Trouble mystery tour Epi.11 (5) byB
湖のデートもどきががカヤック漕ぎ方教室になって数十分、ようやく向こう岸と話の終わりが見えてきた。
「あっ、岸だ。ねえねえ、岸が見えてきましたよ。わーい、ちゃんと来れた!なーんだ、ボート漕ぐのって簡単じゃん。思ったより疲れないし。こういうのは男のやることだとか、パパってば嘘つきなんだから、も〜う」
「リルちゃんが上手なんだよ。もうすっかり操縦できるようだし、帰りはミルちゃんと一緒にやってみたらどうだい?双子なんだから、俺とやるより気が合うんじゃないかな」
でもだからと言って、気を抜くことができたわけじゃなかった。
…まったく、無責任におだててるんじゃないわよ。
この子たちが二人で乗ったら、あたしたちはどうするのよ。一人ずつ分乗するの?どっちがもう一つのカヤックに乗るのよ?あたしは嫌よ。あんたが乗りなさいよ。この子たちのカヤックにだって、十分乗りたくないけどさ。ほーんと、考えなしなんだから。
「うーん、そうかも。あたしたち、体育の成績も同じなんですよね〜。あっ、見えた!ほら見てあそこ、木の陰に花がいっぱい咲いてる!」
「ああ、慌てないで。ゆっくり岸につけてね」
…この、兄貴面したバカ男。
いつしかあたしの不満は完全に、リルではなくヤムチャに向いていた。
なんだって、そうも手馴れてるわけ。あんただって、あたしとしか乗ったことないくせに。そんな態度、あたしには取らなかったくせに。そりゃ何年も前のデートの一場面を逐一正確に覚えてるはずもないけどね、そういう軽い態度じゃなかったことは確かよ。そうね、『手馴れてる』というよりは『軽い』という方が正しい態度ね。だからって、納得できるわけじゃないけど。それどころか、余計に信じられないわ。
岸に着いたらそれは息詰まるお茶会が始まるんだってのに、どうしてそうも軽く振る舞えるわけ。あたしはこんなに足が重いっていうのにさ。ちょっと前までは天国のマッサージですっかり軽くなってたはずなのに、皮肉よねえ。もうバックレちゃおうかしら。…でもどこに?
「やったぁ、とうちゃーく!みんな、見てたー?ここまであたしが漕いできたんだよー」
嬉々としてカヤックを降り、先発のカヤックの連中のいる花畑へと走り去っていくリルに続いて、あたしも地面に足をつけた。それからゆっくり辺りを見回した。
広さはそんなにないけれど、確かに美しい花畑。一面に咲く色とりどりの花。 鳥が囀り、蝶が舞う。 振り向けば、遠景もきれい。雪を頂いた山を背後に、太陽の光を受けてエメラルドグリーンに輝く湖が広がる。花畑の周囲には、青々と茂る茨と背の高い木々の森。
一方は湖、一方は森。なるほど、自然の中に閉じ込められたってわけね。他に誰もいなければ、それもロマンティックなんでしょうけどね…
「すごーい。じゃあ、ご褒美にこれあげる。七色の花冠だよーん」
「わぁ、かわいい。あたしも作るー!あっ、エイハンさん、こことっても素敵ですね!人もいないし、めちゃくちゃ穴場って感じ〜。教えてくれてありがとうございます」
「なに、礼には及ばないよ。一緒に旅をしている仲間なんだから、楽しみは分け合わなくちゃね」
「わー、エイハンさんてば、太っ腹〜!そうだ、じゃあ、この花冠あげる」
「リザさんにも、今作ってあげるね」
…聞いた通り、この面子じゃ騒がしいことこの上ないわ。ま、もともとそういう目論見で、双子たちを連れてきたんだけどさ。
花畑の真ん中で盛り上がる一団を遠目に見ながら、あたしは溜め息をついた。溜め息くらい、つかせてもらうわ。予想通りのこととはいえ、決して理想通りじゃないんだから。せっかく最後の一日だってのに。そりゃ本当の最後じゃないけど、せっかくこんなきれいなところに来たんだってのに…
「きゃっ!」
ふいにお尻が叩かれた。思わず飛び上がってしまってから、あたしは気づいた。カヤックを繋留し終えたらしいヤムチャが、いつの間にか後ろに来ていた。さらに、あたしが振り向くより早く、ヤムチャは言った。
「…ったく、いつまでも妬いてんなよ」
「はぁ!?何よいきなり。っていうか、あんたがそういうこと言うわけ!?」
その瞬間、むしゃくしゃした気持ちを抑え切れなくなって、あたしは叫んだ。とはいえ、これといった決め手の文句があったわけじゃなかった。
「どういう神経してんのよ。あんた今日、いつにも増して軽いわよ。いい加減気を引き締めたらどうなの!」
