Trouble mystery tour Epi.7 (7) byB
ま、一応言っておくとね、キールに誘われなくってもダンスパーティには来るつもりだったのよ。
結局そう何回も来てないし。滅多にないことなんだから、きっちり楽しんでおかなくちゃね。
「あれ?なんか今日、人少なくない?フロアが広ーい」
「みんな遊び疲れて休んでるんだよ。今日みたいな自由行動は疲れるからね。特に年配の人なんかにとっては」
開口一番ミルが言ったように、ダンスフロアには人がこれまで来たどの時よりも少なく、キールが言ったように平均年齢が若かった。…なーんだ、ここには頭の禿げたじいさんしかいないと思ってたけど、なかなか渋いおじさまもいたのね。なんて、今さらだわ。一昨日ならまだしも、今日のこの面子では――
「そっかー。じゃああたしたちでフロアを独占だー!キールさん、またダンス教えて〜」
「あっ、ずるい。あたしも踊りたいよ〜」
「えー?しょうがないなあ。じゃあじゃんけんね」
「よーし。じゃーんけーん…」
――女はともかく、男は足りちゃってる。…え?足りてない?バカ言わないで。ダンディな紳士にこんな子どもを押しつけるわけいかないでしょ。だからといって、あたしがそっちに回るわけにもいかないし。っていうか、やめてくれないかしらね。じゃんけんで相手を取りあうなんて、子どもっぽいにも程が…
「…あたしたち、一杯飲んでからにするから。ヤムチャ、あっちでなんか飲みましょ」
「はいはい…」
ターゲットがキールであるのをいいことに、あたしはその場から離れた。あー、恥ずかしかった。人が少ないから余計目立つのよね。声もよく通るし…キールってば、よくあんなの相手にするわね。
「あーいこーで、しょっ!」
「あ〜〜〜」
「はい、リルちゃんからだね」
「ちぇっ、リルってじゃんけんだけは強いんだからぁ」
「へっへ〜。キールさん、お願いしまーす」
背中越しに聞こえてくる声に他人の振りを決め込みながら、カウンターバーへ向かった。そこにもまた人は少なかった。あたしがその席に腰を下ろすと、ヤムチャが少し低い声でバーテンダーに声をかけた。
「ウィスキー・ソーダ」
「あたしストロベリー・マルガリータ」
無造作にあたしの隣に座り込むその様と、機嫌がいいとは言えないその声音に、あたしの記憶が刺激された。でもそれで思い出したわけではなく、最初からわかってて座ったのだ。
「ここよね、確か」
何もないカウンターの上をあたしは叩いた。ヤムチャは不思議そうに首を傾げた。
「何が?」
「一昨日あんたが睨み利かせてた席」
ヤムチャはたちまち口を噤んだ。今までだってたいして口回ってなかったけど、今は明らかに言葉を呑んでいた。素に戻って恥ずかしくなったってところね。そのくせ、苦虫を噛み潰したような顔しちゃって。そこはポーカーフェイスを作らなくちゃダメでしょうが。
あ〜、おかしい。あたしは笑いを堪えながら、目の前に置かれたグラスに口をつけた。淡いピンク色をした甘いカクテル。うん、やっぱりここのマルガリータはおいしいわ。今まで飲んだ中でも絶品ね。なんだか一昨日よりおいしいような気もする。体を動かしたからかしらね。ヤムチャは実においしくなさそうだけど。
先にグラスを空けたのはヤムチャだった。でも二杯目を頼もうとはしなかったので(一昨日の教訓ね、きっと)、あたしは先の宣言を実行することにした。
「じゃあ、踊ろっか」
ドレスはこの場のために身に着けた、ピンクのバラ柄のドレス(少し前にロイヤルプロムナードで買ったやつよ)。そして気分も悪くない――ヤムチャはどうか知らないけど。まあ、ヤムチャにはキールのようなノーブルさなんて求めてないから、普通にしててくれれば……そうね、足を踏んできたりしなければ十分よ。顔がいいって得よね。何もしなくても(むしろヤムチャの場合は何もしない方が)格好ついちゃうんだから。
「人が少ないのは少ないで気持ちいいわね。ゆったりしてて」
席を立ったあたしは、そのまま気分を害することなく、ダンスフロアに立った。ヤムチャは黙ってあたしの後をついてきて、今だむくれた顔のままあたしの手を取った。ちょっと引っ張る力が強くて痛い。でもあたしはそれには文句を言わずに、力を抜いて体を添わせた。くっついちゃえば痛くない。そして、くっつくのは恥ずかしいことでも何でもないわ。それが、キールと踊ってみてわかったのよ。それに、あたし、気づいちゃったのよね〜。
