Trouble mystery tour Epi.12 (10)  byB
あぁ〜、燃えるわあ!
なんかすっごく燃えるわ!自分のならともかく、ヤムチャの買い物するのにこんなに燃えるなんて、初めてじゃない?
メインストリートと、その裏にあるアーケード街。大きさでは西の都に劣るけれど人混みの多さでは負けず劣らずのそのファッションエリアで、あたしはショッピングに熱を上げた。
いちいちヤムチャに振ってぐだぐだやり取りしなくていいから、買い物自体がとってもスムーズ。いいもの見つけたと思ったら、さっと試着して、さっと決断して、さっと会計する。途中で店員とやり合うこともあったけど、それだっていつもに比べたらさくさくしたもんよ。やっぱり直接相手にしてるからじゃないかしら。店員の方も、あたしに振ってさらにヤムチャに振って、とかしないし。っていうかヤムチャ、ほとんど蚊帳の外だし。…あっ、いい感じの靴!
「…ブルマ、そろそろ休もう。もう昼過ぎたし…」
「オッケー!でも一軒!この店だけ!最後にこのシューズショップだけ見てくるから!」
やがておずおずと発された休憩を求める声を、あたしはさっくりと往なした。
もうアーケード街も終わりだから。このシューズショップでちょうど最後だから。切りのいいところまで見てからご飯よ。っていうか、この店見たらもう終わりでいいわ。
そう、あたしはすっかり満足していた。この街、意外とファッションレベルが低くないのよ。確かに一流どころの数は少ないけど、代わりに地元ブランドが充実してるの。どこもこじゃれた感じで悪くないのよね。別にあたしブランド至上主義ってわけじゃないし、ヤムチャの物ともなればさらに、それで充分なのよ。
「…じゃあ、外で待ってていいかな。荷物は持っててやるから…」
「わっ、サンキュー!助かるぅ。ちょっと邪魔だなって思ってたんだ〜。じゃ、行ってくる!」
そう、充分。ついでに、ヤムチャ本人がいなくても充分。
まっ、見た目にはいるけどね。体の方は、もうこれ以上ないってくらい、あたしに付き合ってくれてるわ。服を着るヤムチャの体に、見立てるあたし。一人二役ってとこかしら。そしてヤムチャは、あたしに付き合うのと荷物持ちの、二役分散。
「いらっしゃいませ。言ってくださればサイズをお出ししますので、気になるものがありましたら、お気軽に声をかけてくださいね」
「じゃあさっそくだけど、ウィンドウに出てたビンテージ風のモスグリーンのハーフブーツ、見せてもらえる?」
身軽になったあたしは、これ幸いとショップのドアを潜り、最後の買い物を開始した。
靴って手薄になりがちよね。本人がいないと買えないしさ。そしてその本人には、たいしてやる気がないんだから。タキシードに合わせる靴だって本当は白黒何種類かずつあってもいいのに、ヤムチャってば何にも気にしてないものね。あたしが適当に買っといたやつを、何の文句も言わずにそのまま履いてる。まあ、それ自体は悪くない態度なんだけど。でもなんていうか、磨き甲斐があるっていうかないっていうか――
「それからタキシードに合わせるオペラパンプスも欲しいんだけど、そういうのは置いてるかな?」
「はい、ございますよ。結婚式用ですか?」
「いや、ただのパーティだよ。すでにもう何度か参加してるんだけど、オックスフォードで済ませちゃってたんだ。オペラパンプスって買う機会がなくて」
「そうですね。オペラパンプスは通常、専門店にしかございませんから。最近では、業界でも知らない人がいるくらいですよ。確かに普通の方にはあまり縁のないものですよね。しかしオペラパンプスが必要とは、かなり本格的なパーティにおいでのようですね。どうやら、この辺りの方ではないとお見受けしますが」
「実はそうなんだ。世界一周旅行をしていて、西の都から来たんだ」
「西の都ですか。どうりでお洒落だと思いました。しかも世界一周とは豪勢ですなあ」
最後の買い物は実に盛り上がった。ちなみに、あたしの応対をした店員は、穏やかな物腰で軽やかな笑顔を見せる、ちょっと素敵なロマンスグレー。あんまり、というよりまったく周りにいないタイプよ。あたしの知ってるこの年頃の男たちって、みんな揃いも揃って年甲斐のない、男の煩悩だけを見せつけるやつらだからね。
