Trouble mystery tour Epi.12 (12) byB
おいしい料理でお腹はいっぱい、ワインでほろ酔い。あたしが夜景を見ながら乾杯の音頭を取れば、ヤムチャがデザートを食べさせる。なんてラブラブなあたしたち。
そう、傍目には見えていたはずだ。あたしたち自身の間に雰囲気はまったくなかったけど。…うん、今夜は上々ね。なかなかいい夜だわ。
雰囲気がないのは、偏にこの男女逆転の状況のせい。むしろ、この状況で雰囲気ある方が異常だわ。今やあたしは完全に、そう割り切った上で、この状況を楽しんでいた。目線が違えば、感じ方も違う。男として一日を過ごし、だいぶん慣れてきたせいか、あたしはそういうことをだんだん細かに捉えることができるようになっていた。そう、気づけばそういうことって、あちこちに散らばっているものよね。
「うわ〜、きれーい。夜景って、部屋でちょっと照明を落として見るのが、一番いいと思わない?邪魔も入らないしね。それにしても、今夜の夜景はひときわきれいに見えるわ。最後の夜にふさわしい絶景ねー!」
「そうだな…」
――例えば、あたしたちの部屋から見えるこの夜景。
見るのはこれで二度目だから初めて見た時の感動はないし、そういうフィルターかかってないのはわかるんだけど、それにしたって違って見える。どことなく光源がクリアなの。そりゃ今夜の夜景が一昨日の夜景とまったく一点の違いもないわけはないけど、そういうのが理由じゃないと思うのよ。視力の違い?うん、もちろんそれはあるわよね。ヤムチャの方があたしより目はいいし。遠景視力だと結構差があるし、動体視力なんかは比べものにならないし。
でも、それだけじゃないと、あたしは思うのよね――
「でも…君の方がきれいだよ…」
「はいっ?」
「な〜んてね。冗談よ、冗談」
――だって、男ってこういうことを言う側なんだもの。ヤムチャだって例外じゃないわよ。現に、この前言ってたでしょ。あんまり雰囲気なかったけど。
だから、視力じゃなくて視点が違うのよね。あ、目線の高さっていう意味での視点じゃなくてね。観察力とか発見力とか、そういう意味での視点よ。ヤムチャがそういうの発揮してるとこって、あんまり見たことないけど、それはきっと惚けた性格のせいであって、本能的にはあるのよね。
あたしがそう考えたのは、やがて自然と目についたからだった。そして、それ以上考える間もなく手が動いたので、あたしはまったくヤムチャの体の本能の赴くままに、空いたその場所へと手を伸ばした。今はあたしである惚けた性格の人間が、怪訝そうな声を上げた。
「んっ?」
「あ、やっぱりちょっと変よね。あたしもよ。変な感じ。でも、こうするしかないのよねえ。あんたがあたしの肩を抱くのはもっと変だし」
「…確かに」
そ、こんな風にね、いいムードだなって思ったら肩を抱いたりして、シチュエーションの中で流れを作っていくのは、男の本能であり仕事よ。だから、物の見え方が違うんじゃないかしら。こう、自分自身が流されないようにさ。っていうか、ヤムチャのやつ、意外と気づけてるんじゃないの。おかしいと思ってたのよね。戦ってる相手の動きとか、人の気配とかには敏感なのに、女の扱いにだけ疎いなんて。やっぱり性格よねー…
あたしはそんなことを考えながら、ヤムチャの肩を抱き続けた。ともすれば隣に傾けたくなる頭を抑えて。あたしの心にはあたしなりの本能――というか習慣が残っていた。…思わず寄りかかりたくなるのよね。寄りかかる胸は今はないんだってのに。ともかくも、充分に夜景を堪能したと思えるくらい時間が経つのを、あたしは待った。
こういうのはゆっくり始めるのが肝要だと思うの。少なくとも、あたしはその方が好き。今はどうしたって雰囲気出ないんだから、そういうこと大事にしなくっちゃね。
「ねえ、どうする?今夜…する?」
あたしはゆっくり、でもはっきり訊いた。ヤムチャからの返事はなかった。だけど、わからなかったのだとは思わない。ツーカーとまではいかないにしても、こういうことはわかるようになってるはずよ。っていうか、わからなかったら『何を?』って訊いてくるに決まってるわ。そういうやつだもん、ヤムチャは。わからないことを訊き返せないようなプライドはない。だから、いつもそれで雰囲気がぶち壊しになっちゃうのよね。そう考えると、訊き返してこないのは上出来と思うべきなのかしら。
「…っていうか、したいな〜、あたし」
「お、おまえは何を考えてっ…冗談でも笑えないぞ!」
ほらね、やっぱりわかってた。
ヤムチャの肩から手を離し、今度は正面から言ってやると、ヤムチャは途端に後退りして叫び散らした。その場違いな言葉にも態度にも、あたしの気分は損なわれなかった。もともとたいして気分出してないし、雰囲気だってなかったからだ。ただ、わからせてやる必要は感じた。だから、にっこり笑って言ってやった。
「そうよね。笑えないわよね。そして、そんな笑えない冗談、あたしが言うと思う?」
「なっ…あっ、おまえ酔ってるな!?自分が注ぎ役だからってやたら飲んでるとは思ったが…」
「まあ、少しは酔ってるかもしれないけどね。でも、本気よ」
「なお悪いぞ!」
ずいぶん反発するわねえ…