ヤムチャの今の精神状態に。もうむくれてるわけじゃないってことに。…なーんとなく目がね〜…いつもと違うのよね。珍しく情熱的って言うかさ〜…パッと見怒ってるようにも見えるけど、違うわね、これは。やきもち?う〜ん…でも今は一緒に踊ってるし…
ヤムチャの気持ちを完全には計り終えないうちに、あたしたちは初めの位置に戻ってきた。曲の半分でちょうど一周。そこから近いカウンターバーの横に、一休みしているらしいキールたち三人の姿が見えた。あたしは何の他意もなく、キールに向かって手を振った。その次の瞬間、その行為がある人間の目には他意あるものとして映っていることを知った。
キールが手を振り返してきた途端、ヤムチャの手の力が強くなったからだ。っていうか、はっきり言うと、さらに引っ張られたわけ。それで、あたしはヤムチャの気持ちを完全に理解した。
独占欲ってやつね、これは。へ〜、こいつにもそんなのあったんだ〜。
「ブルマさーん、パートナーチェンジしましょうよ、パートナーチェンジ!」
空気も何も読まずに、頼んでもいない出迎えをしてくれたミルがそんなことを言い出した。あたしはすっかり呆れ果てて、気分の半分を拡散させた。
「あのねえ、これはフォークダンスじゃないんだから…」
「だってあたしたち、ヤムチャさんとも踊りたいんだもーん」
「ブルマさんだってキールさんと踊りたいでしょ?」
「こないだあんなにノリノリだったじゃないですかー」
まー、調子に乗っちゃって。言っとくけどね、あたしはヤムチャとだってそれなりにノッてるわよ。あんたたちがいつもいつも邪魔してくれてるだけで。
「僕は喜んでお相手させていただきますよ」
あたしはそう言いたかったけど、キールの言葉を聞いて口を噤んだ。双子なんかどうでもいいけど、キールの顔は潰せないわ。個人的に会うことはもうないだろうけど、C.Cの人間として認知はされているわけだし。ここで悪い印象を残すのはね…
この時あたしはこの旅行始まって以来初めて、二世としての顔を覗かせた。とはいえ、それほどの不満はなかった。上流階級の人間が集まっている船に乗ってて、ここまでそういうことがなかったことが不思議なのよ。相手がエロいおっさんじゃなくってラッキーって思えるくらいだわ。
「ん〜そうねえ。じゃあ一曲だけ…」
でも、そういう大人の事情をわかってくれない人間もいた。あたしがそう答えた途端に漏らされたヤムチャの唸り声を、あたしはしっかり拾ってしまった。
「…お・ま・え・な…」
聞かなかったことにしとけばよかったかしら。でも、面倒くさいとは思わなかったの。ヤムチャが普段はそういうことに目くじら立てたりしないってこと、知ってたからね。
「いいじゃない、一曲くらい。最初はちゃんとあんたと踊ったでしょ。それにもう最後なんだから」
「最後って何だよ?」
またもや苦虫を噛み潰したような顔で、ヤムチャは言った。この、頭ごなしになれないところが、こいつの弱いところよね。だから、何を言っても全然怖くないのよ。
「キールはこのまま船旅。あたしたちは明日から陸路。正真正銘、最後の夜よ」
「…ああ、そう…」
「安心した?」
おまけにわかりやすいったら。だから、ここでポーカーフェイスを作らなくちゃダメだってのに。
「べ、別に俺は何も…」
「うーそうそ。ヤムチャのキールを見る顔ったら、こーんなになってるわよ」
ついでに言葉にも詰まってくれたので、あたしはもう遠慮なくそこのところに突っ込んでやった。確かに口では何も言わないんだけどね。人が集まると何となく発言力が薄まるの、いつものことなんだけどね。眉が思いっきり吊り上ってんのよね、こいつ。それも無意識によ。だって、視線は大概明後日の方向を向いてるんだから。あくまで正面から睨みつけることはしないの。…なんか変なプライドも持ってるらしいわ。
あたしはなかなか楽しい遊びを終えた。そう、これ以上何かを言ってやるつもりは、あたしにはなかった。なのに話が終わらなかったのは、偏にヤムチャのせいだ。
「それはおまえだって同じだと思うが。ミルちゃんとリルちゃんに対する態度なんて、えらい差別じゃないか。意地悪とまでは言わないけど、素っ気ないにも程が…」
…………面倒くさ〜。
ヤムチャが口を尖らせてとうとうとまくし立ててきた時、あたしはそう思った。何で言うわけ、そういうこと。あんた、あたしの気持ちがわかったんじゃなかったの?まさかまだ、これはやきもちじゃないとか思ってんじゃないでしょうね?
