Trouble mystery tour Epi.6 (2) byB
あたしはダンスそのものにすごく執着があるわけじゃない。
壁の花になったっていいと思う。ただし、隣に誰かしら話し相手がいることが条件よ。そう、グラスを合わせてくれる男がいて(女はダメよ。声をかけられない者同士傷を舐めあってるみたいでみっともないからね)、『一曲どうですか』くらい言ってもらえれば…正確にはそういうのは『壁の花』とは言わないのかもしれないけど。とにかく、ダンスをすることに拘りがあるわけじゃないの。日頃お目にかからないクラシカルなダンスパーティの、雰囲気を味わいたいのよ。
だから、あたしはヤムチャとダンスをした。話が違う?そうでもないわよ。ヤムチャとグラスを合わせるのなんかいつでもできるし、ヤムチャがいるから他の男とグラスを合わせるわけにはいかないし。だいたいここにはグラスを合わせたくなるような男なんかいやしないんだから。どっちを見てもじいさんばっかりでさ。でも一番の理由は、ダンスフロアに足を踏み入れた直後に、ヤムチャがこう言ったからだ。
「踊るか?」
「もちろん!」
ほとんど反射的にあたしは答えた。ダンスパーティでダンスに誘われて断る理由はないわ。そして、ヤムチャもきっと同じような気持ちで言っていた。ダンスパーティでダンスをしないわけにはいかない。本人が言ったわけじゃないけど、たぶんそんなとこ。なぜそれがわかったのかというと、あたしの腰に手を回しながら、ヤムチャがぶつぶつ言い出したからだ。
「そのドレス、あんまり実用的じゃないな」
「そう?」
「ダンスをするにはちょっとな…」
「とか言うわりにはしっかりしてるじゃない」
当たり前過ぎるその言葉を、あたしはさっくりと往なした。ドレスが実用的じゃないなんて、わかりきったことだわ。いちいち反論する気にもなれないわね。
…それよりもあたしは、この距離が気になるんだけど。
文句を返すのをやめたらしいヤムチャの無言の顔をちらりと見ながら、あたしは心の中で首を捻った。そりゃダンスなんだからある程度体はくっつくもんだけどさ、それにしてもずいぶんとくっついてきてない?抱かれてるって言ってもいいくらいよ。ヤムチャってば、恥ずかしくないのかしら。前の時はもっと気にしてたのに。
心なしか前の時よりも強くあたしの指に絡む左手。そして明らかに前よりも強く腰を引き寄せる右手。そんな強引なリードを素知らぬ顔でする不自然さ。
あたしは適当にステップを踏みながらさりげなく周囲を見回して、それからよくわからない心理のヤムチャに付き合ってあげることに決めた。
ま、いいわ。そんなに踊りにくいわけじゃないし。点数を競ってるわけでもないし。リードしてくれてることには変わりないんだから。…ちょっとし過ぎだけど。知り合いがいなくてよかったわ…
「あ」
でもやがてフロアを半周した辺りで、その気持ちにひびが入った。ヤムチャの背中越し、フロアの端のカウンターバーに、知り合いじゃないと言いたいけどもはや無理なあの双子が座り込んでいることに気づいたのだ。すでにある程度抱き込まれていたヤムチャの胸の中にあたしはさらに入り込んだけど、遅かった。リルが右手を、ミルが左手をそれぞれ振った。まるで待ち焦がれていた救助隊を呼び寄せるかのように大振りで。もちろんこちらに向かって。…ヤバイ、見つかっちゃった――こういう大人が集まる場所でそういう子ども染みた仕種しないでほしい、その気持ちを超えてあたしはそう思った。するとヤムチャが小首を傾げて呟いた。
「どうした?」
「ううん、何でもないわ。何でもないからそのまま踊って。絶対に後ろ向いちゃダメよ!」
一瞬であたしは決めた。見て見ぬふりをすることに。他人のふりをすることに…まあ、もともと他人なんだけど。だけど、あっちはそうは思ってないっていうか。ひょっとすると、だからこそ気楽に接してくるっていうか。
「そんなこと言ったって――ああ、あの子たちか…」
そして、双子たちのそんな打算的な気さくさにすっかり騙されている男がいた。あたしの言葉を見事に無視して体の向きを変えたヤムチャは、もうすっかり知った者のような顔をして、『あの子たち』へと視線を向けた。もう、後ろ向いちゃダメって言ったのに。おまけに…
「手なんか振らなくていいから!」
あたしは小声で怒鳴りつけてから、双子へ向かって振られたヤムチャの手を元の位置に戻した。あんたの右手はここ!踊ってる間は相手の腰から離さない!っていうか、彼女と踊ってるのに他の女に媚売らないでよ。そりゃ、あんたたちがどうにかなったりしないってことはわかりきってるけどさ…
