Trouble mystery tour Epi.2 (6) byY
天津飯たちと別れた後、俺は飛んで船へと戻った。
他の心当たりの場所にブルマが見当たらなかったからだ。飛んでいる最中にも見つけられなかった。船には戻ってくると思うんだ。そこまで怒っているとは思えない。何よりこれはブルマの旅行なのだから。
デッキの手摺りに凭れてタラップを見下ろしながら、俺は考え続けた。何と言って謝ろう。ということではなかった。
だって、俺は何も悪いことはしていない。ちゃんと話せばわかるはずだ。だから俺が考えるべきは、ちゃんと話をする方向へブルマを持っていくこと。だけど、それが一番大変なんだよな…
青い空を背景に、過去のパターンを宙に並べてみた。と言っても、パターンなど2つしかない。一つはブルマが部屋に立て篭もること、もう一つは俺が追い出されることだ。
「あっ、ヤムチャさん早いですねー」
「一人ですかぁ?こんなところで何してるんですかぁ?」
ふいに横から声がした。区切りの度に声をかけてくる双子の声が。二人は手に手にアニマルプリントの土産袋を持っていた。どうやら今戻ってきたところらしい。
「うん、ちょっとブルマを待ってるんだ。途中から別行動になったもんでね」
俺はすぐに笑顔を作って、事実としては本当のことを口にした。双子はというと、やっぱり笑顔で、でもこんなことを言った。
「そうなんですかぁ。大変ですね」
「大丈夫ですよぉ。ブルマさんはちゃんと帰ってきますって」
やれやれ。…………バレてきてるな。
俺は再び宙を見た。そこへさらなる双子の声が飛んできた。
「ヤムチャさん、これあげます。パンダ印の煙草」
「ルートビア動物園限定品でーす」
一瞬俺は考えた。…まあ、いろいろなことを。でも、結局は受け取った。そしてただ貰うのではなく、等価交換ということにしておくことにした。
「ありがとう。じゃあ、俺もこれあげるよ」
「わー、花束!!かっわいいー!」
「…ちょっとちょっと。あのー、いいんですか?これブルマさんにじゃあ…」
「いや、そういうんじゃないから」
煙草くらいならいいだろう。そしてこの花はたぶんもう不要だ。むしろない方がいいような気がする。この子たちに関してはブルマもわかってきたようだし…
そう。この子たちのことがわかったんだから、さっきの花売りの子のことなんて、もっと簡単なはずだ。
少し気を緩めながら、船室へと消えていく双子に手を振った。しばらくすると、ようやくブルマが戻ってきた。
「おかえり」
とりあえずはそう言ってみた。言わば様子見をしたわけだが、ブルマからの反応は非常にわかりやすいものだった。
「べー」
ただ一言そう言って、さっきと同じように舌を出した。…あんまり変わってないな。まあそうかな。まだそんなに時間経ってないからな。
ブルマはそのまま船内へと入っていった。例によって、俺を無視して。俺はいつものようにその後を追いかけ、もう一声かけてみた。
「なあ、ブルマ」
「何よ!?」
即攻で返事が返ってきた。例によって、俺を睨みつけながらの返事が。…全然変わってないな。まだまだダメだなこれは。
今はそっとしておくことに俺は決め、荒々しく先を進むブルマの後を歩き続けた。一見矛盾しているようだが、そうではない。まだ確かめておかなければならないことがある。
明るいフロント。そこから続く薄暗いフロア。光溢れるエレベーターホール。落ち着いた照明のロビー。今はまだ灯りのついていないスィート。
最後にベッドルームのドアを開けて、ブルマは叫んだ。
「夜ごはんは別々よ。レストランに行きたいなら、今日は7時半からだからね。当然あたしは行かないけど!」
そしてまたもや俺を睨みつけて、この際はクラシカルな造りであることが恨まれる手動のドアを、力強く閉めた。その瞬間、俺は思わず両目を瞑ってしまった。
こ…怖〜…
予想していた態度だが、やっぱり怖い。本当に怖過ぎだぞ、おまえ。
それでも俺は気づいていた。ブルマが今のところ、俺の存在を否定する台詞を吐いていないということを。さっきの『あんたのいないところ』然り、『どっか行って』『ついてこないで』などのことを。
ま、今はそれでよしとしておくか。


そんなわけでブルマがベッドルームに篭ってしまったので、俺はリビングで略礼装に着替えた。
レストランに行く気はなかった。そんな気分ではない。それにワインを注ぐ相手がいないんじゃ、ボトルも開けられん。
さてでは何を食いにいくかと考えていると、ベッドルームのドアが開いた。反射的に目を向けると、今度はブルマは何も言わずにただ俺を睨みつけた。そしてまたもや荒々しい足取りで、そのまま部屋を出て行った。俺は溜息をつきながら、その後を追った。
