Trouble mystery tour Epi.3 (5) byB
目当てのチャイニーズレストランは有料なので、メインのレストランとは別のところにあった。レストランからもカフェからも遠い、賑やかなプロムナードの一角。あたしはちょっぴり後ろに気をつけながら、そこまでの道を歩いた。一応ヤムチャに手を引かれてはいたけど、気は抜けなかった。だってこいつは、触られる方が悪いみたいなことを言う、ひどいやつなんだから。どうしたって触ってくるやつが悪いに決まってるのに。しかもこんな豪華客船でよ。ありえないのに防げるわけがないじゃないの。
そんなわけで、あたしはヤムチャと二人でいたにも関わらず、第三の人間を常に意識していた。するとチャイニーズレストランが見えたところで、あたしたちは本当に二人じゃなくなった。
「ねえほら、やっぱりないよぉ」
「うっそー。信じらんない。普通あるでしょー!」
騒がしくレストランの店頭メニューを塞いでいる双子は、何とも言えない格好をしていた。お揃いのミニドレス。ピンクのサテンで、ウェストに大きなリボンがついている。そこまではいいんだけど、そのスカート丈の短さはちょっと…
「あんたたち寒くないの?っていうか、触られたりしてない?」
あたしは心配していたわけじゃない。ただ単純に知りたかった。だから本当は無視してやりたいところを、わざわざそう声をかけた。双子は大振りな動きでスカートを翻してから、明るく答えた。
「あっ、ブルマさん」
「全然なんともないですよ。ここ人が多いから暑いくらいですー」
「ふーん、そう…」
ちょっぴり感じてしまった不公平感を、あたしはすぐに流した。認めないわ。絶対に。あたしだけがそんな目にあってるなんて、そんな風に見えるなんて、絶対に認めない。
「さ、入るぞ」
その時ヤムチャがレディファーストを発揮してレストランのクラシカルなドアを開けたので、あたしは双子の存在そのものを流すことにした。でも双子はあたしたちを流してはくれなかった。
「あ、お二人ともここ入るんですかぁ」
「この店ちょっと変ですよ。チャイニーズレストランなのに北京ダックがないんですよー」
「北京ダックはたいてい予約制よ。ちゃんとしたレストランならなおさらね」
そんなの常識よ。などと言うつもりは、あたしにはなかった。もう今さらよ。この子たち、本当に物を識らないんだから。顔は見たくないけど、親の名前は知りたいわね。一体どこの成金かしら。
「えーっ!そうなんですかぁ。ちぇー、食べたかったのにー」
「どうする?入る?」
「うーん、どうしよー。北京ダックならいっぱい食べれるんだけどなぁ。他のはそんなにいっぱい食べられないよね。二人じゃねー」
「そうだよねー」
「でも中華食べたーい」
「だよねー」
…事ここに至って、あたしはウザくなってきた。最初に話した時のことを思い出した。なんとなくその場の雰囲気で相手してやってたけど(カジノで当ててくれたし)、もともと好かないタイプなのよ。こういう、無意味にダラダラと話引き伸ばすのって、大嫌い。一体何を狙ってるわけ。食べられないならすっぱり諦めなさいよ。
『無理にここで食べなくてもいいのよ。中華なんかいつでも食べられるでしょ』。そう言ってやろうとした時、ヤムチャが言った。
「じゃあ、一緒に食べようか」
あたしはすぐさま振り向いて、後ろでドアを開け続ける男を睨みつけた。でも、もう遅かった。
「えっ!わーい、ありがとうございまーす」
「一緒に食べま〜す!」
礼儀を知らない双子たちが、一も二もなくといった感じで、すでに諸手を上げていた。この時あたしは、ヤムチャにカンフー服を着せていたことを本当に後悔した。
「ちょっとぉ、ヤムチャ〜」
引っ張るところがないからよ。もしタイを締めてたら、絶対に首を絞めてやってたわ!
