Trouble mystery tour Epi.8 (5) byB
「ブルマ様、ヤムチャ様、おはようございます。昨夜はとんだご災難でございました」
翌朝。奇妙な挨拶で、あたしたちは起こされた。
「昨夜の強盗犯につきましては、エピの鉄道警察が現在行方を追っているとのことです。本日はごゆるりと旅をお楽しみいただけますよう、従業員一同、より一層サービスの向上に努めて参りたいと思います」
「こちらは、私どもの手落ちのため昨夜のお時間を台無しにしてしまった償いでございます。ぜひご賞味くださいませ」
「あー、あんまりお気遣いなく…」
「ええ、そうね、適当に頼むわ」
慇懃な礼と共に告げられたスタンダードコントロールとバトラーの言葉に、あたしとヤムチャはあまりありがたくない心境で答えた。ワインくれるのなんか後でいいから、もう少し寝かせといてくれないかしら。あたしだけでなく、たぶんヤムチャも、そう思っていたはずだ。
実は昨夜も一度起こされたのよね。『救出』という名目で。ランチさんが、壊れた鍵の隙間になんかいろいろ突っ込んでいったから。そんなの、ヤムチャがちょっと力を入れれば開けられるのに。まあ、おかげであたしたちは自然な形で『強盗には何の実害も受けなかった』ってことにされたんだけど。
せめて朝食はゆったりとベッドの中でとって、さらにゆっくりとシャワーを浴びてから、あたしたちはラウンジに行った。
窓の外には明るい太陽。緑輝く広い地平。本日も晴天なり――ちょっと眠いことを除けば、まずまずのいい気分。で、そういういい気分をぶち壊しに来てくれたのが、例によって双子だった。
「あー、おはようございます、ブルマさーん!」
「ヤムチャさんもおはようございまーす!」
あたしたちがテーブルについた途端駆け寄ってきて、その真横に立ち塞がった。そして、いつにも増して声高に騒ぎ始めた。
「お二人とも、朝までお部屋に閉じ込められてたって本当ですか!?大変でしたね〜」
「あたしたちも大変だったんですよ!強盗にドアは壊されるし、やってたカードはぐちゃぐちゃにされちゃうし!またヤムチャさんがやっつけてくれるかと思ったのに、いないんですもん!」
「いやぁ、ははは…」
ヤムチャが照れたように頭を掻いた。なんで何もしてないのに照れるのよ?
「でも美人強盗なんてかっこいいーーー!」
「映画みたいだったよね!」
「本当!なのに、誰に電話しても信じてくれないんだよね。あーそうですかって感じで」
「そうなの!もうつまんないったらないよね!」
それは、信じる信じない以前に、迷惑だったんでしょうよ。
壁の時計を見ながら、あたしは考えた。どうやらあたしたちよりもひどい起こされ方をした人が、世界のどこかにいるらしいわ。他人の旅行報告の電話なんかで夜中に起こされたくないわよね。時差があるから(この辺りは数時間進んでる)人によってはいい時間を過ごしていたかもしれないのに。ご愁傷様。
「それはよかったわね。どうせ何も盗られてないんでしょ?」
軽く周りを見回しながら、あたしは訊ねた。ラウンジには乗客が全員集まっていて、みんな盛んに昨夜のことを話し合っていた。どうも全員が全員、銃を突きつけられたらしいわ。この列車、お客少ないからなあ。きっと一番のお金持ちであるあたしたちの他には、庶民代表の双子と、今ひとつお金持ちには見えないフレイクさん夫妻と、そこそこお金持ちそうなパティさん夫妻と、さっぱり目立たない中年夫婦。一体ランチさんにどれほどの収穫があったもんかしらね。
「あれぇ、ブルマさんどうしてわかるんですかぁ?」
「あんたたちが盗られるようなものを持ってるとは思えないもの」
「あーっ、ひっどぉーい」
「あのね、ゼンメルさんたちが何か盗られちゃったみたいですよ。ほらあの、地味なおじさんとおばさん」
「そうそう、宝石だって。それもこーんな大きなやつ」
意外な事実はすぐに判明した。隠れ金持ちか。ま、うちよりお金持ちってことはないだろうけど。
「そんなもの持ち歩く方が悪いわね」
とはいえ、同情する気にはなれなかった。もとより、そういうつもりはない。ちょっと気になっただけよ。もっかランチさんのためにね。
「冷たいなあ、おまえ。少しは申し訳なく思ったりとか…」
「なんであたしたちが申し訳なく思わなくちゃいけないのよ。それに、どうせ保険かけてるわよ」
「あ、そういうもんか」