話しかけるためではない。ただ後をつけるためだけに、後を追った。その時のブルマの服装が、その俺の行動を決定づけた。
ドレスアップするのはいい。だがよりにもよって、そんなドレスを着ることはないだろう。それはどう考えたって、男が一緒にいる時に着るドレスだろ。どうして鎖骨は隠しているのに谷間はまるで隠さないんだ。その、不自然に脇腹を見せたい理由は何だ。
首の後ろに回しただけの一枚布と、やっぱり腰に引っかけただけの一枚布を、丸いバックルで繋ぎ留めただけのドレス。はっきり言って、映画の中でしか見たことのないデザインだ。こいつ、一体どこでこんなドレスを見つけてくるんだ。おまけにそういう格好で、レストランではなくカフェに入るんだぞ。いくら何でもTPO考えてなさ過ぎだろう…
夕時の騒がしいカフェの中ですら浮いて見えるブルマを、俺もまたカフェの片隅から眺めていた。とはいえ、特に目を光らせたりはしなかった。この船の中には、そんなガラの悪いやつはいない。武天老師様のような人はいたが、それだって大っぴらなものじゃなかった。みんな金持ちらしく、ちゃんと紳士だ。カフェに入ってきたばかりの人間はさすがに目を奪われているようだが、ほぼ一瞬の後に目を逸らす。それがいいことなのかどうかは微妙なところだが、少なくとも悪いことじゃないのは確かだ。
それなら見張ってる必要はないじゃないかと、きっと思うだろう。俺自身もそう思う。だがそう思い通りに動かないのが人の心というやつでな…
カフェの食事はなかなかに美味しかった。そこそこに腹を満たし食後のコーヒーに手をつけた頃、俺の心はまた少し緩やかなものになった。俺は今ブルマと喧嘩中で、無視されているという事実を受け入れながらに後をつけ、さらに陰から見ているという、なかなかに姑息なことをしている。それにも関わらず、そうなった。
昔はよく思ったものだ。
ブルマはどこに行っているんだろう。ハイスクールをサボって一体どこで何をしてるんだろう、と。喧嘩してハイスクールを飛び出していった時にさ。結局はわからずじまいだったけど。
…ああ、一度だけわかったことがあったな。悟空とドラゴンボール探しに行ってた、ってな。R・R軍を相手にしながら。あれがわかった瞬間には、もう喧嘩なんてどうでもよくなったものだ。その後そうじゃなくなったけどな。……しかし、ドラゴンボールで恋人を願った場合、そいつは一体どこから現れるんだろう。何もないところからいきなり生まれてくるのか?それとも出会いが約束されるのだろうか。一体どういう風に付き合っていくんだろう。絶対に喧嘩はしないということになっているんだろうか。…なかなか興味深いな。見てみたいとはまったく思わないが。
俺はのんびりと考え続けた。ブルマがのんびりとカフェに居座っていたからだ。我ながら緊張感が足りないような気はする。
いつもと違う場所でする、いつもの喧嘩。俺はやっぱり、浮足立っているのかもしれない。


ブルマがカフェを出て行ったので、俺も続いてカフェを出た。今度は後をつけるためではなかった。
そろそろ話ができるかな、と思った。いたって普通の足取りであるように思えたし、席を立つ前に非常にのんびりとスプーンでエスプレッソの底に溜まる砂糖を掬って甞めているところを見た。別にそれほど注視していたわけではないぞ。あの行為は傍目になかなかわかりやすい行為だ。
とはいえ、ブルマが客室のあるフロアでエレベーターを下りなかったので、俺はもう少しだけ後をつけることとなった。場違いな人波の中を抜けて次にブルマが行ったのは、人も疎らな夜のデッキだった。
腹を満たした後は、目の保養。静かな夜の海と、その上に輝く星空。ま、らしいといえばらしいよな。だが――
「っくしゅっ!」
デッキの手摺りに凭れるなりブルマがそうくしゃみを漏らしたので、俺はそれ以上何を考えるまでもなく出て行かざるをえなくなった。…そうだろうさ。そういうことをしたいならそれなりの格好をしてこい。子どもだって腹を出して外へ行ったりしないぞ。
「そんな格好してるから…」
ジャケットをかけがてら隣に行くと、ブルマは一瞬俺を見たが、すぐに目を逸らしてこう言った。
「あんたね。どうしてそういうこと言うのよ。こんな時くらい褒められないの!?」
その口調は予想外に荒っぽいものだった。それで俺はようやく気づいた。…どうやらまた口が滑ったらしい。言ってはならないことではないと思うが、タイミングが悪かった。
「昨日からずっとなんだから。せっかくひとがドレスアップしてるのに、いちいちケチつけてくれちゃって。一体どういう神経してんのよ、あんた!」
「ごめん。でも、ケチをつけたわけじゃないんだ。ただちょっとその格好がそぐわないと――」
「同じことでしょ!」
