Trouble mystery tour Epi.3 (7) byY
わりとよくあることだが、喧嘩した時は燃える。
そして、燃えた後はカラッとする。俺たちの場合、それの繰り返しだ。あ、喧嘩と言ってもいつもいつも本気の喧嘩というわけじゃないぞ。単なる口喧嘩とか言い合いとか…第三者的に言うと喧嘩だが、俺たちにとってはそうじゃないものも多い。ということを、第三者に言ってもわかってもらえないんだよな。困ったもんだ。
ともかくもそんな感じで、いつもその後はカラッとさっぱりしている。でも、この夜は違った。
少ししっとりしてた。特にブルマが。その口から出てきた言葉も、いつもの無造作な台詞ではなく、いつもは言わないかわいらしいおねだりだった。そしてそれは、翌朝になっても変わらなかった。
だが、昼頃には変わっていた。


とはいえそれは、ブルマのせいではなかった。
「まったく、こんな時間に朝食のルームサービス頼むなんてどうかしてるわよ。もうすぐお昼よ」
ということに、ブルマの中ではなっているようだった。朝食を食べ始めて間もなく、自分の言ったこともしたこともすべて棚に上げて、そう言ってきた。俺は当然、突っ込んでやった。
「おまえが頼めって言ったんじゃないか」
「あんたが悪いんでしょ!やらしいんだから!あたしは頭撫でてって言っただけなのに!」
俺はちょっとびっくりした。昨夜もそうだったけど、こいつ突然そういう話題に触れるんだよな。昔は意味がわからなくてそのことばかり考えてたものだけど、今ではわかる。…こいつの、突拍子のなさが問題だ。
「そんなこと言ったって…おまえだって乗ってきたくせに」
「あたしは付き合ってあげたのよ!」
「そうかー?それにしては濡れるの早…」
「あんたはもう、してる時以外は口閉じてなさいよ!」
じゃあおまえは、したくない時は口を開けてろ。
俺はまた突っ込んでやった。心の中で。口に出すつもりはない。怒られるに決まってる。
そう、ブルマが悪いんだ。頭撫でられたいだけならちゃんとそういう風にしてろ。変にしっとりしておかしな色気を出すのはやめろ。伏し目がちに待ったりするな。あれはどうしたって、キスを待ってる時の表情だろ。だから俺はそれに応えてやったのに。
「それじゃメシ食えないだろ」
俺は強引に食事に話を戻して、会話を切り上げた。これ以上話を進めると分が悪い。それがわかっていたからだ。
だって、先に手を出したのは俺なんだから。…ブルマは嫌がらなかったけど。そのまま進めたのも俺なんだから。…ブルマはすぐにほしがってきたけど。女ってずるいよな。実質自分から仕掛けてるくせに、男のせいにできるんだからな…
「さてと、今日はどうする?」
最後にフレッシュジュースを飲み干して、いよいよ朝を終えることにした。と言っても、もう昼だが。ヤバイな。段々夜が長くなってきている。おまけに朝も朝でなくなってきている。まあ、理由はわかっている。ブルマの態度のこともあるが、このクルーズ船ってやつが、案外暇なんだよ。娯楽は数こそたくさんあるが、どれもこれものんびりしたものばかりだ。外へ出たって、海が見えるばかりだし。俺はこういう命の洗濯をするほどには人生に疲れてはいないんだよ…
「今日は下船よ。2時にグリーンシーニ到着予定」
「あ、そうなのか。2時から何時までだ?」
「何時じゃなくて、一週間。…あんたもそろそろ日程を把握したらどう?」
「いや、いいよ別に」
一時は何も知らないことに多少の後ろめたさを感じもしたものだが、今ではきっぱり言い切れた。把握したってしなくたって、たいして変わらん。そのことが、昨夜はっきりした。ブルマに合わせるつもりだからとかじゃなくて、俺自身の旅行に対するスタンスがだ。前もって知っていたからって、どうもならん。せいぜい臨機応変にやろうじゃないか。
