Trouble mystery tour Epi.3 (9) byB
目論見に反して、食事はあまり食べられなかった。別腹であるはずのデザートもパスしてしまった。
気分が乗らなかったからじゃない。もちろんそれもあるけど、理由の大半は物理的なものだった。
「あー、楽しかった!」
「ごちそうさまでしたー!」
レストランの外へ出ると、双子はおざなりにお礼を言って、すぐに海へと走り出していった。あたしは呆れはしたけれど、もう何も言わないでおくことにした。ここで注意でもしようものなら、今度はあたしが面倒を見る羽目になるから。良くも悪くも双子の相手をしていた人たちは、もういなくなるから。ようやく、本当にようやく、母さん達がフィルッツ諸島へ行ってくれる時間がきたから…
「それじゃヤムチャ様、お元気で。ブルマさん、あまりヤムチャ様にキツく当たらないでくださいね」
「まったくな。ケンカするために旅行してるわけじゃないんだからよ。まともな土産話持って帰ってこいよな」
「うるさいわね。あたしたちはそれなりにやってるの!」
最後の最後に飛び出したプーアルとウーロンの別れの言葉は、それはひどいものだった。何もそれらしいことを言えなんて言わないわ。たかが数十日間の別れだもの。だけど、それにしたってひど過ぎじゃない。あたしたちはちゃんと一緒にいるでしょ。無視したりもしてないでしょ。っていうか、よくもそんなことが言えるわね。思いっきりひとの邪魔してくれたくせに。あんたたちはさんざん遊んだ後だからいいでしょうけど、あたしたちは来たばかりだってのに…
そう、来たばかりだってのに。まだ何にもしてないのに。それなのに、あたしはすでにそういう状態になってしまっていた。みんなと別れてまた二人きりになってヤムチャがその台詞を口にしても、それは変わらなかった。
「さて、これからどうする?」
「昼寝する。…疲れたわ」
だって、昨夜ほとんど寝てないのよ。ベッドには入ってたけどさ。ベッドに入ってるのに眠れないのって、すっごく不快なんだから。実際に疲れも取れてないし。そんな状態でさらに疲れる半日を過ごしたんだから。眠くなって当然よ。
ビーチに面したスィートルームのパティオ。燦々と輝く南国の午後の太陽の下。椰子の木陰にあるガーデンソファの上に寝転んで、あたしはようやくプライヴェートな時間を持った。それはちょっぴり新鮮さを伴ってもいた。
一人で眠るの、久しぶり。昨夜もそうだったはずだけど、ちっとも眠れなかったし。今んとこベッドはどの部屋もキングサイズだから二人でも狭いなんてこと全然ないけど、やっぱり気分が違うわよ。ヤムチャってば、リラックスさせてくれてるんだかくれてないんだか、今いちわかんないんだから。ちょっと気を抜くとすぐそういうことしてくるんだから…
でも今は、そういうことがしたくともできない広い広い空の下。人気のある海は椰子の木の向こう側。邪魔っけなやつらは本当にもういなくなっちゃった。正真正銘のプライヴェートスペース。
何より一人でありながら、パレオなんかをかけてくれるやつが傍にいるっていうのがいいのよね。矛盾してるようだけど。


…寝過ごした。
というより、起き上がれなかった。あんまり気持ちよかったから。耳に届く潮騒がとても爽やかだったから。椰子の葉を騒がせる風が昼間と違って涼やかだったから。そしてヤムチャが不意打ちをかけてこなかったから。
ようやく体を起こした時には、あたりは夕陽に包まれていた。そればかりか、太陽が水平線にかかろうとしていた。はっきり言った方がいいかしら。つまるところ7時過ぎ。陽が落ちてしまえばもう8時――
「夕陽を見ながらご飯食べたかったのに…」
昨日抱いた願望をあたしは思い出した。昨夜の食事は一応はそうだったはずだけど、全然それっぽくなかったもの。一昨日の夕食と被ってもいたし…
「ルームサービスなら間に合うんじゃないか」
あたしが目を覚ましてから体を起こすまで数十分、まったく何もしていなかったヤムチャが、おもむろに口を開いた。もう一つのソファに座ったままで。
「そうかしら」