あたしをイラつかせているのは、偏に今のこの状況だから。今、この時、この場所、あの人たち。そこにヤムチャは…入ってるけど、それはヤムチャのせいじゃないのよね。
「それを言ったら、おまえだってらしくないぞ」
「…わかってるわよ」
どうせ八つ当たりよ。ええ、そうですよーだ。
あたしはすっかり不貞腐れた。自分で自分の罠に嵌った…そこまでじゃないとしても、無理があったことは否めないわ。毒を以て毒を制すって、意外とうまくいかないものね。だけど、もうどうしようもないわ。今さら文句を言ったところで状況が変わるわけじゃないし、だからって楽しめる体裁を整えようとも思えない。そういう無駄な努力って、あたし大嫌いなの。嫌いなやつはどうしたって嫌いなのよ。おまけに実のところは、嫌いっていうより苦手に近いんだから…
「ねー、ブルマさんたち、早く〜!」
「そんなところでケンカしてないで、こっち来てくださいよ。バスケット開けますよぉ」
「お茶会始めま〜す!さってっと、お菓子お菓子。何が出るかな♪何が出るかな♪」
やがて花畑の真ん中から、この上なく無神経な声が飛んできた。いちいちうるさいわね、ほんっと。怒り半分諦め半分でそう答えようとしたあたしの手を、ヤムチャが掴んだ。
「ああ、先に始めてていいよ。俺たち、ちょっと話があるから…ブルマ、行くぞ」
「えっ、何…わっ!」
と思った次の瞬間には、もうあたしの体は浮いていた。腰に回ってきた手を咎める暇もなかった。一瞬で体を引き上げられて、視界いっぱいに空が広がった直後、双子たちの声が遠い地面から聞こえてきた。
「あれー?ヤムチャさん?」
「ブルマさーん。どこ行ったのー?」
この時には、完全に自分の状況がわかっていた。一瞬前まで自分のいた地上を見下ろし、空中に停止するヤムチャの体に腕を回しながら、あたしは息をついた。
「…あ、びっくりした。もう何よ、急に飛んだりして」
「いや、邪魔されないようにと思って。ここなら話聞かれないだろ」
「…それはそうでしょうね」
はっきり言って呆れ全開で、あたしは頷いた。ヤムチャはしれっとした態度で、一本の木の上へと移動した。花畑を囲む森の、一番高い針葉樹。その上から何本目かの枝に、あたしを座らせた。自分は同じ木のてっぺんに器用に立ってみせながら(それとも飛んでるのかも。わりとどうでもいいことだけど)、珍しく真面目腐った顔をして、おもむろに呟いた。
「…まあ、そうと簡単に割り切れない気持ちもわかるがな」
「え?何?」
「いや、こっちの話――じゃあないな。あのな、ブルマ」
「うん」
「リザのことだけど…避けたくなる気持ちはわかるんだ。怖いよなあ、ほんっと。俺も怖いよ。口数は少ないけど、そこが余計に…何を言い出すかわからないっていうか。どうやら性別の垣根もないみたいだし……でも、ブルマがそんな風に逃げるのは違うと思うんだ。いや、逃げるのが悪いってわけじゃないんだけど、なんか逃げ方がブルマらしくないっていうか…――」
「そう」
やがて始まった話を、あたしは軽く足をぶらつかせながら聞いた。前述の通り、わりとどうでもいいことにまで目を向けられるほどには、あたしは冷静になっていた。一瞬呆気に取られたことで、かえって気分が落ち着いたのだ。『木のてっぺんでの内緒話』っていう異常なシチュエーションに一本取られたってところね。といっても、聞き入ってたっていうのとは違う。あたしにあったのは、ヤムチャは一体何を言うつもりなのかしらっていう、単純な興味だった。ヤムチャが自分からこんな風に話を切り出すなんて、あんまりないから。
「年上だから遠慮してるってわけでもないだろ?…まあ正直、思わず怯んじまうっていうのは俺もそうなんだけど…」
「…怯むどころか、泣いちゃいそうになったわ」
ふと、昨夜と今朝、二度に渡って心の中で叫び声を上げた時のことを、あたしは思い出した。とはいえ心の大部分では、今のこの状況について考えていた。――これは、お説教…とは違うわね。慰めてくれてる――
その時、ヤムチャがふいに表情を崩した。さらに声をも立てたので、あたしは湧き始めていた感心と見当を同時に捨てた。
「ちょっと、なんで笑うのよ。普通、笑わないでしょ、そこは!」
――わけじゃ、なさそうだわ。
「はは、いや、悪い…でも、今夜は同じ愚痴を吐きながら酒が飲めそうじゃないか」
「気楽な言い方してくれんじゃないの」
それどころか、人の不幸を楽しんでる。もう、どういう神経してんのよ。だいたい、異常過ぎよ。カップルの男と女がまったく同じ相手からのアプローチに悩むなんて、そんな酒飲み話、あたしは絶対にしないわよ!