うう…
あらゆる理由から、俺は口を噤んだ。この心理を伝えるのは難しい。というより、厳しい。この会話の雰囲気と流れでは。そもそも話がズレてきている。
「ジャケットは結構よ。もう中に戻るから!」
叩きつけるように返されたジャケットを頭から除けると、すでにブルマは後姿となっていた。俺はすぐさま後を追いかけ、半ば無駄を承知で声をかけた。わかっていたからだ。ここは様子を見ている時ではないと。
「待てよブルマ、ちゃんと話を――」
「話すことなんか何もないわよ」
「じゃあ聞くだけでも――」
「わかってない話なんか聞きたくない!」
幸いにしてエレベーターには誰も乗ってこなかった。ロビーにも人気はなかった。だがそのいずれでもブルマは態度を緩めず、部屋に入ったらと思ったら即行で出て行った。
「言っとくけど、あたしお風呂に行くんだから。ついてきたって入れないからね!」
そう叫んで正面から俺を睨みつけて、触れるだけで作動するはずのエントランスのドアコンソールを力強く叩いて。その瞬間、俺は目は瞑らなかったが、今度は思いっきり固まってしまった。
うは……怖い…
何度味わっても怖い。本当にブルマの怒り方ってパワフルだなあ…小さなことでも大きなことでも、同じように目いっぱい怒るんだから。
そう思いながら、俺はジャケットを投げ捨てた。惰性でシャツのボタンを外して、そのままバスルームへ向かった。まあ、何だ。
とりあえずは、『 鬼の居ぬ間に洗濯』だ。

シャワーのコックを捻りながら、ふと思った。
ちょっとボタンをかけ違えたって感じだな…
或いはどこかでボタンを押したんだな。腹の虫を起こすボタンをさ。…花か。そうだな、あれだ。わかりきったことだ。…ブルマが怒るかもしれないということも、わかるべきだった…
考えながら、一日の汗を泡と共に流した。それから再び泡に塗れさせた肌にシェーバーを当てて、考え直した。
ドレスについては一概にそうは言えないか。だって別にケチつけたわけじゃ――あるかな。どうだろう。微妙なところだな…
でも要するに結局は、そんな程度のことなんだよな。
ゆっくりとバスタブに体を沈めながら、そう結論づけた。
そうよくあることではない。こんな風にのんびりと風呂に浸かりながら原因を究明するというのは。 大概は空の上とか――何かの乗り物の中とか。つまるところ移動中だ。今も船で移動中ではあるのだが、 これは元からの予定によるものだ(俺の知らない予定だが)。おそらくはそれが一番の理由となって、俺はこういう時としてはわりあい冷静に構えていた。
困ったものだな、ブルマにも。本当に全然変わらないんだから。変わらないどころか、より厳しくなっている。何しろ今回は相手の顔も見ていないのだ。よくそれであそこまで怒れるものだと感心するよ。おまけに思いっきり喧嘩拡大させやがって。ま、それを言ったら俺もだが。きっかけ(しかも似たような)を与え続けたのは俺なんだからな…
さて、どうしようか。
のぼせるほど湯に浸かった後で、そう思考を進めた。体を拭き衣服を身に着けた段になっても、答えは出なかった。謝るようなことじゃないと思うんだよな。別に謝りたくないというわけじゃない。そもそも、すでに謝った。花とドレスのことについては。だが、さすがに腹の虫にまで謝る気にはなれん。いつものように様子を見るしかないか。あまり気は進まないが。寝るまでに落ち着くだろうか…
ペリエを口にした頃には、さすがに少し気が重くなってきていた。ひょっとして、俺はいない方がよかったりするだろうか。そう考えた時、ブルマが部屋に戻ってきた。
「ただいま〜」
怒っているというよりはどことなく気だるげに、ドアのロックもせずにリビングへ入ってきた。俺はいろいろな意味で不意を衝かれて、とりあえず返事を返しておいた。
「…おかえり」
「……あ、あんたに言ったわけじゃないわよ。独り言よ、独り言!」
一瞬の間を置いて、そう返事が返ってきた。出て行った時よりは幾分軽い、だが数倍早い足取りで、ブルマはまたもやベッドルームへと消えた。…もう完全に意固地になっているな。こりゃあ今夜はソファ決定だな…
最後にブルマが残したドアを閉める音を聞いて、俺はそう思った。そしてその後に思い出した。ドアのロック、かけておかなきゃな。
そんなわけで、俺は内側から部屋のロックをかけた。かといって、窓から出て行くつもりもなかった。だって、やっぱりブルマは出て行けとは言わなかった。もし言われても、そこのところくらいは食い下がるつもりだった。
ま、いいんじゃないかな。
たまには傍で待ってみるというのも、悪くない。
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