Trouble mystery tour Epi.9 (5) byB
列車に戻ったあたしたちは、スチュワードに一つメッセージを言づけてから、ラウンジに落ち着いた。時刻は夕方。夕食まではまだだいぶん時間があるし、他の客も全員揃ってはいなかった。
「ねえ、だけど、ランチさんがこの石を盗んでいったのは、確かエピのあたりよね。どうしてこんなところにあったのかしら」
やがて列車へと戻ってきたパティさん夫妻を窓の外に見ながらあたしが言うと、ヤムチャは眉を寄せながらキングを動かした。
「転売されてたんだよ。こんなでかい宝石、田舎でまともに捌けるわけがない。研磨して切り売りすればいいんだろうが、そういうことできるやつもいないんだろう。たぶん最初に売ったランチさんだけがいい目を見たんじゃないかな」
「ふーん、そういうものなの。だけど、そんなことに詳しいのもどうかと思うわ。はい、チェック・メイト」
「うっ…」
呆れながら動かしたあたしのビショップが、ヤムチャのキングを捉えた。退屈凌ぎのチェス第一戦は、あたしの勝ち。でもあたしは、ちっとも得意になれなかった。
「ちょっとはそっちからも攻めてきてよ。ゲームが単調過ぎるわ」
おまけに、終わるのも早過ぎるわ。チェスって本来、時間のかかるゲームのはずなのに。それが何よ、人待ちの退屈凌ぎにもならないじゃないの。
「そんなこと言ったってさ…隙がなさ過ぎなんだよ、おまえ」
「しょうがないわね。やっぱりビショップも落と…」
「いやいやダメだ、それはダメ」
「もう、意地っ張りなんだから」
ここまで一方的だと、何かを賭ける気もしない。…まだ、今のところはね。そのうちには、賭けでもしなきゃやってられなくなるかもしれないけど。だけど、ヤムチャ今たいしてお金持ってないのよね。ヤムチャを身ぐるみ剥がしたって、おもしろくも何ともないしなあ…
「じゃあ、もう一戦このままでやりましょ。それでちっとも勝負にならなかったら、今度こそビショップを落とすからね」
「わかったよ。ええい、今度こそ一矢報いてやるからな」
「ええ、ぜひそうしてもらいたいものだわ」
「くっそ〜」
すでに負けたような声を出しながら、ヤムチャは最初の一手を打った。懲りないやつね。これで少しずつでも上達していくんなら、そう文句はないんだけどなあ。
二手、三手と、悪手とは言えない手が続く。出だしの基本は踏めてるのよね。一応は先手白駒の利点を生かしたやり方をしてもくる。だけど読みが甘いっていうか…全然プレッシャーかけてこないのよ。それでいつの間にか後手黒駒のあたしがゲームをリードすることになってんのよね。なんか普段の素行と似てるわよね…
「うーん…」
「何だ、珍しいな、おまえが長考とは」
「いえね……あのね、本当にそれでいいの、あんた?」
「え?」
考えが煮詰まったところで、あたしは頭を切り替えた。ちょっとコーチしてやることにするわ。少し読み方のコツを教えてやれば、きっとずいぶん変わるわよ。
「それだとあたしはポーンでこういくわよ」
「…それで?」
「それからこっちのポーンをこう進めて、あんたがこうきたらこういって、その後はこうくるならこう、こうくるならこう、こうくるならこう……で、こういう形になったところで、クィーンでチェック・メイト」
「そんな先まで読めるわけないだろ。読めたとしたって、そこまで考えてたら、えらい時間かかっちまうぞ。そんなの一瞬で読めるのはおまえだけだ」
コーチというよりは答えを教えてしまった感じだけど、それでも十分に事実は見えた。…やっぱりあたしが天才過ぎかあ。ま、わかってはいたけどね〜。
「そっかあ。それじゃハンデ増やしても、たいして変わりゃしないわね。もうあたしが何も考えないでやるようにするしかないのかしら」
「あー、本ッ当に嫌なやつだよ、おまえは!」
あらら、怒らせちゃった。
ちっとも竦まない心でそう呟いた時、横から茶々が入った。茶々っていうか、本来あたしたちが待っていたはずのものだ。
「もし、あのう…ゼンメルですが。何かお話があるとボーイに伺ったのですが…」
「私はゼンメルの妻のアマンです。あの、私たちが何か…?」
いつの間にかゼンメルさん夫妻が戻ってきていた。こんないい天気なのにそんな格好して暑くないの?そう訊きたくなるような、厚手の地味なスーツとどこかやぼったいドレスをそれぞれきっちりと着込んで、慇懃と言うよりは怖気づいたようにあたしたちを見ていた。