「朝は15分かからなかったぞ」
どうせ何時間だって待てるくせにね。
部屋着とは言い切れないヤムチャの服装を目にして、あたしは思った。そういうことを言ってるわけじゃないのはわかってる。でも、そういう気分だった。
途中で起こしてくれればよかったのに。気が利かないとまでは言わないけどさ、呆れさせてはくれるわよね。一体何時間待ってたのかしら。気が長いんだから。…基本的には。
「じゃ、そうして。あたし着替えてくるから、適当に頼んでおいて」
パティオを後にベッドルームへ行ってから、少しだけ考えた。当然、何を着ようかなってこと。ルームサービスなんだからきばる必要なんてないとは思うけど、かといってラフな格好をしようとも思わない。せっかく夕陽がきれいなんだから。いつの間にか色の変わっていた耳の横のこの花がすごくかわいいから。
花と同じ色のミニドレスを身につけながら、あたしはまた少し考えた。…眠りに落ちかけていた時にパレオをかけられたことは知っている。薄目を開けた時、ソファに寝転がっているところは見た。でもこの白い花を手にしたところは見てない。あたしの髪に挿し込むところも見てない。
手早いというか、油断も隙もないというか。ちょっと気を抜くとすぐひとの髪で遊ぶんだから。
やらしいわよね。天然ボケのくせに。


ふとそのことに気がついたのは、食事を始めた後だった。
「そういえばここんとこまともにレストラン行ってないわね。昨日と一昨日は大テーブル、その前はカフェ。そして今日はルームサービスか…」
「おまえが頼めって言ったんじゃないか」
「まあね」
別にあたしは不満があったわけじゃない。あったと言えばあったけど、今さらほじくり返すつもりはなかった。とりあえずは今のこの目の前の現実だけで充分。――落ちゆく夕陽を眺めながらゆっくりと食事。三日ぶりに注いでもらうお酒。シャンパン、赤、白と隙なく揃ったワイン。自家製バケットにバニラビーンズたっぷりの手作りバター。キャビアのかかったテリーヌ。フォアグラソースのステーキ。
「明日はどうする?」
すでに恒例ともいえる、ヤムチャの素直過ぎる打診。それにあたしは、昨日ここに来た時の気持ちに戻って答えた。
「『トーイングチューブ』やりましょ。ゴムボートにしがみついて、ジェットスキーに引っ張ってもらうの。遠心力がすっごいのよ。あ、もちろんジェットスキーもやるわよ」
「おまえ、そういうの好きだよなあ」
「いいじゃない。遺跡巡りやショッピングなんかをするよりは、あんただって好きでしょ」
「まあな」
そう、明日からは思いっきり旅行気分を味わうわ。日常を思い出させる人間もいなくなったことだしね。やっぱり南の島と言えばマリンスポーツよ。シュノーケリングもやりたいわね。それともグラスボトムボートの方がいいかしら。たっぷりビーチで遊んだら、椰子の木陰でお昼寝。それから海岸線をドライブして、内部の方を散策。真ん中に砂浜を挟んで左右が海っていうビューポイントは外さないわ。
二日間のブランクを経て、あたしはすっかりリゾート気分に火がついた。二日潰されちゃったから、そのぶん濃厚に過ごさなくちゃね。
あたしは楽しみを数えながら、食事を終わらせた。さらに楽しみを探しながら、テーブルを後にした。
「あたしお風呂入るから、サービスワゴン下げておいて。それから『Don't disturb』カード出しておいて」
「もう寝るのか?」
「今夜はたっぷり寝て明日に備えるわよ」
結果的にははっきりと、あたしは言った。ということに気がついたのは、バスルームへ入った後だった。その瞬間、不覚というか呆れというか、何ともいえない複雑な気持ちにあたしはなった。
ごくごく普通に言ったことが含みを持っているように聞こえるかもしれないなんて。ほんっとしょうがないわねえ…


そのことに気がついたのは、お風呂に入り終えてしばらくした頃だった。
――昼間の過ごし方はいろいろ考えてたものだけど、夜の過ごし方は何にも考えていなかった。