「あたしシャワー浴びるから、あんたも適当に用意しなさいよ。言っとくけど用意が終わったからって、何もしないからね」
「…おまえ、俺を何だと思ってるんだ?」
「餓えた狼でしょ」
…ちょっと当たってる。飢えてるものが違うけど。
そんなわけで俺たちは結局はいつものようにカラッとした雰囲気になって、船を下りたのだった 。


ほぼ三日ぶりの外の空気。とはいえそれを吸ったのはほんの数分で、すぐさまリムジンの中に押し込まれた。それでも、外にいるという気分は変わらなかった。
「わぁ、きれーい」
「へぇ…珊瑚礁でできた島か…」
おまけに旅行気分も戻ってきた。久しぶりに踏む大地は、普通の地面ではなかった。目の前に広がる海もまた、見慣れたものではなかった。連なる無数のラグーン。薄青緑色の珊瑚礁の海。灰色がかった土の色。
「あんた、しょっちゅう家を空けてるわりには、全然いろんなとこ行ってないわよね」
無造作なブルマの言葉は、なんとはなしに、最初にレッチェルの夕陽を見た時のことを思い出させた。
「遊びに出てるわけじゃないからな。修行に適してる場所なんて自ずと限られるさ」
自分がこんなところにいるということの、ちょっとした違和感。もちろん悪い意味じゃない。さらになんとなく、ルートビアで天津飯たちに会ったことも思い出した。こちらは少しだけ悪い気分だ。あいつらが汗水垂らして修行に勤しんでいるというのに、俺は…
とはいえ、自分も修行しに行きたい、と思う気持ちはまったくなかった。そんな気持ちがあったらな、朝寝坊なんてしてないさ。デッキの上だってホテルの庭だって、どこでだって体を動かしているに決まっている。…まあ、一度気を放ってしまったことはあったがな。あれは危なかった。ここではしないように気をつけないと。何しろ…
「ここ、カニがすごいのよ。繁殖期になると道が真っ赤に見えるくらいカニが大量発生するの。そういう特殊な環境もあって、世界遺産に登録されてるのよ。それなのに環境保護団体のキャンペーン船が珊瑚礁に突っ込んで事件になってたことがあったわ。もちろん賠償金は課せられたけどね」
…らしいから。相変わらず気合い入ってるな。どちらかというと気分に水を差すような情報だがな…
やがてついたホテルは、自然の島に似つかわしいこじんまりとしたものだった。真っ白なそれほど特徴のない外観の5階建て。その広々とした庭の一角に、コテージがあるのを俺は見つけた。同時にミルちゃんとリルちゃんがそこへ入って行くのも見かけた。
「ふーん。コテージがあるのか…」
俺は少し不思議に思って呟いた。ああいういかにも雰囲気のありそうなところをブルマが選ばないことが意外だった。ブルマは俺の顔を見もせずに、吐き捨てるように言い切った。
「コテージは虫やゴキブリが出るから嫌!」
…なるほど。それには気がいかなかった。
女って現実的だな。特にブルマは、旅行気分であってもそういうところは変わらないらしい。それとも、俺の旅行気分がブルマのそれを追い越してしまったのだろうか。
「着替えたら外出ましょ。レストランに行きがてら散歩しましょうよ」
「了解」
特に何も言われなかったので、風通しの良さそうな生地のジャケットを羽織った。それに軽い色のボトム。正装でもなく、自由な気持ちで服を着るのって久しぶりだ。ブルマはというと、目にも鮮やかなオレンジのロングドレス。左胸の上についている大きな花のコサージュだけが白い。シンプルな形でありながらかわいらしい雰囲気の、いかにも南国風といったドレスだ。
「ねえ、このドレスどう思う?」
「うん、よく似合ってるよ」
少し裾が長過ぎるような気はするがな。スリットなしの踝丈。ちゃんと歩けるのかそれで?
