Trouble mystery tour Epi.12 (4) byB
「ルール違反なんじゃないの!?」
エアポートのど真ん中で、あたしは怒鳴っていた。
たぶん、トラベルコーディネーターに。そうね、言う権利はあるわよね。スケジュールじゃないけど、旅行の内容が変更になったことに変わりはないもの。
「いえ、エイハン様一行は正式参加ではございません。次回から正式参加なさるということで、今回は別個の旅で可能な限り同ルートを取らせて頂くという形でございまして。当面のところご一緒に行動することにはなりますが…」
トラベルコーディネーターの言うことはよくわからなかった。まあね、こういう人たちっていうのは、いつだってよくわかんないことを言うものよ。おためごかしを言うっていうかさ。
「何か問題になることがございましたか?」
「え…いえ――」
そう思っていたにも関わらず、やがてあたしは言葉を引っ込めた。
わかったからだ。トラベルコーディネーターの目の表情で。あたしがクレーマー扱いされつつあるということが。
そのうちに、エアポートにアナウンスが響き渡った。
『ご案内いたします。ニューブレット発フライブレット行ペルエール447便にご搭乗のみなさま…………』


『…みなさま、当機はまもなくフライブレット空港に着陸いたします。到着地の天候は晴、気温21度、当空港は滑走路の凹凸が多少大きいため、着陸時の揺れが想定されます。シートベルトは腰の低い位置でしっかりお閉めください』
前回乗った時には耳にしなかったその着陸アナウンスで、あたしは起こされた。
「…う〜……えー、もう到着なの?」
眠い目を擦りながらあたしが言うと、ずっと起きていたらしいヤムチャが、さっさと体を起こして軽い笑顔を閃かせた。
「『もう』って言うけど、ニ時間経ったぞ」
「まだ全然空の旅楽しんでないのに〜」
「すごく気持ちよさそうに眠ってたじゃないか」
「そんなのじゃなくって〜…」
いろいろサービスついてるのにベッドとテーブルしか使ってないし、ソーシャルエリアにも行ってないし、そう言えば乾杯し忘れたし…………ふわあぁぁ。
「失礼致します。シートベルトサインが点灯しております。お席にお座りになりシートベルトをお閉めください」
「あ、はい。ほらブルマ、席に移るぞ」
欠伸を漏らした直後、ノックと共にドアが開いて、アテンダントが声をかけてきた。アテンダントではなく、呼応するように立ち上がったヤムチャに、あたしは答えた。
「そんなこと言われても、まだ体起きてないわよ。あんた抱っこして運んで」
「おまえなあ…」
――といいつつも、運ぶ男。あー、便利便利。
個室っていいわね。どんなに扱き使…もといいちゃついても、周りには見えないんだもの。
「眠気覚ましにコーヒー飲みたいわね。淹れたてのやつ」
「無茶言うな。もう着陸なんだぞ。このミニバーにある缶ジュースじゃダメなのか?」
「やだ。コーヒーがいいの。あ〜あ、もう少し早く起こしてくれればよかったのに」
「…無茶言うな…」
何の気兼ねもなく文句言えるしね。ヤムチャ相手にならどんなに文句言ったって、クレーマーにならずに済むもの。
「何が無茶よ?せっかく、何事もなく空の旅を楽しめそうだったのに」
「何事もなく、ね…」
「ん?何かあったの?」
「いや別に…」
「…………隠すと為にならないわよ?」
「何もなかったよ!」
「あっそ」
怒鳴らなくたっていいじゃないの。瞬時に思ったそのことをわざわざ口にすることは、あたしはしなかった。別にヤムチャに怒鳴られたって怖くないから。それに加えて今のあたしは、自分以外の人のことがあまり気にならなくなっていた。起きたばっかりでまだぼんやりしてるっていうのもあるかもしれないけど…………なんかすっきりした。眠ったらすっきりしたわ。まるで憑き物が落ちたように晴れ晴れとした気分。これで何事も起こらなければ、今日は気分よく過ごせそうよ。
と思ったちょうどその時、機体が大きく左右にぶれた。慌ててシートベルトを締めたあたしの心に、一抹の不安が過った。
「ちょっと何よ、ずいぶん機体が揺れるじゃないの」
「そう言えば、さっき言ってたな。滑走路の凹凸が大きいから揺れがあるとか…」
