Trouble mystery tour Epi.5 (5) byB
思いっきりジェットスキーをかっ飛ばすと、浅瀬にかかったところで遠くにランチさんの姿が見えた。朝と同じキャミソールにショートパンツといういでたちで、砂浜を右から左へと歩いていた。
「ランチさん、ランチさーん!」
「ここからじゃ聞こえないよ。俺マリンショップにジェットとボードを返してくるからさ、おまえ先に行ってやれ」
「オッケー。早くしてね」
褒めるほどのこともないレディファーストに従って、ジェットスキーを降りた。周りには時刻柄あたしたちと同じような行動を取っている人が多く、これまでで一番の人混みの中であたしはランチさんを見失った。
「ここですわ、ブルマさん」
「あっ、ランチさん。ごめんね、探したでしょ。ちょっと沖の方へ行ってたものだから…」
そんなわけで、やがて見つけられたのはあたしの方だった。ちょっぴり頭を低くして駆け寄ると、ランチさんは屈託なく笑って言った。
「いえ、私も今来たところなんですよ。それにすぐわかりましたわ。目立っていいですわね、その水着」
「えー、そう?大人っぽくロマンティックにキメたつもりだったんだけどな」
「ええ、とってもお似合いですわ。ところでヤムチャさんは?」
「ああ、ヤムチャならマリンショップに…」
ピューーーーッ。
ここでどこからともなく下品な口笛が飛んできて、あたしたちの会話を遮った。次に下品な視線が肌に刺さって、最後に下品な声が耳を汚した。
「すっげぇ!お友達、超大胆じゃん」
根元の黒い金髪。鼻先に引っかけたサングラス。安っぽい金ぴかメッキのネックレス。真黒に日焼けした、かろうじて長身と言えないこともない薄い体。そして何より平均点以下の顔立ちと、魅力の欠片もないへらへらとした軽い笑い。ここに来てからというものまったく縁のなかった浮ついた雰囲気にあたしは思いっきり眉を顰めて、この場にはいない男からいきなり横から現れたその男へと話題を転じた。
「…ちょっとランチさん。なあにこの男」
「それが、二件目のホテルからずっとついてきていて…」
「一緒にホテル探してあげたんだよ。ね?」
あたしたちの内緒話に堂々と入ってくる男の図々しさにあたしは呆れ、同時に事情を呑み込んだ。ここって南の島でリゾート地のくせに、ナンパな男が全然いない――そう思っていたけど、違ったみたいね。やっぱりいるのよ。今まで見かけなかっただけで。ランチさん、おとなしいもんね。おまけに美人で一人だし、目をつけられて当然だわ。
「行こ、ランチさん。レストラン早くしないと席なくなっちゃう」
「あらでも、ヤムチャさんは?」
「大丈夫、そのうち来るから」
ある意味では男を歯牙にもかけないランチさんを促して、レストランへと足を向けた。でも数歩も歩かないうちに、男が今度は行く手を遮った。
「もう彼女〜、無視しないでよ〜。おれたちずっと話してたんだよ。もちろんきみのことも聞いたよ」
…ああ、面倒くさい。目は高いけど身の程知らずもいいところだわ。そして、ナンパな男はいたけど、颯爽と助けに現れる格好いい男はやっぱりいないのよね…。この旅行始まって以来感じている厳しい現実を目の前に、あたしは迎撃を開始した。
「うるさいわね。あたしたちは売約済みなの。だいたいなんでプライベートビーチに入り込んでるわけ?あんたホテル客じゃないでしょ、さっさと出て行きなさいよ」
「え〜、今さらそれはないっしょ。おれここに入るのに一万ゼニーも払ったんだぜ。…あー違う違う、金返せって話じゃないよ。でも誘ったくせして冷たいじゃん。女の子二人じゃいろいろ不便っしょ。ここで会ったのも何かの縁だし、おれが教えてあげるよ。おれって海の男だからさ」
