Trouble mystery tour Epi.6 (4) byB
お・い・し・い。
あたしは舌鼓を打ちながら、グラスを置いた。空きかけたグラスに琥珀色の液体が注がれていく。この薔薇とイチゴのタルティーヌ、すっごくおいしい。貴腐ワインと一緒に食べると最高だわ。このレストランは、来年きっとまた星を増やすわね。
本当に、どれもこれもなんて印象的でとろけそうな味わいなのかしら。二杯目の貴腐ワインに口をつけて、あたしはここまでの料理の数々を反芻した。山羊のババロワ。ブータンノワール。うるいとエビとカブのサラダ。ポーチド白子。黒あわび。マナガツオのピマンドゥ添え。鹿のステーキ…………え?食べ過ぎ?そんなことないわよ。半分は味見がてらつついた程度だからね。
最後にあたしは隣の席のデザート皿に添えられているメレンゲのアイスに手を伸ばした。するとヤムチャは引っ込めたボトルの代わりに皿をあたしの方に押しやりながら、呆れたように呟いた。
「よく食うなあ…体のサイズが変わっても知らないぞ」
「余計なお世話!」
…でも、ないかな。例えばあたしも孫くんと一緒にいて、50人前とか食べられてお腹まんまるにされたりしたら、恥ずかしい思いすると思うしね。でもなんかすっごーくお腹空いたのよね。ショッピングにエネルギー注ぎ過ぎたのかしら。…ま、いいじゃない。ここ、わりと端っこの席だし。いっぱい食べてるって言ったって、時々ヤムチャの皿をつついてただけだし。ヤムチャはそこんとこには文句言ってないわけだし。
そんなわけで、二杯目の貴腐ワインはヤムチャのフレンチトーストと共に飲んだ。…信じられない。このフレンチトースト、どうしてこんなにふわふわなの。柔らかいなんてもんじゃないわよ。だいたいフレンチトーストって朝ごはんに食べるもののはずじゃないの?…
「…は?おかわりですか」
ふいに、どことなく上ずったウェイターの声が後ろから聞こえた。閑静とはとても言えないこのカジュアルなカフェレストランで続く声が耳に入ってきたのは、単にあたしたちの周りのテーブルが少し前から空いていたからだった。
「うん。すっごくおいしいからもう一皿ください」
「あっ、リルずるい。あたしも!あたしもおかわりするー!」
…………出たわね。
あたしは思わずそう呟いて、こっそりと後ろを振り返った。真後ろの空いたテーブルのさらに向こうのテーブルに、思った通り、あの双子が座っていた。…そう、思った通り。『どうしてあんたたちがここにいるの』とは、もう思えない心境だった。あの子たち、結構ガイドブック読み込んでるみたいだから。おまけにあたしの感覚が若いのかあの子たちが背伸びしてるのか、どうにも時々趣味が被るのよね。クルーズ船でドレス買った時にしてもそうだし、その他にもいろいろ…
「じゃあ二人分お願いしまーす」
「ソースいっぱいかけてねー。…………あれっ、ヤムチャさん!」
…そう、いろいろとね。双子がそれは嬉しそうな声でヤムチャの名前を呼んだ時、あたしはかなり不愉快になった。嫉妬?いいえ、違うわ。女の勘よ。この子たちがヤムチャとどうこうなりたいって思ってるわけじゃないってことは、もうわかってる。でも、どうこうしたいって思ってないわけじゃないってことも、あたしにはわかっていた。
「やあ。今お昼ごはんかい?」
でも、当の本人はまったくわかっていなかったので、のんびりとそ う答えた。そればかりか…もう、手なんか振らなくていいってば。前には口に出したその言葉を、あたしは今は心の中で呟くに留めた(もういちいち怒るの飽きたわ)。だから、間にあたしを挟んだヤムチャと双子の会話はそのまま続いた。
「はい。つい買い物に熱中しちゃって」
「わー、ヤムチャさんたちもいっぱい買い物しましたね〜」
聞いたところなんてことのない軽いお喋り。でもあたしはどこか引っかかるものを感じた。特に後から放たれたミルの言葉とその口調に。さっきも言ったわね、女の勘よ。そんなわけで、あたしは双子に背を向けたまま言ってやった。
「違うテーブル同士で話をするのやめなさい。他のテーブルの人に迷惑よ」
「はーい」
そうして会話を打ち切らせた。…あーもう、せっかくのデザートが台無しよ。ワインの味もどっか飛んでっちゃったわ。あたしはグラスに残っていたワインをすっかり飲み干し、グラスを置いた。新たな一杯は注がれなかった。ボトルを手に取ろうともしないヤムチャの顔は、あたしの右横、空席だったはずのチェアに向いていた。
「ヤムチャさんたちはこの後どうするんですか?まだ買い物するんですか?」
…ちょっと!どうしてこっちに来るのよ!?