壊れかけた気分は、ちょうどフロアを一周したところで完全に壊れた。あたしたちがカウンターバーの前を通りかかった時には双子はそこを離れていて、わざわざ出迎えにやってきた。しかたなくダンスの輪を抜けると、まずはミルが身も蓋もない褒め言葉を口にした。
「お二人とも素ッ敵でしたぁー!やっぱあれですね、他に若い人いないから目立ちますね〜!」
「だよね〜。あーいいなぁ、あたしたちも踊りたーい!だけど相手がいないからなぁ。女同士じゃダメだよねー」
するとリルが微妙に話を捻じ曲げた。あたしはすでに――というか最初っからウザく思っていたけど、とりあえずは黙っておいた。
「そうだよねー」
「でもダンス踊りたーい」
「だよねー」
「そうだヤムチャさん、ちょっとあたしたちと一曲…」
「ダメに決まってんでしょ!」
一体どこまで図々しくなるかしら。そう思いながら双子に喋らせておいたあたしは、結局はみなまで言わせずに口を挟んだ。一体どこまで図々しいのよ。おまけにこの前まではこっちから切り出さない限りダラダラダラダラ話引き伸ばしてたのに、いつの間にかすっかりはっきり言うようになってんじゃないの。舐められたもんね…………ヤムチャが。
「相手は借りるものじゃないの。自分で見つけるものなの。自分の相手くらい自分で都合しなさい!」
だからあたしも、はっきりきっぱり言ってやった。言った傍から思った本音は抜きにして。 …その性格を直さない限りは無理でしょうけど。すると双子は、さらに身も蓋もない本音を曝け出した。
「えー、でも他にはおじいちゃんしかいませんよぉ」
「それにあたしたちどうしても彼氏がほしいってわけじゃないしー」
「だったら二人で遊んでなさい!」
「はーい」
…返事はいいのよね、返事は。
腑に落ちないながらも、あたしはこの話題を切り上げた。不毛だから。ヤムチャがビシッと言ってくれればひょっとするとちょっとは違うのかもしれないけど、それは期待できないし。ビシッとどころか、まったく何も言わないんだから。寡黙に見えるんならそれもいいけど、ヤムチャの場合はそうじゃないから…
「じゃ、やっぱりなんか飲もーっと。ブルマさんとヤムチャさんも一緒に飲みましょうよー」
…そうじゃないから、こんな風に軽くあしらわれるのよね。あたしがどんなに文句言っても、当の本人がへらへらしてるんじゃねー…
あたしは双子とグラスを合わせたかったわけじゃない。単に何か一杯飲もうと思っただけ。とりあえずのダンスはしたし、ちょうどバーが目の前だったし。…この子たちが見ている前でさっきみたいに踊る気にはちょっとなれないし。それで、結果的には双子と一緒にバーへと向かった。でもそれが失敗だった。
「あたしたち、ブルマさんがこっち来るの待ってたんですよぉ」
「は?あたし?」
「ジュースじゃないもの頼もうと思ったんですけど、よくわかんなくて。そしたらブルマさんがいたからー」
「前に教えてくれたやつはもう飽きちゃったから、違う感じのがいいなぁ」
…あたしも舐められてる。『教えてください』の一言もなしに条件をつけられて、あたしは悟らざるを得なかった。本当にこの子たちって、人に物を頼む時に限って近づいてくるんだから…
あたしが呆れと悔しさのない混ざった複雑な心境に陥った時、ようやくヤムチャが会話に入ってきた。
「きみたち、お酒飲んでもいい年なの?」
「やぁだヤムチャさん、そういうことは言いっこなしですよぉ」
「そうそう、せっかくの旅行なんですからー」
「ああ、そうだね。ごめんね」
なぁんでそこで謝るのよ!
でもすぐに引っ込んでしまったので、余計にあたしの気持ちは苛立った。堂々と誤魔化されてんじゃないわよ。だいたいそれ、本当はダメな年だって言ってるようなもんじゃない。まさかわからないわけはないでしょうに、どうしてそういう態度になるわけ。
「カルアミルク二つ。カルア抜きで!」
あたしはさっさとカウンターバーへ行って、あたしたちのではない2人分のオーダーを済ませた。いち早く気づいたらしいヤムチャが、双子には向けなかった呆れた視線をあたしに向けた。
「おまえ…」
「この子たちにはこれでいいのよ」
むしろ、帰ってママのミルク飲んでなさいって言わないだけ優しいと思ってほしいわ。
あたしが言い切るとヤムチャはまた引っ込んだ。それであたしはまたもや双子の邪気を隠した笑顔と相対することになった。
「それ何ですかー?」
「老若男女を問わず世界中で愛飲されているグローバルなノンアルコールドリンクよ!」
でも、これで最後よ。これ以上は付き合わないわ。グラスを合わせるのだってごめんよ。ミルクならなおさらね。
「ほら行くわよ、ヤムチャ!」
「えっ、どこに?」
「カジノとかいろいろあるでしょ!」
一瞬驚いた顔をしつつも、ヤムチャはあたしの言葉に従った。あたしの今の気持ちを逆撫でする仕種をした後で。…だーかーら!手を振るんじゃないっつーの!
