Trouble mystery tour Epi.2 (5) byY
花売りの少女に手を振って、俺は広場の違う隅へと移動した。そして再びドリンクショップを探した。その結果、意外なものを見つけた。
道の端に停めたエアカーへ、ひょっとするとその体よりも大きいんじゃないかと思える大きさの買い物袋を運び込んでいる子ども。いや、子どもではない。あれは…
「餃子!餃子じゃないか!」
意外ではあったが、間違えるはずはなかった。こんな暑いところでこんな暑苦しい帽子を被っているやつは、他にはいない。
「あれ、ヤムチャ。どうしてここにいる?」
「おまえこそ何してるんだ、こんなところで」
「買い出し。水、なくなったから」
「ああ、水か」
この餃子の台詞でだいたいの見当がついた。あそこは食料よりも水調達が大変なんだ。でもその欠点を補って余りあるほど修行しやすいんだよな。特に技の開発にはもってこいだ。何しろ広いからな。
そう納得したところで、もう一つ納得の事実が現れた。そう、餃子がここにいるということは、当然…
「意外だな。おまえが買い出しをするとはな」
挨拶抜きにそう言ってやると、天津飯は至極真面目な顔で呟いた。
「おれだって飯は食うぞ」
「そりゃそうだ」
思わず笑いが漏れた。こいつはジョークを言っていなくてもおもしろいんだ。本人は気づいていないようだが。
「おまえも修行…じゃなさそうだな。デートか」
「…まあ、そんなところだ」
俺は否定しなかった。ポーズをつけるという選択肢はすでに捨てていた。武着とはまるで正反対の、動きにくい服。おまけに手には花。どう誤魔化しようもない。だからといって、本当のことを言う気はなかった。『90日間の旅行をしている』なんてとてもとても……天津飯のことだ、たいして乗ってくるとも思えない。『それは結構なことだな』とか、そんな真顔みたいな笑顔で言われてはたまらない。居た堪れないにも程があるというものだ。
「立ち話もなんだから、どこか入らないか。奢るからさ。…というより、付き合え。俺、ビール飲みたいんだ」
真顔を崩さない天津飯ときょとんとしたままの餃子とを、すぐ近くのビアガーデンへ押し込んだ。テーブルに腰を下ろしても、2人は何も言わなかった。だから俺は勝手にオーダーした。
「ビール3つ。あ、こいつ大人だから」
流れ的にはいつものことだ。こいつら何も言わないくせして、結局は付き合うんだ。店で飲むのは初めてだけどな。
「いやー、久しぶりだな。1年ぶりくらいか」
ビールを煽ってからさりげなく水を向けると、2人はジョッキを引き寄せつつ答えた。
「その後に一度来ただろう。餃子が寝ついた直後にな」
「それで餃子起こされた」
俺は否定しなかった。ちゃんと覚えていたからだ。
半年ほど前の修行中。突如近くの空に閃光が閃いた。なんとなくわかった。それで挨拶に行ったわけだ。軽く体を吹っ飛ばしてくれた礼を兼ねて。2人は驚いてはいたものの、俺の持っていったビールを受け取った。餃子はともかく、天津飯はきっちり俺と同量飲んだ。なのにこいつら、その後場所を変えたんだぞ。ひどいやつらだ。
そして、それを流してやった俺にわざわざそのことを思い起こさせて、平然とした顔で俺の前でビールを飲んでいる。まったく、ひどいやつらだ。
「今どこにいるんだ。やっぱり岩場で寝泊まりしてるのか」
今度は直截的に訊ねた俺に、2人はまたひどい態度を取った。
「おまえには教えん」
「なんでだよ…」
「ヤムチャうるさい。ヤムチャ来ると餃子寝られない」
「何だと!?おまえだって一緒に飲んでただろうが!」
「教えずとも気でわかるだろう」
