Trouble mystery tour Epi.3 (3) byB
ヤムチャは意外と口煩い。ものすごくたまにだけど、父さん母さんよりも口煩いことを言う。まあ、うちの父さん母さんは煩いどころか何も言わないので、余計にそう感じるのかもしれない。でも決して『堅い』とは感じないのは、それがものすごくたまにだからじゃない。結局こういうやつだからだ。
そんなことを思いながら、あたしはヤムチャの空け渡してくれたスロットチェアに腰を下ろした。目の前には数万枚ものチップ。当然、スロットマシンは打ち止め。だからプレイを代わったわけではない。あたしが一息つくと、ウェイトレスから受け取ったヴェスパーのグラスに立ったまま口をつけてから、ヤムチャが言った。
「で、このチップどうする?」
「そうね〜…」
あたしはそれ以上のことは言わなかった。言葉に詰まったからじゃなかった。
あたしもまたヴェスパーを飲んでいたからだ。通算二杯目の。言い出しっぺはヤムチャ。さっきはもう飲むなって言ったくせにね。バカ勝ちした途端にこうよ。ほんっと調子いいんだから。
「パーッと使っちゃいたいわね、こういうのは。どうせあぶく銭だしね」
「同感」
シンプルにヤムチャは答え、またヴェスパーを啜った。そのさっぱりした態度には文句のつけようがなかったけど、実際にはあたしはちょっと困った。
「だけど、目ぼしいものはみんなやっちゃったわよね。ルーレットにポーカーにスロット…あと何かあったかしら。豪遊するにしたってレストランはどこもタダだし…」
クルーズ船って、乗った後にはほとんどお金使わないのよ。お金が入り用なのは、宛がわれたのとは別の完全予約制のレストランか、随所に設けられたバー、それと…
「買い物にでも行くか?」
「それのどこがパーッとなのよ」
さりげなく発されたヤムチャの言葉は、ある意味ではあたしの思考を読んでいた。だからこそあたしは却下した。そうしたら、ヤムチャはこんなことを言った。
「いろいろあるだろ。宝石のついたアクセサリーとか何か…」
「やめてよ。思い出させないで!」
すぐさまあたしは叫んだ。理由は言わなくてもわかると思う。――『宝石のついた何か』。ルートビアで買った母さんへのお土産。それを買うために足を踏み入れた女の夢の世界。うっかり手にしたその世界の欠片。
でも、それ以上のことは言わなかった。だって、禁句というわけじゃない。ヤムチャは何も知らないから…
あたしは溜息をつきながら、過去の事実を頭の片隅へ追いやった。そしてまた溜息をついて、違う事実へと目を向けた。
「ドレスでも買おうかな」
「ドレス!?もういいだけあるだろ。同じの着てるのまだ一度も見てないぞ」
「だってどれも気に入らないんでしょ」
途端にヤムチャが文句を漏らしたので、あたしも文句を言ってやった。別にヤムチャに気を遣ってるわけじゃない。でも、逐一文句を言われるのにはうんざりよ。
そうしたら、ヤムチャはこんなことを言った。
「だからそれについては昨夜あれほど――」
「昨夜のことは言わないで!!」
あたしはまた叫んだ。気がついたら、そうしていた。そしてそのことを、一瞬の後に後悔した。
ヤムチャが忍び笑いを、さっぱり忍ばせずに零したからだ。それはもう愉快そうに目を細めて、笑いに体を震わせ始めた。だからあたしはその手から、今にも中身の零れそうなグラスを奪い取ってやった。…わかってる。今のはあたしの失敗よ。だけど、だけど……なんてデリカシーのないやつなの!