「ああ、えーと、話というか、渡したいものがありまして…実はですね、あなた方が失くした宝石を、俺が持ってるんですが…」
「え?」
「それはどういうことですかな?」
「あっ!違いますよ、俺がずっと持ってたんじゃなくてですね、さっき泥棒市に行ったんですよ。そこで見つけたんです」
『田舎の社交場』。それを彷彿とさせる都人たち(ヤムチャは一応都に住んでる人間だし、ゼンメルさんたちはれっきとした都人よ)の織りなす会話を、あたしはチェスを片しながら聞いていた。
「何ですと?それは本当ですか」
「はい。古物商らしき男が売ってました。受け取り書もちゃんとあります。これなんですが」
「まあ!あなた!これは!」
「本当だ。確かにこれは盗まれた翡翠だ」
「ああ、よかった。まさか戻ってくるなんて…本当にありがとうございます。これは私がお友達から預かったものなんですの。有名な彫り師さんに彫ってもらいたいって頼まれて……あなた、どうかお礼をしてさしあげてくださいな」
「あ、いいですよ、お礼なんて。俺はただ見つけただけですから」
貰っとけばいいのに。軽く断るヤムチャを見て、あたしはそう思った。お金がどうとかっていうより、ここは雰囲気的に貰っておくべきよ。聞けば結構大事なものだったみたいなのに、ヤムチャってば軽いんだから。そんなんじゃ、ありがたみも薄れるってもんよ。だいたい、あんたお金ないくせに。ほとんど使っちゃったってさっき言ってたくせに、それなのに…まったく、格好つけなんだから。全然格好ついてないけど。…軽過ぎるわ。
「いえ、そうはいきません。ぜひお礼をさせてください」
「そうです。私たちの信用を守ってくれたんですから、いくらお礼しても足りないほどですわ」
それに引き換え、この人たちはわかってるわね。ツアーの中で一番常識的な人たちなんじゃないかしら。…と、あたしが思っていたのも、その瞬間までだった。
「ここに200万ゼニーあります。どうぞお受け取りください」
そう言って、ゼンメルさんがズボンのポケットに手を突っ込んだ、その後まで。さすがにあたしは呆気に取られた。そりゃあ200万ゼニーくらいあたしだってすぐに出せるけど、ズボンのポケットから帯封ついたままでっていうのは……ないわ。普通はカードか小切手でしょ。そうじゃなくとも、財布にくらい入れときなさいよ。
「ははは。倍になった」
「よかったわね」
そんなやり取りだったので、夫妻がラウンジを出て行った後、あたしに残されていたのは呆れだけだった。軽く笑うヤムチャの様も、もはや気にならなかった。
「あっぶないわね、あの人たち。ポケットに200万ゼニーも裸で入れとくなんて。あんなんじゃ、また何か盗まれるんじゃない?」
「確かにそんな感じはするな」
「なんとなく古風だし、カードの嫌いな古い人種ね、きっと」
それだけじゃないような気はするけど。どうもこの旅行に参加しているお金持ちには、変な人が多いわね。
「じゃ、あたしたちも部屋に戻って着替えましょうか。さ・て・と、今日は何着よっかな〜」
席を立ちながらあたしが言うと、ヤムチャは札束を懐にしまい込みながら、呆れと感心のない混ざった目であたしを見た。
「…おまえ、毎晩毎晩よくもそう面倒くさがらずに、いちいち着替えできるよなあ」
「これくらい女の嗜みよ。あんたも手抜いちゃダメよ」
「あー、うん…」
「返事が悪いわねえ。よーし、じゃあ今日はいつもより気合い入れてめかし込むわよ!」
「なんでそうなる」
「だって、なんか今日のんびりし過ぎて不完全燃焼なんだもの」
「ああ、それはちょっと言えるかな。今日は列車の中にいる時間が長いからなあ」
「快適だけど、単調なのよね。ちょっとは頭使おうと思ってやったチェスも総勝ちだったしさあ」
「…悪かったな」
不貞腐れた顔を尻目に、ラウンジのドアを開けた。すでにあたしの心は、クロゼットの中へと飛んでいた。うん、決めた。ミントブルーのシフォンのドレスにしようっと。ちょっと裾が長いけど、列車の中じゃたいして歩かないからいいわ。ここんとこヤムチャもあまりこうるさいこと言わないし、うんとゴージャスに決めちゃおっと。
一つだけ、心配なことがあるけど。それは、あんまりあたしが美し過ぎて、また王女扱いされちゃうかもしれないってことよ。ほーっほっほっほ…


ゴージャスっていうより、可憐って感じかもね。