「今何かすっごく耳障りなことを言われたような気がしたけど、気のせいよね!」
とはいえ面倒くささが先に立ったあたしは、威圧を込めてそう返した。ヤムチャはみんなの前ではこれ以上食い下がってはこないだろうと思ったこともある。
「いーや、言った」
「そこが『何でもない』って言うとこでしょ!」
なのにヤムチャは見事に期待を裏切って、堂々とそう答えた。だからあたしはもう本ッ当に遠慮なく、ベールにかけない表現で言ってやった。
「かっわいくないんだから。素直に止めればいいのにさ。キール、次の曲一緒に踊りましょ!」
「一曲じゃあたしたちどっちか一人しか踊れないから、二曲にしてくださ〜い」
「はいはい、二曲ね」
「わーい、ヤムチャさん踊ろ〜」
「言っとくけど、一曲ずつだけだからね!」
ちなみに、あたしたちが言い合っている間、双子はじゃんけんをしていた。まったく、空気の読めない子たちだわ。こんなのと踊るなんて、罰ゲーム以外の何物でもないわよね!
この前の時と同じように、あたしとキールは並んでダンスフロアへ向かった。そしてフロアへ辿り着く手前で、一組の男女に追い抜かれた。ヤムチャと、ヤムチャに手を取られたリル…………いい根性してるわね、あんた。さっきの一言と言い、また酔っぱらってるんじゃないの?酔ってもあんまり変わんないやつだと思ってたけど、確かに少しは気が大きくなるみたいだからね!
「ふぅ…」
やがてキールの手が腰に回ってきたので、あたしは息を整えた。ダンスは優雅に。特に、今このタイミングならなおさら。うんと優雅でノーブルに振舞って、見せつけてやるんだもんね。
あたしたちはこの前と同じように体を揺らしながら、この前とはだいぶん違う会話をした。
「お疲れですか?今日は一日外でしたからね。特に水遊びは疲れますもんね」
「あ、違うの。それは平気。聞いてたでしょ、さっきのヤムチャとのやり取り、あれに疲れたのよ。焼いてるなら素直にそう言えばいいのに、かっわいくないんだから」
「仲いいんですね」
「…おかげさまでね」
少し本音を漏らしてしまいながらも、あたしはどうにか言葉を取り繕った。正直、キールの感覚はどうかと思うけど、反対のことを言われるよりはずっといいわ。ということに、しておくわ。
…さっきまでなら、取り繕う必要もなく答えられたんだけどねえ。
ふとキールから視線を離すと、その肩越しにさっきあたしたちを追い抜いて行った二人の姿が見えた。その、あたしが許した即席カップルの在りように、あたしは眉を潜めた。気になったのはヤムチャじゃない。ヤムチャに手を取られている女の方だ。
…ちょっとぉ。
あんた、何急にしおらしくなってんのよ。さっきまであんなにギャーピー喚いてたくせに、どうして今はそんなに静かなわけ。なんか一端の女みたいに見えるわよ。下手すると恋人同士だと思われかねないわ。…いえ、年齢差があるからそれはないか。でも、かわいい年下くらいには見えちゃうわね…
あたしの思考は届かずとも、視線は届いた。やがてリルがこちらに背を向けた時、謂わば必然的にあたしとヤムチャの目が合った。あたしは思いっきり舌を出してやった。そしたらヤムチャのやつ、どうしたと思う?
舌出し返してきたのよ!それも、こんな時に限ってポーカーフェイスで。あー、かっわいくなぁい!
「いたっ!」
「…あっ、ご、ごめんなさい」
キールが珍しく声を上げた。あたしは慌てて自分を宥めた。足、踏んじゃった。それも全力で。せっかく優雅に踊ってたのに。
「本当にごめんなさい。痛かった?ちょっとよそ見してたものだから…」
「いや、はは、ええまあ、大丈夫…。そんなに気を張らなくてもいいんですよ。もっと楽にして、僕に体を預けてください。この前みたいに」
わかったようなわからないようなことを、キールは言った。でも、あたしにはわかっていた。…この前みたいにはいかないかもね。この前みたいにダンスだけに集中できない。あのかっわいくないやつがすぐ横にいる限りは。
「ふぅ…」
あたしは再び息を整えて、心に誓った。もうキールの足は踏まない。プライドにかけて。もう横は見ないどこっと。だから、あんたもあたしの視界に入ってこないでよ。それから…
…一曲ではなく、一周でチェンジさせる。
かわいくないけど、やっぱり嫌だからね。
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