Trouble mystery tour Epi.9 (4) byB
列車旅行の楽しみは、何と言っても車窓を流れゆく景色を楽しむことよね。
特にこの列車は、食事もサービスもピカイチの豪華列車であると同時に、世界有数の絶景路線でもあるんだから。ロマンティック・ロードと呼ばれる古い街を繋いだ観光ルートと、その北部に聳える雄大な山脈。南の島と双璧をなす人気観光地区よ。
その人気ビューポイントに身を置いて、シャンパングラスを傾けながら、あたしはこの場に満ちるロマンの芳香を日常に持ち込むべく画策した。
「あんたもこういうところで修行したら?どうせ遠くに行くんならさ」
「うーん、そうだな〜」
修行に行くのは止められない。それなら、素敵なところに行ってもらえばいいのよ。そうすれば楽しみに変わるわ。
「あの山のてっぺんとかどう?険しい山の頂で自らを高める男。絵になるわよ〜」
最も、人の目にはつかないけどね。でもだからこそ言ってるわけよ。そんな格好いいこと人前でやらせるもんですか。
ヤムチャは残り少なくなったシャンパンを煽ってから、さりげなく拒否した。
「あまり高過ぎるところはなあ。不必要に寒くていいことないぞ」
「そっか。じゃあ、さっきのジャングルみたいなところはどう?そういう映画あったわよね。ジャングルで生きる超人的な男。あたしヒロインやってあげるわ」
その時は修行じゃなくロマンスメインで。だって、ジャングルで放っておかれっぱなしとか嫌ぁよ、あたし。何がいるかわかんないし、だいたい都会派のヒロインは自然派のヒーローに守られるものと相場が決まっているのよ。
今度は空になったグラスを弄びながら、ヤムチャは否定した。
「ジャングルは迷い込むことはあるが、自分からは行かないな。視界が利かなくては技が使えん」
「あらそう。そんなもんかしらね。まあ、確かにどこに当たるかわからないっていうのは、あたしも嫌ね。じゃあ、この河べりは?広いし見晴らしいいし、最高のロケーションよ」
眼前に広がる雄大な川の流れと壮大な山々の景観、気が引き締まること間違いなし。そう、ヤムチャの場合、きっとそこが一番大事なところよ。
この誠心誠意の提案にも、ヤムチャは文句を言った。空のグラスを掲げながら。
「いくら見晴らしがいいと言っても、こんな人目につきやすいところで修行できるか」
「…あんた、結構我儘ね」
ハングリー精神の欠片もないわ。会話の傍らウェイターにシャンパンを注がせるその様と相まって、あたしは強くそう思った。旅行当初は飲み過ぎがどうのこうのと口を酸っぱくして言ってたくせに、今じゃあたし以上に飲んでるんじゃない?悪酔いすることはないし、それどころか酔っても全然変わらないから、見逃してたけど。
「我儘なのはおまえだろ。俺は遊んでるわけじゃないんだからな」
「あーそっ。20日間も修行サボって遊んでるくせによく言うわ」
「おまえなあ。…俺にいなくなって欲しいのか?」
…本当に変わんないわね。
野球の試合の後に飲む時なんかは、結構陽気になるのにな。頼み事とかすると、すんなり通るし。次の日には忘れられてたりするけど。
などとしみじみ考えたのは、あたしもそれほど変わっていなかったからだ。なぜかしら、この旅行中、特にホテルや店じゃなく外で飲む時のお酒は、まるで水みたいに体にすぅっと入っちゃうの。めちゃくちゃハイになって調子がよくなることがない代わりに、気力が湧いてくるの。それもポジティブな気力がね。いつもなら冗談とは捉えきれないヤムチャの失言的な言い草にも、さほど怒りは掻き立てられずこう思える――ちょっとは口が滑らかになってるみたいね。
「まさか。いてほしいに決まってるでしょ。あたしをフォローするやつがいなくなったら困るもの」
そんなわけで、あたしはさっくり言ってやった。傍にやってきたウェイターに空のグラスを埋めさせながら。