こうしてあたしたちは今日も途中でダンスパーティを抜け出した。背中に浴びせられる視線を感じながら――ちょっと大きな声出し過ぎちゃったわ。子どもを叱る時ってつい大声になっちゃうわよね。おまけにこの子たち揃いも揃ってバカでのらくらしてて、嫌みも通じないし。だから子どもは嫌いなのよ。
双子が視界からいなくなっても、壊れた気分は治らなかった。それであたしは宣言通りカジノへ行くことにした。こういう時はパァッと派手にルーレットで1目賭け!景気づけに一発大勝負よ!!


「ん〜〜〜」
フォローショットを試してみる前に、前屈みで伸びをした。
行儀悪い?いいじゃない、周りに人はほとんどいないし。堅いことは言いっこなしよ。
「よーし、行くわよ〜」
さらに肩を解してからキューを握ると、まるっきり覇気のない笑顔でヤムチャが言った。
「そう肩に力を入れるなよ」
「そういうことあんたに言われたくないわね」
あたしはさっくりとそれを往なした。それからキュー先にチョークをつけて、もう一度テーブルに残っている球と手球の配置を確認した――
約一時間後。さほど混雑してはいない夕方のカジノで、あたしはヤムチャとビリヤードをやっていた。…え?ルーレットはどうしたかって?放っといて。どうせあたしは運のない女なのよ。
ゲームはナインボール。ヤムチャが7、8と続けて落として最後の一個の9番を外した後の、あたしのプレイ。――ヤムチャが譲ってくれたことはわかってる。だからこそ、このゲームはあたしが貰うわ。たいして気も入れずにプレイしてる相手に譲られて負けたんじゃ、立つ瀬がなさ過ぎるものね。
息を整えて、慎重に姿勢を取った。うん、やっぱりフォローショットでいくわ。ええと、まずはラシャと平行になるようにキューを構えて、手球の中心よりやや上部を撞く…
撞いた手球はクッションで跳ねて、狙い通り9番の球を弾きにかかった。弾かれた9番がポケットへと向かう。と、ポケットの角に当たり、一瞬落ちるのを躊躇した。その隙にその間転がり続けていた手球がこちらもポケットの角に当たり、カタカタと――
「あっ!」
と思った瞬間には、球はボールドレンに落ちてしまっていた。もちろん手球の方。一方9番はといえばしぶとく台の上に残り、それがあたしをさらに気落ちさせた。
「あ〜あ」
「だから言ったろ。力入れ過ぎなんだって」
ヤムチャが笑ってキューを台の上に置いた。この上9番を落としてダメ押しをするつもりはないみたい。それであたしは少しだけ気を持ち直して、愚痴を零した。
「なーんか調子悪いのよね。やたらだるいしさ」
悔し紛れの台詞じゃない、本当のことよ。ここまでダメダメなショット、いつもならしないもん。遊び疲れもあるのかもしれないけど…グリーンシーニではだいぶ体を動かしたから。でもそれにしたって、まだ7時前よ。お子様の時間もいいところ、バーだって開いてやしないわ。
ヤムチャはまた笑って、あたしの自嘲を吹き飛ばした。
「少し疲れたんじゃないか?時差のせいで今日は一日が長いからな」
「あー…そっか。時差ね。なるほど…」
軽い不覚を感じながら、あたしもキューを台の上に置いた。時差のことなんて、全然考えてなかった。今の今まで気づきもしなかった。『UTC+14』…グリーンシーニとは3時間もずれてるっていうのに。これは結構疲れてるわね。どうりで冴えないと思ったわ。ルーレットの目にしてもさ。
そんなことを考えているうちに、キューは片付けられてしまっていた。ルーレットに続いてビリヤードもおしまい。それも自分の意思じゃなく。
「じゃ、メシ食いに行こうぜ。それからゆっくり寝とけ」
「えー?だってまだ7時前なのに」
そればかりかカジノ自体をお開きにされて、当然あたしは文句をつけた。でもそれは、我ながら口先だけだった。
「そんなドレス着て欠伸を連発するのはみっともないぞ」
「…しょうがないわね。じゃ、食事はまたあのカフェで済ませるわよ」
ヤムチャの言った通りだからだ。っていうか、ヤムチャに見透かされてるようじゃね。おまけにこのさりげなく引っ張られていく手、これが楽で楽で。いっそこのまま抱っこしてベッドまで連れてってくれないかしら。
「ん〜〜〜あぁぁ…」
認めてしまうと、一気に気だるさがやってきた。緊張の糸が切れたって感じ。もはや隠す必要のない(と思ってしまうところが疲れてる証拠なのよね、我ながら)欠伸をヤムチャの背中の陰で溢しながら、カフェへと向かった――もとい、限りなく誘導されながら、呆れた息をもあたしは漏らした。
相変わらずタフなやつ…
なんか、武道会とかで戦っている時よりもそう思うわ。遊び疲れとかないのかしら。気分だけでもさ。
とはいえ、あたしは本当に不思議に思っていたわけではなかった。悔しい、とかでもない。ヤムチャは男であたしは女、そしてそれ以上に深い溝があたしたちの間にはあるのだ。溝って言うと語弊があるかな。だって、ヤムチャのそういう非常識な体力に、本当に困ったことはあたしはないから。むしろあたしはこう思うのだ。
…遠慮する必要がないって楽よね。
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