Trouble mystery tour Epi.8 (6) byB
あたしたちはすぐには『ロイヤル・ガレット』号に戻らずに、駅前の繁華街の手前でバスを降りた。
「ふっるい街ね〜。それもレッチェルなんかとは、また違った古さだわ」
「その辺の路地からガンマンとかが出てきそうな雰囲気だよな」
「あら、それなら昨夜もう出たじゃない」
様々な日用品や装飾品、土産物を売る小さな店と人々でごった返している、埃っぽい街並み。店と店の隙間に露店。決して寂れているわけではないけれど、都会の雰囲気には程遠い。民族衣装を着ている人も結構いるし、いかにも中西部の小都市って感じよ。旅行してるって感じだけはすごくするわね。
そんなわけで、あたしは店を散策するだけに留めた。ちょっとこれは買い物する気になれないわ。見てる分には楽しいけど、買うとなったら何を売りつけられるか知れたもんじゃないわよ。布はきれいだけど、本当に織物なのかどうか、すごく怪しい。アクセサリーなんて言わずもがなよ。旅の思い出ってことでならそういうものも悪くはないとは思うけど、あたしたちは世界旅行をしてるんだから。いちいち記念の品を買ってたら、大変なことになっちゃうわ。
「にいちゃん、ナイフ見てってよ。ナイフは真の男の道具だよ。純銀製だよ。切れ味も最高、痺れるよ〜」
「ふうん、なかなか格好いいな。でも俺、そういうのはたいして必要ないんだよなあ」
「たいしてどころか、まったく必要ないでしょ!」
「おにいさん、煙草いかが?たったの100ゼニーよ」
「ああ、煙草ね。へえ、地元産か。でもせっかくだけど、俺あんまり吸わないんだよ」
「あんまりどころか、ここんとこまったく吸ってないでしょ!」
客を見る目が鋭いというべきか、ヤムチャにばかり声をかけてくる商売人をあしらいながら、繁華街の中を歩いた。
「まったく、声かけられるたびいちいち相手しなくていいから。さくっと無視できないの?」
「そう目くじら立てるなよ。買いやしないって。気分だよ、気分。ウィンドウショッピングみたいなもんさ」
「あら、珍しいこと言うじゃない。何あんた、こういうとこ好きなの?」
あたしが訊くと、ヤムチャはどことなく遠くに視線をやりつつ答えた。
「嫌いじゃないな、こういう自由な雰囲気は」
「自由?物は言いようね。単なる無法地帯でしょ」
「そういうのが好きなんだよ、男はな」
「そう言えば、あんた元盗賊だもんね〜」
「…ま、そういうことにしといてもいいさ」
残念ながらあたしは女なので、男の気持ちはわからない。そしてヤムチャもそれ以上何かを言おうとはしなかったので、あたしはあたしの気分の赴くままに行動することにした。
「ぼったくられるんじゃないわよ、盗賊さん」
一つだけ、注意を促してから。別に買い物するなって言ってるんじゃないのよ。女から買うななんてことも言わない。ただ、どう考えても必要ないものを売りつけられたり、カモ扱いされてるのを見るとイラつくのよ。損してて勿体ないっていうんじゃなくて、バカにされてるのが気に入らないのよ。本人が気づいてなかったりすることが多いから、なおさらね。
だけどヤムチャだってもう大人で、しかも今は『男』の気分らしいから、そういうこと言うのやめるわ。まあ、力で脅されてってことは絶対にないんだから、どんな買い物させられたって、自業自得よ。
あたしたちは時々並んで歩いたりしながら、各々店先を物色して回った。昔の硬貨をデザインした銀メッキのバックル。マラカスのような形をした、宗教色漂う謎の置き物。小さな瓶の中にカラフルな石がいっぱい詰まったお守り。まあ、雰囲気はあるわね。確かにウィンドウショッピングする場所としては(ウィンドウなんかないけど)なかなか楽しいわ。
そんな怪しい繁華街を抜けかけた時、最後の路地に、非常に怪しい店を見つけた。妖しいっていうのが正解かしら。そして、すっごく妖しいんだけど、この怪しい街の中では、異常に溶け込んで見える。
