Trouble mystery tour Epi.10 (3) byB
二人分のコース料理とシャンパンボトルの乗ったワゴンを置いてバトラーが部屋を出ていくと、あたしとヤムチャは完全に二人きりになった。
「何を落ち着いてるのよ、あんたは!」
「落ち着いてなんていないよ」
「嘘おっしゃい!!」
そこであたしはナイフとフォークを手にしがてら、これまでの分を纏めて思いきり怒鳴りつけてやった。昼間、ロキシーマウンテンのホテルのカフェでお説教し忘れた分。そして今さっきレストラン・カーで保留にした分よ!
「あたしがこんな目に遭ってるのはあんたのせいなんだからね。もっと責任感じなさいよ!」
リザが去った後に漏らした、ヤムチャのあの惚けた台詞が、わかっていないからだなんて、あたしは思っていなかった。わかってないわけないでしょ。こいつは、もう何もかも知ってる男よ。
「悪かったよ…」
「シャンパンおかわり!」
二杯目のシャンパンを注がせてからしばらく、具体的には前菜とスープを食べ終えるまでの間、あたしはヤムチャに時間をあげた。せいぜい温かいうちにスープを飲み終えるため(お互いにね)、それから腹を括らせるために。
「で、リザに何言われたのよ?」
目の前に置かれた舌平目に手をつけながら水を向けると、ヤムチャは悪戯を咎められた子どものような顔をして、話し始めた。
「ああ、なんか、おまえの卦が悪いって…ほら、昨夜エイハンとチェスやった時、リザがカードで占いやってただろう。あれ、勝負の行方じゃなくて、俺たちのこと占ってたらしいんだ。それで、おまえの卦が悪いから、助けてやる代わりに付き合えって…」
「余計なお世話!」
言葉と共に舌平目にフォークを突き刺した。まったく、なんて女なの。本当に盗りたいだけなのね。あたしたちも見くびられたもんだわ。
「それで何て答えたの?まさかOKしたんじゃないでしょうね?」
それでも、その手はヤムチャには通用しない、とはあたしは言い切れなかった。むしろものすごく通用しそうな気がするわ。本人のじゃなく他の誰かの弱みを握っての脅迫って、めちゃくちゃヤムチャの性格読んでるじゃない。良くも悪くも、そういうのを突っぱねるクールさを持ってはいないっていうことは、あたしが一番よく知ってるわ。人の頼みとか断り切れないからねー、こいつ。それ自体は悪いことじゃないんだけど、裏とか読めないのがね…
「まさか!断ったって言ったろ」
ヤムチャは意外なほど強く言い切った。でも、あたしの心境はたいして変わらなかった。
「どうせぐだぐだしながら断ったんでしょ」
「いやいや、ちゃんとはっきり断ったよ」
「じゃあどうして隠してたのよ?」
「…べ、別に隠してなんていないさ。おまえが訊いてこなかったから…」
「ふ〜ん。あらそっ。じゃあやたらにベタベタしてきてたのは、あたしを守ってくれてたからなのね?」
「そ、そう!実はそうな…」
「嘘つき」
「…………」
ことさら冷やかに言ってやると、途端にヤムチャは黙った。だからあたしも黙って舌平目を平らげて、シャンパンを飲み干した。
「次、肉食べるから赤ワイン開けて」
ワイングラスに新たなワインを注がせ、目の前にウサギのフィレステーキを置かせた後で、あたしはまた時間をあげた。もうごちゃごちゃ訊かないわ。聞く耳持ってやってるだけでも感謝するのね。そう、あたしは聞く耳は持っていた。ヤムチャがまだ何か、ヤムチャにとっては大事であるらしいことを隠しているのがわかっていたから。正直なところ、あたしからすれば聞きたいことはもうたいしてないんだけど、その態度だけは気になっていた。何かを言いたくなさそうにしている態度。そんなの丸わかりよ。ヤムチャって、いつもならこういう時は、ほとんど何も訊いていないうちから弁解始めたりするんだから。態度違い過ぎだっていうのよ。
あたしがウサギにナイフを入れると、ヤムチャはゆっくりと自分のグラスにワインを注ぎ、これまたゆっくりと栓をしてから、囁くように喋り始めた。
「だって…………リザのやつ、俺がブルマに無理強いされてるみたいなこと言ったんだぞ。俺がブルマしか知らないから、騙されてるって…まるで子どもを宥めるみたいに。バカにしてると思わないか?20歳も過ぎた男を捕まえてそれはないだろ?俺がそんなに弱いやつに見えるか?」