だから、ちょっと口を滑らせかけたヤムチャを抑えて、この話はおしまい。本当に、ヤムチャにはあまり喋らせない方がいいわ。あたしたちとランチさんが知り合いだってことがバレちゃう。
「…?何の話ですか?」
「あ、いや、何でもないよ。何でも…」
「ほらほら、行った行った。あんたたちがそこにいたら、ウェイターがいつまで経っても来ないでしょ」
それから双子も追っ払って、会話そのものをおしまいにした。昨夜のことについては、あたしたちに話せることは何もないのよ。あたしたちはずーっと部屋にいたんだから。強盗に閉じ込められてね。それは大変不自由で、心細い時間を過ごしました。おかげで二人ともベッドから一歩も出られなかったってもんよ。
「おはようございます。昨夜は難儀なことでございました。今朝はいかがなさいますか?」
おかげで、ウェイターの態度も昨日とはちょっと違う。昨日とは違う理由で、昨日にも増して恭しい。けれどもあたしはそれを敢えて無視して、てきぱきとオーダーに入った。
「トマトジュースのカクテルをお願い。できたらビールとウォッカ以外のお酒で作って」
「何だ、酒飲むのか?」
「景気づけよ。今日はいっぱい歩くからね」
「ああ、下車するのか」
そして、今さらながらに今日の予定の話をした。っていうか、そういう話するの忘れてたわ。昨夜も、そして今朝も。ヤムチャも何も訊いてこなかったし。
それは今も同じことで、今までならここでさらに触れてきたところを、ヤムチャは何も訊かなかった。ただ軽く笑って、あたしの言葉に追随しただけだった。
「じゃあ、俺もそれにしようかな」
「この真似っこ!」
「…いきなり辛辣になったな」
「何がよ」
「いや…」
言葉を濁し始めたヤムチャの言わんとしていることが、なんとなくあたしにはわかった。でもあたしにしかわからなかったので、礼儀正しいウェイターは何事もなかったかのように話を進めた。
「『エナジー』というマスカットの蒸留酒をベースにしたものはどうでしょう。レモンとライムの爽やかな香りと、クランベリーの甘味と酸味、ヨーグリートとトマトのおいしさの詰まった、爽やかなカクテルでございます」
「いいわ。それにして。それ二つね」
「かしこまりました」
ウェイターが下がった後には、どことなく呆れ顔のヤムチャと、極めて溌剌としているよう装ったあたしが残された。
「今日はね、お昼頃にピタってところに停車するの。そこで夕方まで観光するのね。世界最古のエアレールとか昔のお城とかがある、古い町よ」
「ふーん」
カクテルが運ばれてくるまでの間、あたしは意識して口を動かし、今日これからの予定をヤムチャに伝えた。
いつまでもベッドを恋しがってる場合じゃないわ。そろそろ切り替えなきゃ。
ここからは旅行の時間よ!


ピタは、これまでに訪れたところに比べると、だいぶん小さな街だ。
昔は産業で発展した大都市だったらしいけど、いつしか科学の波に乗り遅れて、今では中都市以下の街になり下がってしまっている。そのために、古い産業の痕跡があちこちに残っている。これから行くパネット峡谷もそうだ。
揺れの大きい二階建てバス(リムジンバスなんて、ここには走っていないのよ)に大勢の人たちと一緒に揺られて、あたしたちはパネット峡谷へと向かうエアレールの乗り場に赴いた。上空8mの高さを保ち、右に左にカーブしながらビルとビルの間を縫っていく、エアレールのレール。その一両しかない車両を不思議そうに見上げながら、ヤムチャが呟いた。
「これ、どういう仕組みなんだ?」
「上からぶら下げてるのよ。単軌条式懸垂エアレールって言うんだって。エアレールが発明された当初はこうだったらしいわ」
そう、あたしたちがこれから乗るのは、今から100年以上も前に作られた、地面を走らない列車。当時まだ構築中だった浮遊システムの存在をまるっきり無視して、ロープウェイみたいに強引にレールにぶら下げて浮かせちゃうだなんて、いかにも当時の勢いってものを感じるじゃない。
「繁華街の方に戻ってくみたいだけど」
「街の上を通っていくのよ。これのね、先にある峡谷のところがすごいのよ〜」
運転室のすぐ後ろ、通称『かぶりつき席』に陣取って、あたしたちはエアレールが発車するのを待った。やがてやってくる、独特の浮遊感。文字通り眼下に広がる街並みの景色は、あまりない角度からの3D眺望。足元に何もないってすごいわね。エアバイクなんかとはまた違う緊張感があるわ。
「うーん、なかなか飛んでるって感じがするなぁ」
