相変わらずちょっと浮いているな…

チャイニーズレストランの前にいた双子の後姿を見た時、俺はそう思った。

双子はお揃いのドレスを着ていた。さっきドレスショップで試着していたやつだ。俺が後押ししてやったやつ。それで俺は、この時一つ思い知った。

俺はどうやらまた同じ失敗をしてしまったらしい。

ショップの中で見た時はかわいいと思ったんだよ。ドレスというよりは衣装に見えるけど、それはそれでこの子たちらしいかなって。でも、こうして雑踏の中で見てみると、やっぱり異質だ。似合っていないというわけじゃない、このドレスを着ているこの子たちそのものが、違う意味で目を引くのだ。双子だからということを考えても、それにしても…

「あんたたち寒くないの？っていうか、触られたりしてない？」

ふいにブルマがそう言った。俺にじゃない。双子にだ。それで俺はまた一つ、思い知らされた。

そういうこと、全然考えていなかった。

言われてみれば、確かに丈が短過ぎ…のような気がする。アイドルの衣装なんてそんなもんだと思ってたから、気にしなかった。それ以前に子どもだから、そういう目で見ていなかった。でも、女のブルマがそう言うってことは、きっとそういう感じなんだろう。いやぁ悪いことしたなぁ…

「あっ、ブルマさん」

「全然なんともないですよ。ここ人が多いから暑いくらいですー」

「ふーん、そう…」

とはいえ当人たちは、まったく何も気にしていないようだった。実際、振り向いた時にスカートが思いっきり翻ったが、短さの割りに中が見えたりはしなかったし、何かを感じさせたりもしなかった。ま、子どもだからな。それに害を受けてなきゃいいんだ。…たぶん。

「さ、入るぞ」

そんなわけで、俺は少しの後ろめたさを感じながらも、レストランのドアを押した。趣きある外観のチャイニーズレストランのドアはなかなか古風な手動開閉式…

「あ、お二人ともここ入るんですかぁ」

「この店ちょっと変ですよ。チャイニーズレストランなのに北京ダックがないんですよー」

それにも関わらず飛んできた双子の声は、俺にとってはそれほど意外なものではなかった。俺が意外に思ったのは、俺より早くブルマがその声に答えたことだった。

「北京ダックはたいてい予約制よ。ちゃんとしたレストランならなおさらね」

「えーっ！そうなんですかぁ。ちぇー、食べたかったのにー」

「どうする？入る？」

「うーん、どうしよー。北京ダックならいっぱい食べれるんだけどなぁ。他のはそんなにいっぱい食べられないよね。二人じゃねー」

「そうだよねー」

「でも中華食べたーい」

「だよねー」

そして双子の会話がここに至っても、店に入らないことだった。俺は当然と言えば当然の気持ち半分、保育士の気持ち半分で双子に声をかけた。

「じゃあ、一緒に食べようか」

「えっ！わーい、ありがとうございまーす」

「一緒に食べま〜す！」

そしてその直後、数日前の気持ちを思い起こすこととなった。

「ちょっとぉ、ヤムチャ〜」

初めてこの子たちに声をかけられた時にも似た表情で、ブルマが俺を見たからだ。だがその後立ち去らずに詰め寄ってきたので、俺はこう言うことができた。

「大勢の方がいろいろ頼めて便利だろ。言っとくけど、俺一人だったら誘わないぞ。ブルマがいるから誘ったんだぞ」

「そんなの当たり前でしょ。偉そうに言わないでよ」

言わないとわからないくせに。

俺は少なからず呆れたが、すぐにそういうことをしている場合じゃなくなった。

「二人と一緒にごはん食べられるなんてうれしー！」

「ごちそうさまでーす」

「ちょっと！奢るなんて言ってないわよ！！」

「ああ、いい、いい。俺が奢るから。金はまだいっぱいあるからな」

自ら茨の道に足を踏み入れたかな。そう思わないでもなかったが、身を竦めるほどではなかった。ちゃんとわかっていたのだ。すでにブルマは、この子たちをそういう対象としては見ていないということを。

俺だって、それほどバカじゃないのだ。

女三人、男一人。その面だけを見れば大変華やかな席にも思えるだろう。でも実際は違う。

一側面としては、落ち着いたチャイナ服を着た大人が二人に、派手なアイドル風のドレスを着た子どもが二人。もう一目で混合部隊とわかる様相だ。『女を侍らせて酒を飲む』には程遠い。そしてもう一側面としては――