辻占いよ。商店の脇に、黒いテントを張って中にいたの。そんなに覗き込んだつもりはないけど、ちらっと目があっちゃった。そこへヤムチャがやってきてそのことに触れたので、自然あたしはその辻占いを無視できなくなった。
「何だ、あのテント。あれも店なのか?」
「辻占いよ。都じゃとんと見なくなったけど、こういうところにはまだいるみたいね。あたし、ちょっと占ってもらおうかしら」
行く先々で物を買ってたら大変なことになっちゃうけど、占いは物じゃないからかさ張らない。それに、ちょっとした土産話にもなるし。あたしはそう思った。
「占うって何を?」
「そうねえ…金運、仕事運、恋愛運、健康運…どれもこれも必要ないわね。しょうがないから、前世かな」
テントの横に小さく、本当に小さく出ている看板を見ながら、あたしは答えた。
「前世?そんなもの知ってどうするんだ?」
「だって、金運なんて今さらでしょ?仕事は成功するに決まってるし。恋愛運なんて知ったってもうどうしようもないし、健康運だってたいして意味ないわよ。かといって、他に知りたいこともないしね。だから前世。前世なんか知ったって何のメリットもないけどデメリットもないから、ちょっとやってみるにはいいんじゃない」
ヤムチャを媒体に、話は決まった。あたしたちがテントの中へ入っていくと、いきなり占い師が言った。
「あなたはきっと来ると思っていましたよ」
あたしは驚かなかった。きっと誰にでもそういうこと言うんでしょ。わかりきった手口だけど、今は黙っててあげるわ。
「前世…を占ってもらいたいんだけど」
目の前の女を観察しながら、あたしは言った。頭からすっぽり布を被っていたから細かいことはわかんないけど、黒くて鋭い目をした、エキゾチックな(たぶん)美人。ぞろりとした黒い衣装に、首に指にじゃらじゃらとしたアクセサリー。いかにもって感じだわ。例え当たっていなくても、この雰囲気だけで騙されてしまいそう。
「わかりました。後は何もおっしゃらなくて結構です。こちらにおかけ下さい。これからあなたの守護霊の許しを得て、前世の霊魂を呼び出します」
「へぇ〜、本格的ね〜」
あたしは楽しくなってきた。降霊はガセだとしても、催眠術くらいはかけてくれそう。そういうのって初めてだわ。体が勝手に動いたりするのかしら。
あたしは科学者だけど、なんていうかそういうのは別の次元で信じていた。信じてるっていうか、好きだった。ヤムチャ流に言うならば、女はそういうのが好きなのよ。根拠なんか何もないってわかってるけど、おもしろいわよね。おまけに、これまでは疑心暗鬼で見ていた降霊や催眠術ってやつが、本当にありえるものなのかどうか、今自分の体で確認できる。いい土産話ができたわ〜。
「静かに。ゆっくりと目を閉じてください」
占い師の言葉に従って目を閉じると、香の香りが漂ってきた。強く鼻をつく、ヒステリックな香り。一体何の匂いかしら。嗅いだことのない匂いだわ。
「手を膝の上に置いて。心の中を無にして」
あたしは体ではその占い師の言葉に従いながら、心の中では考えた。
そういう台詞、こういう時によく使うけど、実際はどうすればいいわけ?心を無にするってどういうこと?さっぱりわかんないわ。わかるのは、こういうこと考えてちゃダメなんだろうな、ってことだけ。考えごとしてちゃダメってことでいいのかしら。
そこであたしは、深呼吸してみることにした。ゆっくりゆっくり、深呼吸することだけを考えて深呼吸するの。それがあたしの限界よ。だってあたしは、基本的に考える人間なんだから。
呼吸を深めると、自然と心の中が静かになった。あまりの静けさに、精神だけが浮き上がって、自分の体が存在しないかのような感覚に陥る。そんなことを思ってるってことは無にはなってないってことだと思うけど、すごく不思議な感覚ではあった。今のこの状況から浮き上がっているような…瞑想ってこういうことを言うのかしら。
「そこに、いますね」
ふいに占い師の語気が強まった。その瞬間あたしは思わずびくりとして、うっすら目を開けてしまった。
「あなたの名前を言ってください」
え?名前…?
