Trouble mystery tour Epi.5 (3) byB
青い空、青い海、白い砂浜。
相も変わらずリゾート気分満点のプライベートビーチ――は、昨日よりもまた少し混んでいた。海で遊ぶ人、砂浜で肌を焼く人、それに加えてそこかしこを歩いている人の多いこと。
「やっぱり週末は混むのねえ。ねえ、何して遊ぶ?もうだいたい何があるかわかったでしょ。何かやりたいものある?」
ビーチの端、マリンショップを目指しながら水を向けると、ヤムチャはほとんど間髪を入れずに答えた。
「ブルマの好きにしていいよ」
「またそれ?あんた昨夜もそう言ってたわよ」
「そうだったか?ま、レディファーストだろ」
ん?
そして無造作にその言葉を出したので、あたしはちょっぴり首を捻った。『レディファースト』――その言葉のニュアンスに、どこか違和感があったのだ。だいたいそういうの、わざわざ口に出さないでほしいわよね。そういうのはさりげなくやるのがいいのよ――ここまではそうできてたように見えたんだけどな。…変なの。
「じゃ、ジェットスキーやりましょ。定番のウェイクボード。やっぱりマリンスポーツったらあれやんなきゃダメよね〜!」
まっ、いいわ。目くじら立てる程のことじゃない。気分が乗らないならすぐに乗せてやるわよ。ジェットスキーにトーイングチューブ、スキムボードにディンギー、カイトボーディング…ここまでいろいろやったけど、結局最初にやったジェットスキーが一番反応よかったのよね。またおいしくごはんを食べさせてやろうじゃないの。
軽い違和感を押し除けて、すっぱりとあたしは決めた。すると今度はヤムチャが首を捻った。
「ウェイクボードか。あれ結構難しそうだぞ。カイトボーディングと違ってサポートしてやることもできないしな。トーイングチューブにしておいた方がいいんじゃないか?」
「嫌!やったことないからやるの!平気よ、あたし運動神経いいもん。すぐ乗れるようになるわよ」
『あたしの好きにしていい』って言ったくせにね。前言撤回するの早過ぎだわよ。とはいえあたしはそれは言わず、さらに自分の不自由よりヤムチャにとっての楽しさを優先してやることにした。それなのにヤムチャはわざとらしく視線を泳がせて、こんなことを言った。
「んー、そりゃあ鈍くはないけどなあ…」
「鈍くないどころかだいぶいいってば。あんたが常識を外れ過ぎてんのよ。昨日のカイトボーディングなんか、はっきり言って異常よ、異常!」
おまけにあれよ。『不可抗力で抱きつかせる』みたいなやつの典型よ。わざとじゃなく素でやってるっぽいところが、またたまんないのよ。
「…ま、そういうことにしとくか」
「絶対そうだってば!」
柔らかな物腰に口端を上げた笑い。なんだか偉そうに事を譲ろうとするその態度が、余計にあたしを譲れない気持ちにさせた。別に異常だから嫌ってわけじゃない。ただその自覚のないところこそが異常なんだってことを教えてやりたいのよ。孫くんなんかはもう無駄だけど、ヤムチャにはまだ言ってやる余地があると思うのよね。感覚的にも、性格的にも。
だけど、次の瞬間ヤムチャがこんなことを言い出したので、その拠り所も崩れ始めた。
「じゃあ賭けるか。そうだな、何回目でボードの上に立てるか」
「三回で立てるかどうか!コツを掴めばそのくらいで立てるってガイドブックに書いてたもん」
「三回か。なかなか目標高いな。えらいえらい。まあがんばれよ」
「ちょっと!何よ、その態度は!」
おまけにどうして頭撫でるのよ。まだやってもいないのに慰めるってどういうことよ!
「とにかくあたしは普通…いえ、それ以上なんだってことを見せてあげるわ!」
「ああ、楽しみにしてるよ」
それはそれは平然とヤムチャは笑った。きーっ。かっわいくなぁい。こいつ、自分の独擅場と見るや途端に生意気になるんだから!
そんなわけで、あたしはかつてないほど真剣に、遊びに取り組むこととなった。先一昨日の賭けにはあたしが勝ったから、例えこれで負けても五分五分よ。なんて風には、思えなかった。
だって、あたしはこんな話の振り方してないもの。甞められてたまりますか!


