Trouble mystery tour Epi.3 (3) byY
スロットを始めてから小一時間。目の前のマシンが打ち止めになったところで、酒を一杯奢ることにした。
スロットに目をつけたのはブルマだから。謂わばブレーン料。それに元手となったチップもブルマのものだから。…ではなかった。
ちょっと飲ませたくなった。俺がスロットに高じている間、ずっと後ろから首に手を回してきていた女に。
とはいえブルマはグラス二杯で頬を赤らめるほどかわいい女ではないので、それ以上の気持ちにはならなかった。先日ブルマがカジノで着ていたドレスにも似た衣装のウェイトレスからグラスを受け取ってから、今日はいい意味で非常に『らしい』格好をしている人間に声をかけた。
「で、このチップどうする?」
「そうね〜…」
ブルマはジャックポットはともかく、その結果吐き出されたチップにはさほど興味はないようだった。軽くグラスに口をつけてから、軽い口調で言い切った。
「パーッと使っちゃいたいわね、こういうのは。どうせあぶく銭だしね」
「同感」
俺は心から頷いたが、ではどうするかということには、まったく考えがなかった。パーッと使うといっても、女を侍らせて酒を飲むくらいしか思いつかない。でも、それはもうできているしな…
つまるところ俺も、チップの行く末にはたいして興味がないのだった。何か買ってやろうかな。そう思った時、ブルマが言った。
「だけど、目ぼしいものはみんなやっちゃったわよね。ルーレットにポーカーにスロット…あと何かあったかしら。豪遊するにしたってレストランはどこもタダだし…」
俺の考えていたことに似て非なることを。男と女の感覚の違い。それを感じながら、俺は言ってみた。
「買い物にでも行くか?」
「それのどこがパーッとなのよ」
ブルマの反応は、思っていたよりもずっとかわいくないものだった。どことなく眉を寄せて、あまつさえ口を尖らせてそう呟いた。だがそれは自分でもどうかと思うことに意外でもなんでもなかったので、俺はさらに言ってみた。
「いろいろあるだろ。宝石のついたアクセサリーとか何か…」
宝石そのものとは言えないところが少し情けないがな。当然、車なんかを買うにも及ばない。本当にあぶく銭…
「やめてよ。思い出させないで!」
そんな小さな俺の憂いは、ブルマの大声に吹き飛ばされた。俺は完全に呆気に取られて、グラスを煽るブルマを見た。…どうしてここで怒るんだ。おまけに、声が妙に鬼気迫っている。訳がわからないだけになおさら怖いぞ。
逆を言えば、どうして俺は訳がわからないのにビビッているんだろう。先ほどのイカサマ男への怒りにも似た気持ちになって、俺は口を噤んだ。するとブルマが今度はゆっくりと呟いた。
「ドレスでも買おうかな」
「ドレス!?もういいだけあるだろ。同じの着てるのまだ一度も見てないぞ」
俺は思わず突っ込みを入れてしまった。俺は日頃ブルマの買い物には口を出さないようにしている。ある意味ではそれが元で昨日喧嘩になったわけだ。とはいえ、この突っ込みは半ば以上反射的なものだった。
そうしたら、ブルマはこんなことを言ったのだ。
「だってどれも気に入らないんでしょ」
それはそれは嫌みったらしい口調で。俺はすっかり頭を抱え込んだ。…元の木阿弥。一炊ならぬ一夜の夢…
「だからそれについては昨夜あれほど――」
「昨夜のことは言わないで!!」
またもやブルマは大声を上げた。そしてまたもや俺は口を噤んだ。でもそれは、先のように剣幕に押されたからではなかった。
単に、ブルマの顔色のせいだった。昨夜、一瞬だけ見せたものによく似た表情のせいだった。ブルマがそれを隠すようにそっぽを向いてしまったので、俺は思った。…もっといっぱい飲ませておいてやればよかったな。そうしたら弁解の余地もあっただろうに。
この時、笑いを堪え切れていないということは自分でもわかっていた。それでも、後ろを向く気にはなれなかった。真っ赤な顔をしてそっぽを向いているブルマは、とてもかわいかった。そういう態度を示されると、また苛めたくなるよ。