「お客様にぴったりのものがありますよ。こちらプレーントゥのオペラパンプスですが、エナメルではなくパティーヌなんです。さらに一般のオペラパンプスとは違って編み上げのリボンとなっております」
「へぇ、お洒落だなぁ」
「あまり女性っぽさのないオペラパンプスを、ということで職人に誂えてもらっているんです。なかなか評判いいんですよ。一時間ほどフィッティングにお時間をいただくことになりますが」
「あ、オーダーなんだ」
「はい。約一ヶ月後にご指定の場所にお届けします。お急ぎであれば、こちらの現物をお持ちになっても構いませんが」
「そうだなぁ…」
一ヶ月後か。まあそれでも、旅程は半分近く残ってるわね。
考えながら、あたしはなんとはなしにショップの外へ目をやった。ガラス越しに、軒先の柱の陰に佇むヤムチャの姿が見えた。…訊いたってきっと『どっちでもいい』って言うでしょうね、本当の本人は。だったら、わざわざ呼んで訊くまでもないわよね。
「じゃあ、オーダー頼…ん?」
あたしが決めかけた時、柱の向こう側から手が伸びてきた。男の手だ。次の瞬間、さして珍しくもない、でも非常に呆れた光景が、あたしの目に映った。
不自然な日焼けに金髪ロン毛のいかにもなチャラ男が一人、あっちのあたしに纏わりついている。あたしの手を、ではなくその手にあるショッピングバッグを持とうとしてる。『重そうだね。持ってあげるよ』ってところか。よくある決まり文句だわ。
でも、生憎ね。そのあたしは実は女じゃないし、そのくらいの荷物、ヤムチャにはなんてことないのよ。いつも持ってるし、さっきだって自分から持つって言ったんだからね。ほら、ヤムチャだって全然相手にしてない…
とはいえ、そのチャラ男はなかなかしつこく粘っていた。そして、こういう時に限ってヤムチャは女らしく応対していた。時々口を開いては、少し体を動かしてチャラ男から視線を外す…………いえ、違うわね。いつものことだわ。あたしだからじゃない。
いつまでもずるずるとガラスの向こうでやり取りしている男たち。やがて、二人への不満があたしの中にじわじわと湧いてきた。
気がつかないのかしら。そのショッピングバッグ、ほとんどがメンズショップのなんだけど。そしてあんたたちが今いるところは、メンズのシューズショップの前なんだけど。…その女には男がいるのよ。それも、今デートしてて、待ってるとこなの。ヤムチャもそういうことちゃんと言いなさいよね!
「…あの、お客様、どうかなさいましたか?」
「何でもない。その現物買ってくから、さっさと会計して。モスグリーンのブーツもね」
「サイズの方は…」
「29!」
楽しかったショッピングはこうして終わりを告げた。あたしはすっかりいつもの気分に引き戻されていた。そう、男と女、メンズとレディースが替わっただけで、あたしの抱いた不満はいつもとまったく同じだった。
なんできっぱり断らないのよ?デート中だって言いなさいよ。相手も相手よ。ちょっと考えてみればわかりそうなこんな状況で、堂々と声かけてこないでよ。相手が男だからたいして腹立ちゃしないけどさ、そうじゃなかったら怒鳴りつけてやってるところよ。
「お買い上げありがとうございました。どうぞ、よい旅を」
「ああ、うん、サンキュー」
ロマンスグレーの笑顔に見送られて店を出ると、そこにヤムチャの姿はなかった。今はあたしだから、とかいうオチではなく、柱の向こうに隠れていた。チャラ男もまだいる。しつこく食い下がってる。上ずった声が延々と耳に入ってくるので、それがわかった。
「きみ、どこに住んでるの?この辺りよく来るの?」
「あっ、じゃあオレが案内してあげるよ。オレ、ここらには詳しいんだ」
「ねえ、立ち話もなんだから、そこのカフェ入ろうよ」
…まー、芸のないナンパだこと。
ことごとく、使い古された文句のオンパレードじゃない。ヤムチャも、なんだってこんなやつに捕まってるんだか。
もっとも、それはすぐに見当がついた。チャラ男の台詞に出てきたある言葉で。
「大丈夫、何もしないよ。荷物持ってあげるだけだよ」
「友達も来ないみたいだし、いいじゃん」
友達じゃないっつーの!