「おまえがショック受け過ぎなんだよ」
ヤムチャは軽やかに宙を蹴り、軽やかに言い切った。ひらりとあたしのいる枝の上に降り立ったその顔には、軽い笑顔しかなかった。
「そんなに気持ち悪かったのか?どこだっけ、触られたの。肩…」
「首の後ろ!あんたが跡つけたとこでしょ。都合良く忘れてんじゃないわよ!」
ヤムチャを怒鳴りつけながら、あたしは首筋に走る怖気に耐えていた。思い出したのだ。今朝のあの時の感触を。――さっきから、思い出させてばかりいるわよね。一体どういう嫌がらせ――
「ああ、そうだったな。じゃあほら、口直し」
――などと、本気で思っていたわけじゃない。でもそれにしても、ヤムチャのその行為は理解しがたかった。首筋に怖気ではないひんやりとした感触を感じたその瞬間、あたしは思わず固まった。だけど次の瞬間には、一つの真実を掴んでいた。
「…あんた、全然悪いと思ってないでしょ」
今、この時、この場所、この雰囲気。どれを取っても、キスするような場面じゃないわ。っていうか、首筋にキスするのって、普通にキスするより恥ずかしいと思うんだけど。そりゃあ誰も見てないとは思うけど、よくもできるもんよね。無神経というか、大胆というか…
「俺は悪くないだろ。…あ、だからって、おまえが悪いわけでもないぞ」
怖気とは対極の感覚を抱き始めたあたしに対し、ヤムチャは淡々と話を続けた。まったく余韻を感じさせることなく。そればかりか、まるで何もなかったかのような口ぶりで。
「えーと、なんだ…そう、あんまり深く考えることないって話さ。これっきりだろ?あの二人はここいらの地主で、俺たちは明日ここを発つんだから、ほぼもう一生会うことはないと言ってもいいだろう」
「そりゃそうなんだけどさ」
「そう思えば、一歩引いて考えられるだろ。あ、引くってそういう意味じゃなくてな」
「それで、ここはおとなしく合わせとけってわけね」
――ここにきてお説教かあ。それも、態度的にまるっきり説得力のない、ね。
あたしは落胆する気持ちを抑えられずに、心の中で嘆いた。
…やっぱり、同じ愚痴は零せそうにないわね。
あたしもそう思っていたのよ。どうせ今日限りなんだから、適当にあしらっておきましょ、って。直接相手する羽目にならないことだけ気をつけて、それなりに過ごしましょってね。だけど、実際そうしてみたら気持ちがついていかないっていうか……なんかすっごくつまんないの。それはもうおもしろくないの。だって、ヤムチャってば妙に双子たちに愛想よくて…さっきなんかすっかりリルの相手役で。そりゃあそうなるだろうってことはわかってたけど、それにしても……あの子たちも、あたしが許してるのをいいことにちょっと調子に乗り過ぎっていうか。あたしはこんな気分でいるのに……
これはヤムチャへの不満なのか。その不満の原因となる双子たちへの文句なのか。そんな文句が出ることを読めなかった自分への恨みなのか。そんな風に考えてる時点で、あたしはもう十分不覚を取っていた。だからこれは言えないの。それで余計に鬱々するのよねー…
そんなあたしの心境などまったく読まずに、やがてヤムチャがそれはカラッとした笑顔で言った。
「なに、おまえが一言言えば、飛んでってやるよ」
「え?」
「飛んでバックレちまえばいいだろ。カヤックの漕ぎ方も教え込んだしな」
「教え込んだって…」
「リルちゃんが漕げるんだから、俺はもういなくてもいいだろ。俺たちは飛んでどこか行かせてもらおうぜ」