とはいえ実際のところは、笑う俺の手からブルマが酒を引っ手繰っていったというのが現実だった。自分の手から物を奪っていく人間がいるという事実。まさかそれを噛み締めたわけではないが、ブルマを咎める気には俺はなれず、この際すべてを流してやった。
「ああ、はいはい。じゃあ買い物だな。思う存分ドレスを買いまくってくれ」
ついでに長い買い物に付き合う腹も決めた。それでもブルマは態度を変えなかった。依然として仏頂面で無言を通していた。それはちっとも怖くはなかったが、意外ではあった。
ずいぶんと吹っ切りが悪いな。…ああいうのに弱いのかな。


ブルマはこの旅行に気合いを入れている。そしてショッピングとあらば、いつも気合いを入れる。だからその態度は当然と言えば当然のものだったのかもしれない。
だが、実際にブルマがそれを表に出した時、俺は思わず突っ込みを入れてしまった。
「ショッピングならカジュアルでもいいわよね」
「何、また着替えるのか」
「だってこれ動きにくいんだもの。試着だってしにくいし」
「そんないちいち着替えてたら、服が何枚あっても足りないじゃないか」
俺はブルマのワードローブを心配していたわけではない。また、それを買うための金を心配していたわけでもない。俺は俺自身の身を心配していた。
正装しなきゃならないというのはまだわかる。しかし、カジュアルにまで着せ替えごっこを持ち込まれてはかなわんぞ。だいたい、チャイナドレスが動きにくいというのは錯覚だ。これはもともと騎馬用に作られた服なんだからな。
その予備知識を、俺は心に秘めたわけではなかった。ただ俺がそのことを言うより先に、ブルマが口を開いたのだ。
「だから買いに行くんでしょ。あんたも気にいるようなやつをね!」
そしてあろうことか、またそう言った。俺は思わず天を仰いだ。…二度あることは三度ある…
「だから、そのことは昨夜言っただろうが!」
おまえバカじゃないのか。俺は必死にその言葉を呑み込んだ。どうして墓穴を掘るようなことをわざわざ言うんだ。その言葉も呑み込んだ。呆れはしたが、苛める気はなかった。そうしたら、ブルマはこんなことを言ったのだ。
「えー?昨夜、何て言ったんだっけ?」
それはそれはわざとらしく、手を添え耳をそばだてて。その瞬間、俺はすべてを諒解した。言葉を呑むと共に、心の中で呟いた。
ああ、そうですか…
まったく、底意地の悪いやつだな、おまえは。かわいくないというより、底意地が悪い。見透かされているのは当然としても、それを逆手に取るか。こういう性格のやつに知恵を与えないでほしい。
俺の呆れは深まるばかりだった。ブルマは逆撫でしたつもりのようだが、そうはならなかった。嫌みにも聞こえやしない。もちろん、言わせたがっているなどとも感じなかった。まるっきり子ども染みた、幼稚な売り言葉。そうとしか思えなかった。
だから、流してやった。流した上で、ショップのあるプロムナードではなく部屋へと向かうブルマをとめた。
「昨夜のことはともかくだな。今はこのまま行こうぜ」
部屋に戻るの面倒くさい。もうそれしか考えてなかった。ブルマの反応などこれっぽっちも予想していなかった。
「ともかくって何よ。誤魔化す気?」
「そのドレスすごく似合ってる。文句のつけようがないくらいな。だからずっとそれ着てろ」
それでも、その台詞を口に出すことはできた。ブルマの反応がパターン通りだったからじゃない。本当のことだからだ。
それきりブルマが黙ったので、俺は黙って手を取った。もちろん、部屋ではなくどこぞのショップへ連れ込むために。俺を見るブルマの顔はとても納得したようには思えなかったが、俺にはフォローする気はなかった。
本当は逆をしてやりたいところを自重してんだ。感謝してほしいくらいのもんだよ。


そんなわけで、ブルマはすっかり元気になった。文句をつけたくなるくらい、元気になった。
