Trouble mystery tour Epi.3 (8) byB
どうも、悪いタイミングで会っちゃったような気がする。
そう思ったのは、食事を初めてすぐ、両隣の二人からこう声をかけられた時だった。
「おまえ、あんまり自分勝手に動くんじゃねえぞ。一人旅じゃねえんだからよ」
「あまりヤムチャ様を苛めないでくださいね」
あたしが苛められたのよ。
「ヤムチャのやつはいつでもおまえを置いてけぼりにできるんだからな。そこんとこ、よーく肝に銘じておけよ」
「無理だよ、ウーロン。ヤムチャ様はそんなことできないよ。だから今もここにいるんだから」
どういう意味よ、それは。
「先は長いんだからな。終わったことをいつまでもほじくり返して言ったりするんじゃねえぞ」
あんたたちがほじくり返してるんでしょうが!
夕陽を眺めながらの食事は、それはそれは盛り上がりに欠けるものだった。あたしにとってだけ。プーアルはともかく、ウーロンはいつにもましてうるさい。心配してくれるのは結構ですけどね、なんでそうも一方的にヤムチャの肩を持つわけ。父さん母さんはというとヤムチャを間に挟んで、いつものようになんとなく話を聞き出しているようだった。
そう、いつものように。もうすっかり、ヤムチャが修行から帰ってきた時みたいな雰囲気よ。まだ帰ってないっつーのに。日程の十分の一も消化してないっていうのに。
そしてその雰囲気は、食事を終えてなお続いた。当たり前のこととして部屋に戻ろうとしたあたしたちの後ろには、当たり前のような顔をして歩き続ける一団がいた。
「なんでついてくるのよ?あたしたちもうどこにも行かないわよ。部屋に戻るだけよ」
軽く眉を上げてあたしが言うと、母さんがまたいつもの笑顔で嘯いた。
「ママたちのお部屋ね、カニが出るのよ〜」
「は?カニ?」
「コテージなんだがね、アカガニがやってくるんだよ。どこからともなくね」
「そんなの、ホテルマンに言ってどうにかしてもらえばいいじゃないの」
「うん、それがね、どうしようもないらしいんだよ。ここいらにはどこにでもいるらしいんだね」
「まだ夜も早いし、みんなでゲームでもしようぜ」
最後のウーロンの台詞を聞いた時、あたしは思った。
…ウーロンの文句をまともに聞いていたあたしがバカだったわ。


セブンブリッジを一抜けすると、ちょっぴり気分がよくなった。何より父さんに勝てたっていうのがいいことね。
だからあたしはそのまま男集団の輪も抜けて、リビングの端に設えられたミニバーへ行った。スツールに座って、カウンターの向こうでお酒を作っている人間へ目を向けると、よくなった気分はたちまち複雑なものになった。
「母さん、そうしてるの似合うわね…」
もちろん、褒め言葉じゃない。着ているドレスがもう少しシックだったら、バーのママそのものだわ。何を言っても『はい、はい』って答えてくれそうな…
「ブルマちゃんは何を飲むの?」
「んー…なんか適当に甘いやつ」
「これからヤムチャちゃんのを作るところなんだけど、同じものでいいかしら?ジンリッキーなんだけど」
「それのどこが甘いのよ」
…前言撤回。これはただのホステスね。男、それも好みのタイプにしか親切にしないタイプ。そんななら初めから訊かないでほしいわ。
「やっぱりいいわ。あたしお風呂入ってくる」
あたしがそうすることに決めたのは、軽く括っていた髪が少し崩れてきたからだった。なんとなく着替えずに遊んでたけど、そろそろ限界ね…
髪結う必要なんて全然なかったわ。リビングのソファで新たなゲームを始めたヤムチャと闖入者たちを尻目にあたしはバスルームへ行き、ロックを二重にかけた。
誰が何と言おうとも覗きにきそうなやつが一名いるから。面倒くさいことこの上ないわね。


いつものパジャマは持ってきていなかったので、ホテル備え付けのロングバスローブで、その後の時間を過ごした。ゆっくりとお肌のお手入れ。それからジンリッキーを一杯。作るの簡単だから。その頃には母さんはすっかりプレイヤーの一人と化していた。っていうか、リビングそのものがゲーマーのるつぼと化していた。…ま、夜をゲームで過ごすこと自体はいいわよ。でもどうして面子がこの顔ぶれなのよ。これじゃ全然遠くに来たっていう気がしないじゃない。おまけに時刻はそろそろ日付が変わろうというところ。さすがにあたしは寛容心を捨て去って、めいっぱいのだるい声でそのことを切り出した。
「ねえ、あたしもう寝たいんだけど」
返ってきたのは、朗らかな声と笑顔だった。
「はーい、おやすみなさ〜い」
「そうじゃなくって!そろそろ部屋出てってよ!」
今では平常心も捨て去って、あたしは怒鳴りつけた。言葉も声もはっきり言った。別に遠慮していたわけじゃない。わかると思ったのよ。この人たちが普通じゃないってこと、忘れていたからね!