ヤムチャってば、またそんな遠回しな言い方したのね。ちゃんと彼女だって言いなさいっていつも言ってるのに。ま、今は彼女じゃなくて、彼氏だけどさ。おまけに、また手握られてる。本ッ当、油断も隙もありまくりなんだから。っていうかさ、あんたが男に手を握らせるのは勝手だけどね、それはあたしの体なの。あんまり気安く触らせないでよ。
あたしはちょっぴり頭にきた。でも、怒鳴りつける気にはやっぱりなれなかった。彼氏に纏わりつく男を怒鳴りつけたりなんかするほど、アホらしいこともないわ。だいたい、男が男にこんなこと言ってるって考えると、思わず笑えてきちゃうくらいだもんね。
「やあ。そこのきみ、何してるんだい。もしかしてナンパ?」
だから、笑った。笑って、その男の肩に手をかけて、言ってやった。
「残念、彼女はずっとデートは予約済みなんだ。ナンパなら他の子にしてくれるかな?」
一度言われてみたかったのよねー、こういう台詞!甘いマスクで甘い台詞。そう、表情だって、もう練習済みよ。
にっこり笑って、流し目で。余裕と凄みを感じさせるのがポイントよ。こう、ちょっと挑発するような感じでさ。キャー、格好いい!あーん、今すぐここで鏡見たーい!
でも、ここは往来の真っ只中だから、鏡なんかがあるわけはなかった。店のウィンドウならあったけど、それを見ることもなかった。そうする間もなく、あたしは笑顔を消した。すぐさま返ってきた男の反応が、あたしの思っていたものとは違ったのだ。
「はあ?なんだよおまえ。横から掠め取ろうとしてんじゃねえよ。ここはオレのシマなんだよ、わかったらあっち行ってな」
男は手を引くどころか、敵意を露わにあたしを睨みつけてきた。余裕はともかく、凄みは伝わらなかったみたい。…まあね、ヤムチャって、わりと童顔だから。男には通用しないのかもね…
で・も。そういうやつには、また違うやり方があるんだもんねー。
「ふっふっふ、ずいぶんとでかい口を叩くじゃないか。そっちこそ、俺の女と知って手を出してるのか?ならば、それなりの覚悟はしてもらおう」
あたしは男の肩に乗せていた手を開いた。いつものように平手打ちを見舞うためではなしに。ちょっと力を入れかけたところで、男があたしを追い払おうと肘鉄を食らわせてきた。するとそれに体が勝手に反応した。
所謂、反射ってやつかしらね。気づけばあたしは、突き出された男の肘を、その開いた片手で受け止めていた。これに逆撫でされたらしい男が、今度は正面切って殴りかかってきた。あたしはそれも受け止めた。男が息を呑んだのがわかった。その一瞬の間に、あたしの目は男の今最も隙のある場所を見切っていた。
「…ぅああっ!!」
その場所に軽く一撃を叩き込むと、男はそれは派手に吹っ飛んだ。少し前から人が遠巻きになっていたせいで開けていた地面の上を無様に転がった後で、よろよろと立ち上がったかと思うと、くるりと後ろを向いて逃げ出した。一言の捨て台詞もなく。最後にきっちり謝らせたい――あたしの方はそう思っていたけど、やがて男の背中が人混みの中に消えてしまったので、諦めた。
「二度と俺の前に面を見せるな。張り合いなさ過ぎてつまらないからな」
そして、ことさらそう言った。衆人環視の中で。本当はすっごくすっきりしてたけど。
そう、すっきりした。まったくもって気分爽快。今までナンパをやっつけてやった中で、一番すっきりしたわ。もちろん、やっつけてもらった中でも一番よ。
爽やかに登場して、向かってくるチンピラをあっという間にやっつける。まるでドラマのワンシーンみたいじゃない。もっとも、それにしては決め台詞二回も言っちゃったけど。現実は、なかなかドラマのようにはいかないものね。
そして、その後の展開も。そうそうドラマみたいにはいかないわ。
「ったくぅ。あんなのビシッと一言で断りなさいよ。それができないなら無視しなさい!」
再び流れ出した人波から目を離して、あたしは息を潜めてこちらを見ているヤムチャを叱りつけた。チャラ男の声が延々と聞こえていたわけ。それを見過ごすわけにはいかなかった。
中途半端に相手するから、脈ありと思われちゃうのよ。はっきり断らなきゃダメだって、いつも言ってるのに。無駄に愛想振りまくのやめてほしいわ。相手が男でも女でも、そういうところは変わらないのね。そう考えると、感心っちゃ感心だけど。
とはいえ、いつもと違ってヤムチャは謝ろうとはせず、依然として黙ったままだった。そればかりか凝り固まったように動かなかったので、あたしの文句は心配に変わった。
「…って、どうしたの?ちょっと大丈夫?まさか何かされたの?」
あたしが駆け寄ると、ヤムチャはハッとしたように目を丸くして、ようやく口を開いた。