「誰が誘ったのよ。何が縁よ、あんたが勝手についてきたくせに。教えてなんてもらわなくて結構!彼氏いるって言ったでしょ」
もう、このビーチ、ガード緩過ぎ!こういう男は例えお金を払っても入れないでほしいわ。気分が壊れるなんてもんじゃないわよ。
「ほんっと、きみ冷たいね〜。じゃあいいよ、きみ抜きで遊んじゃうからね〜」
「何言ってんの。ランチさんだってダメよ。天津飯さんがいるんだからね!」
たぶん、いるはず。実際のところはよくわかんないけど。そんなはったり気分がバレたのかどうかはわからない。ともかくも、あたしが本当に気分を壊されることになるのは、この後だった。この男が何を以って『誘われた』と言っているのかはわかっていた――やんわり断ってもついてくる男っているのよ。押せばどうにかなると思ってるバカな男。空気も何も読まずにね。こいつはその典型――そう思っていた男の口から、こんな台詞が飛び出したのだ。
「いるったって、どうせ今はいないんでしょ?じゃあいいじゃん。ねえ、そろそろそういうのやめにしようぜ。駆け引きもしつこいと嫌みだよ。どうせ引く気ないんでしょ?おれもそうだし、楽しくやろうよ」
「はっ?何言ってんの?」
「大丈夫、おれ彼氏になりたいなんて思ってないからさ。もし彼氏にバレたら、おれから誘ったってことにしちゃってオッケー、それで後腐れなし!おれって話わかるっしょ」
はあぁぁぁ!?なにそれ。
愉快そうに男は笑った。すでにランチさんは様子を見ているというより成り行き任せになっていた。もはやあたしは自分のためだけに、この男を許すことができなくなっていた。
「誘ったことにするって何よ。誘ってんのはあんたじゃない!」
「だから、そういうのはもういいって。あ、じゃあこうしようぜ。誘うきみを、おれが誘った。うん、いいね。なかなか素敵な出会いだ。おれって詩ー人〜」
「どこがいいのよ!あたしは誘ってないでしょ!!」
「わかったわかった、確かにきみは誘ってない。誘ったのはそっちの子だもんね。でも誘われてよかったって思ってるよ。きみみたいな子が待ってるなんてさ」
ええい!この鳥頭!!
まったく、どういうナンパなの!?失礼にも程があるわ!ランチさんもどうして怒らないのよ。自分がポン引き扱いされてるっていうのに……わからないのかしら。そうかもね。そういうのはこっちのランチさんの考えることじゃないものね。だけど、それにしたっておとなし過ぎるわよ。困ってることだけはなんとなくわかるけどさ、全然緊張感ないんだから。そんなだからポン引きなんかに間違われちゃうのよ。
じわじわと湧いてきた呆れは、でもすぐに違う思いに取って代わった。…あっちのランチさんなら黙っていないはずよ。ここはちょっと出てきてもらって、一発お見舞いしてもらいましょ。きっと驚くわよ〜、この男。誘ったなんて、もう絶対言えなくなるわ。
「ランチさん、ちょっと…」
「え?」
ブーゲンビリアの枝を構えながら、あたしはランチさんに近づいた。そしてすかさず花を鼻先に向けたけど、ランチさんがくしゃみをすることはなかった。
「何をやってるんだ、おまえは…」
「あ、ヤムチャ」
「あ?何だよ、おまえ」
うっかり忘れかけていた男がいつの間にか後ろにいて、花を持ったあたしの手を掴んだからだ。それで、少し声が険しくなったナンパ男とは反対に、あたしのやる気はかなり殺がれた。ヤムチャの文句がナンパ男にではなくあたしに向けられていることがわかっていたからだ(男はそうは思っていないみたいだけど)。おまけになんでナンパ男のじゃなくあたしの手を掴んでるわけ。まったく、格好つかないったら…