「本当にそれだけなんでしょうね?もう前みたいなのは嫌よ、あたし。もし何かのトラブルだったら、今度はさっさと窓から逃げるからね」
「無茶言うなあ」
「無茶じゃないでしょ。ちょっと飛んで行けばいいだけだもの。大きな音を立てなければバレないわよ。あー、個室でよかった!」
不安っていうか、不満ね。何かあってもね、不安におののくようなことはないのよ。ヤムチャがいるから。大抵の危険からは守ってくれるもんね。でも、やり方がね。いまいちスマートじゃないっていうか…ドラマや映画みたいに格好よくはいかないのがね〜。
「わっ、また。んもう、何事もなく着陸してよね〜」
治まらない揺れの中、杞憂染みた軽口を叩いていると、自ずとその結論が出た。
やっぱり、何事も起こらない方がいいわね。ごくごく普通の旅行で充分、あたしは満足しているのよ。


やがて着いたフライブレットのエアポートからホテルまでは、空港専用高級リムジンバス。
レッチェルやグリーンシーニで乗ったようなリムジンタクシーは、ここには走ってないのよ。乗る人がほとんどいないから。田舎というより、庶民の観光地なのよね、ここ。高級ホテルも一つしかないし。
その一つしかない高級ホテルへと向かうリムジンバスの中で、あたしはこんな会話を耳にした。
「いやあ、驚きましたなあ。リザさんたちが隣にいたなんて。途中参加だなんて、そんなことできるもんなんですなあ」
「みなさんのなさってる旅行があまりに魅力的だったので、私たちも行きたくなってしまいましたの。そうしたらコーディネーターの方が手配してくださって。ご親切感謝しておりますわ」
「ああ、まったくローデさんは、コーディネーターとしても女性としてもすばらしい人だよ」
「いえ、そんな。お客様の目的に合った最適な旅のプランを提案させていただくのが私どもの仕事ですから。形式上ツアーとは別個の扱いなので、一部お部屋などのグレードがツアーの既定とは異なる場合があるかもしれませんが、どうかそれには懲りずに、次回からはどうぞ正式にご参加なさってください。他のみなさまがたもどうかご理解のほどよろしくお願いいたします」
「OKOK。リザさんのような美人の参加ならいつだって大歓迎じゃよ」
「まあ、うふふ。ありがとうございます」
「それに、エイハンさんにはおいしいワインをたっぷり飲ませてもらったしなあ。これで断れるようなやつはおらんよ。なあ」
ほらあの、前にヤムチャにやらしい話を持ち込んでたエロいじいさん、それとコーディネーターの中年女性を、エイハンとリザが相手にしてたの。で、それを聞いてて思ったのよ。
あたし、文句言いにいかなくてよかった。
このコーディネーター、ああいうこと・・・・・・、言いそうなタイプよね。エイハンも確実に取り入ってるみたいだし。リザはすっかりじいさんを丸め込んでるし。すでに全員に賄賂ワイン贈り済みだし…
もし文句言いにいってたら、きっとさっき見た夢と同じ展開になってたわ。こういうのも『夢のお告げ』って言うのかしらね?ともかくも、あの夢のおかげであたしはクレーマーにならずに済んだわけ。そりゃあ笑顔で迎えてやるのは癪だけど、クレーマー扱いされるのはもっと癪だからね。
そんなわけで余計な恥を掻かずに済んだあたしは、その会話を脇に除けて、窓の外へと目をやった。時は夕刻。陽はまだ傾き始めたばかりだけれど、フライブレットの街にはネオンがつき始めていた。ところどころに瞬くカフェバーのネオンサインが、あたしにそのことを思い出させた。
「…喉が渇いたわね…」
コーヒー飲みたいなあって思ってたこと。さっきと今じゃ、少し理由が違うけど。そう、今は単純に喉が渇いた。何か冷たいものが飲みたい。お酒じゃなければ何でもいいわ。なんて、殊勝に構えてみたところで、何もないのよね。高級リムジンバスっていったって、ちょっと席が広いくらいで、特別なサービスがあるわけじゃないんだから。やっぱりさっき、飛行機の中で缶ジュース飲んでおけばよかったかも…
「ほら、やるよ」
と、その時、横から缶が飛んできた。結露で濡れた冷たい缶をとっさに両手で受け止めてから、あたしは軽く首を捻った。
「これ、どうしたの?缶コーヒーなんか、どこにあったのよ?」