あたしはそういう意味で言ったんじゃないの!勝手にテーブルに割り混んでくるなんて、他の人には迷惑じゃなくても、あたしたちに迷惑よ!
向かい合って座っていたあたしとヤムチャの両隣のチェアを占拠した双子に、あたしはそう言おうとした。でも、それよりも早くヤムチャが答えてしまった。
「うん、いや、買い物はもう終わった…」
「あ、じゃあ帰るんですね。ぐうぜーん!あたしたちもなんですよ〜」
「船まで一緒に行っていいですか?荷物が結構重たくって」
――ほーらきた!
やっぱりね。そんなことだろうと思ったわ!
見え見えなのよ。ここぞとばかりにヤムチャばっかり相手にしてさ。その甘ったるい口調、ハイスクールの頃寄ってきてた女たちにそっくりだわ!
あたしは唐突に昔のことを思い出した。ハイスクールの頃にもこんな風に、さりげなさを装っていろんな女がちょっかい出してきてたっけ。ちょうど自分も帰るところだから一緒に帰ろう、とか、移動教室同じだから一緒に行こう、とか。女のあたしから見ればさりげなくも何ともないんだけどね。わざとらしいったらありゃしない。どうして何でもかんでもヤムチャとだけ一緒になるわけ。何考えてるかもうバレバレなんだから。
だけど、男はわかんないのよね、そういうこと。中でもヤムチャは特に。いつもいつもすっかり騙されちゃって、何度それで喧嘩したことか…
疑惑が怒りに変わった。ちょっぴり見当違いな怒りに。そしてそれを助長させたのは、他ならぬヤムチャの態度だった。それはそれはのんびりと、ヤムチャはこう言ったのだ。
「ああ、いいよ。一緒に持ってあげるよ」
笑顔さえ伴って。その瞬間、あたしの怒りは沸騰した。
――このバカ!
どうしてそうなのよ。どうして何でもかんでも簡単に引き受けちゃうのよ。外面がいいにも程があるわよ。こいつ、ハイスクールの頃から何にも変わってないじゃないの!
「ダメよ!まだ行くとこあるんだから。あんたはあたし以外の荷物持たなくていいの!」
あたしはすぐさまチェアを蹴って、ヤムチャを怒鳴りつけた。我ながら親切に、そこまで言ってあげた。ええ、親切よね本当に。一番大事なことをきっちり教えてあげたんだから。男は女の荷物を持つべき、そうあたしも思うけど、それは相手に好意を持ってる場合だけよ。どうでもいいやつの荷物は持たなくていいの!
