Trouble mystery tour byY
その話を持ちかけられたのは、外で修行を始めて一ヶ月後、そして一ヶ月ぶりにブルマと会った時だった。
「…と、いうわけ」
「いきなりな話だなあ」
ごく自然に持ったこの感想を、ブルマはきっぱり否定した。
「いきなりじゃないでしょ。今、説明したじゃない」
だからその、説明自体がいきなりなんだよ。
そう思いながら俺はコーヒーを啜り、一ヶ月ぶりの外界を見渡した。デート日和とも言える青い空。カフェテラスを吹き抜ける爽やかな風。カップルや家族連れで賑わう都の街並み。…まあ、いきなり話の腰を折ることもないか。
「遊びに行くとしたってさ、何もわざわざ飛行機で行くことはないんじゃないか。飛んでいった方が早いと思うぞ」
当然抱いたこの感覚も、ブルマはきっぱり否定した。
「嫌よそんなの。即行で着いちゃったりしたら、遠くに行った気しないじゃない。移動中の景色やサービスも楽しみの一つなんだから。それに、遊びじゃなくて旅行!あんたに手間はかけさせないわよ。あんたはただ当日の朝うちに来てくれればそれでいいから」
「なんで当日?」
「待ち合わせよ。待・ち・合・わ・せ!その方が雰囲気出るじゃない。本当は外で待ち合わせしたいところだけど、一人じゃ二人分のトランク持っていけないからね」
「トランク?荷物なんか全部カプセルに入れちまえばいいじゃないか」
「それじゃ雰囲気出ないでしょ」
面倒くさいこと考えるなあ。俺はそう思ったが、口には出さなかった。それよりもっと強い思いが、心を席巻していたからだ。
わけわからん。
不自由なのが楽しみなのか?だいたい、どうせそのトランクだって、きっと俺に持たせるくせに。まあ、荷物持ちくらい、何の苦でもないけどさ。
「まあ、そんな感じよ。だから今日の予定は変更!ショッピング付き合ってね。服、全然足りないから。父さんってば、いっつも言い出すの遅いんだから。聞いてよ、昨日昼になってからいきなりパーティの話出されてさあ」
「なんだ、またダブルブッキングか」
「違うわよ。今度のは家族招待!父さんたらあたしになんの断りもなく招待受けたのよ!」
「それはそれは…」
「今日じゃなかったから行ってあげたけど。おかげで寝不足よ」
ここで、俺たちはカフェを後にした。そのまま会話を続けながらブルマは俺の腕を取り、ショッピングエリアへと歩き出した。そして寝不足とは思えない元気さで、片っぱしからショップに入り、片っぱしからそこにある服を試着した。俺はその三分の一には感想を述べ、三分の一にはただ頷き、三分の一は店員に任せた。その後カウンターレストランで2人並んでメシを食い、なんとなくぶらついて最後に軽くキスをした。それで、俺たちはペアではなく一人の男と一人の女に戻った。
「じゃね〜。20日の朝8時半にうちに来てね」
そう言って笑顔で手を振るブルマに、俺も笑顔で手を振った。ブルマの乗るエアカーが視界から消えたところで手を止め、空へ身を翻そうとした段になって、気がついた。
…俺、いつ『行く』なんて言ったんだっけ?




約束の日の朝、軽く体を解してから、俺は修行とカプセルハウスを畳んだ。
よく覚えていたからだ。旅行の日時と、それに対するブルマの意気込みの強さを。
30着は買ってたよな。一体一日に何回着替えればそんなにたくさん服を着ることができるのかはわからないが、とにかく買っていた。それほどまでに気合いの入った約束を反故にする勇気は、俺にはない。俺にあるのは、俺にもその着せ替えごっこが適用されないよう、祈る気持ちだけだ。
とりあえずいきなり口実を与えるのを避けるため、それなりに着飾った服装で西の都へ向かった。ジャスト8時半、C.Cのドーム屋根が視界に入ってきた。少し遅れたな。また文句を言われるな。そう思いながら飛行速度を落としたのだが、風を切る音の代わりに聞こえてきたのは、都会の喧噪ではなかった。
「ォウオォォォ〜〜」
住宅地のど真ん中から轟いてくる、都会の喧騒を掻き消す、汽笛のような音。俺はその音に、聞き覚えがあった。外で修行を行う際に時々足を踏み入れる密林と、普段住んでいる場所にある密林で、よく耳にする動物の鳴き声。足元に目をやると、ほぼ真下の公園の一角にその光景が見えた。
「ねえ、もう一回しっぽ叩いてみようよ」
「もっと鳴いてー」
はしゃぎながらその尾の周りに群がっている子どもたちと、噴水に頭を突っ込んでいるパラサウロロフス。軽く1ダースを越えている子どもたちの半数は、手に手に棒を持っていた。
「ねえ、きみたち。ちょっとおにいちゃんにその恐竜、見せてくれないかなあ」
すかさず地に降り立って、返事は待たずに割り込んだ。振り向かせたパラサウロロフスの首には、思った通りそれがついていた。真ん中に鈴を通した赤いリボン。やっぱりブリーフ博士のペットだ。また勝手に外へ出たんだな。
「よし、散歩は終わりだ。もう帰るぞ」
すっかり野生を失っているパラサウロロフスの首元を叩くと、本恐竜(確か名前もついていたはずだが忘れた)ではなく周りの子どもたちが騒ぎ始めた。
「えー!連れてっちゃうのー?」
「やだー。もっと遊びたーい!」
無邪気に残念がる子どもたちの顔の向こうに本気で怒る人間の顔を見ながら、俺は宥めた。
「ごめんね。この恐竜、おにいちゃんの知ってる人のペットなんだよ」
「本当!?恐竜ってペットにできるの!?すっげー!帰ったらママに頼んでみよーっと!!」