「実際はぶら下がってるだけなのにね。あ、街を抜けるわよ」
街を抜けるとほどなくして、見えるものは緑の木々だけとなった。少しずつ高度を上げながら(ガラス越しに運転席の計器が見えるのよ)、山合いを縫っていく。時々車両の下を掠る木の葉。トンネル、急坂、急カーブ。そして――
「わー、きたきた。谷を見下ろしながら走るのって爽快ね〜!」
「へえ、谷の上まで走るのか」
「迫力あるわよねー。落ちたらどうしようとか考えるとちょっと怖いし!」
「その時は助けてやるよ」
「そりゃそうだろうけどぉ」
そういうことじゃないでしょ。まったく、自分で飛べるやつはこれだから。
とはいえ本気で怒ったりするようなことはなく、最後の山に到着したところで、あたしたちは楽しい楽しい片道キップの旅を終えた。たまには公共交通機関を使ってのハイキングもいいわね。そう、ハイキングなのよ、これは。
「じゃ、次はこっち。山裾に向かって歩くわよ〜」
「そっちに何があるんだ?」
「お城!」
「城?」
「むか〜しのね、古いお城よ。今はレストランになってるみたいだけど」
初期エアレールが作られるよりさらに昔、もっと産業が未発達だった時代。ここには一つの国があった。ま、ここだけじゃなくて、あちこちにあったわけだけど、お城がきれいに残ってるところはそんなにない。それでこの街は、科学の波に乗り遅れても、観光地としてなんとかやっていけたというわけよ。
お城まではひたすら下りの山道。周りにはあたしたちと同じようにお城へ向かう人はいれど、その他には何もなし。おまけに、ガイドブックで見たよりも勾配が厳しい。おかげで、数十分後お城が見えてきた時には、あたしはもうそれどころではなくなっていた。
「はぁ〜、疲れた〜。ねえ、先にご飯食べよ。お腹空いたし、もうこれ以上は歩けないわ」
「はいはい。その城を改造したとかいうレストランだな」
「当然!」
あたしは最後の気力を振り絞って城門を潜り、城のニ階、大広間を改造したレストランへと向かった。
ヤムチャのさも呆れたような言い方が少し気になるけど、しょうがないわ。空くものは空くのよ。特にこうも体を動かしているとね。
あたしは普段はインドア派なんだから。…自慢にもならないけどね。


「すっごいわねー、ここ。本当にお城の食事会に来てるみたい。料理が何倍も美味しく感じるわ」
まるで芸術品のようなデザートを食べながら、あたしは周りを見回した。
何十もの席が設えられた大広間に、盛んに動き回る給仕人。そう、ウェイターじゃなく『給仕人』って言った方がしっくりくるような雰囲気よ。シーダ材の天井、緑の大理石の床、水のように澄んだ水晶でできた置き物、壁を彩る美しいタペストリーに絵画。
「そりゃまあ、本物の城だからな」
「まっ、正直言えば味はあたしたちの列車のレストランの方が上だけどね。特にデザートなんか最高だったわ」
宝石のようなイチゴのプチフールを最後に口に放り込むと、あたしはすっかり幸せになった。そのままゆっくりと余韻を味わっていると、ヤムチャが言った。
「そうだな。ところでデザート、俺の分食べないか?」
「何?食べないの?」
「ああ。ちょっとクリームが辛くてな…」
「勿体ないわねえ。デザートは食事の良し悪しを決める大事な要素よ」
「そんなこと言ってもなあ。甘いものはせいぜい一日一回でいいよ、俺は」
「コーヒーには毎回砂糖入れてるくせに」
「それとこれとは別だろ」
で、結局あたしがデザートをもう一人分食べた。う〜ん、幸せよ、もう一度。ええ、同じものを二度食べたって全然飽きないし、お腹だって苦しくないわよ。デザートは別腹だもん。
「よぉーし。エネルギー充填完了!では、お付きの者よ、城の中へ案内しなさい」
「誰がお付きの者だ」
「ノリ悪いわね〜。ここは『かしこまりました』って言うところでしょ」
「はいはい、かしこまりました」
「あんた、さっきから微妙にかわいくないわよ」
「それは申し訳ありませんでした」
…ほんっと、かわいくない。
最もそれは悪ふざけというやつで、あたしだってそのくらいのことはわかっていた。だから、そのまま食後の運動を敢行した。
サン・パンオレ城は、周りに多角形の城壁が巡らされた、巨大な城。広い敷地の真ん中に聳える城の形は完全な円柱形で、上部にペントハウスのようなものが立ち、さらにそのてっぺんに戦士でもあったかつての王が戦車を引いている像が設置されている。一階が倉庫と中庭、二階が大広間と料理場、三階が召し使いの寝室と哨兵の詰所、四階が居間、五階が家族の私室。建物が円柱形なので当然廊下も緩くカーブしていて、その突き当たりである終点が見えない。午後の光がところどころの窓から廊下に直角に入ってくる。