「えっとー、フカヒレ！それとエビチリ！あ、やっぱりエビマヨがいいかなぁ。ねぇミル、どっちがいいと思う？」

「えー、どうかなー。あ、お二人は何がいいですかぁ？」

「ああ、何でも好きなもの頼んでいいよ。何でも食べられるから。ブルマ、おまえは？」

テーブルについて間もなく、双子に対して済まないと思う気持ちがなくなった。この子たちは他人に流されるタイプじゃない。そう思った。

「あたしは紹興酒！」

「おまえ、そんな初っ端から…」

「中華といったら紹興酒でしょ」

――やっぱり茨の道だった。そう、こいつも他人に流されるタイプじゃないんだよ…

そんなわけで、俺はすっかり侍らされている気分になっていた。これは決して女の園の中に男一人放り込まれたから、というわけではないと思う。

「えっとー、カニ玉！あとしゃぶしゃぶ！」

「あたしから揚げ！それと肉団子！」

ブルマの態度をまるで気にしない双子を横目に、俺は気を長ーく持つことに決めた。広くではない、長くだ。どうも俺は心を広く持つと失敗するみたいだから。だから『おまえ本当に何も食わないつもりなのか』と突っ込んでやりたいところを抑えて、メニューそっちのけで、メニューにかかり切る双子に声をかけるブルマを見ていた。

「そういえばさあ、あんたたちに訊きたいことがあるんだけど｣

「なんですかぁ？｣

「あんたたちの親ってどこの成…いえ、何してる人なの？何の会社やってるわけ？｣

「あー、パパは普通の人です。ママのおじいちゃんが何かいろいろやってます。穴掘って金とか銀とか探したり」

「おじいちゃんってすっごく優しいんですよ。この旅行もバースデープレゼントにくれたし」

「ふーん、そう…｣

ブルマの質問を受けても、双子はこちらのことについては何も訊いてこなかった。これはメニューにしか興味がないからなのか。それともフレイクのように、もう知っているからなのか。そんなことを考え始めた時、ブルマが言った。

「じゃ、あたしあわびのクリーム煮」

ほいきた。

そんなわけで、俺は最初で最後の仕事をした。

「あ、オーダーお願いします。冷菜盛合わせ、フカヒレうま煮、エビチリ、カニ玉、羊肉のしゃぶしゃぶ、鶏の唐揚げ、肉団子、あわびのクリーム煮、三種海鮮XO醤炒め、酸辣湯、それと紹興酒、デキャンタで」

中華ってのは楽なもんだ。オーダーさえ通してしまえば、後は各々のペースで場が進むからな。これがフレンチみたいなコース料理だったなら、俺はこの子たちを誘わなかったと思う。

途中でオレンジジュースを追加オーダーしたりしながら、俺は場の流れに従った。懐を気にする必要はなかった。いつもだってそれほど気にしているわけではないが、この時は特になかった。俺が気にしたのはただ一つ、デキャンタの中身だけだ。

「ペース早いぞ。そろそろやめとけ」

ブルマは着々と有言実行していた。中華といったら紹興酒であることは否定しないが、中華料理が紹興酒であるわけではない。そう言ってやりたいほどに。ボトルではなくデキャンタで頼んだ意味全然ないな。そう心から思うほどに。

ブルマは少し穿った言い方で、俺の言葉に反論してきた。

「奢るんなら気持ちよく奢りなさいよ」

ああ、そうだったな。

その台詞は俺に新たな拠り所を見つけさせた。だから、はっきり言ってやった。

「じゃあダメ。余計にダメ。そこまで」

これは俺の奢りなんだから、いつもより強く言ってやってもいいのだ。というか、俺が止めないと俺が飲ませたことになるじゃないか。

「何が『じゃあ』なのよ。ケチ！」

「ケチじゃない。だいたい、二日酔いになって困るのはおまえだぞ」

なおもブルマが食い下がってきたので、俺はもう一つの拠り所を口にした。その時は気づかなかった。だが、ブルマが途端に叫んだので気づいた。

「あんた、知ってたんならちゃんとそう言いなさいよ！」

火に油を注いでしまったということに。口が滑ったわけじゃない。俺は意識して言った。別に触れてはならないことではないと思う。でも、言うタイミングが悪かった。少なくともブルマに対して言うタイミングとしては、最悪に近い。

「いや、知られたくなさそうだったから。でも――」

「じゃあずっと黙ってなさいよ！」

「言わなきゃわからないだろうが、おまえは」

「だからって今言うことないでしょ！」

じゃあ、いつ言えばいいんだ。

当然、そう思った。先の感覚と矛盾しているようだが、そう思った。それを言わずに済んだのは、単に俺の酒量がブルマよりも断然少なかったためだと思う。

「いや違う、俺は今はこれ以上酒を飲むなと――」

「ズルーい！そうやって話を誤魔化す気ね！」

「ズルくない。もともとその話をしてたんだ！」

この話の通じなさは、ひょっとして酒のせいなのか。それとも、いつものようにただわからずやなだけなのか。そう考え始めた時、ふいに横槍が入った。

「あのー、ヤムチャさん。杏仁豆腐食べていいですかぁ？」

それはそれは冷静な横槍が。それで俺は、ブルマとは反対側の席にリルちゃんがいたことを思い出した。

「あとですねぇ、周りの人が見てますよぉ」

そして次に、正面にミルちゃんがいたことを思い出した。さらに、ミルちゃんはリルちゃんと比べると幾分状況判断ができるらしいということを再認識した。さっきオーダーを決めている時もそうだったし、俺が花をやった時もそうだった。

でも、遅いんだよな。

もっと早くに教えてほしかったよ。これほど四方八方から注視を浴びる前に…………