あたしは思わず目を瞬いた。はっきり言って意外だった。ヤムチャのその申し出も、『教え込んだ』という言葉の響きも。特に後者が。確かにヤムチャって妙に知恵が回る時あるし、さっきだって成り行き上のことにしてはずいぶん気が入ってるなとは思ってたけど。…でもまさか本当に、カヤック漕ぎ方教室だったとはね…
「ちゃっかりしてるわね、あんた」
「しっかりしてると言ってくれ。特におまえよりもな」
「何その言い方?」
「おまえだって、そのくらい考えついてもいいだろうに。いつまでも不貞腐――いや、落ち込んでるから…」
「不貞腐れてて悪かったわねーだ」
あたしは認めた。認めたついでに、さらに不貞腐れてやった。まったく、そういう口ばっかり軽いんだから。だいたい、ここでそういうこと言う?ここは普通、しっとり慰めるところでしょ。せっかく感心しかけてたのに、空気の読めないやつよね。
そして、その空気の読めないやつはとことん空気が読めなかったらしく、不貞腐れたあたしをどうにかしようとはせず、当たり前のように訊いてきた。
「で、どうする?」
「そうねー…」
あたしは考えた。無駄に終わった演技を捨てて。今、この時、この場所、あの人たち、それらすべてから離れる術を手にしてみると、少ないながらもこの状況にはいいところがあることにも気がついた。
「…とりあえず、お茶会には参加するわ。あの列車のレストランのデザートおいしいから。それでお腹いっぱいになったところで消えさせてもらおうかしら」
「そうそう。それくらいちゃっかりしてるくらいでちょうどいい。じゃないと、あの面子の中じゃやってけないぞ」
「ここ、湖面と山は見えるけどその他はほとんど見えないから、飛んでくにはちょうどいいわね。もうたっぷり歩いたしカヤックも十二分に乗ったし、考えてみればどうしたってここは飛ぶべきところだわ」
同時に、忘れていたことにも気がついた。そう、飛ぶって、なかなかいい観光方法なのよね。空から見ると景色がまた違って見えるのよ。特に、こういう大自然の中を飛ぶのは最高よ。爽快も爽快、すっごく気持ちいいんだから。
「その感覚はわからんが…まあいいや。もう下りるか?」
もっとも、当の本人はそれがもう当たり前になっちゃってるみたいだけど。さっき自分でも言ってたけど、空を飛ぶよりカヤックを漕ぐ方が新鮮なんでしょうね。などという呆れは心の片隅に置いておいて、あたしは気合いを入れた。
「うん。よーし、食べるための席で、取って食われないようにしなくちゃね」
お茶の誘いを初めに受けたのはあたしたちで、そのお茶一式をここまで運んできたのはヤムチャなんだから、あたしたちが引くことないのよね。最低限楽しむべきところは楽しませてもらわなくちゃ。あたしたち以外には誰もいない秘密の花園での個性的なお茶会。そのくらいのことだと思って押し切りましょ。
そう思って胸元で拳を握った。うん、やる気出てきたわ。そしてなんとなく下にいる連中へと視線をやりかけたところで、ヤムチャが言った。
「ブルマを食べるのは俺だけで十分だよ」
――…………。
直後、あたしは完全に固まった。咄嗟にはヤムチャの顔を見直すこともできずに、一瞬にして萎えた拳を見続けた。やる気の飛び去っていった空から吹いてきた爽やかな微風に頬を撫でられてようやく我に返り、その笑顔を確認した。
「…………あんた、よくそういうこと恥ずかしげもなく言えるわね。他に誰もいないとはいえさ」
本当に軽いわね、今日。それとも、また何か疾しいことを隠してたりするわけ?
