Trouble mystery tour Epi.12 (2) byB
一週間に及ぶ高級列車旅行の最終地点は、ニューブレット。
きれいなタイルの敷かれた真新しい駅を降り、そこから続く連結デッキを歩けば、すでにニューブレットエアポートの内部だ。あたしたちの目的地フライブレットを姉妹空港として一年前に開発されたニューブレットエアポートは、今やロズの主要空港となっており、交通・観光・ショッピング、様々な目的で多くの人々が集まってくる――
と、ガイドブックに書かれていた通り、連結デッキもエアポートも、人でごった返していた。ロズって人口密度の低い田舎だと思ってたけど、いるところにはいるのね。ホームで待ち構えていたトラベルコーディネーターに誘導されて搭乗手続きを済ませた後には、再び場所と人の賑やかさに飲み込まれた。
そう、例の、エアポートに隣接した話題のショッピングセンターでの、楽しい楽しい自由時間よ。
「おおいブルマ、まだ土産物買うのか?」
人の波を掻き分けて4つ目のショップに入った時、その人波を越えられなかった男が、人波の隙間から顔を出してそう言った。店内を物色する目と手を休めずに、あたしは答えた。
「まだまだ全然足りないわよ。ちょっとその辺行っただけなら一つ二つでいいかもしれないけど、あたしたちが来てるのは世界一周旅行なんだからね。…んー、どうしよっかな。母さんにはいろいろ頼まれてる物があるから、考える必要なくて楽なんだけどなあ。父さんとウーロンも、ある意味簡単なのよ。問題はプーアルよね。あの子ったら、何欲しいのかちっとも言わないんだから」
おまけに、それほど時間もないときてる。搭乗ゲートを潜るまで、2時間ぽっちよ。その間に免税店を網羅して、現地のショップをチェックして、自分にも他人にもそれなりの物を買う…これは気合い入れるっきゃないわよね!
「何もここで全員の土産を買わなくてもいいんじゃないか?まだ先は長いんだしさ」
「だってここ、買いやすいんだもん。ちょっと変わったお土産も多いし。あんただってお土産買うんでしょ?こないだ亀仙人さんに買ってたじゃない。このあたりでプーアルにも買っていったら?」
あたしがそう言ったのは、なんとなくだった。なんとなく、いつもみたいに無理矢理引っ張っていく気にはなれなかったの。昨夜、愚痴を聞いてもらったから……ううん、違うわね。あんなのいつものことよ。そうじゃなくって、昨日、庇ってもらったから。そう、ヤムチャがさりげなく庇ってくれたおかげで、結局は何事もなく今この時が迎えられてるわけだもの。これで、まるっきり無視するのはかわいそうよ。
「そうだな…」
「あの子の好きなかりんとうは最後に買うとしても、ここ気の利いたものいろいろあるわよ。ほら、このしっぽアクセサリーとかかわいいじゃない」
「…しっぽアクセサリー…」
…あはは、食いついた。
やっぱりなんとなく言ってみた言葉にヤムチャが引っかかったのを見て、あたしは満足の笑みを漏らした。そう、といって、自分の意思を曲げる気は、あたしにはなかったのだ。
あったり前でしょお?こんな田舎のエアポート、まず来ることないんだから。最初で最後になるかもしれないんだから、遠慮してられないわよ。だいたい、こういうところでは女が主役!どこを見たってそうよ。嬉々として土産物漁りに励んでる男なんていないのよ。もともとそういうものなの。だからいつもは無理矢理引っ張っていくんだけど、今日は特別。
「何色にする?一緒に買ってきてあげるわよ」
「緑…かな。緑の羽と茶色の紐の…」
「ああ、あんたの好きなデザートカラーね」
そう、特別、共犯にしてあげるわ。おっと、罪を犯してるわけじゃないんだから、共犯は違うわね。じゃあ仲間ね。買い物仲間。そう言っちゃうとすごく普通に聞こえるけど、普段はほとんど単なるお供なんだから、実のところは大躍進よ。
「お金はちゃんとちょうだいね。じゃないと、あんたからのお土産にならないから。あ、半分でいいわ。あたしも半分出すから」
それにしても、ヤムチャってばプーアルに甘いわよね。まあヤムチャはほとんどの人に甘いけど、プーアルには特に甘いわ。正直言ってちょっと妬けないこともないけど…まあ今はいないんだし、よしとしとくわ。そもそも、そんな場合じゃないからね。
とりあえずロズっぽい羽飾りを、プーアルと、ついでにウーロンにもゲット。あたし自身には…ん〜…あんまり使えなさそうかな。
「よし、次はそっちの店ね。迷子にならないように、しっかりついてくるのよ」
