Trouble mystery tour Epi.8 (2) byB
ホヴズレイル社の運行する『ロイヤル・ガレット』号は、広大な15番地区ロズを7日間かけて走り抜ける、緑とクリーム色に輝く超高級観光列車だ。
定員は82名。スーパーデラックススイート1室(今日は使われていない)、デラックススイート13室、サービス車両4両、レストラン・バー車両2両。高級スパ施設までも設けられた、特別仕様。月に三本しか走らないタイムテーブルだから完全貸し切りとはいかないけど、13室しかないデラックススイートをあたしたちのツアーで半分埋めてる上に(ちなみにトラベルコーディネーターは乗ってない。同乗するには費用がかかり過ぎるのよ)、他の客は今のところ入ってないから、ほとんど貸し切りみたいなものよ。
「こういう古い町にエアレールって、なんだかおかしな感じがするな。列車なんて、ここのところとんと乗ってないしなあ」
「そうねえ。あたしもこういう長距離列車は初めてだわ。見てこのプラットホームの天井、レトロチックね〜。ここ時々西部劇映画のロケに使われてるんだって。いかにもって感じよね」
とはいえ駅に着いた時まず目が向いたのは、列車ではなかった。時折黄色い砂の舞い上がる、列車の周りの風景。二本しかないレールの中央にあるプラットホームは、ここに来る際通ってきた雑多な店々の密集する駅前通りとの対比で、それは閑散として見えた。煤け具合といい、ちょっと淋しい感じがするくらい。でもそれがまた、いかにも田舎の西南部って感じで、雰囲気あるのよね。ほら、映画とかドラマなんかで、女が旅立っていく恋人を見送るシーンあるでしょ。ああいう感じよ。
あたしの感覚は、至極妥当であったと思う。悪いのは、そういう観光客の気分を食いものにしている地元の人たちだ。
「おいフレイク、なんだい、その腰のホルスターは。その銃、本物か?」
「ほっほっ。モデルガンじゃよ、モデルガン。そこの露店で売っておった。どうだ、気分出るじゃろ。この子たちにも買ってやった。なんだかおかしな帽子をな」
「フレイクさん、これはテンガロンハットって言うんだよー」
「お揃いでかわいいでしょ。ほーら、ブーツにもぴったり!」
まったく、自分で言うなっつーの。
やがて後ろから食いものにされた同行者たちがぞろぞろとやってきて、あたしの気分を壊しにかかった。それで完全に壊されてしまわないうちにと、あたしはヤムチャの背中を押した。
「さ、行こ。あたしたちの部屋は奥から三番目の車両よ」
カーペットを敷いた搭乗口から乗車して、自分たちのネームプレートが挿入された個室へと向かう。列車の内部はすべて金色と褐色の厚い絨毯で覆われて、ちょっとした王侯気分。異国的なデザインのユニフォームを着たスチュワードに案内されて入った部屋は、写真で見たよりもずっと素敵だった。
内壁は濃褐色の樫の羽目板。右手の壁にベッド、左手にバスルーム。深青色のソファーと同色の足乗せが窓際のテーブルの一方に置かれ、茶褐色と薄黄色で装飾された椅子がそれに向き合って並んでいる。テーブルの上には花とミネラルウォーター。部屋の幅一杯の広々とした窓は、ブラインドと覆いの付いた赤褐色のカーテンで飾られて…
「へえ、思ってたよりずっと広いわ。窓も大きいし気も利いてるし、寛げそうじゃない。ベッドも素敵ね。まあ、ちょっと揺れるけど、列車なんだから仕方ないわね」
「蹴り落とすなよ」
「何よいきなり。あたしがいつそんなことをしたって言うのよ?」
「いっつもだ……いてててて」
このヤムチャの不躾な始め方に、あたしは思いっきりほっぺたを引っ張って報いてやった。もちろんスチュワードが颯爽と部屋を出て行ってから。ええ、最低限の格好はつけさせてもらうわよ。
「痛いな、もう。何も抓ることないだろ。おまえちょっと激しいぞ」
「あんたがかわいくないボケかますからでしょ。あんた、ここんとこかわいくないわよ」
「そんなのお互い様だろ」
「どういう意味よ、それは!?」
「言えるわけないだろ、そんなこと」
「あっそ!」
そんなことをしているうちに、いつの間にか列車は動き出していた。急がせる様な笛の音もなく、非常に緩やかな加速具合で。まったく、周りはこんなに心配りしてくれてるっていうのに、こいつは〜…
怒りに任せて引っ掴んだミネラルウォーターを体に流し込もうとして、あたしは手を止めた。
「まあいいわ。それより喉渇いたから、早く着替えて。ラウンジに…ううん、ティールームでアフタヌーンティにするわ。ブランチだけじゃお腹空いたわ」
手を伸ばしたテーブルの向こうにある窓を流れる景色が、あたしの心を広く持たせた。そうよ。水なんか飲んでる場合じゃないわ。この列車の旅は始まったばかりなんだから。それも一泊12万ゼニーの世界最高級列車よ。これを味わい尽くさなくてどうするの。
「はいはい。…あ、ところで、服装は…」
「夕食以外はラフでいいわよ。でも、そのシャツはダメ。もうちょっとシックなのに着替えて。一人じゃないんだから、少しは釣り合いってものを考えてよね」
「ああ、はい」
従順なのかかわいくないのか非常に微妙な二つ返事を、あたしは見逃してあげた。そんなことどうでもよくなっちゃうくらい、今では本当にお腹が空いていたからだ。最初は確かに、埃っぽさに飲み物が欲しくなっただけだったのよ。だけどね、怒るとお腹が空くのよ。それに、こんな昼間っからピロートークみたいな話したくないわ。
気分転換には爽やかなミニドレス!