そうして、それは大きな溜め息をついた。諦めたように目を瞑るその姿を見て、あたしは思わず言ってしまった。
「バッカみたい」
心に残っていた不思議な気持ちは、そっくり呆れに変わっていた。ま、口を割るの早かった時点で、そんなことなんじゃないかって気はしてたけど。
「リザが言ったのはそういうことじゃないでしょ。それにしても、あんたにもコンプレックスなんかあったのね。意外だわ〜」
「コンプレックスじゃない。ちょっと説明しにくいけど、そうじゃなくて…」
「はいはい。心配しなくっても、あんたはあたしより強いわよ。そんなの当たり前じゃない。だから、とりあえずそれ食べたらシャワー浴びてきてね。頭が酒臭いのよ、あんた」
気分的に気になるところがなくなると、生理的に気になるところが浮かび上がった。ここまでは空気を読んで言わないでおいてあげたけど、もういいわよね。お酒は乾いてもベトベトするんだから。
「おまえがぶっかけたんだろう?」
「あんたが急にあんなこと言い出すからでしょ。なーにが『瞳に乾杯』よね、似合わないったらないわ。だいたいあそこは『おまえ』じゃなくて『あなた』とか『君』とかって言うべきよ。そりゃそんな言い方したら、もっと似合わなくなるけどさ〜」
「…おい、やめろ」
「あ、なーんだ、一応恥ずかしいこと言ったっていう自覚はあるのね」
「…………」
ついでになんとなく気になっていたことまでをも消化して、あたしは食事に戻った。もうすっかり腑に落ちたから、これでようやく落ち着いて食事をすることができるわ。まったく、人騒がせなんだから。
しょうもないこと、もったいぶって隠さないでよね。何事かと思ったじゃないの。そりゃ、リザに言われたことは看過できないけど。ええ、まったく許せないわ!でも…それも、数時間前の話なのよね。今のリザは、ヤムチャに対する関心は失っていないものの、その彼女であるあたしに対する敵意は持っていない。むしろ持っててくれた方がいいと思えるような超展開よ。…あの女、マジなのかしら。ひょっとしてさっきのは、あたしに対する牽制だったりとか…あんな牽制の仕方、見たことも聞いたこともないけど。ヤムチャだって引いてたし。
そのヤムチャは、いかにも適当に肉を切り、いかにも適当にそれを口に運んでいた。自分で注いだはずのワインに口をつけようともしない。むくれてるんでしょ。自業自得なのに。
なんの脈絡もなくあんなこと言われても、ついていけないに決まってんじゃないの。何が『瞳に乾杯』よ…せっかくのいい台詞なのに、ヤムチャが言うと台無しだわ。ああいうことはもっとそれっぽい雰囲気で…今考えると、ちょっとそんな感じだったわね。言葉通り、ちゃんと相手の瞳を見て…たわね、真っ正面から。でも、あたしはまだそんな気分じゃなかったのよ。格好つけたいんなら、そういうところちゃんと読み取ってくれなくちゃ。そう、ヤムチャはただ格好つけたくてあんなこと言ったのよ。リザに発奮させられたんでしょ。ヤムチャにしては複雑な心理よね〜。
そう思いながら、あたしはウサギを食べ終え、次なる皿を取り出した。次は、食事を締めくくるデザート。と、本来はその後に飲むコーヒー。どうせ誰もいないんだから、一緒に食べちゃうわ。ついでにセルフサービスにもしてあげる。もうあたしは何も言わないから、あんたはゆっくりむくれてなさい。
つまりあたしはヤムチャをほったらかしにした。今や完全に黙り込んでしまったヤムチャをどうしていいかわからなかったからとかではなく、単に面倒臭かったから。大体どうして、あたしがどうにかしてやらなきゃいけないのよ?あたしなんにもしてないわよ。それに、格好つけたいんなら、ここであたしにフォローさせてちゃダメよね。気障な台詞を呟くより、そういうところをどうにかするべきなのよ、ヤムチャは。
あたしがデザートを半分ほど食べた頃、ようやくヤムチャが皿を空けた。それから一気にワインを飲み干すと、ナプキンで口を拭きつつ立ち上がった。
「ごちそうさま」
そしてやおらそう言ったので、あたしは手を止めて頭上の顔を仰ぎ見た。
「あら、もう終わり?デザートは?」
「おまえにやるよ。…シャワー浴びてくる」