「こいつの男だ」
それでも、まさか怒りの矛先を変えたりはしない。つまるところ気を抜かれているうちにヤムチャが一応はそれっぽい態度を取り出したので、あたしはひとまず引き下がった。喧嘩になったらどっちを応援するかなんて、わかりきってた。まっ、応援してやるほどのことはないと思うけど。すでに勝負ついてるような気もするし。身長、体格、ついでに顔でもどう見ても負けてるナンパ男はすでに一歩後退していて、それに合わせて悠々と前に出たヤムチャに向かって、早くも負け台詞を吐き始めた。
「きっ…きったねえぞ。お、おまえら、こんなとこでそんなことやっていいと思ってんのかよ。くそっ、旅行者の振りなんかしやがって…か、金ならねえぞ。それにどうせすぐにとっ捕まるぞ!」
…どこまでも鶏頭な方向に。あたしは思わず眉を上げた。でも次に一歩を踏み出した時には、すでにナンパ男は数十歩を後退してしまっていた。
「…あっ!おれは何も知らねえからな。何にも関係ないからなーーー!」
「…………」
ものすごい勢いで目の前から走り去った挙句にうんと遠くからそう付け足すナンパ男を、あたしたちは呆然として見送った。一瞬感じたヤムチャのそれっぽさもあたしの怒りも、すでにすっかり消えてなくなっていた。
「何よあれ、バッカじゃないの?妄想たくましいにも程があるわね」
どこがそんなに怖いわけ?数瞬前に感じた気持ちを横に追いやって、あたしは考えた。ヤムチャより金髪のランチさんの方が、よっぽど迫力あると思うんだけど。そりゃあ顔に傷はあるけど、よく見りゃ結構童顔よ、ヤムチャって。だいたい、傷ってやられてできるものよね?人を見る目がないわよね、あの男。
「でもまあ、これでもうこのビーチには来ないでしょうよ。さ、早く行きましょ。なんか怒ったら急にお腹空いてきたわ。それとスカッとビールでも飲みたいわね」
ランチさんからもヤムチャからも言葉は返ってこなかったので、あたしはさっくりと場を〆て、レストランへと足を向けた。これ以上、今の不愉快な出来事を話題にするつもりはなかった。ごはんごはん。ビールビール。ただそう思って歩き出すと、ヤムチャがどこか躊躇いがちに口を開いた。
「…なあブルマ、その水着どうにかしないか?パレオ巻くとか…」
「えー?持ってきてないわよ、そんなもの。どうしてそんなこと言うのよ?」
呆れ半分流すの半分で、あたしは答えた。だって、もうお昼よ。もうさんざん、この水着で遊んだわよ。どうして今さらそんなこと言い出すのよ。
「ちょっと気になるんだよ。その胸の下の無意味な穴とか…」
「このキーホール?どこが気になるって言うのよ。何にもないわよ、ここ」
「何もなくても気になるんだよ。その、へそだけ隠れてるのも不自然だしさ」
「これはこういうデザインなの。…あんた、一体何が言いたいのよ」
ヤムチャは片眉を顰めて、一方では奥歯に衣を着せ続けた。それであたしは訊いたのだけど、本当は訊くまでもなくわかってきていた。きっと、さっきのナンパ男との会話を聞いてたのよ。だから、あたしは答えてほしかったわけじゃない。そうじゃなくって、ちょっと強く言ってやれば黙るだろうと思ったの。だってそんなこと、他所の男にならともかく、自分の男に言われたくないじゃない?
でも、ヤムチャは言った。ついでに睨んでやったにも関わらず、言い切った。もう、空気読めてないんだから!