返ってきたのは、すっかり開き直った面々の声だった。
「だから言ったじゃない。ママたちのお部屋、カニが出るんだってば〜」
「おれなんか昨夜寝てる時に挟まれてよ、すっかり目が覚めちまったぜ」
「ずっと部屋を替えたいと思ってたんだよ。でもどこも予約でいっぱいらしくってなあ」
「あ…えーと、ボクはソファで寝ますから…」
この時になって、あたしはようやく心の底からわかったのだった。こいつらが普通じゃないってことを。
「いいじゃねえか。こっちに寝室1つ余ってるだろ。おまえたちは普通通りにそっちで寝てていいからよ」
「アホー!!」
いいわけないでしょ!!
当然のように居座り続ける一団の中では、ようやくヤムチャがその手からカードを取り落としていた。目を白黒させて、自分の周りを取り囲む面々を見ていた。ええい、遅いわ!すっかり取り込まれてから気がついても遅いのよ!
とはいえ、ヤムチャのせいにする気は今ではもうなかった。…あたしも気づかなかった。不本意ながら、それが事実よ。
「いい!?ロックはかけないでおくけど、入ってきていいのは母さんだけだからね!男はみんなあっちの部屋!ドアを開けるのもダメ!わからないことがあったら、全部ホテルマンに訊くこと!わかった!?ヤムチャ、ちゃんと見張っててよ!!」
だからはっきりきっぱり言い捨てて、ベッドルームに駆け込んだ。最後のウーロンの台詞を聞いた時、あたしはすでに思っていた。
…ウーロンの言葉にうっかり乗ったあたしがバカだったわ。


翌朝。しぶしぶベッドを抜け出したあたしを待っていたものは、いつにもましてずうずうしい声だった。
「おまえ、おっせえなあ。一番早くに寝たくせによ」
リビングを占領する一団の中で、いち早くウーロンがあたしに気づいた。とはいえあたしの怒りを煽ったのはその声ではなく、そこにいる全員だった。
「あんたたちがうるさいからでしょ!」
ベッドに入ったからって、すぐに眠れるわけじゃないのよ。っていうか、眠れるわけないわよ。ほとんど朝方まで騒いでたのよ、こいつら。母さんまでなんだか黄色い声上げちゃってさ。別室たって、壁一枚しか隔ててないのに。ドア開けなきゃいいってもんじゃないわよ。少しは考えなさいよ!おまけに一人で寝てるから、余計うるさく聞こえるのよ。今だってそれで目が覚めちゃったのよ!
「ルームサービスのお朝食、ブルマちゃんのぶんも頼んだわよ〜。ブルマちゃんは何を飲むの?」
「朝っぱらからお酒なんか飲まないわよ!」
まったく、どこまで浮かれてるのよ。いくら南の島だからって、浮かれ過ぎよ。なんか服もいつにも増して派手だし。あんな水着着ようとするし。夜更かししたわりに、妙に肌つやつやしてるし。若造りし過ぎなんじゃないの!?
あたしは非常に苛々していた。口にしなかったのは、ただ面倒くさかったため。それともう一つ、すぐにヤムチャがやってきてこう言ったからだ。
「まあまあ、今日限りのことだから。ここは一つ心を広ーく持ってだな…」
…どうやらだいぶんわかってきたみたいね。でも褒めてなんかやらないわよ。もう遅過ぎだっつーの!