口調の柔らかさとは裏腹に、ヤムチャの行動はきびきびしていた。いえ、はっきり言うと仕種が乱雑だった。早々とバスルームへと向かう背中が完全に、俺は拗ねていると告げていた。
あたしは口では何も言わずに、ただ心の中で思いながら、その後ろ姿を見送った。
…まあったく、しょうのない男だこと。


ヤムチャの投げやりさを、あたしは好意的に受け取った。
ええ、デザートは頂いたわ。遠慮なくね。お腹はいっぱいだけど、デザートは別腹よ。今日は山登りもして疲れたから、甘いもの摂らなくちゃ。こんなおいしいデザートが二倍量でブルマちゃん幸せ♪
…とは、ならなかった。やがてバトラーにワゴンを引き取らせた後であたしに襲ってきたものは、幸福感ではなくそれは気だるい疲労感だった。
体がだる〜い。もう何もしたくな〜い。ここにきて一気に疲れが出てきた感じ。眠くはないけど、ごろごろしたい。足が重〜い…
だるい体とだるい心をなんとか駆使して、ドレスを脱ぎ捨てた。もう部屋から出る気ないから、ネグリジェでいいわ。それからベッドに寝転んで、伸ばした片足を上げてみた。ん〜、やっぱり張ってるわねえ。なんかさっきよりも張ってるような気がするわ。ヒールのある靴履かなきゃよかった。今はまだむくんだりはしてないみたいだけど、明日の朝がヤバイわね。あ〜ん、ブルマさんの脚線美がぁ…
足から手を離して、うつ伏せに転がった。目は開けたままで、しばらくぼんやりし続けた。疲れのわりに眠くはない。まったく眠くないわけじゃないけど、まだ寝るわけにはいかないわ。一度トイレに立った以外はひたすらベッドでごろごろしていると、ようやくヤムチャがバスルームから出てきた。まったく、こういう時に限って遅いんだから。そう思いながら、あたしは顔を起こした。
ヤムチャの様子が気になったからじゃない。ヤムチャがどういう態度だろうと、たいして付き合ってやるつもりは、あたしにはなかった。でも、付き合わせる必要はあり過ぎるほどにあった。
「ねえ、忘れてたんだけど、昼間賭けしたでしょ。あれあたしの勝ちだから、あんた働いてよ。足揉んで。太腿とふくらはぎ。今日山登りしたから、すごく張っちゃってるの」
雫の滴る前髪の奥で、黒目が瞬いた。後ろ髪にタオルを当てていた手を止めて、ヤムチャは遠慮がちに呟いた。
「…でもあれは、パフェを一緒に食うってことで…」
「あれは違うって言ったでしょ」
あたしは言い切った。確かそういうこと言ったわよね、あたし。正直なところあまりよく覚えてないけど、そういうことにさせてもらうわ。だいたい、賭けの報酬としてやってもらったことがあれだなんて、酷過ぎじゃない。ウブなネンネじゃあるまいし、あれくらい何もなくても普通にすべきよ。格好つけたいんなら、なおさらね。
「張ったまま放っておくと、後でむくんで太くなるのよ。体がだるいのは仕方ないとしても、それだけは予防しなきゃ。明日になったらスパに行くから、今日のところはあんたが何とかして」
「何とかって…」
「解すくらいできるでしょ。あんた武道家なんだから」
沈黙が落ちた。ほんのちょっとの間だけ。ヤムチャはタオルを肩にかけると、あたしのいるベッドから遠ざかりながら、でもこう言った。
「…ちょっと水飲んでからな。俺、今シャワー浴びたばかりなんだからさ」
「早くしてね」
頬杖をつき、足をバタバタさせながら、あたしは待った。まだちょっと機嫌悪いわね。そうは思ったけど、やっぱり特に何を言うつもりもなかった。この様子なら、放っておいてもそのうち勝手に機嫌直るわよ。あたしだってね、放っておいてもいい時とそうじゃない時くらいはわかるのよ。っていうか、わかんないやつと一緒に旅行なんかしないわ。特にこんな長期の旅行はね。
うーーーーーんっ…
寝転びながら両手両足をうんと伸ばし、大きく伸びをした直後、ベッドがどすんと揺れた。ヤムチャがミネラルウォーターと一緒に、離れたところから飛び乗ってきた。荒っぽいわね、まったく。おまけにらしくないったら。そう思いながら、あたしは声をかけた。
「前髪ちゃんと拭いて。雫が落ちてきて冷たいわよ」
「はいはい」
ヤムチャは非常にかわいくない口調で、そう答えた。本人は普通にしてるつもりなんだけど、滲み出ちゃってるってところね。何がって?うーん…イライラ?