思いっきり堪忍袋を広げてあげたあたしに対し、ヤムチャは惚けていた。それはもう、どこまでも惚けていた。驚いたような表情で零したのが、次の台詞だった。
「えっ、まだ買い物するのか?」
そしてそれにここぞとばかりに同調する双子たち。
「わーブルマさん気合い入ってるぅ〜。でも、この辺りはお店が閉まるの早いですよ。ほとんど夕方には閉まっちゃうみたいですよ」
「もうたいして時間ないし、続きは明日にしたらどうですか?」
…あー、もう。
問題はそこじゃないでしょうが。いえ、あんたたちにとってはそこなんでしょうけどね。
それぞれへの突っ込みを心の中で入れながら、あたしは溜息をついた。そしてチェアに置いておいたバッグへと手を伸ばした。これ以上この子たちに付き合うのはごめんだわ。この子たちが去らないなら、あたしたちが出て行くまでよ。幸い、食事はほとんど終わったし。もう食後のコーヒーなんて、ゆっくり飲めるような感じじゃないわ。あたし自身も…そして周りの雰囲気も。
「するったらするの!ほら行くわよ、ヤムチャ…」
さらに幾つかのショッピングバッグを片手に掴みながら、あたしは最大のお荷物の首根っこへと手を伸ばしかけた。でも――
最後のショッピングバッグを手にした途端に、そうすることがバカらしくなった。
だって、何なのこれ。
どうして正しいことを言ってるあたしが周囲からの注目を浴びて立ち尽くしてて、間違ってるどころかわかってもいないヤムチャが堂々とテーブルについてるわけ。そう、そういう図になっちゃってるのよ。いつの間にか。しかもヤムチャってば、左右に女侍らせちゃって(そんなつもりがなくてもそういう風に見えるの)。…バカらしいなんてもんじゃないわよね。あたし今までちょっと寛大過ぎたんじゃないかしら。
ヤムチャがわかってないんだってことは、わかってる。でもだからって、諦めてなかった?…そうでもないか。それなりに躾けてきたわよね。でも、まだ足りない。だって、ヤムチャはわかってない。ということに、気づきもしてない。そうね、とにかくわかってないんだってことをわからせなきゃ。…なんだか頭がこんがらがってきたわ。
収集のつかなくなった思考を打ち切って、あたしはヤムチャに背を向けた。首根っこを掴んで何かをやらせるのはもうやめ。たまにはうんと突き放してやるわ。
「しょうがないな、もう…」
そう考えたので、文句を零しながら一歩も二歩も遅れて席を立ったヤムチャに、あたしはきっぱりと言ってやった。
「いいわよ、来なくて。その子たちと一緒にいれば?」
「え?」
「嫌々ついてこられても嬉しくないから。あたしはもう行くから、あんたはあんたのやりたいようにやりなさいよ」
「ちょっとブルマ何言って…」
そしてそれに対するヤムチャの言葉は聞かずに、さっさとテーブルを後にした。この上はさっさと会計を済ませて、さっさとここを出て行くわ。あたしがうだうだと考え込む必要はない。ここはそうするべきなのよ。
女の勘ならぬ女の直感。それに突き動かされて、あたしはカードを取り出した。それがキャッシャーの手を経て再びあたしの手へと戻ってきたところで、ヤムチャがやってきた。
「待てよブルマ、俺も行くって。悪かったよ。荷物も俺が持つから…」
そしてあたしの手を取った。最後の台詞を建前にして。相変わらずズレてるやつ。もうそういうことじゃないんだってば。
「結構よ。これくらい自分で持てるわ。あんたはあっちのかわいい彼女たちの荷物を持っておあげなさい」
だからあたしはその手を振り解いて言ってやった。ぐうの音も出ないほど優しい笑顔で。
おわかりかしら?あたしは怒ってるわけじゃないのよ。ただ…そう、ちょっとお灸を据えてるだけ。いつもとは違ったやり方で。そうすべきだって、思ったのよ。自分でもよくわかんないけど、なぜだか急に。それが女の直感よ。
ヤムチャは言葉を失ったように立ち尽くした。最後にヤムチャをその立場に追いやってやったことに単純な満足感を覚えて、あたしはレストランを後にした。
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