そんなわけであたしは、本当はコーヒーだけで済ませたいところを我慢して、無理矢理朝食を食べてやった。『コンチネンタルブレックファスト』じゃなくて、このホテル特製の一皿がついた『スペシャルブレックファスト』の方。スペシャルなのは一皿だけじゃない。パンの種類も多いし、自家製グラノーラもついてる。デザートのフルーツも盛りだくさん。初日の朝食としては悪くない。…六人前も頼んでなければ。ええ、全部あたし持ちよ。当然、この部屋の追加料金になるのよ。朝食くらい自分たちの部屋で食べてほしいわよね…
朝食を食べ終えて一息ついた時には、すでに陽が高く昇っていた。その頃になってようやく、邪魔者たちはいなくなる気配を見せ始めた。
「さて、母さん。今日はどうするかね」
父さんは一応、母さんを立てているらしかった。そして母さんは完全に、あたしを立てていなかった。
「そうね、泳ぎに行きたいわ。お買い物はもう済ませちゃったし、ブルマちゃんの買ってくれた水着もあるし…」
「着ないでって言ったでしょ!!」
「あらぁ、どうしてぇ〜?」
「それはもうさんざん話したじゃない!」
「泥棒さんのお話ね。大丈夫よ。パパがいるもの。それに今はヤムチャちゃんもいるじゃない」
「絶っ対ダメ!着るんならあげないからね!」
「一体何の話だね?」
「あのね。ブルマちゃんにお土産頼んだの。素敵なのよ〜。お隣の奥さんが教えてくれたんだけどね、胸とおへその下に宝石が…」
「そういうことは後で話して!」
「もう、ブルマちゃんてば怖いんだからぁ〜。じゃあいつもの水着で泳ぎに行くわね。今日は最後だからグリッシナダンスを見ながらお昼食食べましょうか」
「賛成ー!!」
ここぞとばかりに、ウーロンとプーアルが諸手を上げた。ヤムチャは黙々とデザートを食べていた。だからあたしは憤慨しながらも口を噤み、白い皿の上に転がる赤いイチゴへ目をやった。…もう何も言わないことに決めた。何も言わず、とっとと食事を終えてしまうことに決めた。
もうこの夫婦は放っとくわ。だって、他の三人はそうしてるみたいだから。便乗してるこいつらが何もしてなくて、一番気乗りしてないあたしが相手してるってどういうことよ。
バカバカしいにも程があるわよね!


明るい太陽に照らし出された真っ白な砂浜。美しく輝く珊瑚礁の海。青い空ときらめく波。木陰に揺れる椰子の葉。プライベートビーチで過ごす贅沢な時間――
キャッチコピーのセンテンスのほんの一部分が否定されただけで、現実は理想とはまったくかけ離れたものになるということを、あたしは強く思い知った。
「あっ、カニだ。カニがいるよ、ウーロン」
「捕まえろ。昨日までの恨み晴らしてやる」
砂浜は占領されてる。海にもやっぱり知り過ぎた顔が見える。唯一、青い空だけが無人だった。でもそんなの当たり前よ。普通はね。
椰子の葉で葺いた屋根のビーチバー。その一角、木の枝が大きく張り出して木陰を作っているところのチェアに、あたしはいた。浜にも海にも空にも属していない男と一緒に。ヤムチャは一応、闖入者たちの輪から抜け出したようだった。
「何か飲むか?ビールとか」
「奢りならね。でもビールじゃなくてカクテルにして!」
「OK。…ああ、オーダーお願いします。ブルーカクテルとビール」
さらに一応は、あたしと過ごす姿勢を見せた。とはいえその態度は、全然いつもと変わらなかった。いつも通り、まったくもってのんびりと、そのオーダーを口にした。あたしはこの時点では何も言わなかった。正面切って言うのも変な気がした。でもやがて飲み物が運ばれてきた時に始まったヤムチャとウーロンの会話を、聞き逃すことはしなかった。
「なあヤムチャ、おまえなんでそんなに金持ってんだ?」
「なんだよ、俺が金持ってちゃ悪いのか?」
「悪かないけど、おかしいだろ」