「こういう非科学文化圏では、あんたみたいな体力バカが重宝するのよね。特にこの辺からは地形の高低差が激しいから、疲れたらおんぶしてね」
「疲れそうなところへ行くのか?」
「明日はね。今日はそうでもないかな。次の街へは時間調整で寄るだけだし。ロックスって言ってね、かろうじて名物がある程度の小さな街よ。その名物っていうのも発祥の地とかそういうわけじゃなくって…」
なんとなくいつもの話題に突入しながら、あたしは二杯目のシャンパンを飲んだ。これはエイハンの差し入れじゃないから、遠慮する必要はない。ほんのちょっとだけ、そんなことを考えもしながら。


太陽が西へ傾き始めた頃、ロックスに着いた。
ロックスはロキシーマウンテンの麓に位置する、中継地点的な街。これといった名所はないけど、ドライブ途中の休憩を兼ねて結構な人が集まる。田舎でも都会でもない、そこそこの規模のごくありふれた街だ。
だからあたしは何ら目的を持つことはなく、普段遣いのデート気分で外へ出た。ずっと列車の中にいたら飽きちゃうから。のんびりするのもいいけど、少しは体を動かしたいし。でも漠然と歩くのもなんだから、デートのつもりで。
まずはお茶から。この街第一にして唯一のお勧めスポットであるカジュアルレストラン『パンケイクス・オンザロックス』――
「ん〜、おいしい。ふわっふわ。たかがパンケーキだと思って甞めてたわ。さすが看板に掲げるだけあるわね。…あんたもどうせなら看板メニューを食べればいいのに」
バターミルクパンケーキにフレッシュイチゴ、生クリーム、バニラアイスクリームをのせ、ストロベリーソースをたっぷりかけた『ストロベリー・パッチ』という名のパンケーキに舌鼓を打ちながらあたしが言うと、体を横向けて道行く人を眺めていたヤムチャが、いかにも片手間にピザを掴みながら答えた。
「うん、でもこのピザとナチョスもうまいよ」
レストランというよりはカフェに近いこのラフなスポットで、あたしたちはだらだらと時を過ごしていた。デートはデートでも、目的のないデートだから。映画や遊園地に行くわけには行かないし、まあ散歩に近い感じね。
「よし、じゃああたしの一口あげるわ。はい、あ〜ん」
「いや、いいよ。遠慮しとくよ」
「自分はやってたくせにずるいじゃないの」
あたしは昨日のヤムチャに倣って、半ば無理矢理にフォークを口に突っ込んでやった。ヤムチャはまるっきり苦虫を噛み潰したような顔をして、その甘いパンケーキを食べた。
「まー、何よその顔。かっわいくないわね!そんな顔するならあげないわよ」
「だから遠慮するって言っただろ…」
「もう!本ッ当にかわいくないわね!」
「おまえは本当に人の話を聞かないよな」
やっぱりいつもより口が滑らかになってるわ。そう思いながらあたしはパンケーキを食べ、ヤムチャを連れて店を出た。こんなこと言われても怒らないあたしって優しいわね。おまけにガイド役まで引き受けてあげちゃうなんて、なんて心の広い人間なのかしら。
「ねえ、どうしてこの店の名物がパンケーキなのかわかる?」
「え?うーん、そうだな…初めてパンケーキを売り出した店だから?」
「それは違うってさっき言ったでしょ。もう、鳥頭なんだから。あのね、この先にね、昔は海だった崖があるの。そこができたのは今から三千万年前、海中の微生物や砂の沈殿層が繰り返し海の底に埋まって圧縮された結果、硬い石灰岩と柔らかな砂岩が複数積み重なった地形が形成されて、そこが地震によって隆起してその後乾燥してそれから雨や風に浸食されて…………まあとにかく、大きなパンケーキをいっぱい積み上げたような断面を持つ崖があるわけよ」
最も、途中で断念したけど。だってさあ…
「…相変わらず博学だな」
「あんたは相変わらず体力バカよね」
ヤムチャったら、全然聞いてないんだもの。人がこんなに丁寧に教えてあげてるのに。
「まあいいわ。見ればわかるわよ。後で列車そこの近く通るから。じゃあ次、泥棒市行きましょ」
「泥棒市?」