軽く命令しつつ、あたしはヤムチャの腕を取った。引っ張っていくためではなく、ちょっとだけ手伝ってあげるために。ヤムチャって、人混みを擦り抜けるの下手くそなんだから。戦ってる時は素早いくせにね。活用できてないわよねえ。それとも、やる気の問題なのかしら。そうね、もしもここで引ったくりでも現れたら、途端に人波を縫って取っ捕まえに行くに違いないわ。
あたしはふと思い出した。この旅行に乗り出した日のことを。前回飛行機に乗った時のことを。そうして、心の中で手を合わせた。
――ハイジャックとか、もう現れませんように。
せっかく一安心できたところなんだからね。


…搭乗20分前。そろそろね。
「ヤムチャ、もう行くわよー」
8回目の会計を済ませたところで、あたしは叫んだ。どこか人波の向こう側にいるはずの連れに向かって。ヤムチャはあたしが予想したよりうんと後ろから、本来見失うはずのない長身を覗かせて、それは大きな息を吐いた。
「ふうー、助かった」
「大げさね〜。でも、あたしも喉渇いたわ。その荷物預けたら、冷たいものでも買いに行きましょ」
最後の荷物をヤムチャに手渡して、ショッピングセンターを後にした。ヤムチャはまだ時々溜め息をついていたけれど、足取りは軽かった。少なくとも、ショッピングセンターの中にいた時よりは。そしてあたしはというと、欲を言えばきりがないけど、とりあえずは満足していた。
買ったわー。バカ買いとまではいかないけど、二時間しかないわりにはよくやったわ。小物ばっかりだけど両手の指の数以上の物は手に入れたし、どの店が狙い目か訊かれたら答えられるわ。旅先での買い物としては充分よね。そして、旅先での買い物場所としては、ここはまあ…二流ね。ショップは多いけど、そして商品も多いけど、土産物の域を出てない物も多いっていうか…免税店がいまいち使えないのが痛いわね。田舎だから流通が遅いんでしょうね、新作がないのよ。定番物を買うのならいいのかもしれないけど…………あたしはもう来ないわね。定番物を買うためだけに、わざわざこんな田舎まで来ないわよ。そりゃあ安けりゃラッキーって思うけど、何が何でもケチる必要があるわけじゃないもの。雰囲気的にはすごく燃えるものがあるけどね。
そんなわけで、買ったものを手荷物カウンターに預けた後には、あたしはすっかりニューブレットに見切りをつけていた。すると、ちょうどというか、ヤムチャがちょっとひさしぶりにそういうことを言い出した。
「なあ、到着先はどういうところなんだ?何か目玉っていうか、大きな街とかあるのか?」
「ああ、そういうことまだ話してなかったわね。到着先のフライブレットはニューブレットとは違って結構古い都市なの。目玉ってほどのものはないけど、世界有数の吊り橋とかテーマパークとかあって、わりと遊べると思うわ」
「つまり、観光がメインの都市なんだな?」
「そうね。古いったって歴史があるわけじゃないしリゾート地でもないから、今じゃそんなに人気ないみたいだけど、それなりに見どころはあるわね。何、どこか行きたいところでもあるわけ?ガイドブック見る?」
「いやいや、ちょっと気になっただけさ」
ひさしぶりだからなのか、それともヤムチャの台詞のニュアンスのせいか。あたしはこの恒例会話から、これまでとはちょっと違った感覚を受けた。
なんかいつの間にかすっかり、『一緒に旅行してる』って感じになってるわ。そりゃまあ、実際一緒に旅行してるんだけどさ。だけどなんていうか……そう、乗り気を感じるじゃない。『逃げない』以上の乗り気を。
あたしはちょっと――ううん、だいぶんいい気分になってきた。それは、旅行初日、エアポートにいた時の気分にも似ていた。これから二人で知らない場所に行くんだという高揚感。やっぱり飛行機だと遠くに行くって感じするわよね。船や列車もよかったけど、わくわく感という点では空の旅が一番だわ。ひょっとして、ヤムチャもそうなのかしら。そういえばクルーズ船は鈍いとか言ってたし、エアレールでは再三窓の外に何もないって文句言ってたわ。なまじ自分が飛べるから、焦れったいのかもしれないわねえ。
「あっ、マジックアイスがあるわ。あれにしましょ」
やがて腕を組んでやってきた人出もそこそこの出発ロビーの一角で、あたしは初日のエアポートで口にしたものにも似た食べ物の店を選び出した。こういう気分の時はやっぱりパフェよね。残念ながらあまり時間がないから、上の部分だけで我慢するけど。
「えーっとそうね、あたしベリーベリー…ううん、やっぱりストロベリーフィールズにするわ。ヤムチャは何にする?」