「城にしちゃ変わった作りだよな。外観も変わってたけど」
「なんかうちみたいね。屋根はドーム状じゃなくて円柱形だけど、それ以外はそっくり。おかげで迷わなくていいわ」
「そう言われてみるとそうだな…」
そんなわけで、あたしたちはさくさくと先へ進んだ。少し足の動きが鈍ったのは、最上階へ上がった時だ。前述の通り最上階は家族の私室――つまり王や王妃、王子、王女たちの部屋で、謂わばこの城一番の見どころだった。当然観光客は足を緩め、それなりに混雑してくる。特に各部屋の手前、入り口横の廊下に人が屯していた。そこにその部屋を使っていた王族の肖像画がかけられていたからだ。王の部屋、王妃の部屋と進み三部屋目の入口に差し掛かったところで、あたしは足を止めた。
「…ここの人だったんだ…」
そこには、あたしがこの世で一番よく知っている人物――自分――と見紛うばかりの美しい女性の絵がかけられていた。そう、ブルーナ王女。『ロイヤル・ガレット』号にあった絵に比べると少し髪が青みがかっているものの、それ以外はあの絵とそっくり。つまりあたしとそっくり――ここのは肖像画で『ロイヤル・ガレット』号にあった絵よりも人物が大きくはっきりと描かれているので、余計にそう見えた。
「これはあまり長居しない方がよさそうだな」
ヤムチャが絵を見上げながらそう言った。不本意ながら、あたしは頷いた。縁もゆかりもない人に間違われて記念写真大会とか、勘弁してほしいものね。
「ブルマさん!ブルマさーん!」
「ちょっと通して〜。ブルマさん待ってー!」
ブルーナ王女の部屋には入らず踵を返すと、後ろからそう声が飛んできた。その甲高い声に心当たりがあり過ぎたあたしは、それ以上騒がれないうちにと、渋々足を止め振り返った。
「ブルマさんとヤムチャさんも来てたんですね!」
「ここ行きのバスに乗ってなかったから、違うところに行ったのかと思ってました」
それはこっちの台詞よ。
息急き切った双子の言葉に、あたしは無言の圧力で答えた。あたしこそ、てっきりあんたたちはどっかよそに行ってるもんだと思ってたのに。単に逆ルートだったってだけか。そうあたし、登りより下りの方が楽だろうと思って、先にエアレールを使うことにしたのよね。そして、帰りがバス。
「見ましたよ!王女様の写真!すっごいですね!もうびっくりしちゃいましたぁ!」
「何がすごいのよ?」
「だってブルマさん、王家の血を引いてるんでしょ!すっごいですよ!!」
「王家の末裔!すってきぃーーー!」
双子は遠慮容赦なく、実に直截的な台詞を吐いた。だからあたしも容赦なく、それを切り捨ててやった。
「そんなんじゃないから。あれは単なる他人の空似!あたしの両親はこの上なく俗物的な一般人よ!」
「えーっ、そうなんですかぁ?」
「なんだぁ、つまんないの〜」
意外にもあっさりと双子は引き下がった。いえ、意外じゃないか。この子たちはあたしに敬意を払ってるわけでもなんでもなくて、ただおもしろがってるだけだもの。この件に関しては、この子たちみたいな態度の方が楽だわ。
「それじゃ、あたしたち帰るから。…あんたたちはエアレールで帰るのよね?」
「はーい、そのつもりで〜す」
「絶対一番前の席に乗るんだもんね!」
「はい、じゃあ、がんばって山登ってね。バイバ〜イ」
「ブルマさんもがんばってくださいね〜」
「二階建てバス、超〜揺れますよぉ」
「平気よ、そのくらい。あたしはいろんな乗り物に乗り慣れてるからね。さ、ヤムチャ、行くわよ」
幸いにして、双子以外には声をかけられずに済んだ。芸能人じゃあるまいし、地元の王女様の顔を知ってる人間なんて、地元の人くらいよ。そしてここには地元の人はいない。数人の係員の他には、周りの人の顔なんていちいち気にするわけもない、観光客ばかり。よもや気にしたとしても、お城を出ていくあたしの顔を見るのは、これからお城に入っていくまだ王女の顔を知らない人たちだけ。
だからあたしは何を気にすることもなく、バスに乗り込んだ。来た時に乗ったものにも似た、揺れの大きい二階建てバスに。
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