「そうだね。あ、でも、ここで恐竜を見たことは、言わないでもらえるかな」
「うん、わかった。すっごいなー!恐竜がペットかー!よーし、ぼくも恐竜飼うぞー!!」
いいなあ、子どもは無邪気で。何にも不思議に思わないんだな。これなら大丈夫だな。
正面からその身を抱え込みかけると、パラサウロロフスは少し抵抗した。きっと覚えてるんだろう。前にも俺に連れ帰らされたことを。たいして困ることもなく頭を後ろにして担ぎ上げたところ、子どもたちが少しだけ驚いたように俺を見た。
「おにいちゃん、力持ちだね!」
「まあね」
それでも何か訊かれたりはしなかったので、俺はそのまま地を蹴った。すると途端に子どもが叫んだ。
「あっ!わかった!あのおにいちゃん、C.Cの人だ。あそこに空を飛ぶ人がいるって、ママが言ってた!」
ヤバイ。バレちまった。
「あたしんちのママも言ってた!本当だったんだー」
「どうやって飛んでるのかなあ」
「きっと発明品なんだよ。あそこのおじさん発明家だってママが言ってたもん」
「じゃあそのうちデパートにも並ぶかな」
無邪気だ…………
俺は少し苦笑してから、その発明家のいる家へと急いだ。
完全に遅刻だ。こりゃあ、とことん怒られるな。あそこのおねえさんは怖いからな。
などと、ことさら第三者的な物の見方をしながら。


思った通り、遠目に見えた時点で、その声は聞こえてきた。
「ヤムチャ、おっそーい!!」
俺はすぐには答えなかった。まだだいぶん上空にいたからだ。いくらなんでも、空の上と下で大声を張り上げてのケンカはごめんこうむりたい。
「悪い。こいつが――」
だから地に着いてから説明を始めたのだが、それはすぐさま遮られた。
「ちょっと、何よ。あんたまで恐竜なんか拾ってきて…しかもよりによってこんな日に」
「いや、そこの公園で見つけたんだよ。こいつ、ブリーフ博士の飼ってるやつだろ」
「へ?……ちょっと、父さん!父さーん!」
少しだけ怒気を受け止めてから本当のことを話すと、本来パラサウロロフスのいるはずの一階の庭の窓へと向かって、ブルマが叫び始めた。ここで俺はパラサウロロフスを地面へ下ろしたが、パラサウロロフスは俺から離れることなく、怒っているのかじゃれているのか、俺の頭を甘噛みしてきた。たいして痛くもなかったし面倒くさかったので、俺はそのままにしておいた。そうするうちに、博士がやってきた。
「おや、カトリーヌじゃないかね。こんなところにいたのかい。どうりで餌の時間なのに顔を見せないと思ったよ」
「『思ったよ』じゃなくて、ちゃんと探してよ!」
あ、カトリーヌだったか。
正直なところ、俺はそれしか思わなかった。
「そこの公園で水飲んでたんですよ」
「他には?何か悪さしてなかった?それより周りには誰もいなかった?」
「子どもが群がってた。みんなすごく喜んでた」
だが、ブルマはそうではないようだった。端的に俺が言うと、途端に片手を頭に当てて、わざとらしくよろめき始めた。何を考えているのかは、だいたいわかる。ブルマって、他人のことに関しては常識家なんだよな。自分のことは棚に上げてさ。…バレたってことは言わない方がいいだろうな。
「一応、口止めはしといたぞ」
「無駄よ、そんなの…」
軽く宥めてやるとブルマはよろめくのを止めたが、今度は大きな溜息を吐いた。それはそれはわざとらしい溜息を。
やれやれ。
『まあ、そんなに気を落とさずに』。などと言う気は、俺にはなかった。そんなことを言えば逆鱗に触れるのが目に見えている。『他人事だと思って』…たいして怖くはない逆鱗だが、今はちょっとな。
「旅行はどうするんだ?行くのか行かないのか」
だから、ただそれだけを俺は言った。すると途端にブルマは元気になった。
「すぐ行くわよ。今エアカーを…わっ!もうすぐ9時じゃない!ヤッバーい。完璧遅刻だわ!」
「飛んでくか?」
「そうして!あっ、トランク、カプセルに入れなくちゃ。空のカプセルまだあったかしら」
「いいよ、そんなの。そのままで持っていけるよ」
こうして俺は、自ら荷物持ちを買って出ることとなった。おまけに、早くも飛んで行くことが許された。プーアルとウーロンがどことなく呆気に取られたような顔をしていたが、この際それは気にすまい。
ブルマを抱き上げて、指先にトランクを引っかけた。軽く体を宙に浮かすと、俺はすっかりいつもの気持ちになった。いつもの、時々無意味に夜空を駆って帰ってくる、デート帰りの時の気持ちに。違うのは、帰るのでは行くということと、ギャラリーがいるということだ。
「じゃあ、行ってくるな」
「行ってらっしゃい、ヤムチャ様!」
「楽しんでおいで」
「お達者で〜」
「ヤムチャ、早く!間に合わない!」
2つ目の要素が少し照れくさかったので、俺はさっさとその言葉を口にした。応えるみんなの声をほとんど無視して、ブルマがさっさと先を促した。だから、俺はさっさとその意に従った。空へ上がりC.Cを後にしてもブルマの曇り顔は変わらなかったが、攻撃対象はすっかり変わっていた。
「あ〜あ、ジャケットこんなにしちゃって。髪もぐしゃぐしゃよ」
言いながら、両手の塞がっている俺の代わりにジャケットを整え、髪に手櫛を入れ始めた。まったく、怒ってるんだか、そうじゃないんだか。っていうか。
…思ってたよりは、怒られずに済んだな。
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