「えっと…あの……」
あたしはすっかり言葉に詰まった。
占い師の目は相変わらず鋭かった。いつしか空気と化していたヤムチャも、今では緊張を湛えた目であたしの様子を窺っていた。現実感を取り戻しつつある意識の中で、あたしは考えた。
名前…あたしの名前…………
これって…………どうしよう。やっぱり、ここは一つ偽名を使っておくべきなのかしら。
空気を読んで。そう、あたかもあたしに何かが取り憑いてるっていう、この場の空気を読んで。


「あー、気まずかった!」
黒いテントを後にして、あたしは息を吐いた。なんであたしがこんな気を遣わなきゃいけないの。そう言いたくなる不本意の時は終わった。
結局、前世の霊は降りてこなかった。…もうわかってると思うけど。あたしの守護霊強過ぎなのかしら。なんてね。ま、こんなもんでしょ。
「まったく、バレバレの嘘つきやがって」
占い師が過去の人間になったところで、ヤムチャが呆れたようにそう言った。それが、占い師にではなくあたしに向けての言葉なのだということは、すぐにわかった。
「だって、居た堪れなかったんだもの」
「だからって王女を名乗ることもないだろうに。あの占い師、びっくりしてたぞ」
「土壇場で思い出したのよね。王女のこと。名前も似てるし顔も似てるし、不自然じゃないなって。相手が市民アイドルの王女なら、根掘り葉掘り訊いてくることもないだろうし――」
そう。あたし、嘘の告白をしたの。偽名使ったとしてもいろいろ質問されたら面倒だし、やっぱり素直に言うべきかなって途中までは思ってたんだけどね。途中までっていうか、限りなく最後まで思ってたんだけど、最後の最後に思い出したのよ。そして、一文字だけ変えたの。名乗りの言葉を。ブルマとブルーナ。全然不自然じゃなかったわ。ヤムチャにとってはそうじゃなかったみたいだけど。
「市民アイドルって。おまえにかかると、王女も形無しだな。確かにその通りだったけどな」
「まったく何も起こってないわよとか、あの雰囲気で言えないでしょ〜」
そんなの後味悪過ぎよね。ガセだとしても、せめて楽しませてほしいもんだわ。
「まあ、時間は潰せたわね。期待外れだったけど。あれ、占いじゃなくて、誘導尋問よね。じゃ、そろそろディナーの準備しましょ」
腹の中にあるものを吐き出したところで、『ロイヤル・ガレット』号に着いた。途端に、サービスマンの慇懃過ぎる態度が目についたけど、もういいやって気持ちに、あたしはなっていた。
そりゃ気にならないって言ったら嘘になるけど、迷惑かけられてるわけじゃないんだし、もういいわ。むしろ、王女と間違われるなんて、光栄よね。そういう気品と美しさがあたしにあるってことでしょ。ただ似てるだけじゃ、こうも優遇されたりしないわよ。
その上で、あたしはあたし。サービスマンだって顧客名簿は見てるんだし、まさか本気であたしがブルーナ王女だと思ってるはずないんだから。名前呼び間違えられたりしたら怒ってやるけど、そういう無礼なことはまったくないし。有名税のおこぼれだと思っておくわ。
「もうそんな時間か。ここって夕食早いよな。みんな一緒だからしかたないのかな」
「早い方がいいわよ。夜ゆっくりできるもの。ルームサービスはちゃんとあるんだし、問題ないでしょ」
そんなわけで、何かあったようで何もない一日を、あたしたちは終えた。…いえ、一日じゃなかったわ。半日よね。
だって、これから夜が始まるんだから。


美味しい食事に美味しいワイン。それらでお腹を満たした後で部屋に戻ってシャワーを浴びると、一気に寛ぎモードになった。昼間、結構歩いたから。今日はダーツをしに行く気分にもならないわ。
「相変わらず何も見えないな…」
ヤムチャが、ブラインドの隙間から外を覗いて、そう呟いた。そこにある真っ暗闇をわざわざ確かめることはせずに、あたしは教えてあげた。
「この辺りは、街と街の間にはほとんど何もないのよ。あるのはワイン畑くらいのものね。ワインと観光で持ってるような地区よ」
だから、夕食の時間も早いんじゃないかしら。夜景が見えるならともかく、真っ暗闇なんだから。まだいくらか夕陽の残ってる時分の方が、夕食も盛り上がるってもんよね。