「…だから、気になるんだよ。その…感覚的に。…はっきり言うとだな、なんか雰囲気がやらしいんだよ、その水着」
「それはあんたがやらしいことを考えてるからでしょ!」
だからあたしも言ってやった。今さら水着がやらしいって何よ。どうして急にそんなこと言うのよ。ええ、わかってるわよ、そんなこと。わかってるだけに嫌になっちゃう。…もう、恥ずかしいんだから。今はランチさんもいるっていうのに…
「そうじゃない!さっきの男も言ってただろ。誘ってるみたいだって」
「誘うわけないでしょ。男連れで、しかもこんな高級ビーチで。あんた何考えてんのよ」
「だからそれは俺じゃなくてさっきの男が言ったこと…」
「でもあんただってそう思ってるんでしょ!?」
気づけばあたしはそんなことを言っていた。引っ込みがつかなくなった。そうかもしれない。そしてヤムチャはヤムチャで、さっぱりあたしの意を酌み取ってくれなかった。…『あんたがいるのにそんなことするはずない』って言いたいの、わかるでしょ。本当はこんなこと言いたくないことくらい、普通わかるわよ。わかんないならわかんないで、さっさと頭下げなさいよ、この鈍感!そう思った時だった。
「違うって。俺が言いたいのは…ええとその…」
「あの…」
しぶとく粘るヤムチャの陰から、ランチさんが顔を覗かせた。そして、おもむろに頭を下げた。
「ごめんなさい。私があんな人に捕まっちゃったから…」
「ランチさんのせいじゃないわよ!こいつが!」
「ランチさんのせいじゃないですよ、こいつが」
次の瞬間、物の見事にあたしたちの声は被った。おまけに意見も被った。そしてそのことが、余計にあたしの心に火を点けた。あー、かわいくない!ランチさんのことは立てるくせに、こいつ〜!
最後に思いっきり睨みつけてやってから、あたしはヤムチャを相手にすることを止めた。…直接には。不毛だから。でも、許してなんかやらないわよ。
「ねー、ランチさん。ヤムチャって小うるさいでしょ〜」
ランチさんがいたらできないこともあれば、できることもあるのよ。こうなったら、ランチさんも巻き込んで苛めてやるわ。
「あのな、俺はおまえを心配して…」
「うるさいことに変わりはないわよ」
なおも食らいついてくるヤムチャの言葉を、あたしは軽く流してやった。それから髪も風に流した。意志に反して、それ以上の言葉が出てこなかったからだ。…なんだか白けちゃった。ほんっと、ああいう男を簡単に入り込ませないでほしいわ。おかげでご機嫌なお昼が台無しよ。
…という風に、ある意味気分が落ち着きかけていたその時、ランチさんがいきなり言った。
「ええ、意外でしたわ。お二人とも本当に仲がいいですわね」
「どこが!!!」
何テンポもズレたその言葉に、あたしはまるっきり素で叫んだ。それにはやっぱり素であるらしいテノールが重なっていた。そう、またヤムチャと被っていた。やがて漏れ始めたランチさんのくすくす笑いを耳にしながら、あたしはしばらく口を開かないことに決めた。
もうこれ以上被りたくないから。こんなやつと同レベルだなんて思われたくないからね。


「それでランチさん、ホテルは見つかった?」
二杯目のビールを喉に流し込んだ後で、またランチさんに水を向けた。ランチさんはちょっと困ったような顔をして、ジョッキを口から遠ざけた。
「それが…今日はどこも満室だそうで、明日になれば空きもでるそうなんですけど」
「そっかぁ。週末だもんねえ」
手持ち無沙汰になった手に頬を乗せながら、あたしは周りを見回した。ランチさんの受けたものにも似た週末による弊害は、今ここにもあった。少しの待ち時間の後に入ることのできたビーチ傍のレストランは、それはそれは混んでいた。チェアの後ろを頻繁に人が通る。グリッシナダンスの音楽はところどころざわめきに掻き消される。にぎやかっていうより、ちょっと騒がしいわ。このぶんじゃ夜も似たようなものね、きっと。夕食はもう少し落ち着いたレストランへ行った方がいいかもね…
「ま、明日空くんならいいじゃない。午後からは一緒に遊びましょ。何しよっか。ダイビング?ジェットスキー?グラスボトムボート?ここ何でもできるわよ。遠慮しなくていいわよ。あたしカード持ってるし、ヤムチャもここんとこ小金持ちだから財布を軽くさせてやるといいわ。ね〜、ヤ・ム・チャ!」