同時に思ったそのことを、俺は口にはしなかった。女のドレスっていうのは、たいがい動きにくそうに見えるものだ。それに、そういうことの解決方法なら知っている。
だから、部屋のエントランスから一歩を出た時、俺はごく自然な気持ちからブルマの手を取った。昨日も一応自然な気持ちからではあったが、心持ちが全然違う。 …あれだよ。環境なんだ。一番気になるのはドレスの形じゃなくて、人の目なんだ。この島にはなんとなく、そういうことを気に病む必要のない空気が流れている。健康的な太陽の光。爽やかな微風に、美しい自然。ここでは人は他人よりも自然の方を見るだろう。他人のことなんか気にもならない解放感。トップレスでビーチにいても何ら問題なさそうな…もちろんそんなことはさせないが。
「おーーーい」
ゆっくりと、広々としたホテルの庭を歩いた。遠くから誰かを呼んでいるらしいその声は、ちゃんと耳には届いていた。だからそれに反応しなかったのは、単に心当たりがなかったからだ。
「ヤムチャ様ーーー」
だが、次に聞こえた声には反応した。今俺たちに『おーい』などと気安く声をかけてくるやつは周りにいないが、俺のことをそう呼ぶのは、さっきのクルーズ船にいた時を除いては、いつでもどこでもただ一人だ。
「よう、お二人さん」
そう思っていたにも関わらず、実際目の前にその姿を見た時、俺は思わず絶句した。俺の気持ちを代弁したのはブルマだった。
「ウーロン!プーアル!どうしてあんたたちがここにいるのよ!?」
「おれたちだけじゃないぜ。ほら」
ウーロンはおもしろそうな顔をして立てた親指で後ろを指し示したが、そちらへ視線をやる必要は俺にはなかった。こちらへ向かって歩いてくるブリーフ夫妻の姿は、すでに目に入っていた。
「驚いた?ママたちね、6日前からここに来てるのよ〜」
「6日前!?それってあたしたちが出発した日じゃない!」
「そうなの。ブルマちゃんが旅行に行っちゃったら、ママも行きたくなっちゃって〜」
「明日の夕方からはフィルッツ諸島に行くんじゃよ」
夫妻の声はまったくのんびりとしていた。俺は呆れつつも、深く深く納得した。この人たちは一見行動力がなさそうに見えて、さらっといろんなことをやるからな…
それでも意表を衝かれたことは確かだったので、俺は今一つ言葉を見つけられずにいた。するとウーロンがさらに意表を衝いてきた。
「それにしても、おまえらやーっぱりケンカしやがったな」
「う……」
どうしてそうなるのかはさっぱりわからないままに、俺は唸った。どうしていきなりそっちの話に触れるのかもわからない。…でも、鋭い。当たってる…
「ちょっと、何よそれは!」
だが、ウーロンの唐突さはブルマにはどうでもいいらしかった。こいつも唐突なやつだから。俺の気持ちを半分だけ代弁したブルマに向かって、ウーロンは無造作に言い放った。
「おまえらがそうやってわざとらしく手を繋いだりしてる時っていうのは、たいていケンカした後なんだからな。わかりやすいやつらだぜ」
「うぅ……」
俺はまた唸った。…大当たりだ…
自分の感覚と第三者的な物の見方が一致したのは初めてだ。本来いいことのはずなのに、不本意な気持ちになるのはなぜだろう。
俺は非常に複雑な気持ちで、次の瞬間その答えを見つけ出した。…手を繋いでいなければ、喧嘩したとは見なされなかったのか?さらに複雑な気持ちになった時、ママさんがにこやかに場を進めた。
「じゃあ、そろそろみんなでお食事行きましょ。おいしいって評判のチャイニーズレストランを予約してあるのよ〜」
「えぇー、また中華!?昨夜中華食べたばかりなのにー」
「ヤムチャちゃん、旅行楽しんでるかしら?お食事の時にゆっくりお話聞かせてね〜」
「ちょっと!あたしを無視しないでよ!!」
ブルマはそれはそれは怒っていたが、そのことを否定しようとはしなかった。一瞬にしてこの旅行が家族旅行になったということを。その理由は、俺にはわかっていた。ママさんは一見腰が弱いように見えて、さらっと場の空気を持って行くんだよな。
それには俺も慣れていたので、特に不本意ではなかった。ただ深く、世の摂理を噛み締めただけだった。
母は強し。…違う意味で。


俺たちは当初の予定通りに行動した。散歩を兼ねて、レストランまで歩いた。大勢の中の一人となって。
ブルマはすっかり一人娘の顔となって、博士とママさんと少し前を歩いていた。俺は自然、ウーロン、プーアルと共にその後ろを歩いた。俺がまだ何も言わないうちに、ウーロンが話を振ってきた。
「ところでよ、ヤムチャ。おまえら何回喧嘩した?さっきの喧嘩が初めてか?」
まるで見てきたような口調で。そして俺はなんとなく、本当のことを言う気になった。それも客観的見地から。たぶん、それほどマジな喧嘩をまだしていないせいだと思う。
「3回…かな」
「3回!?6日しか経ってないのに、もう3回もしたのかよ!?」
いや、より正確に言うと、仲直りをした回数だ。客観的に考えてみるとしたって、場面的な言い合いをいちいち数える気にはならないからな。
「率高いな〜。いつもより多いんじゃないか?」
「ほっとけ」
ちっとも遠慮することなしにウーロンが突っ込みを入れてきたので、俺も遠慮することなしに返してやった。同時に、少し心配そうな顔で俺を見るプーアルの頭を撫でてやった。
俺らはこういうスタンスなの!それでちゃんとやってるの!
俺はさらにそう言ってやりたかったが、プーアルがいるのでやめておいた。プーアル相手にそういう啖呵を切る気はしない。喧嘩するたび、困っているのは事実だ。
だからただ、二人との会話を続けながら、前を歩くブルマの様子を確認した。
うん、ちゃんと歩けているな。
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