Trouble mystery tour Epi.7 (2) byB
一通り湾の景観を楽しんだ後は、テンダー・ボート。さらにいくつかの島々をゆっくりと巡って、ボートはとある小島のその地点へと接岸した。
「天国の宮殿」と言われる鍾乳洞の入口に。

「ん〜、雰囲気あるわね〜!」
島の東から西へと抜ける、約2kmのフローストーンに覆われた鍾乳洞。天井からシャンデリアのように垂れ下るつらら石。ところどころに湧き出る泉水。地下運河。
クラシックなカンテラ片手に先を行くヤムチャの後ろを歩きながら、あたしは新鮮さと懐かしさを同時に味わっていた。
「思い出すわ〜。昔、孫くんたちと行った海賊の洞窟。まあ、あそこはだいぶ人の手が入ってはいたけど、海の洞窟っていう点では似てるわよね」
もう何年も前のことなのに、今でもはっきり覚えてる。あれはあたしにとって一番鮮烈な青春の思い出ね。最初のドラゴンボール探しの旅だって結構危険だったけど、あれには敵わないわ。一番危険で楽しかった思い出。当時は楽しいなんてまったく思えなかったけど、今ならちょっとはそう思えるわ。もちろん、それ以上に思うことはあるけど。…あたし、よくあんなことやったわよ。いくら喧嘩していたとはいえね。
その、当時のあたしの喧嘩相手は、あたしの言葉には答えることなく、カンテラを持っていない方の手を頭に当てて首を傾げた。
「う〜ん…」
「何唸ってんのよ?」
「あ、いや…なんだか節操のない旅行だなと思ってさ。ついこの前盛大に街で買い物したと思ったら今度は鍾乳洞で、この後イルカ…」
「それが世界を見るってことでしょ。これは世界一周旅行なんだから」
今さら何言ってんだか。だいたい、自分は普段いいだけ節操どころか常識のない旅行…もとい修行をしてるくせに。
そんな突っ込みを入れてやろうとしたところ、場違いなほどにはしゃいだ声が洞内に反響した。
「イルカいいじゃないですか〜。かっわいいよねイルカ!」
「あの島もかわいいよ〜。ベーグ島だっけ?漫画に出てくる無人島そっくりなやつ」
「あーあれ。あれは絶対写真撮らなきゃだよね。あたしあそこでイルカの背中に乗るんだ!」
「あたしもあたしもー!」
…ふう。
あたしは思わず溜め息をついた。言わずもがなの双子が、あたしのすぐ後ろを歩いていた。だけど、この子たちは乱入してきたわけじゃなかった。…始めっからいるのよ。さっき船でごはん食べてた時からずっと。図々しいにも程があるってもんだわ。だいたい、突っ込みどころはそこじゃないでしょ。
あんたたち、うるさい。もはやそんなことを言うのにも飽きてきていたあたしが口を噤むと、その声が静かに響いた。
「背中に乗るのは無理だと思うよ。イルカは人間の表情を察知する、とても繊細な生き物だからね。まあ、ベーグ島にいるバンドウイルカは人懐こいから、一緒に泳ぐことならできるけど」
「へー、キールさん、詳しいですね〜」
「僕はもう二度ほどあそこに行ってるからね。反対回りからだけど。それにイルカのことならね」
「さっすがイルカマニア!」
「イルカ博士ですね!」
…ふうううう…
溜め息はすでに深呼吸になりつつあった。これまた言わずもがな、キールも一緒よ。だって、この状態で彼だけハブるわけにいかないでしょ。おかげでもうすっかり、修学旅行の団体行動みたいな雰囲気なんだから…
…ま、キールに関しては、それなりの使い道ってものがあるけど。
「好きなのはイルカだけじゃないけどね。僕は今回は、ベーグ島じゃなくて環礁の南側にいるハシナガイルカを見に行くつもりなんだ」
「あ〜、そんなのもいるんだ〜」
「本当に詳しいですね〜。それ、あたしたちも連れてってくださーい!」
教えたがりの人間と、便乗したがる人間。ほんっと、いい組み合わせだわ。色気のなさまで釣り合って、もう完璧じゃないの。
とはいえ、色気がないからこそ、こんなことを言ってもくるのだった。
「いいよ。ボートかカヌーを借りて行くつもりだから、乗せてあげるよ。ブルマさんたちはどうですか?ご一緒に」
「そうね〜…」
「行きましょうよ。みんな一緒の方が楽しいですよ」
あたしは楽しくないのよ。
なんだか取ってつけたようなリルの言葉を耳にして、あたしは苦虫を噛み潰した。
顔も見たくないほどこの子たちが嫌いってわけじゃない。ヤムチャと二人っきりになりたいってわけでもない。だけど、少しは遠慮してほしいわ。あんたたちがいると、さっぱりのんびりできないのよ。会話すら中断される有様よ。鍾乳洞の不思議な雰囲気だって、どっか飛んでっちゃったじゃないの。世界最大のカーバンスポットが泣くわよ。撒いてやりたいけど、灯りは一つしかないしなあ…
その時、灯りが二つに増えた。前からでも後ろからでもなく、ちょうど差し掛かった石柱の陰から、懐中電灯とランプを持った子どもが現れた。深い緑の瞳、灰色がかった淡色の髪。小柄で華奢でかわいい感じの、どこかで見たことあるような、細っこい男の子。
「あっ、ヤムチャ様。こんにちは!」
あたしがそこまで観察したのは、その子がヤムチャの名を呼んだからだ。そして直後にその言葉遣いに気がついて、あたしはその子のことを思い出した。
「ん…?あ、えーと…」
「あんた、あの時の子よね。部屋に象牙細工売りに来た…」
もっとも、ヤムチャは思い出さなかったみたいだけど。そしてあたしもすぐに言葉に詰まってしまった。そういえば、名前聞いてなかった。売りつけられるだけ売りつけられといて……本当にいいカモよね。