ヤムチャはまるっきり平然とした顔をして、聞いたところもっともらしいことを言った。
「大勢の方がいろいろ頼めて便利だろ。言っとくけど、俺一人だったら誘わないぞ。ブルマがいるから誘ったんだぞ」
「そんなの当たり前でしょ。偉そうに言わないでよ」
あたしは呆れた。すっかり呆れた。もう思いっきり呆れた。
こいつ、全然懲りてない。懲りてないっていうか、学習してない。こんなのにいちいち乗せられてたら、一体どれだけ乗らなきゃいけないのよ。この乗りやすくて乗せられやすい性格、どうにかならないのかしら。
「二人と一緒にごはん食べられるなんてうれしー!」
「ごちそうさまでーす」
「ちょっと!奢るなんて言ってないわよ!!」
「ああ、いい、いい。俺が奢るから。金はまだいっぱいあるからな」
このお調子者!!
建前上心の中で罵ってから、あたしはレストランのドアを潜った。引き返すつもりはなかった。
ごはんはちゃんと食べるわ。昨夜のようにバイキングカフェで済ませる気はない。だって朝も行ったのよ。3食連続なんて冗談じゃないわよ。懐も痛まないことだし、この際心を広く持って付き合ってやるわ。お金はいーっぱいあるんだから、心おきなく飲み食いしてやろうじゃないの。だけど、何があっても席を立たないってわけじゃない。
この子たちにレディファーストを行使したら許さないわよ。


まったく、おかしな話だわ。
どうしてあたしがヤムチャのガールハントに付き合わなきゃいけないわけ。一体どこまで健気なのかしら、あたしってば。
「えっとー、フカヒレ!それとエビチリ!あ、やっぱりエビマヨがいいかなぁ。ねぇミル、どっちがいいと思う?」
「えー、どうかなー。あ、お二人は何がいいですかぁ?」
「ああ、何でも好きなもの頼んでいいよ。何でも食べられるから。ブルマ、おまえは?」
甲高い二人の声と浮ついた一人の声を聞きながらあたしはメニューを開いた。とはいえ、開く前からオーダーは決めていた。
「あたしは紹興酒!」
「おまえ、そんな初っ端から…」
「中華といったら紹興酒でしょ」
この場はどうしたってお酒でしょ。まさか『杏仁豆腐』なんて甘い言葉を期待してたわけじゃないでしょ。ま、あたしはそれでもいいけど。もう今すぐお開きにしちゃっても、全然構わないけどね!
「確かにそうだけど…」
弱々しく呟くヤムチャの隣では、双子が賑やかにメニューを取っかえひっかえしていた(同じだっつーの)。後から後から出てくる遠慮のない言葉は、二人がまるっきり食欲に走っているということを、あたしに教えた。
「えっとー、カニ玉!あとしゃぶしゃぶ!」
「あたしから揚げ!それと肉団子!」
なんか、わかってきちゃった。
この子たち、別にヤムチャになついてるっていうわけじゃない気がする。かといって、初めそう感じたように『あたしたち』になついてるってわけでもない。ただあたしたちがツアーメンバーの中では一番若いってだけで…きっとこんな風に他の人にもたかったりしてるんじゃないのかしら。典型的な甘ったれお嬢様って感じ。
「そういえばさあ、あんたたちに訊きたいことがあるんだけど」
「なんですかぁ?」
「あんたたちの親ってどこの成…いえ、何してる人なの?何の会社やってるわけ?」
「あー、パパは普通の人です。ママのおじいちゃんが何かいろいろやってます。穴掘って金とか銀とか探したり」
「おじいちゃんってすっごく優しいんですよ。この旅行もバースデープレゼントにくれたし」
「ふーん、そう…」
…本当に成金だったわ。文字通りの意味で。おまけに普通家庭の子か。それじゃ、知識も何もないのも当然よね…
「じゃ、あたしあわびのクリーム煮」
いかにも普通家庭の子っぽいオーダーの中に一品それらしいメニューを入れてやると、途端にヤムチャがウェイターを呼び止めた。
「あ、オーダーお願いします。冷菜盛合わせ、フカヒレうま煮、エビチリ、カニ玉、羊肉のしゃぶしゃぶ、鶏の唐揚げ、肉団子、あわびのクリーム煮、三種海鮮XO醤炒め、酸辣湯、それと紹興酒、デキャンタで」
あたしは何も言わなかった。言うべき言葉がなかったからだ。ヤムチャのオーダーは非常にそつのないものだった。あたしはちょっぴりチャイニーズレストランへ来たことを後悔した。