「そ。この街ってね、週に一度陽が落ちるまでの数時間、泥棒市やってるんだって。だからそこ行ってみましょ」
「…おまえは、一体どこからそういう情報を仕入れてくるんだ?」
「ナ・イ・ショ!」
最後には質問さえ蹴飛ばして、あたしはヤムチャの腕を取った。すでに慣れたこの態度。もういちいち応えないわ。今のは質問じゃなく嫌みみたいなものだってことも、わかってるしね。
わかってて流してあげるなんて、あたしって優しいわよね。


そんなプロローグを経て、泥棒市へ行った。
泥棒市と言っても、暗い街の片隅で開かれているわけじゃない。晴天の下、街中の広場で行われている。売人は男ばかりだけど、買いに来ている人は老若男女様々な人たちで、暗い雰囲気はまったくない。街の職員と思しき人が巡回してたりもする。
「わー。賑やかね。思ってたより大きいわ」
「なんだ、普通の蚤の市みたいだな」
「表向きは普通の蚤の市なのよ。でも半分くらいはどこかから『盗ってきた』物だっていう話よ」
拍子抜けしたように辺りを見回すヤムチャをほっぽって、あたしは物色を開始した。一体どんなものがあるのかしら。ダイヤの指輪?瑪瑙の小杯?門外不出の絵画?まあ、そこまでの物はないにしても(そんなもの売りに出したらすぐ捕まっちゃうわ)、アンティーク品くらいはあるわよね。物が良ければ話の種に買ってもいいわ。
あたしは夢を見ていたのかもしれない。泥棒ってやつに。だって、こんな非科学文化圏で『泥棒市』よ。なんていうかこう、都でそこらへんの家に入るようなこすっからい泥棒じゃなくて、金持ちの家宝とかを狙うような――そう!『盗賊』よ。『怪盗』よ。そういうのがいてもおかしくないような気がしたのよ…この辺には。だけど現実は……
アンティークとはとても言えない古いアイロン。どこかの工事現場から拾ってきたような感じのタイル。なんてことない洗濯バサミ。どう見ても使用済みの消火器。ちょっとそれっぽいけどコンクリートの上に直置きしてる時点で価値がないとわかる古い家具。
「なんかがらくたばっかりね。こんなもの誰が買うわけ?」
あたしの夢は物の見事に霧散した。考えてみれば、あたしの傍にも一人盗賊がいたんだったわ。元、だけど。非科学文化圏でカプセルを奪って生計を立てていたやつが――それが現実ね。
「だから『蚤の市』なんじゃないか。こういうところでは掘り出し物を探すのが楽しいんだよ」
気の殺がれたあたしとは反対に、なぜかヤムチャは嬉々として、そのゴミの山を漁り始めた。それであたしはちょっとだけ考え直して、再び物色に戻った。
そのくらいのことはね、あたしだってわかってるのよ。だけど、あまりにもがらくたばかりだったから、呆れちゃって……ま、いいわ。どうせ散歩のつもりで来たんだし。せっかくだから、元盗賊さんに付き合ってあげるわよ。
とはいえ、あたしはヤムチャの嗅覚を当てにしていたわけじゃなかった。だからもうがっかりしたりはしなかった。――どこのものかもわからない古い鍵。穴の開いた両手鍋。焦げ跡のあるアンティークラジオ。コットンの戦車兵ヘッドギア。麦わらの中折れハット……いえ、やっぱりがっかりしたわ。はっきり言って、蚤の市以下よ。『盗ってきた』って、捨ててあったものを取ってきたってことなんじゃないの?『捨てる神あれば拾う神あり』とは言うけれど、こんなもの買わされる人間なんてよっぽどの……
「あら?ヤムチャあんた、何か買ったの?」
やがて市を半周ほどした辺りで、あたしは気づいた。ヤムチャが何やら薄汚い小袋を手にしていることに。よっぽどどころかどうしようもないお人好しが自分の彼氏であったということに。興味と共に呆れが湧いた。そしてそれは、次のヤムチャの台詞を聞いて、さらに深まった。
「ああ。有り金ほとんど使っちまった」
「ええ!?だって、あんた結構お金持ってたじゃない。カジノでいっぱい当てたでしょ。それをほとんどって…一体何買ったのよ!?」