ヤムチャは軽く腕を組みながら、しれっと言った。
「バスに乗る前に買った」
「ちゃっかりしてるわねえ」
「文句言うならやらんぞ」
「文句じゃないでしょ。褒めたんでしょ」
「どこがだよ?」
「あんた、うるさいわよ。せっかく気が利いてるんだから、もっとスマートに寄こしなさいよ」
「さっきのお返しだ」
「お返しって何のよ?…まあ、とにかくサンキュー」
ここで面倒くさくなって、あたしは一時会話を切り上げた。ヤムチャってば、なんか思ってるらしいのはわかるんだけど、遠回し過ぎんのよ。別に怒ってるわけじゃなさそうだから、ここは無視させてもらうわ。あたしは喉が渇いてるんだからね。
「なんかちょっと変わった香りするわね、これ。見たことないパッケージだし。あ、一口飲む?」
「ああ……なるほど、癖があるな。でも、別にまずくはないぞ」
「まずいなんて言ってないでしょ。もっと飲むんだから返して」
「はいはい」
…ともかくも、喉は潤った。微かに残っていた酔いの名残も消え去った。だからやがて豪華な佇まいのホテルに到着し、16階にあるエグゼクティブラウンジで一時解散となった時、あたしはふいにかけられたエイハンからの誘いの言葉に、すっきりと答えることができた。
「ああ、ブルマさん、ヤムチャくん。この後なんだがね、パティ氏とフレイク氏の両氏に一杯奢ってもらうことになったんだ。コーディネーターのローデさんと一緒にね。双子ちゃんたちも来るって言うし、君たちも一緒にどうだい?」
「せっかくだけど、ご遠慮するわ。あたしたちこれからドライブに行く予定なの。お誘いありがとう。みなさんゆっくり楽しんでね」
うん。我ながら満点ね。この豪華なホテルの雰囲気に合った、上流階級的な受け答えだわ。
そのまま颯爽と身を翻すと、例によって一歩遅れてついてきたヤムチャが、どこか茶化すような軽い調子で、感心する素振りを見せた。
「うーん、今はまたずいぶんとスムーズに断ったなあ」
「まあね。レディはかくあるべきってわかったのよ。ま、逃げ道があればこそだけどね」
「確かにあの列車の中は逃げ場がなかったよな」
「さ、早いとこ部屋へ行って着替えましょ。ここ、少し肌寒いわ」
さりげなく近づいてきたベルボーイに案内されて、あたしたちは部屋へ向かった。部屋は18階にあるロイヤルスィート。ホテル自体は20階建てで、フライブレットタワーといくつかのビルの次に、この街では高い建物だ。
「わ〜、いい眺めね〜。街がほとんど見渡せるわ」
部屋は明るいベージュを基調とした落ち着きのある内装で、二方向からの景観が楽しめた。リビングからは街並みが、ベッドルームからはフライブレットタワーが、さらに遠くに広がるブルーゲート湾までもが見渡せた。太陽は、今はもう夕日に変わっていた。それでも真上にはまだ水色の空が残っていることを確認して、あたしは窓から目を離した。
「よっし!じゃあ着替えてドライブ行こ!ブルーゲートブリッジをオープンカーでひとっ走り!」
肌寒いっていったって、初夏から夏の終わりに変わった程度の違いよ。夏の終わりの夕暮れに、湾岸をオープンカーでドライブ。なかなかいい感じよね。気分出る〜う。
そう思っていたあたしに、ヤムチャは目をぱちくりさせて言ってくれた。
「えっ、本当にドライブするのか?」
「『本当に』って何よ?何だと思ってたのよ、あんた」
「いや、俺はただの嫌みかと…」
「アホッ」
一瞬にして、あたしの気分は潰えた。まったく、ボケてるっていうか、バカ正直っていうか。嫌みが通じてたらしいことはわかったけどね。
「ええ、ええ、そりゃ最初は嫌みだったわよ。でも、さっきも言ったでしょ。嫌なら嫌って早いうちに…」
「あ、嫌なわけじゃないんだ。そうじゃなくってただ…いや、とにかく行こう。すぐ準備するからさ、な?」
「あっそ!」
慌てたように顔の前で両手を振るヤムチャの様子に、あたしの気分は損なわれたままになった。
そりゃそうよ。あたしはただなんとなく行こうって言っただけなのに、なんで無理強いしてるような雰囲気になってるわけ?
やんなっちゃうわよね〜〜〜。
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