「ああ、あの時海に落ちた子か」
「プーリです。ぼく名前言ってなかったんですね。それじゃ、何かあっても声かけられませんよね。ごめんなさい、自分で声かけてくださいなんて言っておいて…」
「ああ、いいよ、いい、いい。店に行ったりしてないから」
忘れてたくらいだもんね。
笑いながらも慌てたように顔の前で両手を振るヤムチャの姿に、あたしは軽く笑いを誘われた。人を助けたことなんて、これっぽっちも気にしてない。そういうところは、ヤムチャのいいところだと思うわ。なんて一昨日の今日で思えるのは、きっとあの時プレゼントを貰ったからね。一昨日あたしは思いっきり恩に着せられたんだから。
「あれ、プーリだ」
「どうしたの、こんなところで。仕事お休み?っていうか、なんでこんなとこから出てきたのー?」
ロイヤル・プロムナードで商品配達をやっているこの子のことを、双子はよく知っているようだった。まあ、それも道理ね。あたしには荷物持ちがいるから必要なかったけど。
「はい。今日はお客様はほとんどいらっしゃらないですから、少しだけ時間貰ったんです。うちでは鍾乳石も扱っているので、見る目を養うためにここへは時々来るんです。でもあんまりお金ないから、半値の料金で途中の穴から入れてもらうんです」
「そうか。じゃあ、一緒に行くか?」
そして、すっかり忘れていたはずのヤムチャがさらりとそう言ったので、あたしたちのグループにはまた人が一人増えた。まったく、軽いことこの上ないわ。売りつけられた時もそうだったし。きっと煙草とか花束とかも、この調子で買ったんでしょうね。
「はい!ありがとうございます!カンテラはぼくが持ちますね!それからよかったら、順路からは外れちゃいますけど、とっておきの場所へご案内しますよ」
でもあたしは、過去のことを掘り起こす気にも、今現在のことに文句をつける気にもならなかった。理由は、バイタリティ溢れたこの少年がなかなかかわいかったから。あ、顔がじゃないわよ。まあ、顔もちょっとかわいいけど……そうね、もう少し年を重ねて、体に肉をつければわりといい感じになるんじゃないかしら。でもあたしに少年趣味はないし、だいいち今のところ新たな恋人を探すつもりはない。だから、これはもっと純粋な意味での感想だ。
「いいわね〜。あたしもこんなかわいい従卒がほしいわ」
カンテラをできるだけ高く掲げようと短い腕を一生懸命伸ばしている小柄な姿は、子どもの頃の孫くんみたい。そんでもって、この絶対服従的な態度は今も昔も変わらないプーアルね。ひょっとしてこいつ、プーアルのこともこんな風にたぶらかしたんじゃないかしら。あたしなんかは、お礼しがいのないやつ、って思うだけだけど、人によっては、何かしなきゃ気がすまない、ってなっちゃうかもしれないわよね。少なくともこの子はそう思ってるみたいだわ。
「おまえにはあの男がいるだろ」
ヤムチャからの返事は、かなり意外なものだった。なんとなくしみじみと昔のことを思い出してなんかいたし、そういうのはもう終わったものだと思っていたからなおさら。
さりげにしつこいわね。あたしはそう思いながらも、この上なく正直な本音を吐いた。
「え〜…だって、キールってばダンスの時しか使えないんだもん」
それもたぶん、クラシックなダンスだけ。インテリだからまったく感覚合わないってことはないけど、機関銃過ぎるわよ。落差もあり過ぎだし。ダンスパーティがきっかけで付き合い始めたりなんかした人は、詐欺だと思うんじゃないかしら。
「一昨日ダンスしてた時は、あんなに乗ってたじゃないか」
ヤムチャはさらに食いついてきた。それもすっぱりといった感じで。だからあたしも、すっぱり言ってやった。
「だって、ダンスは上手なんだもん。乗ってるように見えたんなら、それはキールのリードのせいよ。キールって、相手を乗せるの上手いのよね〜」
「はいはい、どうせ俺はダンスが下手ですよ」
「あんたの場合はそれ以前の問題でしょ。まだ一度もまともにダンスしてくれてないじゃない。最後まで綺麗に踊りきったこと、一度でもあった?」
「なんだよ、俺のせいか?」
「別にあんただけのせいだとは言わないけど。でもあんた、いっつも肝心なところで間が悪いからね〜」
「それのどこが俺のせいにしてないと言うんだ…」
「深読みするといいことないわよ。それにそう思うんなら、次はちゃんと踊ってね」
ま、結局最後はいつものようにぐだぐだになったけど。ぐちぐち嫌みを言うなんて、似合わないことはしないことね。
そのとどめの一言を、あたしは口にはしなかった。怒ってるんならまだしも、拗ねてるやつを追い詰めたりはしないわ。それどころか、あたしは優しいから、心配そうにこちらを振り向いているプーリに手を振っておいてもあげる。
あたしたちは本気で喧嘩しているわけじゃないってことを教えるために。っていうか、本当は喧嘩しているのですらないのよ。
だって、あたしは素敵なひとときをプレゼントしてくれた男よりも、素っ気なくプレゼントをくれた男の方が好きなんだから。確かにダンスの上手い恋人っていいとは思うけどね、必ずしも恋人がダンス上手じゃなきゃいけないって思ってるわけじゃないのよ。
でもまあ、こうは思っていた。
まったく、ヤムチャも恋人面していたいんなら、こういうことさせないでほしいわよね。
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