三杯目のヴェスパーを飲み切ってやると、ようやくヤムチャは笑うのをやめた。わざとらしくあたしのおくれ毛を弄びながら、こんなことを言った。
「ああ、はいはい。じゃあ買い物だな。思う存分ドレスを買いまくってくれ」
聞いたところ何てことのない口調で。あたしはすっかり頭にきたけど、その態度を受け入れた。…今のところは。
そう、今は。…流してくれてありがとうなんて思わないわよ。後で絶対に仕返ししてやるわ。


チップを換金してしまうと、カジノ気分にケリがついた。ショッピング気分に切り替えた時には、あたし自身の感覚も変わっていた。
「ショッピングならカジュアルでもいいわよね」
足がどうとか考えるのバカらしくなってきた。ちょっとくらい足出してたって、普通は足としか思わないわよ。って、そんなの当たり前よね。
つまるところ、あたしはようやく自分のペースを取り戻しつつあった。驚いたようなヤムチャの文句にも、ごく普通に答えることができた。
「何、また着替えるのか」
「だってこれ動きにくいんだもの。試着だってしにくいし」
「そんないちいち着替えてたら、服が何枚あっても足りないじゃないか」
でも、ヤムチャはそうじゃなかった。今さら指摘してやる気にもなれないほど、いつもと違う態度だった。いつもっていうか、昨日までと違い過ぎ。昨日まではそんなこと言わなかったのに。そういう素振りすら見せてなかったのに。調子に乗ると文句の幅が広がるのかしら。困ったやつね。
「だから買いに行くんでしょ。あんたも気にいるようなやつをね!」
あたしはまたそのことについて触れる羽目になった。でも今度は、しまったとは思わなかった。
わかってて言ったからだ。そういう態度を取るんなら、何度だって言ってやるわよ。もうあたし気づいちゃったんだから。
「だから、そのことは昨夜言っただろうが!」
「えー?昨夜、何て言ったんだっけ?」
そう、こう返してやればよかったのよ。こいつは結局、昨夜までは言えなかったんだから。それだってきっと、夜の勢いに任せて言えただけなんだから。普段は全然、そういうこと言わないんだから。まったくずるいんだから…
思った通り、ヤムチャは黙り込んだ。ちなみに、今は手は繋いでない。それもあって言ってやったのよ。言っとくけど、あたしから手を取ってやる気なんかこれっぽっちもないわよ。
この時にはすでにカジノのゲートを抜けていた。ロイヤルプロムナードへのロビーを無視してエレベーターの方へ足を向けると、ヤムチャがおもむろに口を開いた。
「昨夜のことはともかくだな。今はこのまま行こうぜ」
「ともかくって何よ。誤魔化す気?」
あたしはズバリ言ってやった。言わないだろうとは思ってたけど、この態度は流せないわ。せめて取り繕うくらいしなさいよ。
そうしたら、ヤムチャはこんなことを言ったのだ。
「そのドレスすごく似合ってる。文句のつけようがないくらいな。だからずっとそれ着てろ」
真っ正面からあたしを見据えて。それは強い口調で。恥じらいの欠片もない態度で。あたしはすっかり呆れてしまった。…ここまで調子に乗ってるとは思わなかったわ…
そんなわけで、あたしは部屋へは戻らず、そのままプロムナードへと向かった。ヤムチャに手を引かれて。呆けている間に掴まれちゃった。なんとなく、振り解けなかった。…ええ、流されたわ。
だって、開いた口が塞がらなかったんだもの。


そういえば、いつの間にか旅行への気構えが変わってきてる。
そのことに気づいたのは、ロイヤルプロムナードに立ち並ぶショップの中でも一番大きなドレスショップに入った時だった。
っていうか、一軒目。つまりショッピングを初めて間もなく、あたしたちは二人じゃなくなったのだ。
「わっ!」
「わっ!びっくりした!」
その存在ではなく現れ方に、あたしは眉を上げた。物影から飛び出して驚かすなんて、本当にどれだけ子どもなのよ。
「こんにちは、ブルマさん。ヤムチャさんも。お買い物ですかぁ?」
「ブルマさんもドレス買うんですかー?」
ここはドレスショップなんだから当たり前でしょ。そう思いながら、あたしは無理矢理視界に入ってきた双子に答えた。
「まあね。あんたたちはやっぱりお揃いのドレスを買うの?」
「もちろんですぅ」
「それが双子の特権ですからー」
「ふーん、そう…」
その特権を行使してる限り、大人への道は遠いわね。そう思いながら、あたしはさりげなく双子を視界の外に追いやった。…なんか、もうすっかり抵抗がなくなってるわ。この子たちのうるささに。思っていたよりもずっと、周りの人間がうるさいということに。
でも、その理由は今日のあたしにはわかっていた。ヤムチャがいつもよりうるさいからだ。うるさいっていうか、なんかいつもより存在感が強い。いつもはこういう外野の声に存在が掻き消されちゃうものだけど、そういうことがあまりない。もちろん、まったくっていうわけじゃないけど。
そう思いながら、あたしは思いのほか双子には構われていない様子の後ろの男を返り見た。ヤムチャは壁際に設えられたベンチに座って、のんびりと片頬杖をついていた。双子はというと、ヤムチャよりもドレス選びに夢中のようだった。そのことも相まって、ヤムチャはショッピングの時はたいがいそうであるように、存在感を消しつつあった。ま、この時点ではそれでいいわ。そう思いながら、あたしはドレスを漁りにかかった。
「そういえばさあ、あんたたちに訊きたいことがあるんだけど」
「なんですかぁ?」