ウーロンは本当に不思議そうに、ヤムチャの手にある膨らんだ財布を見ていた。ウーロンのやつ、信じるかしら。昨夜のヤムチャのセブンブリッジの点数を思い出してあたしは一瞬そう思ったけど、ここは当然言ってやった。
「カジノで巻き上げたのよ、こいつ。派手なイカサマ使ってね」
「へー。おまえ意外と卑怯な手も使えたんだな。頭使ってるわりにバカ正直な戦法ばっか取るやつだと思ってたのによ」
「どういう意味だそれは。だいたい、俺は実力ですり替えたんだ!」
「それがイカサマなんだっつーの」
さらにここぞとばかりに、突っ込みを入れてやった。わかってるとは思うけど、あたしはヤムチャがイカサマをしたことに文句をつけてるわけじゃない。気に入らないのはその態度、悠々とビールなんか飲んでいるその態度。もうさんざん、今だってこんなに邪魔されてるっていうのに、いつも通りの顔しないでほしいわ。いい加減にあんたも気分を壊されなさいよ。
「そんな言い方することないだろ。俺はおまえのためにやってやったのに」
そういう意味では、ヤムチャの反応は目論見に沿っていた。だからといって、望み通りというわけじゃなかった。
「恩着せがましい言い方しないでよ。あたしは頼んでないわよ、なーんにも」
「それはそうかもしれないけど…いや、でも気づくまでは思いっきり怒ってたじゃないか」
「だって、ああいう時は普通どうにかしてくれると思うでしょ」
「ああ、そうだ。だからどうにかしたんだ。目には目を、歯には歯をでな。だからイカサマだなんだと文句を言われる筋合いはないはずだ」
「わかってるわよ。だからちゃんとその場で褒めてあげたじゃない。これ以上どうしろって言うのよ。あんまりごちゃごちゃ言ってるとありがたみが減るわよ」
いつにも増してくだらない喧嘩。完全に惰性でする、つまらない言い争い。そして――
「やれやれ。またケンカか…」
「うるさいわね。あんたたちのせいでしょ!」
「どうしておれたちのせいなんだよ。八つ当たりするなよな」
――こんな小さなことにさえ口を出してくるブタの声。それもまるっきり他人顔で。…あーもう、やってらんないわ。かったるくって。だいたい、あたしあんまり寝てないのよ。デッキチェアで一眠りしようかな……
さらにちょっぴり強めのブルーカクテルが、あたしの睡魔を呼び戻した。テーブルを立とうかそれとも伏そうか迷い始めた頃、後ろから覚えのあり過ぎる黄色い声が聞こえてきた。
「えーっ、何これ!このブルーハワイ、変!なんか苦ーい」
「うっそ、マジー?あっ、本当だ、苦〜い。こんなの飲めなーい」
「なんでー?なんでこんなに高いのにこんなに変な味なの?夜店のと全然違うじゃん!」
「ぼったくりだよ、ぼったくりー」
南国のカクテルと同名のかき氷を同一視する、しょうもない台詞。あたしはまた、この双子と最初に会った時のことを思い出した。
「あんたたち、もう少し声落としなさい。恥ずかしいわね!ブルーハワイっていうのは、もともとこういうものなの。カクテルが変なんじゃなくて、あんたたちがお酒飲めないだけなの!」
一度で終わらせるつもりで、全部一気に言ってやった。たぶん絶対に注意されたとは思っていない明るい表情で、リルがあたしを見た。ミルはというと、さらにわざとらしい笑顔をあたしに向けた。
「えーっ!そうなんですかぁ。初めて知ったー」
「ブルマさんってほんっと物識りですねー」
「ああそう…」
双子は自ずとあたしの口を閉じさせた。褒められてる気にもならないわ。っていうか、あたしは奢らないわよ。
あたしが言葉を切ると、双子は黄色い声を上げるのをやめた。今日はヤムチャも口を挟んでこな い。ちょっとは学習したようね。流れかける場の中であたしはすっかり気を抜いて双子からもヤムチャからも目を逸らしたけれど、それはまだ早かった。というよりも、ヤムチャが学習したのはちょっとだけだった。