「そりゃあそうだが」
反応がいいんだか悪いんだかわからないこんな感じの会話を、俺たちは非常にのんびりと続けた。ちょうどジョッキが空いた頃、正面の広場にブルマが戻ってきた。
「おーい、ブルマ、ここだここ」
俺はビアガーデンのテラスの最も端の、通りに面したテーブルのさらに通り側に座っていた。もちろんブルマに見つかるためだ。思った通り、ブルマは俺をすぐ見つけた。
「あっ!ビール!ずるーい、あたしも飲みたかったのに。我慢してたのにー!」
そして次にビールを見つけた。天津飯と餃子を見つけたのは、一番最後だった。
「あれー?天津飯さんじゃない!餃子くんも!ひさしぶりねー、こんにちは!」
「…あ、ああ…こんにちは…」
「こんにちは」
俺は笑いを噛み殺すのがやっとだった。餃子はともかく、天津飯のこの顔。真顔で苦笑いできるのは、きっとこいつくらいのものだろう。おまけに『こんにちは』ときたもんだ。
だが、その噛んでいた笑いが苦虫となるのに時間はかからなかった。
「何してんの、こんなところで?」
「買い出し。水、なくなったから」
「へぇ、今どこに住んでるの?」
「…住んではいない。近くの平野を転々としている」
おまえ…………
その態度の違いは何だ。いくらブルマの押しが強いからって、口を割るの早過ぎじゃないか。俺の時みたいにもっと粘れ!
「そっか。がんばってね。…あら?何かしら、この花」
ブルマはまた、花を見つけるのも早かった。俺は天津飯たちの手前、本当のことを言っておいた。
「さっきそこの広場で買ったんだ。花売りの子からな」
だいたい買った時点でわかるだろ?男は自分のために花を買ったりはしない。半分はあの子のため、半分はブルマのためだ。
「花売り?あんたまた物売りに捕まったの?もう、あんたはすぐそういうのに捕まっちゃうんだから」
ブルマはいかにもかわいくない態度を取ったが、俺は別に構わなかった。捕まったのは事実だ。それに、言っていることはともかくこの口調にはもう慣れている。本気の入った冗談というところだ。
「いくらで買ったの?」
「200ゼニー」
「っかー!たっかーい!!」
とはいえ、その後のブルマの態度はまったく解せないものだった。頭を抱えて天を仰ぐというオーバーアクションへの驚きも相まって、俺は一瞬呆然とした。
「高いって…たったの200ゼニーだぞ」
「値段自体がじゃないわよ。あんた言い値で買ったでしょ。こういうところの物売りはね、まず3倍の値段でふっかけるっていうのがセオリーなの!」
なんだそりゃ…
3倍って、それじゃ普段は6、70ゼニーで売ってるってことか?それじゃ生活できんだろ…
「ふっかけるって…そんな風には見えなかったけどな。おとなしくって、素直そうな子だったぞ」
いろいろな意味で俺は呆れた。そういえばブルマのやつ、ガイドブックを読みまくったとか言ってたな。余計な知識まで蓄えやがって。仮にもしそうだとしてもだ、ああいう子には騙されておけばいいんだよ。子どもが働くっていうのは大変なことなんだぞ。だいたいたったの200ゼニーじゃないか(実際には500ゼニー払ったけど)。…こいつ、ケチじゃないはずなんだけどな。昨日は何も言わなかったし…
俺は少しだけ不思議に思った。その感覚は間違ってはいなかった。ただ、気づくのが遅かった。
「素直そうな…どんな子?」
「こ、子どもだよ、子ども!何も知らなさそうな…そう、赤ずきんちゃんみたいな!」
「つまり女だったわけね」
この時俺はさっきの女の子でもブルマでもなく、自分自身を恨んでいた。どうして俺はいつも始まってしまってから気づくんだ…!