――…何事にも失敗はつきもの。
失敗は成功に向かう第一歩。『失敗したことを喜びなさい』と昔の偉人も言っているわ。要は、同じような失敗を繰り返さないこと!その失敗を分析してそこから学ぶことが大切なのよ。
「スピードが足りないのよ、スピードが。もっとジェットスキーのスピード上げてよ。その方が立ちやすいんだから」
だからこれは八つ当たりじゃない。失敗をなすりつけてるわけでもない。ごくごく冷静に本当のことを言ってるだけよ。
あたしが言葉を閉じると、ヤムチャはあたしの体を海から引き上げる手はそのままに、目をぱちくりさせて答えた。
「でもブルマ、おまえすごい声出してたぞ」
「そ、そんなのは気にしなくていいの!あれは儀式よ。お約束よ。ジェットコースターだって、叫ばなきゃ楽しくないでしょ」
「ふーん…」
それで納得したのかどうかはわからない。ともかくもヤムチャはさっきよりは嫌みったらしくない声を出して、再びジェットスキーのハンドルを掴んだ。さらに完全に嫌みの気はないと言い切れる顔つきでこう言った。
「まあ、あまり無理するなよ」
「べーだ」
あたしは思いっきり舌を出してやった。腹が立つというよりは呆れちゃう、ヤムチャのいつもの特質ゆえにだ。
遅いわよ。遅過ぎるわよ。それは最初に取るべき態度でしょ。無理する前に言っておくべきことでしょ!…ええ、もう無理してるわよ。最初っからずっとね。だって、よくよく考えてみれば、これって絶対にあたしの領分じゃないもの。そりゃ鈍くはないけど、すべてのスポーツをこなせるほど能力が体力に回ってるわけじゃないわ。だいたいあたしは科学者なんだから。…そう、ヤムチャの言ってた通りよ。してやられたわ。ヤムチャが妙に突っかかる素振りするから、ついあたしも突っかかっちゃったのよね。それで買わなくてもいい喧嘩を買っちゃったってわけ。
ま、後悔はしてないけど。後悔するほど運動神経が鈍いわけではないわ。さっきは立つのが早過ぎたのよ。もっとこう、溜めて溜めてスピードが乗ったところで立たなきゃダメなのよ。頭ではわかってたんだけど、我慢するのって苦手なのよね。
だけどやるわよ。絶対に頭を下げさせてやるんだから。
ヤムチャを背にウェイクボードを足に着けて、ジェットスキーから海へと戻った。するとヤムチャが背中越しに心配げな視線を寄こしたので、あたしは一言でその顔を前へ向けてやった。
「レディゴー!」


頬を弄る風。激しい水飛沫。これ見よがしに後ろを気にする(しているようにあたしには見える)ヤムチャの笑顔。
最後のものとの一方的なにらめっこに、やがてあたしは勝利した。我慢が限界に達したちょうどその時、体が勝手に水の上に引き上げられた。
「きゃあぁーーっほーーー!」
気っ持ちいいーーーーー!
ゆっくりと立ち上げた体は、そのまま水の上を滑った。全身を包むスピード感と爽快感。『水上を滑る』感覚の新鮮さ。それに昨日カイトボーディングをやった時と違って、危うい感じも全然しないわ!
「どーう?完璧でしょ!三回必要なかったわよーーー!」
前を行くジェットスキーに向かって笑顔を送る余裕さえあった。そして、それに応えるヤムチャもまた余裕の笑顔だった。
「うんうん、すごいすごい」
「もう!張り合いないわねー!」
あたしはあんたとは違って普通の人間なんだからね。できて当たり前なわけじゃないのよ。
今さらな文句を心の中でつけると、やがてヤムチャが頭を下げた。肉体的な意味でだけ。ジェットスキーを止めあたしの手を取りながら示したヤムチャの態度は、あたしを満足させるものとは言い難かった。
「いや、本当にすごいって。それで?何がいいんだ?」
「何の話?」
「賭けの報酬だよ。おまえの勝ちだろ?」
「そんなの考えてなかったわ」
だって、別に何か欲しいわけじゃないもの。ただ勝ちたかっただけだもの。っていうか、それが負けたやつの態度なわけ?さっきと何にも変わってないわよ。相変わらず笑顔浮かべちゃってさ、ちっとも悔しがってないじゃないの。本ッ当、張り合いないんだから。
「まっ、それはゆっくり考えさせてもらうわ。じゃあ次、あんたの番よ。あんな偉そうなこと言ってたからには、ばっちり決めてくれるんでしょうね?」
さっぱり勝ち気分を味わえないまま、あたしは自分のターンを手放した。するとヤムチャがまたその特質を覗かせた。
「お手柔らかに頼むよ」
少し演技がかった口調でそう言って、水の中へと飛び込んだ。その言葉ではなく仕種に、あたしは反応した。
「おっそーい。あんた頭下げるの100万年遅いわよ!」
100万年じゃ足りないかしら。じゃあ、800万年。でもきっと、そういう嫌みは通じないでしょうね。
「しっかり掴まってなさいよ。うんとかっ飛ばしてやるからね!」
そんなわけで実力行使に出ることに、あたしはした。こんなに思いっきり海で遊んでいられるのも今日で最後だから。明日は夕方から移動だから、そうそう疲れるようなことはできないし。
今日はめいっぱい、もう全力で遊ぶわよ!