「俺は飲み物の方がいいな」
「えぇーっ、ノリ悪ーいっ」
「そんなこと言われても…俺、こういうのは食べ切れないんだよ」
「一人で食べるなんてつまんない〜〜〜」
「うーん…じゃあ頼むけど…食べ切れなかったらブルマが食べろよ。ブルマの好きなの頼んでいいから」
「オッケ♪」
…ほらね。確実に、来た時より乗り気になってるわ。
「ストロベリーフィールズとベリーベリー。ベリーベリーのトッピングはなし、ストロベリーフィールズにはクリームかけてね」
とりあえずダメ元で言ってみた言葉に、ヤムチャはあっさり引っかかった。あの時ほど不貞腐れていたわけじゃないとはいえ、ちょろ過ぎよね。ま、そこがヤムチャのいいところなんだけど。
「はい、どうぞ。一口食べたらあたしにも食べさせてね。そういえば、こんな風に一緒にアイスクリームを食べるのって初めてね。ヤムチャってば、いっつも飲み物飲んでばっかりなんだもん」
ふいにその事実が思い浮かんだ。いつもはそんなに意識することのない、さらに文句をつけるほどのこともない事実が。そう、文句言いたいほど付き合い悪いってわけじゃ、ヤムチャはないのよ。ただちょっと正直過ぎるのよね。
「だから苦手なんだって。喉渇いた時は水かビールが一番うまいよ。それかアイスコーヒー」
「それはわかんなくもないけどさ、デートの時は女に合わせなさいよ。っていうか、ビールはないでしょ、ビールは。それはなんか違うでしょ。あ、食べさせて。あーん、っと…あんもう、零さないでよ。下の方溶けてきてるわよ。早く食べなさいよ。…あーん。ん〜、おいしい」
「そんなこと言ったってなあ。それよりこれ、ブルマが持ってた方がいいんじゃないか?好きなんだろ?どう見ても俺より食べてるぞ」
「嫌よ。二つも持つなんて、よっぽど食い意地が張ってるみたいじゃないの。あ〜ん」
…空気読めないっていうかね。そう、言えば大抵のことはやってくれるんだけど、逆に言うと言わないとわかってくれないのが問題よね。一言で言うと鈍いのよ。だから、今だってきっと気づいてないわよ。
でも、あたしは気づいてるわ。時々寄せられる視線――シングル、カップルを問わず通りすがりの若い女があたしたちに向けている思いにね。ここ田舎だからね、あたしはもちろん、ヤムチャでさえ目立つのよ。羨望とまではいかないにしても、『いいなあ』っていう感じではあるわよね。…あたしだってそう。都会から来たらしいちょっと目立つカップルが、アイスクリームショップの前を歩きながらアイスを食べさせ合ってる……今さらこんなことがくすぐったく感じるわけはない。でも、悪くない感じだなとは思うわ。
「もう、溶けてるってばー」
フライブレットでのプランはヤムチャと一緒に立てよう。この後に乗る飛行機の中で。のんびりとワインを傾け、おいしいランチを楽しみながら。今度こそファーストクラスを堪能させてもらうわ。今回は貸し切りじゃないけど、確か就航したばかりの豪華飛行機って触れ込みだし、それも楽しみの一つ……
「あ」
その時、ハンカチが落ちた。あたしがバッグから取り出したハンカチが。胸元に滴ったアイスクリームを拭こうとして。ヤムチャってば、食べるの遅いから。これも、文句をつけるほどのことではないけれど。
でも結局は、そのことが文句をつけずにはいられない事態へと発展した。あたしが手を伸ばすよりも早く、一人の男がハンカチを拾い上げた。
「落としましたよ、お嬢さん」
「あら、ありが…………と!?」
反射的に男の方へと伸ばしかけた手を、あたしは引っ込めた。一瞬前よりもっと素早い脊髄反射で。その時には、あたしはもうハンカチのことなど、どうでもよくなっていた。
「ど…………どうして、あんたたちがこんなところにいるの!?」
思わず叫んでしまったあたしに対し、リザとエイハンは落ち着き払った声で答えた。
「兄さんは大の甘党なのよ。男のくせにね」
「こういうのには男も女も関係ないのさ」
「そういうことを訊いてるんじゃないわよ!」
今度は意識してあたしは叫んだ。よもや前髪の薄い中年オヤジがアイスクリームをトリプルで食べてる理由を知りたいわけもない。するとちょうど一段目を食べ終えたエイハンが、今やダブルになったアイスから口を離して、愉快そうに話し始めた。
「今は葡萄の成長期、醸造以降に携わる私たちにとっては、言わばオフシーズンでね。ちょっとおもしろいツアーを見つけたから、途中からでも参加してみようと旅行の日程を変更したわけさ」