実際に着てみるとイメージが違うというのはよくあることで、今夜着てみたドレスがそれだった。買う時に確か試着したはずだけど、それもずいぶん前のこと。箪笥の肥しにしているうちに、自分の中でイメージが変わっちゃってたらしいわ。でも別にダメってわけじゃない。スカートの真ん中がカットされて二重になってて(こんな風になってたことさえ忘れていたわ)思ったより動きやすくて、いい感じ。ヤムチャも非常に嫌みな言い方で、このドレスを肯定してくれた。
「せっかくめかし込んでもダーツをやるんじゃなあ…」
「何よ、文句あるの?あんまり負け続きでかわいそうだから、あんたの独擅場に来てあげたんじゃない」
「はいはい、それはありがとうございます」
そう、あたしたちはすぐにはレストラン・カーへ行かなかった。その前に、バーで食前酒を一杯。ついでにダーツを一戦。表向きはヤムチャを楽しませてやるため。本当のところでは、軽く腹ごなしをするために。
もうすぐ夕食の時間だっていうのに、あんまりお腹空いてないのよ。散歩もしたし、知的なゲームに講じもしたのに、おかしいわよね。これはもう、いかにチェスに頭を使わなかったかってことだわ。
「えい!あっ、この〜」
3本目のダーツも外れた。一応ボードには触れたんだけど、弾かれて横に落ちちゃった。それまで離れたところで見ていたヤムチャがダーツを5本手にして、あたしの隣へやってきた。後攻のヤムチャの分3本と、あたしが外したもの2本。
「そらっ」
そして5本連続でダーツを投げ、5本とも真ん中に刺した。まるで5枚の花弁のように丸く並べて。
「もう、なんでそんなきれいに当たるわけ?ねえ、それ、ちゃんと狙って当ててんの?」
「そりゃあな。きっちり狙ったところに当たるよ」
「あたしだって狙ってるんだけどなあ。この差はどこからきてるのかしら」
悔しいというよりは不納得の思いで、あたしは次の3本を投げた。ヤムチャの真似をして、3本連続で。素早さが鍵、なんて本気で思っていたわけじゃない。ちょっとやってみただけよ。
で、結果はというと、最初の1本だけがボードに刺さり、残りの2本はヤムチャに拾われた。ヤムチャはまたもやダーツを5本手にしてあたしの隣へやってきて、5本連続でそれを投げ、5本ともボードに刺した。すでにあった花が二重の花になった。
「いっやみ〜!あんた、本ッ当に嫌みなやり方してくれるわねえ」
今度は感心してやらずにそう言ってやると、ヤムチャは笑顔を崩すことなくしれっと言い放った。
「だって、俺に格好つけさせてくれようとして、ダーツなんかやることにしたんだろ?」
…立ち直りの早いやつ。
さっきまではあんなに不貞腐れてたくせに。ヤムチャの機嫌取るのって簡単ね〜。まあ別に不貞腐れたままだって、たいして困りゃしないんだけどね。
「ま、そのドレスじゃ、あまりうまくいかなくてもしかたないさ。動きにくそうだもんな。特にその足元」
「あらー、これ結構動きやすいのよ。フレアだし、ゆったりしてるし」
「おまえは…俺がせっかくフォローしてやってるのに…」
「あら、そうだったの」
そこからは投げ方を教えてもらったり、1本ずつ交互に投げたりの、変則的なゲームになった。もうスコアも何もあったもんじゃない。でもいいの。今回は賭けはなしだから。別に勝ち目がないから賭けなかったわけじゃないわよ。さっきのチェスでも何も賭けてなかったもの。賭けをするような気分じゃないのよ。
…まあ、食欲のないところに、さらに食欲なくなるようなもの飲みたくないっていうのも、本音の一つではあるけどね。


食事を終え、本日のスケジュールをすべて消化したあたしたちは、ラウンジの二人掛けのソファに各々斜めにゆったりと背を凭れて、ゆったりと葉巻をふかした。
「この列車、クルーズ船より快適よね。やっぱり少人数での旅行っていいわね〜」
「単にスケジュールがゆったりしてるからじゃないか?一日一街だし、車内にいる時間は長いしさ」
「それはクルーズ船だって同じだったわよ。そうじゃなくって、サービスのきめ細かさの差よ。寛ぎの旅って感じするもの。ちょっと退屈なのが玉に瑕だけど」
なんてことのない会話をしながら。手元には食後酒のアイスワイン。なんとも平和で贅沢な、寛ぎのひととき。
だけどそれから30分もして葉巻がなくなりかけると、その玉に瑕の時間がやってきた。
「うーん…退屈ね。でも寝るにはまだ早いし…」