だが、その思わず文句をつけたくなる気分を、俺は抑え込んだ。ロイヤルプロムナードに立ち並ぶショップの中でもひときわ派手なドレスショップに入った時に。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
「あ、いいわ。自分で選ぶから。いろいろ買いたいから。…適当に選ぶから、ヤムチャあんた最後に見てよね」
「はいはい」
それなりに商魂を覗かせるショップの店員と、それ以上に買う気を見せるブルマを前に、俺はひとまず気を抜いた。
今日は店員には任せられない。いつももそれなりに見てやってるつもりではあったが、今日はそれ以上に見てやらないとな。そしてブルマが買うのは一着や二着ではないのだから、気を長ーく持っておかないと。
俺は気を長ーく持って、壁際に設えられていたベンチに腰かけた。すると早くもドレスを漁り始めたブルマの横に、見知った女の子が二人現れた。
「わっ!」
「わっ!びっくりした!」
物陰から飛び出して驚かすという、非常に子どもらしい登場の仕方で。なんかこの子たち、知れば知るほど子どもっていう感じがしてくるな。
「こんにちは、ブルマさん。ヤムチャさんも。お買い物ですかぁ?」
「ブルマさんもドレス買うんですかぁ?」
「まあね。あんたたちはやっぱりお揃いのドレスを買うの?」
「もちろんですぅ」
「それが双子の特権ですからー」
「ふーん、そう…」
つい数日前には焼きもちを焼いていたとは思えない落ち着きで、ブルマは双子と話していた。だから俺は心おきなく、視線を投げてきた双子の片割れに手を振ってやった。ふとそのことを思った時、ブルマが言った。
「そういえばさあ、あんたたちに訊きたいことがあるんだけど」
「なんですかぁ?」
「どっちがリルでどっちがミルなわけ?」
「あっ、あたしがリルでーす」
「あたしがミルでーす」
「ふーん、そう…」
あ、こっちはミルちゃんか。
髪がブラウンで、どちらかというと後から声をかけてくる方がミルちゃん。ブロンドの髪の、より元気な方がリルちゃん。
双子はそれほど似てはいなかったが、俺はとりあえず一番わかりやすい資質で区別することにした。そんなことを考えられるほどには暇だった。でも俺はこの、ブルマが服を選んでいるのを待つ時間、というのが嫌いではない。心浮き立つほどに楽しいわけではないが、嫌ではないのだ。
「ねえ、ヤムチャ。あたしこれから試着するから、着たら見てね」
一人で考え込んだ末にか、店員に声をかけた後にかはその時々で違うが、とにかく最後にブルマは俺を呼ぶ。意外と一緒にいるっていう感じがするんだよな。特に喧嘩をした後は。
ちなみに、今日は双子と何やら問答した後だった。丈がどうとかこうとか。さらにはまたこんなことを言ってきた。
「言っとくけど、お世辞はいらないからね。後で文句つけることのないように、ちゃんと見てよ。気になるところがあるなら、買う前に言ってよね」
だから、文句つけたわけじゃないってのに。
思わず呆れ笑顔になりながら、俺はブルマを見送った。つまり流した。わかってるから、流しておいた。
かつて自分が言ったことを忘れてしまった俺が悪い。それを踏まえてこんなことを言うブルマは、ちょっとしつこいけど悪くはない。うん、仲直りしたっていう感じがするじゃないか。
ともかくもブルマがフィッティングルームへ消えてしまったので、俺はまた待機することとなった。なんとなくベンチに座り直す気にはなれずにフィッティングルームの近くにいると、ブルマの入って行ったのとは別のボックスのドアが開いた。
「お客様、いかがですか」
「えーと、こっちのサイズだとウェストがきついんですよぉ。でもこっちだと胸が余っちゃうんですよね」
リルちゃんが、自分とミルちゃんのドレスを交互に指差してそう言っていた。スリーサイズは同じなのか。双子って便利だなあ。
「それでしたらこちらの胸をお詰めになるのがよろしいですね」