「ちょっとな。なあブルマ、この宝石どう思う?」
「宝石?そんなものどこに売ってたのよ。偽物なんじゃないの?」
こんなゴミの市に、宝石なんか売ってるわけないじゃない。どうせまたうまいこと担がれたんでしょうよ。アクセサリー商の女とかにさ。あたしはそう思った。でも、すぐに小袋から出てきたその緑色の石を見て、深い呆れは驚きに変わった。
鮮やかな深緑。半透明の柔らかな石肌。確かに本物の宝石よ。翡翠だわ。それも、ソフトボールのボールほどの大きさもある…
思わず見とれたあたしの耳に、意外な言葉が入ってきた。
「これ、なんとかって人がランチさんに盗られた宝石じゃないかと思うんだ。ちょうどこれくらいの大きさだって言ってただろう」
「えー?そんなこと言われてもわかんないわよ。盗まれたのが何の宝石なのかも知らないし」
「何、きっと間違いないさ。こんな大きな宝石、こんな田舎にそうそう転がっているはずがない」
「あんた、それだけの理由で買っちゃったの?呆れたわね」
結局のところ、あたしは呆れた。ストレートというか、何というか。いいやつ、というのとはちょっと違うような気がするわ。
ともかくも、話の種を一つ仕入れたあたしたちは、どちらからともなくその場を離れた。あたしは元からこの市に執着してないし、ヤムチャはきっとその買い物で懐が淋しくなったに違いない。
「それにしてもよく買えたわね。そこまでのお金持ってたっけ?」
「それが意外に安かったんだ。っていうかな、これ原石なんだ。ほら、この裏のところ」
「なんだ、そうなの。なるほどどうりで……うちよりお金持ちはそうそういないと思っていたわ」
色鮮やかな深緑の裏側半分は、そこらの道に転がっている石にも似た黒い面だった。こういうものなら持ち歩いていたのも頷ける。双子の話はだいぶん大げさだったとしても(あの話をしてた時あの子たちの指は、小さなスイカくらいの大きさを表していたわ)、宝石鉱山があるわけでもないこんなド田舎には似つかわしくない大きさ。盗まれてから三日後、人の集まる泥棒市で売りに出された。…まあ、あながち無理があるとも言えない話ではあるわね。
なんとなく状況証拠を集め始めたあたしの脳裏に、ふと閃いた言葉があった。
「そうだわ、そう言えばさっき双子が言ってたわね。ゼンメルさんの奥さんが『失われた者が戻ってくる』って言われた、って」
あたしは瞬時に得心した。『者』じゃなくて『物』だったわけね。あんまり認めたくないけど、リザの占い当たってるじゃない。
「そうそう、そう言ってただろ」
「あんたは今の今まで忘れてたでしょ」
ゼンメルさんの名前すら覚えてなかったくせに、えっらそうに。
ヤムチャはちょっと首を竦めただけで、何も言わなかった。それであたしは、それ以上そのことに触れるのはやめて、一つ非常に現実的なアドバイスをしておいた。
「スられたりしないように気をつけなさいよ。ここは泥棒市なんだから」
「それは嫌だな。あまりにも間抜け過ぎる」
あたしもそう思うけど、ありえそうだから言ってあげたのよ。
まったくヤムチャってば、今や盗賊っぽさの欠片もないんだから。そりゃちょっとは鼻が利くみたいだけどさ、盗品をバカ正直に買ってくることないじゃない。あんまりカジノに入り浸らなくてよかったわ。あればあるだけ巻き上げられてたわよ、きっと。それも自分の欲しいものでもなんでもない、たいして話したこともない人のもの『かもしれない』程度のものによ。
とはいえあたしには、違ったらどうするの、なんてことを言うつもりはなかった。違ったら、あたしが貰うわ。男が宝石なんか買うのは、本来彼女にプレゼントする時だけでいいのよ。それを紛らわしいことするから…
まあ、要するにあれよ。あたしはさっき――
……ちょっと期待しちゃったのよね。ちぇっ。
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