムチャってばマジでカジノが様になるから。カンフー服じゃなかったら、完全にギャンブラーよ。それに助けてくれたしね。
でも、実のところはわかっていたからだ。
そう、本当にカジノで生きてくつもりなら、こんなことしてあげないわよ。
inserted by FC2 system