「そうですかぁ。どうする?買う?」
「うーん、どうしよー。あっ、ヤムチャさん、これどうですか?」
「うん、かわいいと思うよ」
「そうですかぁ。じゃあ、これにしよーっと」
やっぱりアイドルの衣装みたいだけど。
ウェストに大きなリボンのついた、光沢のあるピンクの生地のミニドレス。それに対する正直な感想を、俺は引っ込めた。今の俺にははっきりとわかっていた。ドレスの形じゃないんだ。着ている人間の資質なんだ。この子たちは見た目もノリも、そういう感じなんだよな。
そこへいくとブルマは違う。ブルマはこの子たちくらいの年の頃から、すでに女の雰囲気があった…
「ヤムチャ、どこー?」
ほいきた。
再びお呼びがかかったので、俺は双子からも過去からも目を逸らし、ブルマのところへ行った。少々気を引き締めながら。できるだけ水を差したくないという気持ちはいつもと同じにあったが、いつもと違う感覚があることもまた事実だった。
シチュエーションを考慮する必要があるな。カジノのようないかにもな場所へ行っても、ハマり過ぎないように。それと、昨日みたいに一人で出歩かれることもあるだろうから(この現実から目を逸らしていてはいかん)、そういう時でも大丈夫なものを買わせないとな。
「これ!なかなかいいでしょ?」
先ほどのつんけんした様子はどこへやら、にこやかな表情でブルマはくるりと裾を翻してみせた。白地に濃いピンクの大きなバラが散らばった、どことなく胸元のリボンがあざとく感じられる、雰囲気のあるドレス――
俺は慎重に慎重に言葉を紡いだ。
「うーん、ちょっとラインがはっきり出過ぎてるかな」
これはまあ言葉通り。
次は柔らかな紫色の、まるで年下を弄びそうな雰囲気の、形はシンプルだが布が妙に緩やかで本当の意味であざといドレス――
「少し脇ぐりが開き過ぎなんじゃないか」
これじゃ動いたら胸が見えるぞ。
さらに目も覚めるようなエメラルドグリーンの、体にぴったりフィットした、一見シンプルなドレス――
「背中をそこまで出すのはちょっと…」
いくら何もないところとはいえ、腰がまるっと見えるのは…ちょっと覗いたら見えるんじゃないだろうか。
最後に、白地に薄金の刺繍が妙に透明感を感じさせるチャイナ風のドレス――
「そのスリットは深過ぎだろ」
普通にしてたら平気かな。でもなあ…
いつもと違う気持ちで事に当たった結果は、いつもと全然違うものになった。俺が実際にも心の中でも肩を竦めていると、ブルマが呆れたように言い放った。
「あんた、本当にうるさいわねえ」
「おまえが言えって言ったんだろ」
「そうだけど、少しは褒めることもしなさいよ」
その台詞は俺を非常に不本意な気持ちにさせた。だって、まるで俺が一方的に文句をつけているみたいじゃないか。俺だって褒めてやりたいと思ってるんだ。だからいつもはそうしていたんだ。それだって、いつもはラフな服が多いからこそできたことだが。
「おまえが悪いんだよ。変な色気あり過ぎなんだ。そういう服を着た時点で、そんな風に見えるんだから。昨夜のパジャマだって…」
「ちょっと!こんなところでそんなこと言わないでよ!」
事実だろ。
そう言ってやりたいところを、俺はぐっと我慢した。シチュエーションを考慮した結果だ。子どもたちにこういう会話を聞かせたくない。もちろん店員にも聞かれたくない。しかたなく妥協点を探し始めたところ、ブルマが居丈高に叫んだ。
「最初と最後のは買うわよ。こんなシンプルなのまでダメ出しされてたら、何も買えないんだから!」
それがおまえにとってのシンプルか。
心の中でそう突っ込みを入れてから、俺はブルマの言葉を受け入れた。
シチュエーションを考慮しなければ妥当なところだと思ったから。一人で出歩かせなければ問題ないと思ったから。
つまるところは、かなり好き系だったのだ。
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