「カードでもやるか?賭けてもいいぞ」
「そうね。賭けはともかくとして、カードはやりましょうか。…二人じゃちょっと単調だけど」
いつもはそうでもないんだけど、この時あたしはそう思った。今日はヤムチャとゲームしまくりだから。でも、カードくらいしか選択肢ないわよね。ダーツやるような気分じゃないし、チェスは…もういい加減やめておいてあげた方がいいだろうし…
「じゃあみんなでやりましょうよ!」
「きゃっ!ちょ、ちょっと!!」
ふいに真後ろから首元に息を吹きかけられて、あたしは危うく葉巻を取り落としそうになった。ちっとも気づかなかったことに双子が後ろのソファにいて、背凭れに齧りつくように後ろ向きに体を乗り上げて、挙句にあたしの肩に顔を乗せてきたのだ。行儀悪いわね!ここのサービスマンは客に寛容過ぎだわよ。
「何やります?ポーカー?ババ抜き?大富豪?神経衰弱?7並べ?」
「ページワン?ダウト?戦争?大貧民?ジジ抜き?あたし豚のしっぽやりたいなぁ〜」
ええい、この庶民代表が。延々と羅列される子どもっぽいゲームの数々に呆れて、あたしは双子を突っぱねた。
「やらないやらない。あんたたちとはなーんにもやらないわよ!」
「えー、だって、今二人じゃつまんないって言ったじゃないですか〜」
「それとこれとは話が別よ。一体何が楽しくて、あんたたちなんかと豚のしっぽをやらなくちゃいけないのよ」
「あー、今『なんか』って言った。ひっどぉーい」
「ひどくない!今は大人の時間なの!豚のしっぽが好きな子どもはこんなところにいないでさっさと寝なさい!」
「ぶーっだ。まだ8時半だもーん」
「そうですよ、8時半に寝る子なんて友達にだっていないもーん。ぶーぶーっだ」
「ええい、ぶーぶーうるさいわ!」
あたしは葉巻を灰皿に投げ捨てた。ほとんど終わりだったから、もういいわ。そしてもう一本の葉巻へと目をやった。こちらもまた吸い終わりそうな、ヤムチャの指先にあるそれへ――今にも灰が落ちそうなそれへ。ヤムチャは葉巻には目もくれずわざとらしく顔を背けて、ぷるぷると体を震わせていた。
「ちょっとぉ。あんた、何、他人面して笑ってんのよ?」
「いや…だってさ…」
ヤムチャは笑いを堪え切れていないばかりか、目に涙を滲ませてさえいた。どういう態度よ、それは。だいたいヤムチャってば、いつもは自分から双子に構ってやったりしてるくせに、どうしてこういう時だけあたし任せなのよ?あんたが構うからこの子たちだって声をかけてくるんでしょうに。
無責任な男よね。甘えてんのよね、要するに。
「だって、何よ!?」
その証拠と言っちゃなんだけど、あたしがちょっと強く畳みかけると、ヤムチャは途端に笑うのをやめた。…これはこれで腹立つわね。何でって訊かれても困るけど。という、あたしの曖昧な不快は、次の瞬間はっきりとした不快に取って変わられた。
「まあ〜あ、仲のいいこと。こちら、ご一緒してよろしいかしら?」
眉を上げつつ声のした方へ目をやると、リザがいた。唇の片方を持ち上げ、おもしろそうな笑みを浮かべて、あたしたちのテーブルの真横に立っていた。…何考えてんのよ、あんた。そう言ってやりたいところを堪えて、あたしはせいっぱい素っ気なく返してやった。
「テーブルは他にも空いてるわよ」
「そうね。でも、ご一緒したい訳があるのよ。ね、エイハン」
亀裂のような笑顔の後ろから、その兄が現れた。今気づいたけど、エイハンて小さいわね。髪を上げてる分、リザの方が背が高く見えるわ。でかい蛇女にチビの狼男ってところね。ことさら意地悪くそう思っていると、エイハンが一見物腰穏やかな笑顔で言った。
「実はきみに一戦申し込みたいと思ってね」
「やめときなさいよ。ヤムチャはそこらの男とは違うんだから。あんたなんかあっという間にやっつけられて病院送りになるのがオチよ。せっかくの旅行を中止したくはないでしょ?最も、あたしたちはそれでも構わないけどね!」
あたしははっきり言ってやった。エイハンの瞳に宿る黒い光に気づいていた。あたしの知っている男がよく浮かべるものとは正反対の、悪意に満ちた笑み――
「ノンノン、お嬢さん、そうじゃない。彼にじゃなくて、きみにだよ。聞くところによると、チェスの凄腕らしいじゃないか」
「……別に。普通よ」
「おまけに早打ちなんだって?私も早打ちには少し自信があってね。どうだろう、一つ私と勝負してみないかい?」
――何考えてんの、こいつ?