ここでことさら話を振ってやると、ヤムチャは惚けたような顔をしてビールに口をつけた。ちょっとぉ、聞いてんの!?あたしがそう言いかけた時、ランチさんが笑って小首を傾げた。
「あら、何かあったんですか?」
「あっ、そうなの。聞いてよランチさん、こいつ船の中のカジノでさぁ〜…」
それであたしはヤムチャを無視して、テーブルに身を乗り出した。昨日には話さなかったヤムチャのズル話をバラすため。もう思いっきり酒の肴にしてやるわ。まさか『ズルされる方がバカなんだ』なんてこと、こっちのランチさんなら言わないわよね。
「あ、ちょっと待って。その前に――ビールちょうだい!できるだけ早くね!」
回り始めたアルコールのおかげで、あたしには再び苛める気概が湧いてきていた。でも遠くのウェイターに声をかけ視線をテーブルへと戻した後で、その気持ちはちょっぴり掬われた。
「おいブルマ、少し酒のピッチ早過ぎだぞ」
「だって、料理こないからヒマなんだもん」
ここにきて唐突に口を開いたヤムチャに、あたしはさっくりと言ってやった。言うまでもなく明白な事実を。さっぱり運ばれてくる気配のない次の料理。それどころか下げられもしない空いた皿。飲んででもいないと待ってらんないじゃない。するとヤムチャはヤムチャで、例によって筋だけは通っていることを、真っ向から返してきた。
「だからってそんなペースで飲んでたら、あっという間に潰れちまうぞ」
「もう、うるさいわね〜。子どもじゃないんだから、お酒くらい好きに飲ませなさいよ。そういうの、もう耳にタコができちゃったわよ」
こうしてあたしたちは、もう何度になるかもわからない同じ喧嘩へと突入していった。これに関してあたしの気がいま一つ入らなかったのは、言うまでもない。もうムカつくというより呆れの境地よ。あんたは口にタコできないのって訊いてやりたいくらいだわ。じゃあなぜ怒っているのかといえば、一つだけ。
「飲んでも一人で歩けるようなら、俺だって言わないさ。飲むたびに手を引いてやってるのは俺だぞ」
「そんなの当たり前のことでしょ。何よ、えっらそうに!」
そんなことだけ言ってくるのが気に入らないからよ。ここまでほとんどあたしの話無視してくれちゃってたくせにさ。かっわいくないんだから!
「当たり前っておまえ――」
「何!?なんか文句あるの!?男が女の手を引く、それが当り前じゃなかったら何なのよ。それとも反対の方がいいわけ!?」
「あ、いや…えーと、それは…」
ここでヤムチャが口篭った。驚いたように瞠った目には、つい今までの強気は欠片もなかった。もう完全に素に戻ったわ。つまるところ、あたしの勝ち!でもあたしの心境は、喜びには程遠かった。
だって、何なのよそれは。どうしてそんなことで驚くのよ。当然のように手を引いてたのはあんたでしょ。っていうか、今さらそれが何だっつーのよ。一体何を言わせたいわけ。
あたしたちはすっかり膠着状態に陥った。ヤムチャが何も言わなくなったからだ。そしてあたしは、睨んでやろうか無視してやろうか、それすらも迷っていた。周囲の喧噪をよそに研ぎ澄まされた耳に、やがて小さなくすくす笑いが届き始めた。
「……何?ランチさん」
あたしはできるだけさりげなく、ランチさんに水を向けた。…ランチさんがいたこと、忘れてた。いえ、わかってはいたんだけど、ついうっかりしちゃってた――
「いいえぇ〜。ごめんなさい、笑っちゃって。ただお二人とも…いえ、なんでもありませんわ。ええ本当に」
「…………」
ランチさんは口元を押さえながら、そのまま笑い続けた。そうして細めた目もそのままに、おいしそうにビールを飲んだ。あたしは恥ずかしいような白けたようななんともいえない気持ちになって、やがてこちらもビールを流し込み始めたヤムチャを横目に、自分の分のビールが運ばれてくるのを待った。
それにしても、雰囲気なくなるの早いわね。外に出たら即行か。さすが男のロマンだわ。
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