胸元で結んだリボンの揺れる愛らし〜いドレスを、あたしはトランクから取り出した。よし。これ着て、今のことは忘れようっと。


ウェルカムドリンクを楽しむ人で賑わうラウンジとは裏腹に、ティールームは閑散としていた。あたしたちの他には一組の客(同じツアーの婦人二人。一人は例の悪夫を持った妻よ)しかいない。
「アフタヌーンティには、グラスシャンパンのついたシャンパン・アフタヌーンティと、軽いお食事のついたメンズ・アフタヌーンティとがありますが、いかがいたしましょう」
「むむ。そうね〜……メンズ・アフタヌーンティにするわ。食後酒はいただけるのかしら?」
「よろしいですよ。バーで作らせてこちらにお持ちします」
「あ、そうなの。じゃあいいわ。後でバーに行くから」
「かしこまりました」
そのせいではないけれどウェイターは跪いてオーダーを取り、そのせいだと思うんだけどそれは丁寧に取り計らってくれた。結局は断ったけど。バーが開いてるんなら、そっちに行くわ。その後もゆっくりできるしね。
「メニューは現代風なんだな。てっきり古代料理でも出てくるのかと思ったが」
「まさか、そんなわけないでしょ。確かにそういう雰囲気だけど、この列車は今年できたばっかりよ」
「ふーん…」
それまで黙って窓の外を眺めていたヤムチャは、軽く頬杖をつくと、今度はティールーム内を見回し始めた。やっぱり黙って――やれやれ。相変わらずボーッとしてるわねえ。
一緒に旅行してるヤムチャより、今さっき会ったばかりのサービスマンの方が、よっぽど気が利いてるわ。スタンダードコントロール、バトラー、そして今のウェイター――ここに来るまで会ったのはそんなところだけど、みんなそれは傅いてくれたわよ。ウェイターなんか跪いてたし。『お客様は神様です』ってやつが、誇張じゃなくここにはあるわ。
「お待たせいたしました。こちらメンズ・アフタヌーンティでございます」
さすがに今度は跪かずに、ウェイターがワゴンを押してきた。ワゴンの上には、白磁のティーセットと、二つのティースタンド。グリル野菜のトーストに、フォアグラのブリオッシュサンド。キッシュにスコーン。ストロベリータルト、チーズムース、ショコラ・オランジェ…
「わー、おいしそ〜」
お茶を注ぎ始めたウェイターを横目に、あたしはどっぷりと幸せな思考に落ちた。どれから食べようかしら。やっぱりストロベリータルトかな。それともこれは最後まで取っておくべきかしら。これは重要な問題よ。最初に食べるのと最後に食べるのとじゃ、気分が全然違うんだから。 真ん中で食べるのは却下。そういうどっちつかずなのは嫌。二つあれば何の問題もないんだけどな。ストロベリータルトだけ追加しようかしら。
ウェイターが踵を返すのと、結論が出たのはほぼ同時だった。軽く身を乗り出してスタンドの最下段からプレートを取ると、ヤムチャが鏡合わせのように同じ動作をした。でも、その手が取ったのは、プレートではなかった。
「…ちょっと、何してんのよ?」
なぜかあたしの髪をひとふさ取ったことには、不思議さしか感じなかった。でも、次にヤムチャがそれを鼻先へ持っていったので、不思議な気持ちは信じられない思いへと進化した。さらにヤムチャがこう言ったので、信じられない思いは黙ってられない怒りへと昇華した。
「え?あー、いや…ひょっとして男を惹きつける香水でも作ったのかなと思って…」
「何それ。いきなり何言ってんの?だいたい、なんであたしがそんなものを作らなくちゃいけないのよ。必要ないでしょ。どっちにしても、そういうやらしいことしないでよ。恥ずかしいわね」
「やらしい?何で?」
「そういう話はこういうところではしないの!」
惚けた誤魔化し笑いから根っからの惚けた表情になったヤムチャを一喝して、あたしは強引にお茶の時間を開始した。
まったくもう。お茶くらい、普通に味わわせなさいよ。言いたいことがあるなら、普通に言いなさいよ。
そうよ。素直に言えばいいでしょ。ドレスがきれいとか、似合ってるとか…。どうせそんなところでしょ。他に変えたところはないし。それにしても、なんで今さらそんなこと言うのを躊躇うわけ?躊躇うのは勝手だとしても、発明とか…バッカらしい。おまけに恥ずかしいったら。
髪の匂いを嗅ぐなんて、変態とまでは言わないけど、公の場でやることじゃないでしょ。人がいなくてよかったわ。やることも、その理由も恥ずかし過ぎだわよ。しかも気づいてないところがまた恥ずかしいんだから。