うっすらと考えながら、あたしは目を閉じた。あたしの言葉に従って髪を拭き、タオルをベッド脇に投げ捨てたヤムチャが、腿の上に乗ってきたからだ。何も言わず、後ろ向きに。そうして、やっぱり黙ってふくらはぎを揉み始めた。従順ねー、こいつ。態度は悪いけど。でもだからこそ、なおのことそう思うわ。こんな態度でも、言うことは聞いてくれるんだからね。
それにしても、一体何をいつまでも引き摺ってるのかしら。なんとなくリザに不快感を煽られたらしいってことはわかるけど、正直言ってそれ以外はよくわからないわ。ええと、なんだっけ?『あたしに無理強いされてる』って言われたんだっけ…。まあ、そりゃ確かに頭にくる言い草だけどさ、それあんたが怒ることなの?それとも、あたしのために怒ってくれてるのかしら?…
やがて、ふくらはぎがなんだか軽くなってきたような気がした。その点からしてもあたしはヤムチャに何かを言う必要は感じず、静かにこの時を過ごした。なんとなく考えごとをし続けながら。
…だけど、今さらって感じするわよね。っていうか、なんでここで?って思うわ。だって、ウーロンなんかに同じようなこと言われた時は、全然言い返してくれないのよ。あたしが強引過ぎるとかなんとか、ウーロンのやつ、それこそあたしとヤムチャが付き合い始めた頃からずーっと言ってると思うんだけど。なんでリザはダメなのに、ウーロンはいいのよ?はっ、もしかしてヤムチャのやつ、ウーロンを好きとか…
んなわけないって。などという突っ込みも入れずに、あたしは考え続けた。暇だったから。そしてやっぱり、ヤムチャのことを真面目に心配する気にはなれなかったから。とはいえ、考えただけで気持ち悪くなっちゃうこともなく、想像は途切れた。…ヤムチャとウーロンじゃ身長差があり過ぎなのよ。もう物理的に何もかもが不可能じゃないの。…………羨ましいわ…
くだらない想像に、思わず溜め息を引き出されかけた。その瞬間だった。
「きゃっはっははは!!」
足の裏がくすぐられた。それも両足いっぺんに。それを認識すると同時に、あたしは声を上げていた。
「いやっははは!やぁ〜あっははぁ!」
悲鳴と笑い声が完全に一緒くたになってた。そんなのヤムチャにだってわかってたはずだけど、ヤムチャはやめてくれなかった。あたしが身を捩っても足をバタつかせても、頑として腿の上に居座りその手は足首を離さず、それはしつこく足の裏をくすぐり続けた。
こんなやり方、ずるいわよ。卑怯もいいところだわ。あんた、男の上に武道家でしょ。あたしがあんたを振り解けるわけないじゃないの!