というより、あたしはもう充分に夜を過ごしていた。食後の満ち足りた気分でゆっくりと浸かる広いバスタブ。さっぱりと心を晴らすフローラルミントのバスオイル。長い長いバスタイムと、そこから続くリラックスタイム。髪を乾かし終えたところでヤムチャがバスルームへと消えていったので、あたしは何を気兼ねすることもなくバスローブを脱ぎ捨てお肌のお手入れにかかった。ホテルサービスのパフュームはイランイラン。甘く柔らかな、安らぎに満ちた自然の香り。
ネグリジェを身に着けた頃には、ヤムチャもバスルームから出てきていた。時刻はそろそろ日付が変わろうというところ。明日のことについては話し尽くしてしまっていたので、もうすぐ昨日になる時のことについて、あたしは訊いてみた。
「ねえ、さっき何してたの?あたしがパティオで寝てる間。ずっと部屋にいたの?退屈じゃなかった?」
あたしは言葉通りヤムチャが何をしていたのかを知りたいわけじゃなかった。やっぱり今でもヤムチャの気の長さに呆れていた。いえ、実を言うと、ちょっぴり逆恨みし始めていた。
「特に何も。少し体を動かしたくらいだな。そんなに退屈じゃなかったよ。何でだ?」
ヤムチャは勢いよくバドワを飲んだ後で、すらすらとそう答えた。その態度が、さらにあたしのその思いを強くした。
「起こしてくれればよかったのに。…ああー、どうしよ。全然眠くならないわ。もう12時なのに…」
今ではあたしはベッドに寝転んでもいた。リラックス効果満点のイランイランの香り。体に沿う柔らかなベッド。盛り上がりのないあたしたちの会話以外には何も聞こえない静かな空気。それにも関わらず瞼は一向に重くならなかった。するとそこへヤムチャがこんなことを言った。
「…寝かせてやろうか」
あたしの瞼は自ずと見開かれた。もう重いとか軽いとか言ってる場合じゃなくなった。
「どうしてあんたはそういうことをぽろっと言うのよ!」
あたしが怒ったのは、ヤムチャの言葉に対してじゃなかった。あたしに並んで寝転んだ、ヤムチャのその態度にだった。おもむろにあたしへと向けた、その顔にだった。惚けてるんだか本気なんだかわからない、淡々とした瞳。照れている素振りすらないその表情。ルックスが伴ってるだけに始末が悪いわ!
「いててて……いや、ちゃんと意味わかって言ってるって!!」
思いっきりその顔を押しやってやると、事実がわかった。あたしはすっかり呆れながらも、どうにか怒声を浴びせることに成功した。
「当ったり前でしょ!意味わかんないでそんなこと言われちゃたまんないわよ。やらしいんだから!このエロ狼!!」
そう。この場合、他の意味があるはずなんかない。そんなことわかってたわよ。わかってたけどさあ…どうもそう思えなかったのよ。ヤムチャの顔見てたら。だって全然、もう本当に全然、そういう雰囲気じゃなかったでしょ。あたし『寝る』って言ったでしょ。ヤムチャだって、そういう感じじゃなかったでしょ。…いや、それは関係ないか。なんかここんとこ、悪い意味でさりげなく迫ってくるんだから。いつにもまして空気読めてないんだから…
あたしはすっかり呆れた。ヤムチャが何も言わなくなったので、さらに呆れた。今では天井を向いている顔の横の髪を引っ張ってやると、ヤムチャが僅かに視線を寄こした。その目を見て、あたしはまた呆れてしまった。
「ちょっとヤムチャ、何拗ねてんのよ…」
「別に。拗ねてなんかないさ」
聞いたところ淡々と否定したその顔は、どう見たって拗ねていた。あたしはもう呆れ以外の感情は抱けずに、心の中で呟いた。
…ガキ。
今までずーっとしてたでしょ。ほとんど毎日してたでしょ。ちょっと断ったくらいで拗ねないでちょうだいよ。っていうか、それくらいで拗ねるんなら、もっと粘りなさいよ。あたし嫌だなんて言ってないでしょ。ちょっと本当のこと言っただけでしょ。やらしいからやらしいって…………『エロ狼』っていうのは言い過ぎだったかしら。
罪悪感までは湧かなかった。でも、取り消してやろうかな、くらいには思った。ヤムチャがこういうこと言うのって、珍しいのよね。本来は。ここんとこ妙に男くさいから忘れてたけど。普段と違って誘導するまでもなくそういうことになってくから、つい流しちゃってたけど。