「いや、ちょっと…自分に見惚れて…」
「バーカ」
惚けた口調で発されたその言葉に、あたしの心配は杞憂となった。…わけはなかった。
「のんきこいてる場合じゃないでしょ。そんなだから、手なんか握られちゃうのよ。昨夜といい、あんまり他の男に軽々しく触らせないでよ。あたしが軽率な女みたいに見られちゃうんだからね!」
「そんなこと言ったって…いきなりのことで振り解けなかったんだよ」
「だったら大声出すとかして、助けを呼びなさいよ!」
「そんな、助けを求めるなんて女々しい真似…」
「あんたは今女なんだっつーの」
「それはそうだけど…」
なんという歯切れの悪い答え。曖昧な態度。
ヤムチャのことなんかちっとも心配じゃないけど、自分の身は本気で心配になってくるわ。今だってあたしがいなかったら、ひょっとしてどうにかなっちゃってたんじゃないの?男とどうにかなるわけないとかいう以前の問題みたいに思えるわよ。
これ、もしリザにでも迫られたら、断り切れないんじゃないかしら。逆に言うと、今までヤムチャは男だったから、どうにか断り切れてたってわけか。ある意味では、なるべくして男になったと言えるかな…
「しょうがないわねえ。ええ、ええ、守ってあげるわよ。ほら、荷物寄こして。それじゃ手繋げないでしょ」
「あ、うん…」
「なるべくあたしの傍離れないでね。言っとくけど、あたしモテるんだから。特にこういう街中にいる、しょうもないナンパ男にはね」
「…それは自慢なのか?」
「な、わけないでしょ」
つまんないこと訊かないでほしいわ。ええそうよ、どうせいい男には縁がないわよ。だから、あんたなんかと付き合ってるんじゃないの。
朝、鏡の向こうに見たヤムチャはいい男に見えたけど。中身はあたしだもんね。いくら何でも、自分を愛するわけにはいかないし。
軽く息をついてから、あたしは歩き始めた。ヤムチャと手を繋ぎながら。ちょっとしたナイト気分――はすでに昨夜味わっていたので、今さら盛り上がることはなかった。でも、盛り下がってもいなかった。
自然よ、自然。こんな不自然な状況で言うのもなんだけど、ヤムチャとこうしているのが自然に感じられる。見た目が入れ替わり性別が変わっても、あたしたちの関係は、そういうことには影響されてないと言い切れる。
「ねえ、ところでさあ、あの光の弾が出せないんだけど」
「は?」
「ほら、この間の天下一武道会でやってたやつよ。さっきのナンパ男、あの追いかける弾でやっつけようと思ってやってみたんだけど、出なかったの」
「あんなことくらいで技出すな!」
「あんなことくらいって何よ。女の一大事でしょ。だいたいあんたが悪いんじゃない」
「…ああ、はいはい、すみませんでした」
「かっわいくないわね。もう助けてあげないわよ」
でも助けてあげないと、あたしも困っちゃうのよね。実際に被害を受けるのはあたしの体なんだから。因果よね〜。この因果さは、絶対にヤムチャの体の資質だわ。
「それにしても、気を使うのって難しいのね。どうやって高めたり溜めたりするわけ?なんかコツはないの?」
「気なら、さっき高まってたじゃないか」
「…?いつ?」
「買い物してた時。それと、買い物するって決めた時。いてっ」
「つまんない冗談言ってんじゃないわよ、ったく」
「おまえ、叩くのはいいが力を加減しろよ。でも冗談じゃなく、本当だぞ」
「嘘、マジ?そっかー。自分でもやけに熱入るなって思ってたけど、あれ気のせいだったんだ〜」
「気のせいというか、熱が入ってたせいで気が高まってたっていうかな」
「へぇ〜、ふぅ〜ん」
「で、どこまで歩くんだ?」
「どこか良さそうなレストランが見つかるまでよ」
ご飯を食べた後はどうしようかしら。ひさしぶりに映画でも見る?
旅行先で映画?そう思わないでもなかったけど、すでにあたしはそういう気分だった。いつもの気分。いつものデート気分。
ところどころで自分が男役だったってことを思い出させられることもあったけど(レストランのドアを開ける時とか、席に着く時とか)、もともとデートの時はあたしがリードしてるんだもの、たいして変わらないわ。男と言ってもヤムチャだから、まったくわかんないってこともないし。まさしく勝手知ったる他人の体よ。取り立てて入れ替わった弊害なんかもないみたいだし、二、三日くらいなら一過性のこととして楽しんでみるのもありよね。
「ねえ、頼むもの決めた?あたしこれ。ランチのBコースね。…それでね、あたしちょっとトイレ行ってくる。このレストランのトイレ、男女共用みたいだから」
…そう、このことにだけ気をつけながらね。
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