「まったく、あんたはどうしてそう女にいい顔するのよ!」
「いい顔って…ただ花買っただけじゃないか」
『相手は子どもだぞ』。そう言うタイミングはすでに逃してしまっていた。いや、それを言ってもダメだったかもしれん。事実、この前はダメだった…
「相場の3倍の値段でね!」
「いいじゃないか、それだって十分安いんだし。わかったよ、今度男の花売りから花買ってやるからさ、な?」
「何その言い方!あたしは別に花がほしいって言ってるわけじゃないのよ!」
わかってる。そんなことわかってるよ。だけどさ…
ブルマも成長しないなあ…………
深い情けなさと共に、俺はそう思った。いつもはそこまで思わない。というより、初めてだ。だけど、やっぱり思うじゃないか。何日か前にも同じようなやり取りをしたじゃないか。ずっととは言わないけど少しは覚えていてくれたっていいじゃないか。俺あの時、すごくがんばったんだぞ。…そう思うじゃないか。
「ああ、わかったから。もう買わないから。ほら、天津飯たちが困ってるぞ。な?」
自分を含め今この場にいる全員のために、俺は声を和らげた。まったく、天津飯のやつ誤魔化すってことを知らないんだからな。そりゃ喧嘩してる時に誰かに取り計らわれたことなんてないけどさ、それにしたって驚き過ぎだろ。餃子もだが。
「あ…ああ…」
「はぁぁ…」
「ほらな」
2人が思いのほかバカ正直に頷いてくれたので、俺は思わずそう言ってしまった。そして、またもやそれに気づいたのが遅かった。
気づくと同時にブルマが踵を返していた。座ってもいないチェアを荒々しく押し戻すというおまけつきで。
「あっ、おい。ブルマ、どこへ行くんだ」
俺は訊いたが、なんとなくわかっていた。『あんたのいないところ!』もう何度も聞いた台詞だ。でも、この時のブルマはそうは言わなかった。
「べーだ!!」
口にしたのはただその一言だけだった。あとはもう顔が雄弁に物語っていた。今では俺の呆れはすべて自分自身に向いていた。
最後の一言。あれは本当に余計な一言だった。あれはもう完全に口が滑った。
「はぁ〜〜〜……」
ブルマがあっという間に視界から消えてしまったので、俺はもう気を遣うこともなく深い深い溜息を吐いた。こういう時に吐くものとしては、きっとこれまでで一番軽く重い溜息。それは自分の脳裏にまで響いていたが、その声を聞き漏らすことはなかった。
「笑うなよ」
少し凄んで言ってやると、天津飯は表情を戻さずに呟いた。
「ああ、すまん。ついな…」
「それが『すまん』と言ってる顔か」
まったく。今この時こそ真顔を通すべき時だろうが。
「餃子、おまえもだぞ」
「へ?」
終始何もわかっていないような顔をしていた餃子は、俺の言葉にもやっぱり何もわからないような顔をした。でも、俺は知ってるんだ。こいつは立派な大人だ。酒だって飲めるし、煙草だって吸っても咽たりはしない。それなのに、いかにも何もわかってないような顔しやがって。半ばはそれに騙されて俺は口を滑らせてしまったというのに。
「しょうがないな、もう…」
俺が軽く頭を掻きかけると、天津飯と餃子は逆に軽く姿勢を正した。
「さて、そろそろ行くか、餃子」
「うん。もう帰って修行する」
「おまえら、ひどいやつらだな」
事ここに至って、俺は言ってやった。それでも2人は態度を変えなかった。天津飯に至っては、すっかり真顔となってこう言った。
「おまえだって行かなければならないんだろう?」
「まあな」
俺は否定しなかった。何を誤魔化しようもない。誤魔化す理由もない。
ただ少しポーズをつけたい気分ではあったので、俺も真顔を作って笑った。
「修行、がんばれよ」
「…おまえもな」
だから、そういうことをそんな真顔みたいな笑顔で言うな。
ジョークを言っても言わなくてもおもしろいなんて、卑怯なやつもいたもんだ。俺なんか、何を言っても水泡に帰すというのにな。
inserted by FC2 system