「ねぇ」
またもや天井を見始めたヤムチャの髪を、あたしはまた引っ張った。腕を取ったり抱きついたりするつもりはなかった。取り消すとは言っても、謝るわけじゃない。だって本当のことだもの。それでも、顔をこちらへ向ける必要はあった。
「あたし本っ当に全然まったく眠くないんだけど。それでも寝かしつけられる?」
別に恥ずかしくなんてない。っていうかこんなこと、本人の顔を見ずには言えないわ。さっきのヤムチャの心境を思いがけず噛み締めながら、あたしは言い終えた。ヤムチャの反応は、ある意味では意外、そしてある意味では意外でもなんでもないものだった。
「ブルマが俺より後に寝たことなんてあったか?」
惚けてるんだか本気なんだかわからない、淡々とした表情。再びそれを目にしながら、あたしは思った。…偉そうに言われるよりはマシかもね。あんまり強気で迫られたら、その時はあたしも本気で拒否しちゃうかも。だって、そんなのヤムチャじゃないし。ま、これくらいなら『調子に乗ってる』範疇よ。
「言ってくれるわね」
「本当のことだ」
…やっぱりちょっと偉そうかも。
あたしがそう思い直した時、ヤムチャはまだベッドに寝転んだままだった。だからあたしは素早く体を起こして、被さり気味にキスをした。単純にキスしたかったから。…じゃない。初めはあたしが上になっておきたかったから。こういうのは二人ですることなんだから、ヤムチャだけに大きな顔させとくわけにはいかないのよ。
あたしが一手を終えると、次はヤムチャの番となった。外しかけたあたしの唇を少し強引に引き寄せた。それからあたしの体も引き寄せた。早くもあたしは、上になっているというよりは捕まえられている形になった。でもそれが、悔しいことに嫌じゃないのよね…。そう思っているうちに、またヤムチャの番になった。あたしを抱いてキスをしたまま、スカートの中に手を伸ばしてきた。ええー?またそういうことすんの?下着を脱がされながら思ったことは、この時のあたしにとってはたいしたことじゃなかった。高まる寸前の心の片隅に残る冷静さで、あたしは今のこの状況を分析していた。
結局今夜もこうなるのか。ま、仕方ないのかもしれないわね。彼氏と旅行してるんだもの。男との旅行なんてどうせそんなもんよ。毎日しても飽きないほどあたしが魅力的なのよ。…ということにしておくわ。
「んっ…」
スカートを捲り上げた手が、上から下へとお尻を伝っていった。そこへ辿り着かれてしまう前に、あたしは足を閉じた。指が腿の間へ割って入った。足に強く力を入れたその時、ヤムチャの吐息が胸元にかかった。
「ぁんっ…」
次の瞬間、胸の先が啄ばまれた。いつの間にか胸がはだけられていた。ウェストのリボンも解かれていた。ネグリジェが脱げ落ちると共に、ヤムチャの指が腿から離れた。間髪入れずに続く甘く噛まれるような刺激と、新たに加わった抓まれる感覚の両方に、おなかの奥が疼いた。
「ふっ…ぁ…ぁんっ…」
どうやらもうああいうことはしないみたい。だからといって落ち着くわけもないけれど、とにかくその事実はわかった。そうよね。あれからそういうことしてないもの。あたしが嫌って言ったらヤムチャはもう絶対しないもの。あの後はちゃんと優しかったもの…
そう、最後はちゃんと優しい。ケンカをした後も。いえ、ケンカをした後は余計に。特にこの旅行中はそれが強いような気がする。
「あっ…はぁ…あぁんっ…」
いつしかヤムチャの唇は腿の間へ移っていた。太腿に触れるその手は、あたしが開いている以上には足を押し開こうとはしなかった。だからさっきちょっぴりそういうことをしかけたことを、あたしは許してあげることにした。同時に、乱れる寸前の心の片隅に残る僅かな冷静さで、今ここにはいない人間のことを考えた。
――『ケンカするために旅行してるわけじゃないんだからよ』
わかってないわよね、ウーロンも。
あたしたちはいつだってちゃんとそれなりにやってるのよ。
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