リザに感じたものと同種の不快感が、心に湧いた(さすが兄妹よね!)。そしてそれはあっという間に怒りへと進化した。
「もちろんただでとは言わない。受けてくれたら、私の秘蔵のワインを開けよう。…いや、そうだな……私が勝ったらきみがそれを飲んでくれたまえ。私とグラスを合わせてね。一種の賭けだよ。退屈なんだろう?」
こいつ、ずっと話聞いてたのね……割り込む隙を窺いながら。嫌らしいわね。おまけに何よ、その賭けの内容は。虫酸が走るわ!
こんなの相手にしてらんない。あたしはそう思った。でも同時に、こうも思った。
やっつけてやる。そしてその、何が何でも女を思うがままにしようとする性根をへし折ってやるわ!
あたしは黙ってテーブル側面についているチェス盤の電源を入れた。今は四人掛けのテーブルについていたから、この席のままプレイできる。なんかもう、そんなことさえ癪だわ。
「おい、ブルマ…」
「負けなきゃいいんでしょ。見てなさい、二度と声なんかかけられないように、やっつけてやるから」
テーブルの上に超電磁ホログラムのチェス盤が現れると、ヤムチャが隣にやってきて耳元で囁いた。それまでヤムチャが座っていた斜め向かいの席に腰を下ろしながら、リザが笑って言い放った。
「ああらヤムチャくん、わざわざそっちに逃げることないじゃない?」
「お、俺はブルマの味方ですから」
あんた、どもってるわよ。
密かに突っ込みを入れたあたしの正面には、エイハンがやっぱり笑って腰を下ろした。
「ビアリではアマチュアチェスクラブの会長をやっていてね。いくつか大会でも優勝したことがあるんだ」
「あたしは別に何もやってないけど」
「独学か。そりゃあすごい」
うまいこと言っちゃって。あたしの実力知らないくせに。
本当は、たいしたことないと思ってるんでしょ?『聞くところによると』なんてわざとらしいこと言ってたけど、実際は今日あたしたちがチェスやってるの見て、試しに声かけてみただけなんでしょ?負けたら奢られてくれなんて、手慣れたもんよね。あんたが女たらしなのは勝手ですけどね、あたしをそこらの安っぽい女と一緒にしないで。迷惑だわ。
「わー、あたしどっちを応援しようかなぁ」
「一人ずつにしようよ。ねえブルマさん、ブルマさんはあたしとミル、どっちに応援してほしいですか?」
「静かにしてればそれでいいわよ。はい、灰皿そっちのテーブルに置いて」
相変わらず双子は背後で騒がしい。でもあたしはもう、それは気にしなかった。うるさくされたくらいで集中できなくなるほどの頭してないわ。ちょっと言い方が変かしらね。とにかくあたしは、対等な勝負では負けたことないのよ。…父さん以外にはね。
「言っときますが、強いですよ、ブルマは」
「聞いているよ。なかなか読みが鋭いってね」
「余裕ありますね。ま、最も、ゲームが始まってからその余裕を保てるかどうかが、肝心なところなんですがね」
うん。だいぶん板についてきたわね。
やがてエイハンを牽制し始めたヤムチャの姿が、あたしのやる気をいや増させた。
うんと啖呵切っていいわよ。あたしは勝つから。
一緒に悔しがらせてやりましょ。
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