今ひとつ味わえないままにストロベリータルトを呑み込んでしまったあたしは、今度はその文句を呑み込んで、次なるプレートへと手を伸ばした。小さな決意を胸に秘めながら。
いいもん。ヤムチャのぶんのタルトぶんどってやる。当然の処置よね。ヤムチャのせいなんだから。
…本ッ当、恥ずかしいんだから。


「あー、お腹いっぱい。ごちそうさま〜」
胸の前で両手を合わせて、お茶の時間を終えた。この時あたしは、今なら何を言われても怒らないと断言できるほどに幸せだった。
おいしかった〜。重いフォアグラと軽いブリオッシュにいちじくのアクセント。とろけるようなオニオンキッシュ。スコーンにはイチゴのジャムをたーっぷり。もちろん最後はストロベリータルトで〆させていただいたわ。うふふ。
すると、そんなあたしの心を試すように、頬杖をつきつき、ヤムチャが言った。
「よく食うなあ。おまえ、この旅行中食いまくりだよな。マジで太るぞ」
「そ・こ・でスタイルがまったく変わらないのが、ブルマさんのすごいところよ!」
あたしは余裕で返してやった。優越感すら感じながら。
自慢じゃないけど、あたしは日頃ほとんど体を動かしていない。それにも関らず10代の頃よりもスタイルに磨きがかかっているのには、ちゃんと理由がある。
一つには、頭をうんと働かせているため。脳による消費カロリーって、普通の人でも、基礎代謝による1日の総消費量の20%くらいになるのよ。あたしは普通の人の何倍も頭を働かせているから、カロリーだって相当な数値になるというわけ。そしてもう一つは――これが一番の理由だとあたしは思ってるんだけど――美の女神の恩恵よ。はっきり言ってこの旅行中は全然頭使ってないけど、それでもちっとも贅肉がつかないのは、絶対にこのせいだと思うわ。『天は二物を与えず』って言うけど、何事にも例外はあるのよ。
だから何を言われても痛くも痒くもないし、むしろ自慢になっちゃうというわけ。
「…まあ、確かにな」
「やらしい目!」
だけどヤムチャが頬杖を緩めて視線をそこへ寄せたので、結局あたしは怒る羽目になった。『何を言われても』とは言ったけど、『どんな目で見られても』とは言ってない。そりゃ、今さら胸隠す気なんかないけどさ…………それにしても、何なのその態度。ちょっとあからさま過ぎじゃない?今何を想像してる か、もう丸わかりだわよ。
なんか今日、めちゃくちゃ気が抜けてるわね、こいつ。さっきから失言の連発じゃない。失言と、失態か。キールがいなくなっただけで、こんなに緩むものなのねえ。
「自分で話振ったくせに」
「そういう話じゃないでしょ。まったく、誰もいないと思ってぇ。まだ昼間なんだからね」
「何の話だ?」
「そこでわかんないなんて、ズル過ぎだわよ」
しかも女に言わせようだなんて、とんでもないわ。本当に気が回らないんだから。
「まあいいわ。バー行きましょ。そこで夜までゆーっくり話そうじゃないの」
思わず含み笑いを漏らすと、ヤムチャがちょっと身を引いた。その後ろに、こちらへ視線を向けているウェイターの姿が見えた。あたしは軽くアイコンタクトを送ってから席を立った。
「こんな時間からバーなんて、自堕落な生活だなあ」
傅くように礼を取ったウェイターとティールームを尻目にすると、ヤムチャが呆れたように呟いた。まるで他人事のようなその言い草に、あたしは事実で対応した。
「自堕落じゃなくて、『時間に左右されない自由な生活』!時間なんか気にしない優雅な人間のための場所なのよ、ここは」
「おまえのどこが優雅なんだ」
「言ったわね〜」
「いてて、いちいちほっぺた引っ張るな」
「じゃあ、引っ張らせるようなこと言わないでよ。あんたが優雅に振舞わせないんでしょうが。このかわいくない口が!」
「痛いって…」
まったく、全然動かないか動き過ぎるかのどっちかなんだから。それは性格についても言えるけど。
…この、空気の読めないお調子者。
それでも、そのお調子者を引き連れて、あたしはバーへ行った。だって、ヤムチャだってれっきとした乗客なんだから。他人面できないくらい自堕落な生活に引き摺りこんでやるわよーだ。
おっと、あたしは自堕落でもなんでもない、優雅なお嬢様だけどね。
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