そう続けてやるだけの時間は、与えられなかった。ヤムチャはすぐに笑顔を崩して、照れくさそうに目を逸らした。そしてすでにわかりきったそのことを告白する言葉を、ぽつりと漏らした。
「…ちょっと恥ずかしかった」
それでわかった。今日のヤムチャは正真正銘、ただ単に軽いだけなんだということが。それと、どこまでも手馴れてしまったわけじゃないんだということも。拙い部分を隠すのが上手になったってところね。特に他人に対しては。
っていうか、かわいい。その照れた時の顔、全然変わってない。なんかすっごくひさしぶりに見たような気はするけど。ヤムチャってばいつの間にかすっかり図太くなっちゃって、照れてもすぐ笑って誤魔化すんだから。
なくなったやる気の代わりに、何かがあたしの中に湧いてきた。それはあたしの心を掻き立てた。でもあたしは何も言わなかった。言う必要がなかったのだ。
昔だったら。昔だったらここであたしが一言言うか、一言言わなきゃならない現実を受け入れられずに、そのままになってしまっただろう。でも今は昔とは違った。あたしもだけど、何よりヤムチャが。
と言って、いつもいつもこうスムーズにいくわけでもないけれど。まあ要するになんというか、あたしたちはふとタイミングが合って、目を合わせた直後にキスをした。そうとしか言いようがない。ヤムチャがあたしを引き寄せたのでも、あたしが誘いをかけたわけでもなかった。逆に言うと、ヤムチャはわかっていたみたいだった――でも、読まれたとは思わない。きっと、いつもより軽いからじゃないかしらね。
まったくそういう雰囲気じゃないのにいきなり首筋にキスしてきたくらいなんだもの、今のこの雰囲気でキスしないわけないわよ。それにヤムチャって、こっちの気持ちはあんまり読んでくれないけど、希望は結構読み取ってくれるし。本能だけは鋭いのよね。
そしてその本能的なキスは、さらっとしていて気持ちのいいキスだった。だからあたしはいい意味でヤムチャのキスに引き摺られることはなく、やがて再び湧き起こってきたやる気に心を明け渡した。
「じゃ、行きましょ。あんまりのんびりしてるとあの子たちのことだから、人のことなんてお構いなしにおいしいものから食べ尽くしちゃうわ」
「うーん、見事に色気より食い気だな」
口調にこそ呆れの微粒子が滲んでいたものの、ヤムチャの顔には笑みしかなかった。それでまったく気分の害されなかったあたしもまた笑顔で、自分がそうすることのできるわけを教えてあげた。
「お菓子はなくなっちゃうけど、あんたはそうじゃないからね。ヤムチャが逃げないのはもうわかってるもの」
たぶん今のヤムチャはもう、あたしがまるっきりヤムチャを無視して行動しても、いなくならないと思うわ。一汗掻きにどこかへ行っちゃうことはあっても、夜には戻ってくるんじゃないかしら。いつの間にかすっかり腰が据わっちゃってさ、…まあ、据わりながらも軽いんだけど。
「あれーっ、ブルマさん。ヤムチャさんも」
「二人ともいたんだぁ。どっか行っちゃったんだと思ってたのに」
地上へ降りると、双子がそう言ってそれぞれお菓子をパクついた。この子たちはこの子たちで、押しが強いわりには引きが早い のよね。
「いて悪かったわね。ちょっと話すだけだって言ったでしょ。ここまで付き合った分の報酬はいただくわよ」
「やあ、待ってたよ。仲直りの乾杯はできそうかな?あいにくジュースしかないがね」
「…それはお気遣いありがとう。でもそんな乾杯は必要ないわ。ケンカなんかしてないんだから」
「そうだね。旅先で意見が食い違うなんて、よくあることだよ」
「本当にしてないのよ!」
そして、一見上品ぶっていてその実ひどく不躾なエイハン。さらに――
「ふふ、私は信じるわよ。あなたがたが意外と大人だってことはわかってますもの。お二人ともこちらへいらっしゃい。座ってゆっくりお話ししましょう」
「おいおいリザ、ブルマさんは私と話をしているんだよ」
「いいじゃない。私だって彼女とお話ししたいのよ。それと、もちろんヤムチャくんともね」
いいわけないでしょ。この色ボケ!
――と言ってやりたいのになぜか言えない、あたしの知らない世界に住むリザ…
「…じゃあ、とりあえずお茶をいただこうか。ブルマ、おまえはここに座れ」
「え…う、うん」
双子の隣、兄妹の前。確かにそこ以外にはないと思われる場所に、ヤムチャと一緒に腰を下ろして、あたしは思わず放り出したやる気を掻き集めた。
そうよ、せめてお茶くらいは飲ませてもらうわ。なんかいまいち食欲ないけど、それなりにお腹は空いてるんだから。喉だって渇いてるし…
だけどそうと決めても、やっぱり思わずにはいられなかった。
…………疲れる一日になりそうだわ。
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