終いにあたしはそう思った。それでも、本気で怒る気にはなれなかった。
「やめてよ、もう〜。しっかし、あんた本当に立ち直り早いわねえ」
そのうち、何がきっかけというわけでもなく、おもむろにヤムチャが手を離してくれた時、あたしの顔にあったのは、涙と笑いだった。
「さあ、何の話かな」
惚けるヤムチャの声音から感じられたのも、笑いだった。顔が見えなくたってわかるわ。ね、当たったでしょ。
放っておいてもそのうち勝手に機嫌直るってあたしの読み、当たったでしょ。
「おまけにわかりやすいし。あんた、悩み事を一晩持ち越したことないでしょ」
「うるさいな。よしじゃあ、次、腿やるぞ」
これも当たりね。
あたしの感覚を裏付けるように、ヤムチャはゆっくりとあたしの体の上から下りた。もうベッドは揺れなかった。ほーんと、わかりやすいやつ。それにしても、楽でいいわぁ。
勝手に不貞腐れて勝手に機嫌直るなんて鬱陶しいって思う人もいるかもしれないけど、あたしは違うわ。楽でいいわよ。だって、放っておけばいいんだもの。人間なんだもの、調子悪い時だってあるでしょうよ。だけどそんなの、いちいち構ってられない…とまでは言わないけど、面倒臭いことに変わりはないわ。自力で元気になれるんなら、それに越したことないわよ。それが早いなら、なおのこといいわよね。
…ま、今のは早過ぎると、正直なところ思うけど。
「あ、ふくらはぎ踏まないで。せっかく気持ちよくなったんだから」
でもそれは言わないことにして、今度は前向きにふくらはぎの上に乗ろうとしたヤムチャに、あたしはそう言葉をかけた。
「そうか。じゃあ、少し足開いてくれ。間に片足つくから」
「はーい」
さっき頼んだ時とは違って快活にヤムチャは言い、さっき頼んだ時とは違い完全にリラックスして、あたしは目を閉じた。
…まあ、ちょっとはね。どうにかしたげようとは思わなくても、どうしたのかな、くらいのことは思うわけよ。あったりまえでしょお?まったく何も思わないやつと付き合うわけないじゃない。
「あ、ねえねえ、次いく前にちょっと肩揉んでよ。なんとなくだけど、肩も張ってるような感じがするのよね」
「こうか?」
「あ〜、そうそう、ん〜、気持ちいい〜。このまま背中もやってもらっちゃおっかな〜」
「調子に乗るな」
でも、今はもうね。ここまで言えるんだもの、何も考えることはないわよ。
「それは明日、本職にやってもらえ。俺はあくまで善意でやってるに過ぎないんだからな」
「善意?何言ってんのよ、善意じゃなくて責任でしょ。あんたがもっといっぱいおんぶしてくれていれば、あたしはこんなに疲れなくて済んだんだからね」
「…おまえ、今朝は『ちゃんと歩く』って言ってたぞ?」
「気のせいでしょ」
「…………」
でも、何も考えずに話していたら、ヤムチャはまた口をきかなくなってしまった。同時に動きも止まったので、あたしはその体を肘でつついて言ってやった。
「ほら早く。次、腿のとこやるんでしょ?」
するとヤムチャは、あたしの肩から手を離しながらこう言った。
「へーへー、やらせていただきますよ」
まー、かっわいくないわね〜。
黙って背中もやらせた方がよかったかしら。きっと、そういうことにも気がついてないわよね、こいつ。…気付かれない気遣いって、本当の気遣いよね。
それでも、あたしはこれでそう悪くない気分だった。なんていうの?心を広ーく持ってあげたが故の余裕っての?しょうのないやつよね。そんな風にも思っていた。…次にヤムチャがこう言うまでは。
「もう何なりとお申し付けくださいよ、っと」
「…あんた最近、嫌みっぽくなってきたんじゃない?」
「誰かさんの影響でな」
わかってないにも程があるわね…やっぱり背中やらせようかしら。っていうか、もう全身やらせちゃおうかしら。
ゆっくりと目を瞑りながら、あたしは考えた。…そうね、それは実際にどのくらいがんばってくれたかで決めましょ。
ヤムチャってば、こんな態度取りながらも、すでに揉み始めてるんだから。
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