「なあなあ、あの女の子たち誰だよ」
「一緒に来てる子たちだよ。同じツアーの…」
「ちょっとヤムチャ、余計なこと言わないの!」
ウーロンは一見なんてことのない顔で、ヤムチャに訊いていた。ヤムチャもまたなんてことのない顔で、ウーロンに答えていた。あたしは瞬時に睡魔を体外へ追い出した。この先の展開が読めないはずはなかった。
「ウーロン、変なことするんじゃないわよ。相手はどっかのお金持ちの孫娘なんだからね!」
すぐさま釘を刺したけど、もう遅かった。すでにウーロンは双子たちのいるテーブルへとすり寄っていっていた。
「えへへ…あのぼくウーロンと言います。いつもあいつらの面倒見てやってまして…」
「どっちが面倒見てるのよ!」
さらにその姑息な取っ掛かりを否定してもやった。でもその声はもう誰にも届いてはいなかった。
「へー、ブルマさんとヤムチャさんのお友達なんだぁ」
「ウーロンさんは彼女いるの?」
「それが今募集中なんだな〜。それでキミたちなんかどうかなと…」
「あっは!やだぁ冗談うまーい!」
「ウーロンさんておもしろいこと言うねぇー」
「そ、そう?じゃあ今日はおれと付き合って…」
「ねぇミル、飲み物どうするぅ?」
「んー、これはもういいや。何か別の物が飲みたいなぁ」
というより、どうでもいいらしかった。双子にとっては特に。…もうたかりに入ってるわ。しかも脈がないことをはっきりと口にしながら。露骨ねー。あたしやヤムチャにはここまで不躾じゃなかったのに。これも『目には目を』ってやつなのかしら。奢るにしても奢らないにしても、ウーロンとはこの場限りで終わるわね。
そんなわけで、あたしはもう何も言わずに、おそらくはウーロンに奢らせた後で双子がどこかへ去って行くのを待つことにした。見方を変えれば、うっとおしいやつらを別テーブルに一纏め。これで声が聞こえてこなかったらもっといいのに。そうすればきっとこの場でだって眠れるのに……
つまるところ、あたしはまた睡魔に襲われていた。二杯目の飲み物どうしようか。それがかろうじて考えられる唯一のことだった。南国の風景はすでに頭の中からも視界からも追い出されていた。薄目から閉じた目へ、片頬杖から両頬杖へ、睡魔に流されると共に、感覚も遠ざかっていった。それでも、それに気づかないわけはなかった。
ふと後頭部の髪に触れたもの。続いて耳元へとやってきた指と何か。何かが花だということはすぐにわかった。あたしの髪に赤い花を挿し込んだ指がヤムチャのものだということはすでにわかっていた。半ば意識が朦朧としていたせいか、それとも慣れのせいか、ヤムチャがこんなことをしてきたことはそれほど意外ではなかった。それでもあたしは訊いた。
「…何してんの?」
何て答えるかしら。わりと誤魔化しようのないことだと思うのよね。別に人前でやっちゃダメってほどのことではないけど、普段こんなことしないのは事実よ。こいつは例え花をくれることはあったとしても、こんなかわいいことはしないんだから。ましてや今は二人きりでもないのに……
とはいえ、あたしは別に何かを期待していたわけじゃなかった。心のほとんどは冷静だった。だって、二人きりじゃないから。ただ訊いてみただけだった。なんとなく聞きたいだけだった。そしてそういう緩やかな気分になったことを、次の瞬間後悔した。
「いや、暇だからさ」
さっくりと言い放ったきり、ヤムチャが言葉を切ったからだ。その笑顔は、誤魔化したり流したりしているものでは絶対になかった。
「何よその言い草は。そんなことで気安く髪触んないで!」
あたしは深い不覚を味わった。こいつが天然ボケだってこと、忘れていたわ。忘れてたっていうか、そうじゃないみたいなこと昨夜言ってたから。…自覚してない天然ボケって最低よね。そりゃ自覚してないから『天然』なんでしょうけどね!