「ふーん。つまり、街を点々としていく旅か」
「そういうこと。次に行くのは、そのワイン畑の中にある街よ。ビアリ。ほら、このガイドブックに載ってるわ」
まあ、あたしたちの場合はたいして盛り上がらなかったけど(でも盛り下がったってわけでもない。いつも通りよ)、あたしは満足していた。またもやあたしにデザートを譲ってくれた男は、今は会話の主導権をあたしに譲って、あたしと一緒にベッドに足を投げ出して座りながらガイドブックを見たりしている。あたしの肩に手を回しながら――ってなことで、まあまあ悪くない時間を過ごせていると思うの。
「ここは本当に古い街でね、景色が半端なくいいのよ。ね」
「いかにも手つかずの自然って感じだなあ」
「でも、ド田舎ってわけでもないのよ。田舎は田舎なんだけど、不便な田舎じゃなくて、休暇を過ごせそうな田舎よ」
「ふーん。あ、ここにも城があるのか」
「ああ、これね。お城っていうより貴族の館みたいよね。昔の王が王子のために建てさせたんだって。今は改築されてホテルになってるわ。ツアーじゃなかったら、泊ってみたかったわねえ」
話しながらあたしはなんとなく、ヤムチャの肩に頭を凭れた。要するにちょっと甘えてみたわけだけど、それ以外に理由はなかった。それ以上の理由もなかった。だから、やがてヤムチャが遠慮がちに口を開いた時、あたしは率直にそれに応えた。
「なあ、ちょっとこっち狭いんだけど…」
「あ、ごめん」
「…今日のは偶然か」
軽く腰を上げたあたしの耳に、その呟きが入った。それであたしはちょっぴり眉を上げて抗議した。
「何それ。どういう意味よ……いえ、いいわそれは。でも、普通そういうこと言う?」
昨日のがわざとだってわかってるのは、まあいいわ。ヤムチャの場合は、わかってないより100倍いいと言えるわ。だけど……デリカシーないんだから、もう。
「あ…ごめん」
「だいたい、そんな手何度も使うわけないでしょ。っていうか、今日はそういうつもりないから!」
「あ、そうなのか」
ヤムチャは淡々と謝り、淡々と納得した。でも、その後に閃かせた表情を、あたしは見てしまった。
「…ちょっと。何よその、ほっとしたような顔は?」
「えっ?」
「何あんた、あたしとするの嫌なの?」
まさか今さらそんなこと言わせない。当然あたしは否定させるつもりでそう訊い た。予想通りというか何というかヤムチャは両手をぶんぶん振って否定すると共に、ちょっとおかしなことを言った。
「いや、まさか。ただ、その…………ちょっとここでは何だなー、と思って……その気がないならいいんだ。ははは」
「はぁ?何その言い方?ここじゃ何だなって何よ?ここはれっきとした個室、あたしたちの部屋でしょ。ここでしなかったら、どこでするのよ?」
っていうか、もうしたでしょ。今さら何言ってんの?
「いや、だって、その……ここ、壁薄いだろ…」
「普通よ。何、神経質ぶってんのよ」
「うーん…」
んもう、煮え切らないわね。一体何が言いたいわけ?
ひさびさとも言える苛立ちを、あたしは感じ始めた。なんか、昨夜よりもイライラするわ。昨夜は気が利かないだけだったけど、今日のはなんていうか…頭にくるわ。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ。
あたしはいつの間にか睨んでいた。もうこれは習性ね。いちいち口に出して言うの飽きたのよ。
ヤムチャは観念したように小さく頭を振って、俯き加減に呟いた。
「だって、その…おまえ声大きいからさぁ…」
「…な!何言ってんのよっ!…そういうこと今さらっ…」
「昨夜のランチさんの騒ぎで気づいたんだけど、結構隣の部屋の声聞こえるよな。特に女の高い声が…」
「そ、それはランチさんはドア開けてたからでしょ!あたしの声は聞こえてないわよ!ちゃんと防音されてるし!この部屋高いんだから!」
「そうか?」
「そうよ!」
「…………」
「…………」
それきりヤムチャは黙った。だから、あたしも黙った。だって、何を言えっていうの?何か言うべきはヤムチャでしょ。なのにそこで黙るなんて…
あー、もう。何、この微妙な雰囲気…………気まず過ぎーーーーー!