段々と人の増えてきた沿岸から人の少ない沖合へと向かいながら、あたしたちはウェイクボードを楽しんだ。これ、本ッ当に楽しい!ヤムチャへの意地悪なんかどうでもよくなっちゃうくらい。
そう、およそ一時間に及ぶライディングの間、あたしは一度もヤムチャをこかしたりしなかった。ヤムチャが途中から足をボードに固定しないウェイクスケートに切り替えたっていうことも、それには一役買っていた。だって、すっごく格好いいんだもん。回転したり、スライドしたり。それは派手なジャンプトリックを決めてみたり。これを周りに見せつけない手はないわよ。
「あんた武道家向いてないんじゃない?そうやって波に乗ってる方が、ずっと様になってるわよ」
だから心の中ではヤムチャの遊戯を楽しみながら、ちょこちょこちょこっと口先で苛めてみた。ヤムチャは思いっきり顰め面になったけど、それが演技だということはわかりきっていた。
「おまえはまたそういう言い方する…もっと素直に褒めてほしいな」
言ってることはいつもとたいして変わらなかったから。なので当然、あたしも言ってやった。
「んーじゃあ、武道家やめてマリンスポーツのプロになれば?」
でも途端に苛められた子どもみたいな顔をしたので、あたしの悪戯心は完全に消失した。
「冗談に決まってるでしょ。はい次、あたしの番ね」
まったく、からかい甲斐のある男だわ。底が浅いというかなんというか。今さっきまでの生意気がもう消えちゃってる。
「まったく、海草に絡まれても助けてやらないぞ」
「そんなことありえないも〜ん」
負け犬の遠吠えのような捨て台詞を切り捨てて、あたしは海へ飛び込んだ。すっかり慣れてきた足元のボードを確かめながら、数日前にも似た言葉を口にした。
「ねえヤムチャ、あそこ行こ、あの沖の小島。今日はジェットスキーだから楽ちんでしょ?」
数日前よりは気の入った思いで。もう最後だから。そういう南国気分も味わい倒しておかなくっちゃね。
ヤムチャはジェットスキーのハンドルを握りながら、今度は生意気ではなく強気を覗かせた。
「ジェットスキーじゃなくても楽勝だ。でもそうだな。この際だから、うんとかっ飛ばしてやるよ。しっかり掴まってろよ!」
直後にジェットスキーのエンジンが唸った。その空ぶかし、うるさいわよ。ここまで何度も思ったそのことを、あたしはまた呑み込んだ。
傍からすればただの騒音だけど、ジェットやってる当人にとっては爽快なのよ。特にこいつは、少しエンジンがうるさいくらいの方がいいっていう、感覚的な人間だから。ま、多少アナログな方が武道家らしくは見えるってもんよね。
つまりは楽しんでる証拠――それがあたしにはわかっていたので、あたしはあたしのやり方で、それに付き合うことに決めていた。
頬を弄る風。激しい水飛沫。聞えよがしに響き渡るジェットスキーのエンジン音。
「きゃー!きゃー!きゃあああーーー!!」
そして、自ら発するこの歓声。
このね、思いっきり叫ぶのが楽しいのよ。風を切って水上を滑る爽快感に、大声で叫ぶ快感。ジェットコースター以上だわ。
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