「どっちがリルでどっちがミルなわけ?」
「あっ、あたしがリルでーす」
「あたしがミルでーす」
「ふーん、そう…」
追いやっても追いやっても視界に入ってくる双子とそんな会話を交わしながら。考えてみれば、あたしとこの子たちが同じ店で服を選んでるっていうのもおかしな話よね。年齢も体型も雰囲気だって、まるで違うのに。まあ、だからこそ被ることはないでしょうけど。
「うん、こんなとこかな」
とりあえず片手の指ほどのドレスを、あたしは選び出した。いつもよりは念入りに、そして一方ではアバウトに。ちょっと妥協して、デザインと同じくらい露出度を考慮してみた。 結果的にはあたし結構健気なことしてるわね。 そう思いながら、フィッティングルームへ入る前に、前もって声をかけておいた。
「ねえ、ヤムチャ。あたしこれから試着するから、着たら見てね」
「ほいきた」
返ってきたヤムチャの声は、いつも以上に気の抜けたものだった。だからあたしは、さらにもう一声かけておいた。
「言っとくけど、お世辞はいらないからね。後で文句つけることのないように、ちゃんと見てよ。気になるところがあるなら、買う前に言ってよね」
「はいはい…」
今度はいつもながらの声が返ってきた。いつもとは全然違うニュアンスの。かっわいくない態度ね。そう思いながら、フィッティングルームのドアを潜った。
あたしは謂わばヤムチャのためにドレスを買ってあげようとしてるのに。だって、着てないドレスまだいっぱいあるんだから。主にヤムチャがその場凌ぎで『いい』って言ったやつ。あたし結構ひどい扱い受けてるわね。昨夜なんか本当にひどい扱い受けたし。…あたしって健気ね〜。
そう思いながら、一着目のドレスに身を包んだ。マーメイドラインのロングドレス。色はピンクパープル、全体に大きなバラ柄のプリント。胸元に大きなリボンがついてて、谷間はまるで見えない。フィッティングルームを出てからターンしてみせると、ヤムチャは軽く首を傾げてこう言った。
「うーん、ちょっとラインがはっきり出過ぎてるかな」
あたしはわりと納得した。そういう見方もあるかもね。体のラインは見せた方がドレスが映えるとあたしは思うけど、男はそうじゃないのかも。
そう思いながら、二着目のドレスに袖を通した。ラベンダーのロングドレス。胸元がドレープになってる。背中とスリットにローズ柄のレース。雰囲気的には大人っぽいけど、露出はゼロに近い。フィッティングルームを出てちょっと歩いてみせると、ヤムチャはしげしげと眺めた挙句にこう言った。
「少し脇ぐりが開き過ぎなんじゃないか」
細かいわね。全然気がつかなかったわ。男ってそこまで見てるのか。侮れないわね。
そう思いながら、三着目のドレスを着た。エメラルドグリーンのロングドレス。ホルターネックで、胸元にキーホールが施されてる。いかにもダメって言われそうなデザインだけど、一応見せてみなくちゃね。すっごくいい色だから。フィッティングルームから一歩を出ると、ヤムチャは思いっきり眉を顰めてこう言った。
「背中をそこまで出すのはちょっと…」
ええー。そっちなの?どうして胸より背中なの?そりゃあ面積的には背中の方が出てるけど…ひょっとしてそういう問題なわけ?
そう思いながら、四着目のドレスを被った。チャイナ風のロングドレス。色はホワイト、胸元は刺繍の入ったレース。つまるところ、色以外は今着てるチャイナドレスとほとんど同じ。フィッティングルームのドアを開けると、ヤムチャはさっき褒めたばかりのドレスと唯一違う点――両サイドにあるスリット――を見ながらこう言った。
「そのスリットは深過ぎだろ」
ここであたしは思うことをやめた。
「あんた、本当にうるさいわねえ」
ひとがロングドレスばかり選んでやってるのに。『似合う』って言ったからそれと似たようなものばかり選んでやったのに。
「おまえが言えって言ったんだろ」
「そうだけど、少しは褒めることもしなさいよ」
せめて褒めてから注意すればいいのに。昨夜はちゃんとそうしてたくせに。これじゃ気に入らないところはわかっても、何が好きなのかが全然わからないじゃないの。
きっとこの気持ちは女にならわかると思う。でも、ヤムチャにはわからなかった。男だから。おまけに、それだけじゃ済まされないことまで言った。
「おまえが悪いんだよ。変な色気あり過ぎなんだ。そういう服を着た時点で、そんな風に見えるんだから。昨夜のパジャマだって…」
「ちょっと!こんなところでそんなこと言わないでよ!」
この瞬間、あたしはヤムチャに構うことをやめた。…まったく、バカなんだから。ヤムチャってば本当に、昼間はバカなんだから…
いえ、夜もバカだったわね。あたしは再び思いを心に隠しながら、できるだけ強い口調で言ってやった。
「最初と最後のは買うわよ。こんなシンプルなのまでダメ出しされてたら、何も買えないんだから!」
ヤムチャは明らかに不満そうな顔をしてたけど、それは無視しておいた。それくらいの態度は無視して然るべきよ。そこまで酌んでやってたら、キリがないわ。
そう、つまり、あたしはヤムチャの意を酌んでやった。本当は三着目のが一番好きなのに、我慢してやった。だって、思いっきり顰めっ面してたからね。
ほんっと、あたしってば健気よ。それなのにヤムチャのやつ…何が『そんな風に見える』よ。
失礼しちゃうわ!
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