さっきまでは何も考えずに無邪気にいちゃいちゃしてたのに…もうそういうことできなくなっちゃったじゃないの…ヤムチャのバカ。
もうあたしは睨んでなかった。でもさすがにこの雰囲気は読めたに違いない。やがてヤムチャがおずおずと頭を下げてきた。
「あー…えーと、ごめん、俺…」
「謝ってもらったってしょうがないのよっ」
っていうか、むしろ謝んないでほしいわ。返答に困るじゃない。全然気にしてないわよとか言わないわよ、あたしは。もう気にしまくりだもん。
あたし、そんなに声大きいかしら。普通だと思ってたんだけど…っていうか、普通って知らないけど。ヤムチャだって知らないはずなのに…だいたい、誰が出させてんのよ。あたしじゃないわよっ。あたしは出したくないのに、なのに……
あ〜〜〜〜〜、もう、やだぁ。なんであたしがこんなこと考えなきゃいけないのよ。ヤムチャの失言でしょお?そういうことって例え思ってても、口には出さないもんでしょ?
本当にデリカシーないんだから。自分はあんまり声出さないからってぇ…
「本当にごめん。俺が無神経だった」
まるっきり空気を読まずに、ヤムチャがまた謝った。あー、もういいから。あんたは黙ってて。もう放っておいて。今はおとなしく黙って、少し時間を進ませて。あたし怒ってるんじゃないんだから…なんだかめちゃくちゃ複雑な心境になっちゃってるだけなんだから。別に顔合わせられないとか、そこまでのことはないもん。ただあんたが何ともいえずセンシティブなところを突いてくるだけなのよ。この女心のわからない男の代表が。
あたしの心が通じたのかしら。ヤムチャはそこで口を噤んだ。でも態度までが改められたわけではなかったので、あたしは自ら水を向ける羽目になった。
「…やめときなさいよ。恥ずかしいんでしょ?」
あたしが言うと、ヤムチャはふいに抱いたあたしの肩を引き寄せながら、囁くように言った。
「そんなことないよ」
「嘘!」
「嘘じゃないって。さっきのは俺が悪かった」
「口では何とでも言えるわよ」
「そうだな」
「…………」
「…………」
…だからぁ。どうしてそこで黙るのよ!
『そうだな』じゃないでしょうが。こいつ、いつもだったら絶対にここで『どうすればいい?』とか訊いてくるのに…………ちっとも悪いと思ってないでしょ、それ。
いつしかあたしの感情は、怒りに傾きかけていた。ヤムチャがいつまでもしつこく謝ってくるからよ。本当にヤムチャが悪いんじゃないかっていう気になってきたわ。それに、悪びれてるわりに謝り方がなってないし。強引に抱き寄せて謝るなんて、色仕掛けみたいなことやめなさいよ。らしくないわよ。っていうか、さっきはしたくないようなこと言ってたのに。あたし舐められてるんじゃない?
あたしは無言を貫いた。ヤムチャの態度を変えさせたかったけど、何も言わないことにした。いくら鈍くたって、このくらい汲み取ってくれなくちゃ。――あたしは謝ってほしいわけじゃない――じゃなきゃ、一緒にいる資格ないわよ。
長く静かな沈黙が落ちた。いつしかヤムチャの両腕があたしの首に絡みついていた。後ろから。…舐めてるわね、完全に。昨日から調子に乗ってるなとは思ってたけど。ライバルがいないと途端にこれだから…
「…………で、俺はどうすればいい?」
やがてヤムチャが耳元でそう呟いた。その言葉ではなく声音に、あたしは絶句した。
何その言い方…
なんか全然『許しを請う』ニュアンスがないんだけど。っていうか、どうして今さらそれを言うの。遅いわよ。遅過ぎよ。…誘い受けもいいところよ…
鎖骨のあたりで遊ぶヤムチャの両手を掴みながら、あたしは考えた。いいえ、実のところはもうすっかり参っていた。
本当に複雑な気持ちに……追い詰めてくれるわ、まったく。
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