あれよね。中華じゃレディファースト誰に対してやってるのかわかんないじゃない。だいたいレディファーストも何も、マナーがほとんどないし。取り分けは各自でやるし、この雰囲気じゃボトルも開けられないし。食事しながらお酒を注がせるのが密かな楽しみだったのに。
そんなわけで、あたしはなんとなく毒気を抜かれた気分になって、食事を始めた。必然的に視界に入ってくる双子となんとなく会話を交わしながら。このばっちりシチュエーションにあった装いをしているあたしと(チャイナドレスだからね)お尻の見えそうなピンクのドレスを着ている双子たちとが仲良しだなんて思われませんようにと願いながら。やがて食事も終盤に差し掛かり口の中からXO醤の香りを消そうとした時、ヤムチャが言った。
「ペース早いぞ。そろそろやめとけ」
そして、あたしの手からデキャンタをもぎ取っていった。もう一方の手にある空のショットグラスを、あたしは思いっきり見せつけてやった。
「奢るんなら気持ちよく奢りなさいよ」
こんな時にまでうるさく言わなくたっていいじゃないの。あたしは付き合ってやってんのに。
ヤムチャの態度は、またいつもと違った。今では当然とも言えることに、引っ込みはしなかった。でもだからといって、奪っていったデキャンタを手の届かないところに置くでもなかった。
「じゃあダメ。余計にダメ。そこまで」
なんか知らないけど上から目線で偉そうに、そのくせ冷静ぶった口調で言い切った。当然、あたしは突っ込んでやった。
「何が『じゃあ』なのよ。ケチ!」
そうしたら、さらにヤムチャは偉そうな顔をして言い放った。
「ケチじゃない。だいたい、二日酔いになって困るのはおまえだぞ」
あーっ!
この瞬間、あたしは思わず叫んだ。心の中で。頭と口はすでに動き出していた。
「あんた、知ってたんならちゃんとそう言いなさいよ!」
説明しなきゃダメかしら?この旅行最初の日、あたしはなかなか個性的なお酒をいろいろ飲んだ。そしてあたしは、翌日になってからお酒を飲んだことを後悔するタイプ。――そういうことよ。
「いや、知られたくなさそうだったから。でも――」
「じゃあずっと黙ってなさいよ!」
「言わなきゃわからないだろうが、おまえは」
「だからって今言うことないでしょ!」
なんて空気の読めないやつなの!
あたしの怒りはすでにそちらに向いていた。数日前のことをすっかり思い出した。レッチェルでの2日目。エアカーで遠出をしたあの日。あたしはまったく運転をしなかった。アルコールは口にしていないにも関わらず。夜もゆっくりさせてもらった。そこまでしてくれたんだから、そのまま流してくれればいいのに。どうして今になってわざわざ、鬼の首を取ったみたいな顔して言うのよ!?
「いや違う、俺は今はこれ以上酒を飲むなと…」
ヤムチャは今さら、まったくもって今さら、体裁を繕い出した。当然、あたしは突っ込んでやった。
「ズルーい!そうやって話を誤魔化す気ね!」
「ズルくない。もともとその話をしてたんだ!」
この天然ボケ!!
あたしは思いっきり叫んだ。心の中で。口に出してやるつもりはなかった。それを言ったら、全部説明しなくちゃいけない。あたしが怒っている理由を、一から説明しなくちゃならない。それはもう、何から何までよ。面倒くさいなんてもんじゃないわよ。だいたい間抜け過ぎるわ。どうして怒ってる人間が怒ってる理由を説明してやらなきゃならないのよ。大事なことならともかく、こんなくだらないことをさ!
それでも、引く気はなかった。だからあたしがヤムチャから目を逸らしたのは、矛を収めたからじゃない。ふいに双子の片割れ――リルの方――が、こう声をかけてきたからだ。
「あのー、ヤムチャさん。杏仁豆腐食べていいですかぁ?」
あたしは思わず耳を疑った。もちろんリルの神経も疑った。
何それ!
あんた、このまま食事を終わらせるつもりなの!?いくら何でも気まずいとか思わないの!?まさか気づかないとでも言うわけ!?
『あんた、奢ってもらえればそれでいいわけ!?』そう言ってやろうとした時、今度はミルの方が言った。
「あとですねぇ、周りの人が見てますよぉ」
それで、あたしは口を噤んだ。
…………それには全然気がつかなかったわ…
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