「…おもしろいツアー?」
「世界一周旅行というのは時々見かけるけど、君たちのツアーのように凝ったものは初めてだよ。少人数の固定した会員制をとっているというのも気に入った」
「…気に入ったって…」
「つまり、ご一緒させていただくのよ、私たちも」
「えっ…!?」
「西の都にはプロモーションで行くこともあるからね。会員になっても損はない。少しスケジュールを調整すればいいだけの話だよ」
――青天の霹靂…
それとも、雨後晴れ後また雨ってところかしら。
あたしは半ば呆然としつつも考えた。すでに空へと飛び立っていたかのような心が、一瞬にして引き戻された現実について。
せっかく、有耶無耶のうちに別れられたと思ってたのに。さよならを言う暇も与えずに終わらせられたと思ってたのに。それがなに?途中参加?そんなのってあり…………えるか。ありえるわね。あたしたちだって、父さんと母さんの代理で参加してるんだもの。法外な旅行代金を払えるだけの財力があって、身元審査にパスすればいいだけの話よ。
と、ここでシングルになったアイスを舐め始めたエイハンが、諦めかけたあたしの神経を逆撫でする行為に及んだ。
「ところで、はいハンカチ。おや、ここのところに零れているよ」
「ぎゃあぁぁぁっ!ちょっと、どこ触ってんのよっ!」
あたしは即座に平手を放った。それは思いっきり宙を掻いた。まんまとあたしの胸元を撫でつけていったエイハンは、数歩下がったその後でわざとらしくハンカチをひらつかせて、ぬけぬけと言い放った。
「心外だなあ。アイスが零れていたようだから、拭いただけだよ。そんな目で見ないでくれよ、ただの親切なんだから。おじさん悲しくなるじゃないか」
「あらあら。困ったわねえ。でも、今のは兄さんが悪いわよ。ごめんなさいねブルマさん、びっくりなさったわよね。エイハンにはちょっと武骨なところがあるの。ほら、紳士ぶってるけど、やっぱり田舎の人間だから。どうか許してくださいね」
「そうか、驚かせちゃったのか。それは悪かったね。謝るよ」
…なーにが『謝る』よ。ちっとも悪いと思ってないくせに。絶対わざとやったくせに!っていうか、勝手に話畳まないでよ!!
「もー、ちょっとヤムチャ、あんた何とか言ってやってよ」
あたしはすかさずヤムチャを引っ張り出した。…別に、自分の手に負えないってわけじゃない。いつもはこんなことしないけど…でも、この時はいつもとちょっと気持ちが違ったの。だって、昨日とか、結構庇ってくれてたから。無意識に期待しちゃってたのよね。
ヤムチャはちょっとだけ応えてくれた。何も言わなかったけど、とりあえずあたしの前には出てくれた。アイスクリームを平らげたエイハンが、包装紙を丸めながらからかうように言った。
「やあヤムチャくん、いつもボディガードご苦労さま。じゃあそろそろ我々は行かせてもらうとするかな。まだ土産を預けていないんでね。行こうリザ、ブルマさんヤムチャくん、また後で会おう。どうか今のことは水に流していただくようお願いするよ、本当にただの親切だったんだからね」
「本当にごめんなさいね。お二人とも、これに懲りずに、これからも一緒に楽しみましょうね」
なんであたしたちが懲りなきゃいけないわけ。…この兄妹って、とことんあたしたちを嘗めてるわよね。
ふいにあたしはそう思った。ヤムチャの後ろになりながらも、もうやり過ごしたいとは思わなかった。いくらか耐性ついてきたみたい。そうよね、一日二日のことならまだしも、これから何十日もやり過ごしていくなんて、冗談じゃないわ。ここは一発ガツンと言ってやりたい。っていうか、言ってやってほしい。そう、もちろん、あたしのボディガードに。
でも、ヤムチャは何も言わなかった。というより、その前にエイハンが踵を返した。だけど続いてリザが背中を見せた後には振り向いて、しれっとした顔でこう言った。
「ああ、そうだ、親切ついでに、ヤムチャくん」
「はっ?」
「溶けてるよ、きみのアイスクリーム」
「…あっ…」
――こりゃダメだわ…
一瞬にして寄っていた眉間が延びたヤムチャを見て、あたしは即座に期待を捨てた。ここで格好いいこと言ってやれるようなやつじゃなかったわ。っていうか、むしろ言わなくてよかった。だって、手をアイスでどろどろにして啖呵切っても、格好つかないもん。
…………ま、それについては、あたしも気づかなかったから、文句は言えないんだけどね…
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