すでに気分は戻っていた。数十分に感じたヤムチャの態度への苛立ち。そして数十時間前から感じている邪魔者たちへの不満――
「どうしたんですかぁ、ブルマさん」
「あんまり大きな声出すと、また周りの人に見られちゃいますよぉ」
「おまえら、マジでケンカ多いな…」
「ブルマさん、落ち着いて」
ほんっと、うっとおしいわね!気なんかちっとも遣ってないくせして、こういう時だけ首突っ込んでくるのやめてほしいわ。だいたい、そのニュアンスは何なのよ。あたしはごく当たり前のことを言っただけでしょ。花を叩き返したりもしてないでしょ!
「うるさいわね。あんたたちは引っ込んでて!」
思いっきり怒鳴りつけると、邪魔な面々は引っ込んだ。でもそれも、ほんの少しの間のことだった。二の句も告げないうちに、母さんがやってきた。それが引き金だった。
「は〜い、みんな〜。そろそろお時間よ〜。グリッシナダンスを見ながらのお昼食、行くわよ〜」
「あ、そんなのあるんですかぁ」
「どこのレストランですか?あたしたちも行きたいなぁ」
誰よりも先に双子が口を開いた。一見なんてことのない笑顔で。嫌な予感を感じる間もなかった。
「えっ、ほんと?じゃあ一緒に行こうぜ。すぐそこのプライヴェートビーチの中だから歩いて行けるし、そのまんまの格好でオーケーだからさ!」
「あらん?ひょっとしてお二人はウーロンちゃんとお友達になったのかしら?よかったわねえ、ウーロンちゃん。じゃあご一緒しましょうか」
「えっ!わーい、ありがとうございまーす」
「うれしー!でも、ブルマさんとヤムチャさんのお友達なんですよぉ」
間髪置かず、礼儀を知らない双子たちが諸手を上げた。この時あたしは、例え別テーブルといえども双子を傍にいさせておいたことを本当に後悔した。
あんたたち、奢ってくれるなら誰でもいいわけ!?っていうか、一体いつあたしたちが友達になったのよ。ウーロンへの牽制にしたって、別の理由にしなさいよ!
とはいえ、それらのことを口に出して言うつもりは、あたしにはなかった。
ええ。一番最初に双子に声をかけたのはあたしよ。かけたっていうか、排除したつもりだったのよ。この双子がここまで厚顔だとは思わなかったからね!
「やぁ、母さんお待ったせ。ボート返してきたよ」
「は〜い、パパご苦労さま。じゃあみんな揃ったから行きましょうね」
「おや、また面子が増えているね。…はて、どこかで見た子たちじゃなあ」
「ブルマちゃんとヤムチャちゃんのお友達なんですって。えぇと、お名前なんていうのかしら?」
すでに場は動き出していた。完全にあたしを無視して。そして次の瞬間、あたしとは無関係に進んでいくものともなった。
「あっ、リルとミルでーす」
「双子なんですー」
「双子のリルとミル…おおそうか、君たちコーフィーのお孫さんだね?会うたび写真を見せられておるよ」
父さんの口にした事実は、それほど意外なものではなかった。不本意ではあったけど。人っていうのは、自ずと同じレベルの人間と付き合うものよ。そう、どうせ、うちだって成金よ。世界の常識を変える革命的な発明品で一代で財を築いた成金。科学に携わっていない時はただのエロい中年オヤジ。孫をバカッ可愛がりしてるじいさんとたいして変わりゃしないわよ。
「なんだよ、博士とも知り合いなのかよ。こりゃただの偶然じゃねえな。もうこれは付き合うっきゃないぜ」
アホか。ただ西の都の社交界が狭いだけだっつーの!
事実を捻じ曲げて解釈するブタを横目にした時、かつての人質が口を開いた。
「どうする?一緒に行くか?腹減ってるか?」
「…行くわよ。たんと奢ってもらおうじゃないの!」
せいぜい朝の貸しを取り戻させてもらうわ。もうそれだけを、あたしは考えることにした。最後のウーロンの台詞を聞いた時に、あたしはすでに思っていた。
…ここで会ったが百年目。そういうことなのよね。
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