あたしの脳みそ使ってるみたいだから、わかってもらえるかと思ったんだけどな。…まあね。心が入れ替わっただけで、一心同体になったんじゃないしね。もともとツーカーってわけじゃないし、しかたないか…
あたしはさほど落胆することはなく、自らの心の内を吐露した。
「だってさ、興味あるのよね。男がどう感じてるのか。異性の感覚ってどんななのか。あんたは?全然興味ないの?あたしがどう感じてるのか」
「…………な、ない」
「うーそうそ。今のその間は何よ?」
あたしはまた笑った。今度は作り笑いではなしに。まったく、ヤムチャってば嘘がつけないんだから。そうよね。そりゃ気になるわよね〜え。自分の相手がどう感じてるのか気にならなかったら、むしろ問題だわよ。
「あ、言っとくけど、あたし不満があるわけじゃないのよ。あんたに体験させて考えさせたいとかじゃないから。あたしにあるのは、不満じゃなくて純粋な好奇心。ちょっと味わってみたいだけなの。だから、そんなに深く考えなくていいのよ。安心した?」
「するわけないだろ!」
「強情ね〜」
怒鳴り散らすヤムチャの姿は、あたしに少なからず呆れを与えた。なんか、いつもより強情なような気がするのよね。正直言って、ヤムチャがここまで嫌がるとは思ってなかったわ。
とはいえ、やる気がなくなりはしなかった。あたしの心にこの思考の種を植え付けたのはヤムチャだもん。さっきデザートを食べるまでは、こんなこと考えもしなかったんだから。責任取ってもらうわよ。
「ぅっ…!」
あたしはヤムチャの手を取った。これまでのどの時よりも強く。
「ふっふっふ。力では勝てないのよね〜」
「ひ、卑怯だぞ!!」
でも、痕なんかは残らない程度に。だって、これはあたしの体だから。
「いいじゃない、見た目が違うだけで相手は同じなんだし。っていうか、体の持ち主であるあたしがいいって言ってんだから、何の問題もないわよね」
「大ありだ!!」
そうよ、自分の体だもん、本当に傷つけるつもりはないわ。あたしには、ヤムチャが本当の本当に嫌がってるわけじゃないってことがわかっていた。だって、あたしの顔見てるもん。本当に嫌なら背けるはずよ。さっきはそうしてた。あのナンパ男には。
その証拠にというべきか、やがてあたしがベッドルームへ引っ立てようとすると、ヤムチャは非難しているというよりは問いかけるような視線で、最後の抵抗をした。
「ブルマ、おまえ、女相手に力で捻じ伏せるのか…!?」
「合意の上ならいいのよ」
あたしはそれをさっくりと往なした。っていうか、そんなこと言うなら、もっと女らしくしなくちゃね。女らしくされたら、あたしもやる気なくなるわよ、きっと。
もちろん、そんなことは教えてやらなかった。女とやりたいわけじゃない、あたしはヤムチャとしたいの。この状況でそれを言うのは矛盾してるし、あまりにもシュール過ぎると思った。ともかくも腹は立たずとも少し焦れったくなってきたあたしは、ヤムチャの体を持ち上げ、ベッド目がけて放り投げた。
「な、なんだとっ…ぅわ!」
まあ、軽い。あたしって軽いわね〜。こんなに軽いと思わなかったから、ちょっと力入れ過ぎちゃったわ。
そんなわけで、あたしならぬヤムチャは、ベッドに頭から突っ込んだ。そしてその後、逃げ出そうとはせずに、あたしに向き直った。何かを噛み締めるようなその表情でそれと悟ったあたしは、さっそく口火を切った。
「はい、観念したわね。じゃあ、さっさと服脱いで。それから早いとこ濡れてくれない?あたし本番はしたいけど、前戯はしたくないのよね。さすがにそれは変態チックだと思うわけ。キスくらいならって気はしないこともないけど、たぶん何も感じないと思うのよ。それどころか、萎えちゃうんじゃないかしら。だって、自分の顔だもんね。ということでバックね。前戯なしでいきなりバックって大変そうだけど…しょうがない、ローション塗るか」
「おまえなんでそんなもん持ってんだ!?」
「備えあれば憂いなし。そういう言葉知らない?」
「答えになってねぇ…あっ、こら!」
顔を真っ赤にして叫ぶヤムチャの隙を突くのは、簡単だった。そもそも隙も何も、最初っから足開いてるんだもん。足は閉じとけって、あたしさんざん言ったのに。言うこと聞かないからこうなるのよ。なーんて、意地悪過ぎかしら。
「ちょ、ちょっと…あの、なんかすごく変な感じなんだけど…なあ、ブルマ…」
何とも言えない表情で、足掻く未満の動きをするヤムチャの気持ちが、あたしはなんとなくわかった。だから、その態度を正当化させてあげる台詞を一つ、言ってあげた。
「男に恥掻かせるんじゃないわよ」
そうよ。今さらダメだなんて言うのはなしよ。すでに始まっちゃってるんだから。あたしだって、そういう感じになっちゃってるんだから。
そうなの。あんまり大きな声じゃ言えないけど、あたしすでに用意できちゃってるのよね。どういう経緯でそうなるのかなんて、感じる暇もなかった。男の生理的現象って、唐突ねえ。
あたしは理解と不理解を同時に感じながら、ヤムチャの体をひっくり返し、服を脱がせた。
ま、それだけあたしが魅力的だってことよね。体はヤムチャのなんだから。
あたしが変態なわけじゃないわよ。
inserted by FC2 system